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閑話 師団長の長い長い横恋慕(2)

 クライド・ロッドフォード大佐は、二十七歳にして第二師団を任されている、将来有望な軍人だ。


 ロッドフォート家の長男として、幼いうちから父親による英才教育を受け、士官学校を優秀な成績で卒業。元々彼個人の戦闘能力も高かったが、学校生活とその後の訓練の中で現場指揮能力にも優れていることが発覚。机仕事を嫌がらず癖の無い真面目な性格で以って、出世街道を絶賛爆走中のお方である。


 正直「どこの絵本から出てきたんだ」と言いたくなるくらい才能てんこ盛りのこの人は、実際とんでもなくデキる良い人だ。お陰で、表立って喧嘩を売ってくるような政敵も存在しない。ここまでくるといろいろと次元が違うなと感じるほどだ。


 そんな彼は、まあ当然の如く、女性にモテる。

 父親が侯爵という、公爵と比べて「頑張ればもしかしたら手が届くかも」なんて思わせてしまう爵位であることも大きい。加えて彼の優秀さならいずれ陞爵(しょうしゃく)するのは確実だ。

 そういった算段の元、彼は学生時代から本人の意図しないところで女性に狙われ続けていたらしい。見た目が草食系というか王子様系なだけあって、女性たちは押せばいけると思ったようだ。

 まあ実際は父親の力がとんでもなく強いのでおいそれと近づける相手ではないし、本人のそつのない対応を前に玉砕するだけなのだが。


 ところがこのクライド様、自分に向けられる好意には割と聡い癖に、自分が向ける好意には異常に鈍いという、長所とも短所とも言えないところがあった。

 まぁ、理由はなんとなくわからなくもない。だが取り敢えず今重要なのは、クライド様にそういうところがあるという点だ。


 クライド様がグレンフェル嬢とこの三年間何事もなく交流ができていたのは、ひとえにこの鈍さのお陰であった。

 いくら規格外で研究し放題のグレンフェル嬢であっても、そこは王子の婚約者。彼女は、本人の預かり知らぬところで厳重に守られている。まして研究室は実験を行えるようにもなっているため、完全に密室である。そんなところに年頃の男女二人を放り込むなんてことは、普通はしない。過ちが起きてしまえばスキャンダルどころではないからだ。


 しかし、ここでクライド様の日頃の行いと鈍さが良い方向に発揮される。

 男の鑑と言われている紳士、クライド・ロッドフォードというお方はこういった点において、周囲に完全に信用されていた。二十七になって表立って浮いた噂が一つも無いのが安心感を与えたのだろう。

 実際は他にも理由があるのだが、どうあれ、クリーンな印象は大事だ。俺も今後の参考にしようと思う。


 そんなわけで、彼はその恋心を本人も気づかぬうちに胸に秘めたまま、彼女とこの三年間、何事もなく親交を深め続けることが出来ていたのである。


 正直、鈍すぎてこの点に関しては全く尊敬したいとは思わないというのが本音だ。だが、あの完全無欠の上司に案外可愛いところがあると知った我ら第二師団の面々は、それはもう盛り上がった。

 何せ、あの下手な王子より王子らしい師団長が、恋である。しかもどうしようもない横恋慕。淡く苦い失恋で終わる可能性が高いこの事態に、俺たちは完全に野次馬と化した。こういうのは外野が一番楽しいのだ。


 一応仲間のためにも言っておくと、この野次馬根性のうちの半分以上は、純粋に師団長を応援する気持ちで構成されている。残りの何割かが混沌を極めている——日頃の嫉妬とか呆れとか焦れったさとかが主な成分だ——だけで、俺たちの根底には「二人がくっついたらいいのに」という想いがある。

 というか、普通に考えて、彼女はセドリック様には勿体無さ過ぎる。あんな子供に嫁がせるくらいならうちの上司の方がよっぽど釣り合っていると思うのだ、人間的に。



「とうとうやらかしましたね、セドリック様」


 片手で人払いを指示し、俺は棚に書類を整理しながらクライド様に声を掛けた。

 俺の言葉に、クライド様は無言で確認していた書類を机に置いた。その手つきは彼にしては珍しく些か乱暴で、書類は机の上でぱさりと音を立てた。

 好きな女が愚弄されたのだと思えば、その反応は当然だった。例え本人に一切の自覚がなかろうと。


「あのお方は……!」


 勢い良くそこまで口にしたところで、クライド様はぐっと言い淀んだ。

 視線が僅かに彷徨う。眉間に皺が寄っていて怒っているのは確実なのに、それを感情のまま素直に言葉に乗せないあたり、やはりこの人は出来た人だ。一応何を口走ってもいいように人払いをしたのだが、余計だったらしい。


「……それより、グレンフェル嬢は大丈夫だろうか」

「土壇場の度胸は王妃様直伝でしょうから、目に見えて動揺したりはしないでしょうね」


 グレンフェル嬢は妙なところで飄々としているが、それは王妃様及びその周囲のアクが強すぎるからだろう。彼女からは見るからに「常日頃から鍛えられてます」って感じの、突発の事態に対する諦め混じりの慣れが伺える。

 しかしそれは外向けの顔であり、問題は内心の方だ。


「悪い方に考えていなければいいが……」

「そう思うなら今からでも見てきたらどうです?」

「いや、流石にそれはまずいだろう。経過報告は明日だったな」

「そういえばそうでしたね」

「ならその時に。……今回の件で、イザベラ様も動くだろうな」

「となると、()()を準備しておいた方が良いですかね?」


 イザベラ様——我が国の王妃様は、優しい笑みに騙されそうになるが、その実合理主義の権化である。

 彼女が王家に加わって以来、宮廷は改革の渦の真っ只中にある。彼女はその溢れるバイタリティで形骸化している議会を叩き直しつつ、持ち前の才知で弱小国家である我が国を先進的国家へと変えようとしていた。

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