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一 公爵令嬢、婚約破棄される。(4)

「オーレリア・グレンフェル。只今参上致しました」

「よくぞ参りました、オーレリア。さ、そちらに座って、楽になさって」


 使者に呼び出され、向かったのは王城……の、何故か王妃様が普段公務に使われている部屋だった。

 何故……? という私の疑問が顔に出ていたのか、王妃様はいつものおっとりとした優しい口調で「大丈夫よ」と笑った。


「別に取って食べたりはしないわ。今回貴女を呼んだのは他ならぬ貴女の今後にまつわる話のためだけれど、そんなに畏まる必要もありません」

「は、はあ……」

「本来ならば陛下も同席するはずだったのですけれど、東部の戦線に異常があったとの報せを受けて、軍議が入ってしまったの。東部のことは貴女も知っているでしょう?」

「はい。騎馬民族ですね。先日、常より規模の大きい襲撃があったと伺いましたが、その件でしょうか。確かこれまでとは異なる陣形を用いていたとか……」


 私の言葉に、王妃様は満足げに頷いた。

 この国の東部では今、騎馬民族による侵略が行われている。といっても簡単に言えばちょっとちょっかいをかけられている程度のもので、現段階では取り敢えず戦端が開かれているわけではない。けれど、それでも緊張状態が続いているのは確かで、こうして何かあるたびに今後の方向性について話し合う軍議が開かれる。

 因みに、東部を主導しているのはクライド様のお父上だ。


 国の平和に関わることなら私が文句を垂れるはずもない。

 というかこのようなことで王の手を煩わせることの方が恐れ多いので、どうぞ軍議に参加してください、という感じですらある。


「やはり貴女は聡明ですね、オーレリア。……ああ、だというのにセドリック、あの子は……」

「あの……王妃様……?」

「オーレリア、この度は息子が大変失礼なことをしました。あの子に代わって謝罪致します」

「な、なりません王妃様! どうかお顔を上げてください!」


 王妃様に頭を下げられるなど、畏れ多すぎて心臓が止まるかと思った。

 慌てて止めに入った私は、顔を上げた王妃様の目に光るものを見つけてぎょっとする。

 何も泣かなくてもいいんじゃないでしょうか!?

 助けを求めた周囲の侍女たちは皆素知らぬ顔をしている。

 ちょっと助けてよ、仕事してよ!


「貴女には本当に申し訳ないと思っているのです。婚約者に公衆の面前で恥をかかせるなど……あの子は男の風上にも置けません」

「私の方こそ、このような事態を未然に防ぐことが出来ず、大変申し訳ありませんでした。私が自らの責務を果たしていれば、セドリック様を諌めることも出来たはずなのに……」

「いいえ、貴女の研究については私も聞き及んでいます。貴女の研究は間違いなく我が国にとって必要なもの。だというのにあの子は、貴女が研究に勤しんでいるなか、東部の争いにも目もくれず恋の熱病に浮かされて……貴女という素晴らしい婚約者を持っているというのに、なんという愚行を……」


 うっうっ、と絹のハンカチを目頭に押し当てる王妃様に、私は流石にちょっと引いた。

 いやだって、ショックを受けすぎではないか、流石に。というか、私の評価高すぎやしないか。


 第二王子に相応しい気品と教養を得るために、確かに幼少期から様々な教育を受けてきた。しかし学園に入学して以降は、研究棟に通う中で研究員の人たちにも触れ、自分でも俗っぽい人間になったなあと思っているのだ。

 「国からお金が降りてるから!」なんて理由にかこつけてやりたい放題だったし、それこそ不良令嬢だと思っていたのだが、どうやら王妃様の中では違っているらしい。


 でも確かに、我が国の現王妃様は歴代の中でも変わった方なのかもしれない。

 おっとりした雰囲気といつも笑みを絶やさない穏やかな性格から、王妃様は国民から広く慕われているお方だ。

 そんな彼女だけれど、結婚当初は気性の激しい現王様とうまくやっていけるか、周囲から不安視されていたのだという。王妃様は今や大公と呼ばれている名家の出で、根っからのお嬢様のようだったから、王様の性格についていけないだろうと思われていたのだ。


 ところが、いざ蓋を開けたらこのお方、とんでもなく頭のキレる人だったのだ。


 早々に王様の性格を把握した彼女は、直ぐに彼の弱点を見抜き、それを補えるように備えた。王からの当たりが強いにも関わらず笑顔を絶やさず、かといって受身なわけでもない。的確に彼の痛いところを抉るその話術は絶妙で、いつも彼が怒りを爆発させないぎりぎりのところを狙い撃ちし、その更生に一役買ったという。加えて外交手腕も凄まじく、その美しい笑顔でどんなに難しい場面も乗り切ってしまう。反発を受けやすい王様をフォローする政務での姿は、今や我が国の女性の憧れだ。

 そうして政略結婚から信頼を勝ち得て、ついには愛も手に入れたこの国の影の功労者が、今現在私の目の前で涙を必死に堪えている王妃様である。

 ……そういえば私、この人のように愛も手に入れられるようになりたくて頑張っていたんだったなあ。


「……ごめんなさいね。私、貴女にとても期待をしていたから、あの子のことが許せなくって」

「寧ろ私としてはそのご期待に応えられず申し訳ない限りです」

「そう言ってもらえるととても嬉しいわ。……さて、貴女の今後についてなのですけれど」


 漸く気を取り直したのか、王妃様は真っ直ぐ私を見つめた。

 その凛とした姿に、私も思わず背筋を伸ばす。


「今回の件について、まず大事なのは、王家の側に非がある、ということです。婚約破棄というのは書類を交わして正式な場で行って初めて可能になること。それをあたかもあの場で、自らの一存で行うことが可能であるかのように振る舞ったあの子に問題があります。ここまでは良いかしら?」

「はい」

「加えて、あの子は周囲の虚偽の報告により、ろくな精査も行わず公衆の面前で貴女を糾弾した。この際挙がった内容については私の方で事実確認を行った結果、全て事実無根だということがわかりました。これについても異論はありませんね?」

「ええ。王妃様のお手を煩わせてしまい、申し訳ありません」

「これくらいは当然のことです。婚約破棄と糾弾、この二つの件において、あの子の振る舞いは王家の信頼と公平性を疑わせるものでした。彼にはこのことを重く受け止めてもらう必要があります。ましてや自己を正当化するなどあってはならない。よって私たちはあの子に相応の責任を負ってもらうことを決めました」


 そう淀みなく語る王妃様の言葉は理路整然としていて、私に反論の余地はない。


「しかし一方で、貴女が言っていたように、婚約者ならばこのような事態を防ぐよう積極的に動くべきだった、という指摘もありました。こちらに関して、私の方で調査を行ったところ、貴女はこの数年、研究に勤しむあまり、あの子と顔を会わせる機会そのものが減っていたという報告を受けています。これは事実ですか?」

「事実です」

「正直に答えてくれてありがとう。確かに貴女の研究者としての働きは素晴しいものです。それは誰にも否定できません。しかし、少数ながらこのような指摘があることも事実。よって、私たちは今回の件を受けて、一つの結論に達しました」


 王妃様がそこで言葉を切る。

 私は緊張しながら続く言葉を待った。


「オーレリア・グレンフェル。貴女と我が息子セドリックの婚約を正式に破棄致します」

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