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閑話 師団長の長い長い横恋慕(1)

「グレンフェル嬢が第二王子から婚約破棄を宣言された」


 その報せは、騒動が起きたその日の内に、第二師団上層部を駆け巡り、執務室まで伝わった。

 唐突すぎて反応に困っているクライド様に代わり、補佐を務めている俺、ハンフリー・サージェントが年若い部下に真偽を確かめたところ、なんと学園の屋外広間でセドリック様自ら宣言したということで、少なくとも本人としては本気らしい。え、何やってんのあの馬鹿王子。


 ついでに言うと、彼は自らの意中の相手である男爵令嬢に悪質な嫌がらせをしたとして、グレンフェル嬢を公衆の面前で断罪したとか。貴族の女性に向かってやることではないし、礼儀知らずにもほどがある。これには状況を理解したクライド様も露骨に顔を顰めていた。

 まあ当然だろう。普通に考えて、女性に公衆の面前で恥をかかせるのは、位のある男のやることではない。社交界という戦場における女性の力は凄まじい。だというのに女性に敬意を払えないというのは、自らの力に驕っていると周囲に知らしめているようなものだ。


 王子はここ数年、自分が社交界において「色ボケ王子」と揶揄されていることをご存知ないのだろうか。そしてさらに言うと、この件において長い間王妃が静観という名の証拠集めに勤しんでいたことをご存知なのだろうか。

 大方知らないのだろう。でなければこんな事態になるはずがない。


 俺は我ら第二師団に惜しみなく技術提供をしてくれているグレンフェル嬢に思いを馳せた。

 陽の光に融けてしまいそうな淡い金髪を大雑把に一本に編み、そのエメラルドのように美しい瞳に解析補助器具であるモノクルをかけた、どこか野暮ったい少女。

 そんな彼女が、一度社交界に出れば女性の鑑のように立派に立ち回るのを、俺は知っている。


 社交界の彼女は、セドリック様の婚約者でなかったら誰もが嫁に迎えたいだろう、とんでもなく出来た女性だった。

 常にセドリック様を立て、機転が利き、男同士の難しい話にも尻込みしない。普段は物静かだが、いざ口を開けば軍人相手にする質問一つ取ってもレベルがとてつもなく高い。しかも社交のために覚えたという雰囲気ではなく、どう見ても「興味があったから進んで勉強しました」という様子なのだから凄まじい。

 これではそんじょそこらの男では劣等感が刺激されまくりだろう。流石王妃が幼少期より目をかけていただけのことはある。これでまだ十八歳というのだから、恐ろしいものだ。


 そんな、公爵令嬢にして第二王子の婚約者に相応しい教養と気品を持ち、正面から相対するのは些か恐ろしいほどであるグレンフェル嬢だが、研究室では打って変わってどうしようもない研究の虫に変わる。

 俺たちが見慣れたあの野暮ったい格好に身を包み、寝食を忘れて術式にのめり込む様は完全にあの棟の人々に馴染んでいる。しかもその研究成果は貴族の道楽のレベルを遥かに越えてしまっているから笑えない。

 社交の場での上品な姿とは真逆の、屈託の無い笑みを浮かべて成果を報告する彼女を、何度まじまじと見てしまっただろうか。



 確か三年前のある日、俺はそんな自らの感想を、クライド様に漏らしたことがある。


「グレンフェル嬢を見ていると、どちらが真実なのかわからなくなってきますね」

「そうか?」


 研究室から戻りながら、クライド様は俺の言葉に心底不思議そうな顔をした。

 俺はクライド様がグレンフェル嬢と知り合ってからこの師団に配属になった身だから、それほど彼女のことを知っているわけではない。

 付き合いの長いクライド様なら、グレンフェル嬢と話す機会も多いし、知っていることもあるのだろう。

 そう思い何気なく彼の言葉の続きに耳を傾けていたのだが。


「彼女にとってはどちらも真実だろう。……ただ、個人的には研究成果を語る彼女は、社交の場にいる時よりも活き活きとしているように見える。本当に、研究が好きなんだろうな、あの子は」


 そう優しく語るクライド様の口調になにやら熱を感じてしまい、俺はハッと彼の顔を見つめた。

 そして、俺は一瞬だけだったが確実に見てしまったのだ。

 彼の穏やかな瞳に、微かだが友愛とは別の、もっと切実な熱情が宿っているのを。

 彼を覆う、まるで懐に入れて大事に大事に守ろうとしているかのような、壊れ物を慈しむかのような優しい雰囲気を。


(クライド様、貴方って人はまたなんという茨の道を……)


 まさか、クライド様が王子の婚約者に横恋慕をするなんて。しかも相手はこの時十五歳である。

 衝撃のあまり反応が遅れてしまった俺を、当のクライド様は自覚すらないのか不思議そうな顔で俺を見ていた。



「オーレリア・グレンフェル公爵令嬢は、第二師団のトップであるクライド・ロッドフォード大佐の想い人」

 このことは第二師団内部では最早公然の秘密と化していた。

 当の本人であるクライド様が全く自覚なしというあたりが大変厄介極まりなかったが、しかしこれは裏を返せば不幸中の幸いでもあった。

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