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一 公爵令嬢、婚約破棄される。(2)

 あの婚約破棄騒動の翌日。

 一夜明けたにも関わらず、王族側からも実家側からも未だに何も連絡がなくて、それがかえって不気味だった。


「良くて謹慎、悪くて絶縁または修道院送り、といったところかしらねぇ……」


 私は今後を思い溜息を吐いた。

 どちらにしろ、今いる研究室と手に持っている実験器具とはおさらばしなければならないだろう。

 実は私は婚約破棄それ自体より、こちらの方が悲しかったりする。



 さて、ここで少し私自身のことについて話しておこう。

 私、オーレリア・グレンフェルはこの国の公爵の娘として生まれた。因みに一人娘である。

 このグレンフェル家は遡れば王女殿下が嫁いだりもしており、由緒正しい家柄だ。まして父ザカライアは身内の贔屓目を抜きにしてもとんでもなく優秀で、そんな家に生まれてしまった私が、同い年のセドリック様の婚約者となるのはまあ当然の結果だった。

 そして、肝心の私は、大変ありがたいことにそんな父の才覚の一部を持って生まれてきたらしい。とはいっても、発揮されたのは父のような文官向きの方向ではなく、理系型——具体的には魔法の分野において、だったけれども。


 魔法という存在の扱いについては古今東西、時代によって様々だが、この国において、魔法は科学に分類されている。なぜなら、魔法はこの世に漂うマナに対し術式を与え、様々な法則を組み立てる——すなわち、式と演算によって成り立っているからだ。

 魔法というのは、突き詰めれば「膨大な演算を元に、特定の事象が引き起こされるよう術式を構築すること」を指すのだ。

 この魔法を理解するためには、術式を解析する力だけでなく、演算し、思考し、一から構築する力が求められる。

 私はこの一連のプロセスに関して普通より少しだけタフであった。術式に関してなら一日中どころかいつまでも考えていられる。兎にも角にも研究者気質だった。


 そんな私は貴族の子どもたちが通う学園に入学するなり、そこに併設されている東棟——又の名を研究棟である——に入り浸った。

 毎日毎日、人脈作りの合間に暇さえあれば研究棟に行き、一回りもふた回りも離れた研究員たちの試行錯誤を間近で見ていた。

 そんなこんなだったから、後はお分かりだろう。

 学年が上がるにつれて、私は飛び級を重ね、ついには研究棟に一室もらえるまでになってしまったというわけだ。


「やだよ〜ここから出たくないよ〜」

「机に突っ伏してどうしたんだい、オーレリア」

「アドルフさん!」


 聞きなれた穏やかな声に振り返れば、そこには研究棟の先輩であるアドルフさんがいた。


「この部屋を手放すことになるのかなあと思うと悲しくて悲しくて……」

「ああ、昨日広場であったやつか」

「ちょっと、笑い事じゃないですよ」

「もしかして、謹慎とか絶縁とか考えてたりする?」

「勿論! あんな場所で破棄されたんですから、それ相応のことはあるかと……」

「うーん、正直君の考えすぎだと思うよ」


 アドルフさんはいつものおっとりとした雰囲気のまま、なんてことないように言った。

 すると、廊下を歩いていた他の先輩たちも「そうだそうだ」と口々に言い始めた。


「第一口で言ったってどうにもならんからなあ」

「こういうのは王子の一存だけじゃ決められませんからねえ」

「そうだぞオーレリア! 寧ろ本当になっても『あの世間知らずから離れられて最高!』ってなもんだろ」

「ちょっ、不敬罪で捕まりますよ!?」


 研究棟の中でも思考が過激な人が叫び、流石に止めに入る。

 彼ら研究棟の人々は、元々研究に身を捧げるような人たちなので、公爵というやたら大層な身分の私に対しても気さくに接してくれる。学ぶ意欲のある者に身分は関係無いらしい。しかしその代わり、外では不敬罪を恐れて言えないような過激なことを平気で口走るから大変だ。

 どこに王家の監視の目があるかわからないっていうのに、度胸があると思う。


「とりあえず、家からも王宮からも呼び出しは無いんだろう?」

「ええ、まあ……」

「なら普通に過ごして大丈夫だって。それに、今日は確かクライド様がいらっしゃるんじゃなかった?」

「そうだクライド様! すっかり忘れてた!」


 アドルフさんの言葉に、私は慌てて立ち上がった。

 そうだ、彼の訪問に備えて、資料の確認をしなければならなかったのだ。昨日の婚約破棄騒動のお陰ですっかり忘れてた!


「うわっもう時間が無い! 早めに準備しておいてよかった……!」


 えーっと、研究の経過報告書はこれでしょ、術式の概要図はこっちで、効果範囲の理論値の資料は……あれっ!? どこにやった!?

 雑然としている研究室内で、私は用意したはずの資料を探してあたふたと動き回る。

 そんな私を見て、先輩方は「よしよし、いつものオーレリアだな」だとかなんとか言いながらそれぞれの研究室に戻っていった。


 失礼な、私だって普段はもっと落ち着いているはずなんですけど。


 しかしそんな私の奮闘も虚しく、事務の方がクライド様の訪問を告げたのだった。

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