一 公爵令嬢、婚約破棄される。(1)
「オーレリア・グレンフェル! 貴様との婚約を、今ここで破棄させてもらう!」
(やっちまったー……)
眼前にびしっと突きつけられた形の良い人差し指。
曰く「最愛の人」である少女——男爵家の方だったっけ?——を片手で抱いた我が婚約者、この国の第二王子ことセドリック様の口から放たれた言葉に、私は「あっちゃー」と額に手を当てた。
(放っておいたのが不味かったわね……)
確かにここ最近、彼の方を全く構えずにいた。
お母様が「恋は駆け引きが肝心」って言っていたのをすっかり忘れていたわ。適度に愛想良くして、押して引いてを繰り返すべきだった。
加えて、せめて週三は様子を覗きに行くべきだったかもしれない。
因みに今までは週一会いに行ければまだ良い方でした。
いやまあ、政略結婚だから恋なんて目覚めるかも怪しいんですけどね?
でもほら、折角残りの半生嫌でも一緒にいなきゃいけないなら、せめて友好的な関係でいたいでしょう? その結果としてお互いに情を感じられたら尚良いことだ。
だから一応、努力はしていたのだ。でも……うーん、努力不足だ、反省点が多すぎる。
とまあそんな具合に思い当たる理由は多々あるので、取り敢えず殊勝なふりをして続く言葉を待つことにした私。
そんな私の姿を見て衝撃を受けているとでも勘違いしたのか、セドリック様は、堂々と私の糾弾を始めた。
それも真昼間の学院の、屋外広間の真ん中で。
「聞けば貴様はニーナに繰り返しいじめを行い、学校内に圧力をかけ彼女を孤立させたという話ではないか! そしてあまつさえ、彼女を危険な薬品が並ぶ管理室に誘い込んだと……」
「すみません、心当たりが全くないので詳細を伺ってもよろしくて?」
「貴様……とぼけるというのか……!」
「セドリック様! もういいんです! もう止めてください!」
「何を言っているんだ、ニーナ! 悪いのはこの女なんだ。辛いとは思うが、あともう少しで悪事がすべて暴かれる。いろいろ思い出してしまうかもしれないが、今は耐えてくれ」
「セドリック様……」
白昼の明るい広間で堂々とベタすぎるやりとりが交わせる二人はなかなか剛の者だと思う。その度胸を私に分けて欲しい。
私はセドリック様の側近の青年が読み上げる罪状らしきものを右から左に聞き流しながら、二人の茶番劇が終わるのを見守った。
案の定、挙げられる罪状はどれもこれも身に覚えがなかったし、犯人は私ではないと第三者からお墨付きを貰えるようなことばかりだった。
あ、そういえば実験途中の魔法がそのままだったわ。
「盛り上がっていらっしゃるところ大変申し訳ないのですが、一度研究室に戻らせて頂いても構わないでしょうか。実は実験途中の魔法が起動したままなのを忘れておりまして」
「そんなことを言って、どうせ逃げるつもりだろう!」
「逃げませんし嘘でもありません。私がセドリック様の部下の方に強制連行される寸前まで実験中だったことは、管理の人間が知っていることですわ。第一今回の実験は事前申請を出すほどの規模ですので、放っておいたらそこそこ大変なことになってしまうかと——」
「お前ら、この女を捕まえておけ!」
セドリック様の学友の方々に腕を捻りあげられ、地面に伏せさせられる。
仮にも公爵令嬢の言葉を遮らないでもらいたい。あと容赦無さすぎじゃないか。
というか、私の予測が正しければ本当にあと五秒くらいで大惨事になるんだけど——
と思った丁度その時、丁度一棟分挟んだ向こうにある東棟の屋根が爆風で勢い良く吹き飛んでいった。
だから言わんこっちゃない。あれは私の研究成果の仕業だ。
辺りに響く轟音に、外にいた生徒は皆何事かと驚き、しゃがみこんだ。レンガの粉がこちらまで飛んできていて、私は騒然とする周囲をよそに「うーん、起動時間の計算ミスったな」と脳内でメモをとる。
遠くから「またグレンフェルの馬鹿娘かー!!」と学部長が叫んでいるのが聞こえた。
(ごめんなさい、でも今回は不可抗力です!)
因みにニーナさんとやらはちゃっかりセドリック様に抱きついていた。
「言ったでしょう、放っておいたらそこそこ大変なことになってしまう、と」
「お前が……あれを仕掛けたのか……」
「何か勘違いをされていらっしゃるようですが、あれは私が先ほどまで実験していた魔法が爆発したものでして、完全なる事故です。大体着の身着のままでこんなところに引きずり出されたのです。実験の中止など出来るはずがなかった」
「また貴様は出まかせを……!」
「セドリック様。失礼を重々承知で申し上げさせて頂きますが、貴方はもう少し周囲の言葉に耳を傾けた方が良い。その上で、貴方自身の手できちんと情報を精査なさってください。事実は探せばちゃんとそこにあるはずです」
確かに私にも至らない点はあったと思う。というか、こんな事態になるまで放っておいてしまったところに関しては結局私の落ち度でしかない。
私は仮にも第二王子の婚約者であり、もし第一王子に何かがあったら王妃になるような人間だ。ならば本来なら、こうなる前に手を打ち、周囲に無様な姿を晒さないように立ち回るべきだったのだ。
けれどやっぱり、セドリック様は少々視界が狭いところがあるように感じる。
だからどうしても、例え婚約破棄されるのだとしても、第二王子の元婚約者として一言言っておきたかった。
ニーナとかいう子は、こういうことを彼に言ってくれないような気がしたから。
その後、爆発の後処理の関係で私が東棟に向かう必要ができてしまい、その場は流れで解散となってしまった。
あの場の婚約破棄は口頭だから拘束力はないけれど、公衆の面前であれだけ盛大にやってしまったのだ、覆しようがない気がする。動機は正直理解しかねるけれど、婚約破棄それ自体は受け入れるしかないだろう。
私は自らの処分を大人しく待つしかなかった。