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ゼムナ戦記  過去からの裁定者  作者: 八波草三郎
第一話

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謎多き少年(9)

 先ほどから注目を受けていた兵士の機体が1位だったアームドスキンの推進機に手をかける。自機を寄せて殴りつけた。

 頭部を破損したアームドスキンが軌道を外れて失速する。ライバルを蹴落とした男は映像を撮っているカメラに手を振る余裕を見せてゴールを通過した。それを見たヴォイドは怒りに震える。


 傍らでは両腕を振り上げて歓喜する者。地団太を踏んで悔しがる者。映像パネルの中の観客席でも同様の光景が繰り広げられている。規模は数万を数えるようだが。

 その誰もが大儲けしたり損をしたりしているのだろう。ミザリーは公営ギャンブルだと言っていたのだから。その様が少年の怒りの炎に油を注ぐ。


「ミザリー様の前です。いいかげんになさい」

 ジビレが自重を促している。

「いいのよ。夢中になれるものがあるのは生活の張りになるもの。楽しんでいい時は大いに楽しみ、それを目的に日々頑張るのは変なことではないわ」

「お許しくださるようです。ですが、まさか身を持ちくずしたりすることはないように」

「そこまでの間抜けはいませんよ。もっとも中には借金してでも注ぎこむバカもいるそうですけどね」


(この者らは!)

 噛みしめた奥歯が鳴る。


『愚かな! 不世出の天才と呼ばれたファナトラ博士が生み出した人を模したもの(ヒュノス)を! 人類(ヒュノー)の守護者たるヒュノスを我欲のためだけに用いているのか!』

 ヴォイドは叫んでしまう。

「え? 何て言ったの、ヴォイド?」

「どうしたんです、少年?」

 つい本来の言葉で叫んでしまったのに彼は気付いた。

「何でもない。忘れろ」

「でも……」

 身体の芯が逆に冷めていく。


(くだらんな。この現状を見据えるべく僕は目覚めたのか。ならばやるべきことは一つしかない)


 ヴォイドは残った熱を鼻から吐き出した。


   ◇      ◇      ◇


(困ったな。あれからヴォイドの様子が変。父様に会わせてもいいのかしら?)

 とはいえ、そのままというわけにもいかない。

(ずるずると引き延ばすのも無理だものね)

 父ヘルムートの執務室の前でミザリーは逡巡する。


 帰宅の挨拶もそこそこに父親は登庁していった。出張の報告もあるだろう。通信回線を介してはできなかった協議事項も溜まっているだろう。どこにいても精力的に職務をこなすヘルムートといえど、首都にいなければできないことも多々ある。

 忙しくして家を空けるのを寂しく思いながらも、父の姿勢は尊敬できる。娘として余計な懸案を増やしたくはないので早めに相談しなければと思っていた。


「すまないな。家族をないがしろにしたくはないんだが、どうにも忙しくてね。やっと時間が取れた」

 抱きしめられる力の強さがそれを本心だと物語っている。

「無理を言ってごめんなさい、父様。わたくしもごゆっくりしていただきたいのだけれど、後回しにもできない話があって」

「例の少年の件だろう? 相談事というのは妙な点があるというんだね?」

「ええ、見過ごせないところが。あの子は言葉がしゃべれなかったんです。病気でも何でもなく、ただ知らなかっただけだと分かったのが不思議で」


 強く言及しなかったが、ミザリーもその点をあまりに不審に思っていた。現代ではあり得ないことだ。

 人類圏に公用となる言語は一つ。生まれ育つ過程で誰でも操れるようになる。識字率などという単語など、記憶を掘りかえさねば出てこない。

 それどころかヴォイドは、少し前に彼女が理解できない言語を口走ったのだ。おそらく隠しもっていた言語を。


「もしかしたら、彼は異星人……、この表現は変ね。人類圏以外の存在なのかもしれません」

 説明したミザリーは自分の見解を付けそえる。

「う……むぅ、にわかには信じがたいがお前がその結論に達した論拠も分からないことはない」

「最初は可哀想だと思っただけだったんですが、知れば知るほどヴォイドを誰かに引き渡してはいけないという思いが強くなりました」

「その判断は正解だ。しかし、お前が傍近く置いていたのには冷や汗が止まらないのが父の本音だぞ?」

 愛情を実感する。

「ありがとう。でも、直接相談しなければ判断つかないし、あまり多くの者をこの件に関わらせたくなくって」

「……会えるかね?」


 クスナートに請われて扉の外で待ってもらっていたジビレに合図する。彼女はヴォイドを伴って入室してきた。


「君がヴォイドだね?」

 父は自然な笑顔で話しかけている。

「身の上など教えてもらえると助かるんだがね」

「ヴォイド・アドルフォイだ。生活の場を与えてくれたことには感謝している。義を尽くさねばならんのだろうし、色々と聞きたくもあったのだ」

「ええ、父様にお話しして」

 彼女は促す。

「が、興味を持てなくなった。すまないが詮索はよしてもらおう。礼儀を欠くというのなら退去を告げてくれ。それで一向に構わん」

「何かあったんだろうか?」

「理解の及ばんことだ。君たちの常識では僕の内心を推し量るのは無理である。放っておいてもらおう」

 取りつく島もない。


(なに? どうして彼はこんなに頑なになってしまったの? わたくしが何か失敗したのかしら?)


 予想を超える強い拒絶に困惑を隠しきれないミザリーだった。

次回 「その努力はどこを向いている。賞金か?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難うございます。 ……こっちの枠でネタバレ!?
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