//game...game...game:Re.....
(ここはどこだ? わたしは……名も無き乙女だ。そしてわたしは、なぜ裸……)
うむ、女なのは確かだ。洗濯板でもなければ、ぶら下がった棒も袋も無い。おっぱいもおしりもあそこも完全に女性のものだ。
いや待て、女か男かの判断は主観と精神の一致でしか判断できないのではないか。と思ったのだが、大抵の人間はわたしを見たら女だと思うだろう、わたしも女だと思う……ということはわたしは女で間違いないのだな。いいのだな?
うむ、自己完結。素晴らしいではないか。
それで……ここはどこだ?
「あなた死んだのよ」
と、後方から聞こえた。冷静な死亡宣告だ。
わたしは振り返って声の主を見る。少女だ、感情を殺されたかのような少女が立っていた。
目の前の少女はわたし似ていてとってもフラット。そう<フラット>、だから「何を根拠に死んだと言うのか」などと訊くこともなく、わたしはあっさりと受け入れるのだ。
「あらそう。で、あなた誰?」とわたし。
「わたしは女神」
ああ。『女神よ女神、女神様、あなたが本当に女神なら、そのキラキラネームはどうかと思います』女神ちゃんなんて絶対に呼ばれたくない。
「可哀想に……あなたの親はキラキラしていたのね。でもね、残念なことにわたしじゃ力になれない。そう言うことで女神ちゃん、強く生きてね。じゃ、さようなら」
わたしは彼女に深く関わろうとしなかった。だって常識はずれの名前って怖いんですもの――女神だよ女神、ゴッデス。自由の女神像なら知ってるけど、女の子にゴッデスの名は可愛げがないし可哀想だ。
と、わたしは立ち去ろうとすると、
「待って待って」と女神。
「まだ何か?」
この場所から早く立ち去りたかったわたしだけど、女神ちゃんに肩を掴まれてしまった。
(子猿が一匹おりました。その子猿の名前は女神でした)そんなことを思いながら、ウキー! と威嚇してやったらどんな反応を見せてくれるのだろう……やってみたいが、わたしのイメージとは違うな。
「わたしは女神だけど、わたしの名前は女神じゃないよ」
「あらまあ、そうだったのね、少し残念。で、言いたかったのはそれだけ……」
ウキー! とまでは行かないが、わたしなりの威嚇だ。どうだい? お姉さんは怖いだろう。ちびっちゃったかな?
いいや、どうやらちびりも怯えもしてくれないらしい。肝っ玉嬢ちゃん最強だ。
「ふふっ、やっぱりあなたは最高のリソースだよ。よしよし、頑張ったね」
と、わたしは唐突に頭を撫でられた。少女に頭なでなでされるとか……どんなご褒美だ? わたしがロリータコンプレックス+レズビアンだったら完全にお持ち帰りコースだろうに、やるではないか女神。
わたしをもっと褒めろ、称えろ、お金はいらない、権力もいらない、自由をくれ。リバティーではなくフリーダムの方の自由で頼む。
と、わたしの頭から手を離す女神は、
「ほら見て、アレがあなたの入れ物……過去の話だけどね」
そう言って、女神はわたしを指さした。正確にはわたしの後ろだろう。
こうしてわたしは、女神に示された方を振り向くわけだ。
その示された場所には、赤やら白やらピンク色の物体が床一面にぶちまけたあるではないか。ディテールまでのこだわりはないようで雑だ。
「なに? わたしって巨大なミキサーにでも入ったの?」
「うん、ところどころ雑だけど、ぐちゃぐちゃには変わりないね。ハンバーグにして食べたらおいしいかな?」
「ははっ、女神のくせに狂ってる。あなたが全宇宙を統べる唯一の神だと知ったら現実世界の住人はどう思うのか……」
「一神教者には悪いけど、神は複数形だよ」
「ほー、そうなんだ……もしかして、大体の神ってあなたみたいな感じ?」
「ううん、大体の神はもっとまともだよ。みんな人間と同じようにセックスして薬物キメて怠け放題。神が人間と違う部分は、食事をしなくても生きていけるとかかな……それでも神々は味を楽しむってだけの食事はする、それに寝るし排泄もする」
「へー、神って寝るし排泄もするんだ」
「神並みにはね」
神並みねぇ、いったいどれほどの並みなのか気になるけど、まあ神並みの説明をされても困るから訊かないでおこう。
それでだ、
「よく覚えてないけど、わたしは死んだってことでいいのよね」
「うん。自分から機械にダイブ、ぐるぐるぐるぐる、ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ、ってね。あなたのせいで工場の機械やらの後始末が大変らしいよ」
神も擬音を使うらしい。なかなかに人間的だ、と言うと違うか。神が人間を創ったのなら、人間は神的な発言をしているだけで神はデフォルトなのだろう。
「別にばれなきゃ商品として出すでしょ、畜肉として。まあ、毛とか入ってたらクレーム来ると思うけど」
「そんなことを言うってことは、あなたはわたしと似ているってことだね」
何だろう……このサイコ女神は。わたしは冗談を言っているであって本気で言っているのではない――いいや、死ぬ前のわたしは人間だったのだから、そうとも言いきれないだろう。
「それで、今の気分はどう? また生き返ってやり直したいとか?」
「う~ん……最高の気分。死んだら死んだでいいし、別に生き返りたくもないわよ。あんな開発途上国に生まれるくらいなら死んでた方がまし。たとえ先進国に生まれたとしても、動物園には変わりないからね」
お猿さんが一匹、二匹、三匹、四匹、あらやだ! この動物園お猿さんしかいない。
『お猿さんによるお猿さんのためのお猿さん化した世界』。どこかの映画にありそうだけど、猿もヒトも変わりない――他人に威嚇をして、他のコミュニティと言い争って、終いには武力で解決だ。猿に政治を任せるのも悪いけど任せる人間も猿だ、だから仕方のない結末なのだろう。
つまりわたしが言いたいのは、「生き返りたくない」ということ。”死後の一生の願い〟という生きているのか死んでいるのか分からない矛盾を、わたしの下腹部は孕んでいるのだ。
そう、大切に大切に子宮の中に仕舞いこんである。産まれることはないだろう。
と、わたしがうんうん頷いていると女神は、
「あなたにはもっと生きてもらわないと困ってしまうの。だから、特別に生き返らせてあげる!」
なるほど、この女神は人間の言葉を理解できないらしい。わたしは生き返りたくないと言ったはずだ。どうした女神、鬼畜の女神なのか?
女神から直々に調教を受けるなんて……わたしは幸運だ、なんせ神並みの調教を受けてしまうのだ。ハードプレイというより人間には理解できないゴッドプレイか。まったくもって笑えない。
わたしは拍手をする。それから女神の両頬をつねって、
「おお、素晴らしい特権。女神様なら何でも出来るってこと?」
「イエスです」
「最低なドSね」
「ノーです」と言った女神は不感症なのだろうか……痛そうな顔を全くしてくれない。フラット・アンド・フラット、感情もおっぱいも平坦過ぎて、お姉さんは哀しくなりそうです。
「ふーん……ノリノリのところ悪いんだけど、わたしは生き返るつもりはないから」
「それは勿体ないよ。だって生き返ったあなたは、”立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花〟くらいの美女だよ。歴史でたとえると世界三大美女を超える美女! これは生き返らないと損だね」
世界三大美女なんて実際に見たことがない。とういことで醜女だったらどうしよう……女神は責任を取ってくれるのだろうか。まあ、美女でも醜女でもいい、わたしは生き返らないのだから。
「あらそう……なら、生きていた頃のわたしの話をしてあげる。わたしって、訪問販売はお断り、悪徳広告は信じない、おまけに人間も信じない、そういうタイプの猿だったの。だから神様の言葉も信じないってわけ」
と、わたしは一本一本指を立てた。決して自虐ではない、わたしは猿ではないけどある意味猿だから自虐ではないのだ。と言うと猿に失礼か。
「そんなので楽しいの?」
「その言葉は、わたしの住んでいたセカイでヒトより下等な生き物の言葉よ。他人の趣味に文句を言う様じゃあコミュニティの規模が小さい、つまり先進国のウイルス。てか、わたしが自殺したのなら楽しくなかったのでしょ」
「悪性新生物ね。あれはポイント低いから賭けには向いてないよ」
別にわたしは癌の話をしていたのではない。このちんちくりんが何を言っているのかさっぱりだ。
わたしは深く息を吐いた。疲れ切った溜息だ。わたしの口臭はどうだ? 煙草臭いか? 酒臭いか? それとも生肉臭いか? というか、死んでも疲れることがあるのか……先が不安だ。
とわたしが考える傍らで女神は、パチンと両手を合わせた。
「で、生き返りたくない理由は?」
理由は沢山あるさ。
「正直に言って、わたしの人生って地獄だったの。二十年生きていたことが奇跡なくらいのね」
「具体的な出来事は?」
それは言葉にできないほどの酷いものだった……だからこの場ではオブラートに包まないで銀紙に包んで捨ててしまおう。
「わたしは紛争地域で生まれた。それだけは言っておく、何があったかは女神の想像にお任せする」
「ふーん。ま、あなたの事は何でも知っているから言わなくてもいいよ」
「だったら訊くな」
ムカついたわたしは女神の頭をひっぱたいた――それでもカブは抜けません、という感じのフラットな感情だったため憂さ晴らしにもならない。
まあ、どうでもいい。わたしは死んだんだ。これからどこに向かうか分からないけれど、人間の世界よりは楽しめそうだ。
そう思うとカラダが軽くなった気がする。おかしな話だろう、わたしは死んでいるのに重力を受けているなんて……まあ、神様はわたしと違うみたいだけど。
と、宙を舞う女神はニッコリ笑って、
「言ったよね? あなたはわたしのリソースなの。駒は親の言うことを聞かなくちゃいけないんだよ」
「だからどうしたの?」
「――あなたを生き返らせる!」
「それって倫理的にどうかと思う。だってわたしは好きで死んだのであって、生き返りたいと望んでもいない。神であっても、わたしの死体や魂の尊重くらいしてくれるでしょ?」
「ははっ、神に倫理なんて通用しないよ。人間の道徳は人間のものだし、人間の禁止事項は神の禁止事項ではないもの。それに、人類の歴史では倫理をかなぐり捨ててきた――例えば、人間が人間を解剖することとかさ。解体新書なんて倫理をかなぐり捨てなきゃ書けないよ。たとえ解剖対象が罪人であったとしても、同種を解剖して良いとはならないはずだよね……結局のところ、倫理は建前なんだよ」
なるほど、この幼女神は神の中でもトップレベルで危ない思想を持っているらしい。
確かに人間は過去の規範を捨てて進んできた、そうするしかなかったのだ。人間が社会を回すためにはまず食料が必要だった。例えば豚肉……人間は豚を狭い小屋に閉じ込めて肥らせる、そうして肥った豚を殺して肉を食らったり売ったりする。前述はどうでもいいのだが、豚を飼育する過程は残酷だ。どんなところが残酷かと訊かれれば、飼育する過程で豚も繁殖するだろう、それで子豚が多く生まれるわけだ。子豚が多く生まれればその分だけ経費も多くなるし、将来的に豚肉の出荷が多くなる。それが意味するのは、資本主義や自由主義なら豚肉の値段が下がるということ、自由な競争であれば価格設定は自由だ、値段を下げた分以上に集客率が上がれば肉を腐らせることなく売れる――つまり市場で価格競争になる。そうならないためにヒトは――子豚を殺して親豚に食わせる、雑食の豚はためらわず自分の生んだ子豚を食うだろう、そうすることで豚肉の将来的価格は維持される。
これがヒトの道徳なのか知らないが、人間たちのしてきたことには間違いない。人間は人間を殺して食ってはならないが、人間からしたら家畜は共食いしてもらっても事件性は皆無。さすがに病気の検査はするだろうが、問題なければそのまま売りに出すだろう。
そういった考えを人間が持てば、菜食主義者が現れても当然だ。「豚が可哀想だ、牛が可哀想だ、鶏が可哀想だ」と。けれど菜食主義者も同じようなもの。種をまいて、育ったら収穫して売る。形の悪い野菜は売れないので自分で食うか家畜に食わせるか捨てるか。一見普通そうだが、野菜を育てる過程、もしくは種をまく前に倫理を捨てている。それは何なのか?
菜食主義者にとって野菜を食う虫は天敵だ、虫だって成長のために効率の良いものを選択して食べるだろう……けれど菜食主義者はそれを許さないだろうから、害虫を殺して生態系を破壊する。人間が認識した害虫は人間だけのものであって、他の動植物からしたら食料や花粉を運んでくれる益虫だったりする。
来年の分の野菜が酸素濃度の低い冷蔵庫で保管されていると知っても、ヒトも虫も安全ではいられない。
博物学的なことなのだろう。陸の話でも海の話でも変わらないことで、自然との調和を学ばない人間は生態系の破壊者でしかない。
いろいろあるが、生態系の管理者としてあるべき人間が一部の動植物を贔屓していては終末なのだ。
ご都合主義の倫理は人間に優しく、他の生物へは保護と虐殺のパレード。これが人間の倫理らしい……まるで終末。
結局、主義や倫理を主張するのに意味はないが、発展した社会を維持するにはそうするしかなかった。
(人間だから)
と気がつけば、わたしは拍手をしていた。
「素晴らしい饒舌だったわ」
「でしょでしょ」
「ええ、そのせいでわたしにはあなたが危険な神にしか見えなくなったわけだけど」
「うん、良い傾向だよ。わたしとここにいたら危険だから、生き返った方が安全だよ」
どうやら、女神はわたしを生き返らせたくてたまらないらしい。
「なら好きに生き返らせればいい」
また自殺すればいいだけの話しだ。それに無理に自殺せずとも、わたしの肉を食いたい野犬もいるだろう。
(はぁ、生き返りたくないな……)
そう思うと、わたしのカラダは重くなる気がした。カラダがとても重い、重力が十倍ほどになったのだろう……と言いたいが、この重みは論理で説明できない重みだろう。
「今度は自殺しないでね」
「『ダメ、自殺!』って? 笑える」
「『自死は罪であるのだぞ! 自死者は十字路の真ん中に晒してやる!』ってね」
「自殺させないための広告やら宗教勧誘やらコンセプトやら訪問販売やら企業イメージやら、その他諸々は耳に入れないし、お断りします」
「そっか、なら自殺してもいいよ――また生き返らせるから」
聴いたわたしは「鬼畜! 鬼畜!」って二回叫びたいところだけど、
「鬼畜外道の餓鬼畜生と言っておくわ。というか、そんな簡単に生き返らせていいわけ?」
「いいに決まってるじゃない。あなたたち人間はわたしたちのリソースなんですもの。なによりも、天界で充実した娯楽なんてものは一つを除いてないのよ。まあ、一部の神はセックスや麻薬やら美食で盛り上がっているみたいだけど、わたしの欲はそんなモノで満たされない」
「ファックュー」
と、わたしは中指を立てた。神への冒涜? 知らんな。確かに神はいたよ、人間よりも腐っていて自己中心的で鬼畜で……まるで人間の最低な部分を一万倍にしたような奴だ。
「ははっ、神に死ねって言っても神は死ねないよ」
「そうね」と言ったわたしは、空中を飛び回る女神……いいや、空中を泳いでいる女神を目で追いながら「で、あなたが満足する娯楽ってのは?」と訊く。
「賭け事だよ――人間をリソースとしたね」
ギャンブル、これもまた人間的……神的だ。
「神並みのギャンブルって何?」
とわたしが続けて訊くと、女神はニッコリ笑って、
「内容は単純、自分が選んだ五つの駒を何度自殺に追い込めるか。ルールは複雑だから大体を省くけど、一つだけ言うとね――神の気まぐれだよ」
「つまり、その時々でルールを適用するってこと?」
「そう。人間の一生で死ぬ経験は一度きりだけど、神々のルールではない。人間が人間の決めた犯罪に手を染めるのも勝手だし、下等生物は神々のリソースでしかない。つまり選ばれたリソースは自由、思う存分に人生を歌っていいんだよ。まあ、選ばれたからには悲劇のヒーロやヒロインを演じてもらわないとこちらも楽しめないから、覚悟してね」
「バカげてる。神が熱狂するほど面白いとは思えない」
「面白いわよ、だって神にも報酬があるんですもの。何でも許されるわたしだけど……禁止と言うより【出来ない事】もあるの。つまり、その出来ない事をしたいの」
「神に出来ないこと? そんなのあるの?」
「それこそがあなたたちに出来てわたしにできないこと――『死ぬこと』、とかね。神はギャンブルで失うモノがない、その代わりに勝てば『失う自由』を与えられる」
なるほど、女神の言った通りわたしたちは似ているようだ。死ぬことで逃げられる世界があり、死ぬことさえ許されない世界がある。
どうやらわたしは、神に選ばれた悲劇のヒロインらしい。それに女神も悲劇の女神だった。
まったくもってなるほどだ。神がギャンブル依存症なら、人間もギャンブル依存症になるわけだ。
「報酬を貰うには賭けで勝たなくちゃいけないのよね?」
「そうだよ。と言っても、ポイント制でランキング一位じゃないと報酬をくれないの」
「あなたのランキングは?」
そう訊けば、あははっ、と女神は笑って、
「あなたが自殺してくれたから百万ポイント獲得で一位だよ」
「あらあらおめでとう。わたしに感謝してね」
「うん、ありがとうね。けれど一位を維持しなくちゃいけないから、これからが大変だよ」
「だから、わたしを生き返らせるんでしょ……自殺してもらうために」
「そうだけど、神は人間に【きっかけ】を与えるだけだよ。結局、メンタルが強くても自殺する人間はいるしメンタルが弱くても自殺しない人間はいる。つまり、表が出るか裏が出るか」
「あっそ。駒を五人しか選べないのによくわたしに賭けたわね。単純にわたしのポイントが高かったから?」
「わたしたち神は人間たちの潜在意識を見ているに過ぎない。その潜在意識の数値が賭けのポイントに影響するってだけだけど、生まれた後に身体的病を患うとポイント低くなっちゃうんだよ。まあ、自殺するかしないかは神にも読めない。ということで、わたしがあなたを選んだ理由は潜在意識がわたしと似ていたからってだけだよ」
「勝手に潜在意識に共感しないでくれる? 気持ち悪いんだけど」
「はぁ……その意識を支配できたらいいのに」
とそこで女神はわたしの前に降り立つ。続けて女神はわたしを指さして、
「生き返ったあなたは精神的にも肉体的にも苦痛を味わうことになるだろうけど……その分あなたの物語は華やかになる」
「はいはい、分かりましたよ」
「ふふっ、素直に生き返ってくれるのは女神としても嬉しいよ」
女神はくるりと回ってから、大きな扉を指さす。
「開門」という女神の言葉で扉はゆっくりと開きはじめる。
どうやら現実世界へ戻る扉のようだ。
自殺までしてこの場所に来たのに……また自分で地獄に戻るのか。そう思うと、呆れた笑顔が溢れ出てしまう。
わたしは扉の方へ進む。その途中、女神に振り返ったら、
「では、またのご利用をお待ちしております」と笑顔でわたしに言ってきた。
当然、わたしは女神に向けて中指を立てるのだ。物理的乱暴をはたらかないだけ、ハンドサインの方がまだましだろう。
(では、地獄へ舞い戻ろうかな)
…………そしてわたしは目を開けた。
瞳に映るのは見慣れた天井だ。
願いが叶った……だったら良かったのに、わたしは地獄へ帰ってきた。
最後に女神が言ったのは、『ツラかったら人間の物理法則を利用してもいい――もしくはあなたの英雄を探せばいいけれど、英雄は神々と違って【幸福】でヒトを死に追いやる。だから、わたしの英雄に近寄らないでね』
と、ヘンテコな女神の言葉はどうでもいい。これはわたしの物語で、わたしが再開するのは現代鬼畜物語だということだ。
悲劇のヒロインであったり、惨劇のヒロインであったり……何はともあれ楽観的なヒロインでもなければ、脳筋なヒロインでもない。
考える脳みそが無ければ楽だったのだろうけど、残念なことにわたしは意識を高めてしまった。
まあ、何でもいい。ツラくなったら女神の言った通り動いてみよう。
ベランダに出たわたしはいつも通りの景色を眺めたばこを口に咥える。
朝の一服は格別だ。たばこと酒に依存していたわたしだけど、その依存も意味がなかったように自死で解決した。
次は自死依存症にでもなるのかな。そうなったらなったで女神の利益になってしまいそうだから嫌だな。だから、女神が不利益になることをしなくちゃいけない、というと「死なないこと」か……。
なかなかにハードライフになりそうだが、わたしの英雄でも探してみるか。不幸な自殺よりも、幸福の自殺の方がわたしも女神もwinwinできるだろう。
とわたしは、灰皿にたばこをの先端を押し付けて火を消した。
「さあ、ゲームの始まりだ」