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一 公爵令嬢、婚約破棄される。(3)

誤字と一部台詞の修正を行いました。

10.19:クライドの実家の表記に関して、さらに修正を行いました。度々申し訳ありません。

「グレンフェル嬢、こんにちは。……出直してきた方が良いかな?」

「わああすみません! 直ぐに準備できますので、そちらにお掛けになってお待ちください!」


 私の研究室を覗き込んだクライド様は、私の様子を見て取ると苦笑しつつ研究室のソファに掛けた。

 鎧を纏わず、軍服姿だけれども、その所作は洗練されている。今日も肩に掛けた青いマントが似合っていらっしゃって、非常に眼福だ。

 私が慌ただしく資料を揃える間、彼は何を思ったのか私を興味深そうに見つめていた。


「お、お待たせしました……!」

「構わないよ。寧ろ君が慌てているのを見るのが珍しくて、ちょっと楽しかった」

「いやもう、お恥ずかしい限りです……」


 そう言ってにこやかな笑みを浮かべるクライド様。

 栗色の髪に青い瞳のこの美青年が軍の、しかも師団を率いていると初めて知ったときは、俄かには信じられなかった。いつもにこやかな笑みを浮かべ、年上の余裕を崩さない、人を殺せなさそうなこの人が、と。

 ちなみに師団を率いているということは、佐官なのは確実。クライド様のご実家は実力主義で有名だから、実力で勝ち取ったものなんだろう。


 ちなみに、爵位が下であるはずのクライド様が私に気軽に話しかけられるのは、今この場では私がただの一研究員でしかなく、家名を背負っていないからだ。

 その証拠に、私が王城に公爵令嬢として赴いた場合、彼は私を見かけても決して話しかけてこない。


「さて、先に要件を済ませてしまおう。前回君が提案していた簡易術式展開兵器について、軍内部で話をすることができた。反応としては上々だったよ」

「よ、良かった……!」

「もし運用試験を行うなら是非協力したいと皆が言っていた。勿論私も賛成だ」

「こちらの方では一応術式に必要な要素の研究は終わっていますので、あとは実際の構築段階と簡略化、パッケージングですね。引き続き研究を進めていきます」

「頼む。これが実現したら大型の魔物の対処が格段に楽になるだろうからね」

「わかりました」


 資料を読むクライド様の向かいに座り、メモを取りながら経過報告を行う。

 彼の師団が王都周辺地域の防衛を担っている関係で、クライド様は私の研究室によくいらっしゃる。偶然私の研究成果の一部に興味を持った彼が、私に声を掛けてきたのが始まりだ。

 彼のお陰で私の研究に国が意義を見出してくれ、研究予算がもらえるようになったのだから、私としては恩人のようなものである。


 私と九歳しか離れていないのに、この有能さと人格の良さはとんでもないと思う。

 これで独身って言うんだから、人間わからないものだ。


「そういえば、先日お渡しした火属性上級魔法の新しい術式は、いかがだったでしょうか……?」

「ああ、そのことも伝えようと思っていたんだった! あれは本当に有り難かった。従来より二工程は簡略化されていただろう? 展開速度が上がって使用者にかかる負荷も減った。暴発もなかったし、十分実用に耐えうるはずだよ」


 そう興奮した面持ちで語るクライド様に、つられて私も嬉しくなってくる。


 魔法とは、結果的に正しく組み上げさえすれば、どんなに長い術式だろうとどんなに短い術式であろうと同様に展開される。つまり、算術の授業で言うなら「解法の異なる無数の別解が存在する」類のものだ。

 しかし、長ければ長いほど術式には余分な手間がかかり、発動までに時間がかかる。よって、魔法の分野では「簡略化」や「合理化」という観点が非常に重視されている。私たち研究者は、新しい魔法の開発だけでなく従来の術式を簡略化すること——私たちはこれを「美しい術式を組む」と呼んでいる——にも情熱を注いでいるのだ。


「……すまない、ついはしゃいでしまったようだ」

「いえ、私が組んだ術式が役に立てたようですごく嬉しいです」

「あの術式を初めて使ったときの皆の様子を、貴女にも見せたかった。あの喜びようと言ったら……他の師団には羨ましがられてしまったよ」

「でしたら、今後も実用化に向けて、頑張って簡略化していきますね」


 そこまで喜ばれているなら、研究者冥利に尽きるというものだ。

 次は雷魔法に切り込んでみようか。あれも結構工程が複雑だったはずだ。

 ぐっと拳を握りしめ、そう意気込んでいた私を見て、不意にクライド様が「良かった」と言った。


「どうしたんですか、クライド様?」

「君が元気そうで良かったと思ってね。昨日の話を聞いて、もしかしたら落ち込んでいるんじゃないかと思っていたんだ」


 昨日の話——婚約破棄。

 ……はっ、そういえば、私、研究室を追い出されるのでは!?

 クライド様の言葉にそうだったと、先程までの絶望が一気にぶり返した。

 そんな私の豹変っぷりに驚いたのだろう、クライド様が慌てて私に声を掛けた。


「す、すまない、私のせいで……!」

「クライド様、すみません、もしかしたら私、今後研究ができなくなるかもしれないんです……!」

「……は?」


 私の言葉に、クライド様は「何を言っているんだ?」と言いたげな顔をしていた。

 えっ、なんでだ。普通でしょう。


「公衆の面前であのような事態になってしまったんです。それを未然に防げなかったのは私の落ち度。加えて王家の威信もありますし、何かしらの処罰は食らうはずです」

「……ちなみに、貴女は具体的にどのような処罰が下ると考えているんだい?」

「良くて謹慎、悪くて絶縁または修道院送り、といったところでしょうか……どちらにしろ、研究室に出入りができなくなるのは確実かと……」


 正直、婚約破棄自体は諦めがつくけれど、研究の方は全く諦めがつかない。

 そう正直に述べた私に、クライド様は何やら複雑そうな表情をしていた。


「恐らくだが、そう酷い事態にはならないと思うから悲観しなくて良い」

「慰めの言葉をありがとうございます……とりあえずこれまでの研究は引き継ぎを……」

「慰めでは無いんだが……ここだけの話、恐らく今日中に何らかの沙汰は下されると思うから、まあ気軽に構えていていい。もしかすると、貴女にとっては寧ろ最高の条件かもしれない」


 クライド様は王城に出入りしているだけあって、内部でどのようなやりとりがなされているかも知っているようだった。

 研究員たちと同じく楽観的な様子のクライド様に、私は沈痛な表情しか返せなかった。




 クライド様が退室してから、私は早速研究を引き継ぐための資料作りに取り掛かった。

 私自身は引き継ぎをしようがしまいが全く困らないけれど、私の研究が止まってしまったらクライド様の師団が困る。


 取り敢えず現状行っている研究についてまとめていた私の元に、その日、王城からの使者がやってきた。

 クライド様が仰っていた通り、此度の婚約破棄騒動に関して、私の処遇が決まったとのことだった。

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