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二 公爵令嬢は研究漬け。(1)

一部表記を修正しました。

 王妃様から今後について言い渡された私は、その後学園に戻ってきていた。


 夕日が丁度沈んでゆく頃合いで、辺りはもう薄暗い。馬車を降りた私の足は、正門を通り、校舎を抜け、寄宿舎を抜けると、そのまま研究室に向かっていた。

 学園は全寮制であり、それゆえにどの箇所も警備が厳重だ。私は研究棟の入り口に立つ衛兵に許可証を見せ、階段を上がる。


 寄宿舎は今の時間ならまだ多くの生徒がラウンジに屯ろしているはずだ。昨日の今日で野次馬の多いところにわざわざ出向く必要はない。有る事無い事言われて気疲れのままうっかり武力行使に出てしまったら、それこそ目も当てられない。

 その点、研究棟は野次馬の心配がないから安心だ。今後のことについても、安心してゆっくり考えることができるだろう。お礼もしたいし、丁度良い。


 しかし、そんな私の予想は、研究室を覗いた瞬間に間違いだったと気がつくことになる。


「オーレリアお帰りー!」

「婚約破棄おめでとー!」


 開いた扉の先。

 私の研究室には、何故か、何人かの先輩研究員の方が満面の笑みでスタンバイしていた。


「ぶっははは! ひでえ顔してるぞオーレリア!」

「……あの、皆さんお揃いでどうしたんですか……?」


 何よりもまず感じたのは、猛烈な嫌な予感だった。

 人の研究室を占拠して何やってるんだ、とか、皆さん自分の研究は良いんですか、とか、言いたいことはいろいろある。

 しかしそんな言葉は、先輩の一人である女性の方——エラさんという、魔物の生態調査が本領の方だ——にガッと腕を握られ、言う間も無く封殺された。その手際と勢いの良さは誘拐犯とタメを張れるのではないかってくらいで、流石「小型魔物の捕獲にかけては本職を上回る」と噂されるだけあった。


 ……うん、現実逃避はここまでにしておこう。

 私が彼女によって連行されたのは、研究棟の中にある共用の部屋だった。


「何するつもりですか!?」

「やーね、一仕事終わった後は打ち上げって決まってるでしょ?」


 私の問いかけにエラさんは楽しそうに答えると、共用の部屋に向かって「主役が来たわよー!」と叫んだ。

 一仕事ってなんだ。主役ってなんだ。

 というか何故私を呼んだんだ。いやそれはそれで都合は良いけど。


「おかえりオーレリア!!」


 部屋に入るなり、私はそんな言葉とともにソファのお誕生日席に放り込まれた。

 状況把握の合間に片手には果実酒、片手には肴という「ザ・打ち上げ」な出で立ちにさせられる。

 私を迎えに来た先輩達以外にも、顔見知りの研究員はみんないるらしい。


「オーレリアが正式に東棟の所属になったから、いっちょ派手にやろうと思ってさ!」

「そーそー、最近みんな研究で籠りがちだったし、気分転換にもなるからね!」

「それでは皆さん!『オーレリアをセドリック様から奪還しちゃおう計画』成功を祝して! あと常日頃の研究の苦労を労って! かんぱーい!」


 先輩の一人の有無を言わせない音頭に、つい釣られるようにお酒を掲げてしまった。

 ……が、その計画の名は聞き捨てならないぞ。


「ちょっとその無駄に長い計画名は一体なんなんですか!?」

「アドルフさん命名よ。ほんっとセンスないわよねー」

「いやそれは否定できませんけど! えっこれ私踊らされた感じですか!?」

「うーん、どっちかっていうとタダ乗り?」

「……あぁ、なるほど、そういう……」


 アドルフさんは自分の実験器具に「コジロウ」とか「オシン」とかいう意味のわからない名前をつけているあたり、正直ネーミングセンスの無さはもう今更なんだけど、それは置いておいて。

 私はエラさんの言葉に全てを察して溜息を吐いた。


「なんもかんも、最初から筒抜けだったんですね……」

「まぁそりゃ、たかが十八の女の子が仕掛けることだからなぁ」

「イザベラ様の提案も、悪い話じゃなかったしねえ」


 先輩たちは私に追い打ちをかけるかのように、各々好き放題言っている。

 彼らの言葉から察するに、どうも例のご令嬢のことは殆どの研究員が知っていたらしい。別の意味で凄いな、あの子。


「因みにどんな利益が……?」

「ん? 君が東棟(うち)の所属になるっていう」

「いやーオーレリアが残ってくれたおかげで、今年も術式研究の予算は減らなくて済みそうだよ」


「ほら、俺たちよく物壊すじゃん?」という先輩の言葉にはちょっと同意しかねるが、確かに私が携わっている「術式研究」領域は輪をかけて予算が少ないことで有名だった。


 術式研究は、文字通り術式そのものについて研究する領域だ。術式の簡略化や新しい術式の構築など、やることは幅広いが、大体の成果が地味且つわかりづらい。そのくせ実験の段階でしょっちゅう魔法を発動させるし、その弊害でよく備品を壊す。

 そのため、実戦で魔法を使う機会が少ない立場の人からは「金食い虫」と呼ばれていた。本当は術式研究こそ大事な基本なのに。


 最近は私の研究がクライド様率いる第二師団に注目されたおかげで国からの援助を得られていたが、確かにそうでもないと予算は削られる一方だ。今年は予算が増えるかも、なんて噂もされていたから、確かに私が抜けるのはまずいのかもしれない。

 というか……なるほど、そうか、王妃様の策かぁ。


「オーレリア? 大丈夫? 生きてる?」

「自分の能天気っぷりと未熟っぷりを思い知らされてるだけですから大丈夫です」

「うーん大丈夫じゃないねえ」


 部屋の隅で顔を覆う私の背をばっしばし叩き、エラさんはお酒が入ってるのか楽しそうに笑う。痛い。

 しかし人が横で大笑いしている姿を見ていると、釣られて勢いで発散したくなってくるもので。


「お、良い飲みっぷり!」

「ちょっ、オーレリアって酒飲んで良いの!?」

「ああ、お前はよその出だから知らないのか。うちの国、十八から酒飲めるんだよ」


 そうなのだ。

 そして私は、公爵令嬢としては高級で品の良いお酒を嗜む程度だが、研究員としてはいろんな物を——例えば今手に持っているような、庶民の間で一般的な安い果実酒も——平気で飲んでいる。というか、こっちの味の方が好きだったりする。

 ひとまず事態は収まったのだ。ならば、とりあえず憂さ晴らししても許される、はず……。

 だめだ考えるの面倒くさくなってきた。飲もう。


「アドルフさんお代わり!」

「えっ俺!?」

「今日は私が主役ですからね!」


 誕生日席に座らされたというのは、つまりそういうことでしょう。

 目が合ったアドルフさんに器を差し出せば、彼ははいはいと笑って新しいお酒を注いでくれた。

 うーん、こういうところは良い人なんだけど、ネーミングセンスといい、なんか残念なんだよなあ、この人。


 こうして「援護射撃ありがとうございましたあ!」と大声で叫ぶ、なんてお酒の勢いでしかできないことをやってのけたりもした私は、翌日、見事に二日酔いで地獄を見る羽目になった。

 先輩方に大笑いされたのは言うまでもない。

 今後のことについても、全く考えることができなかった。


 クライド様がやってきたのは、ようやく私がまともに動けるようになった午後のことだった。

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