にいちゃんはうちゅうじん
◆
にいちゃんは、いつものように両うでを前に出して、てのひらを上にして、じっと空の星をみあげてだれかにはなしかけるようにしていました。
「よーし、おわり」
と言って、にいちゃんはさつきと手をつないで夕日のまちを歩きます。
やさしくて、たのしくて、おもしろいにいちゃんのことがさつきは大好きです。
わたしは、さつき。十さいです。
にいちゃんは、十二さい。
さつきのにいちゃんはうちゅうじんです。
ふつう、わたしたちがこのせかいに来るときって、こうのとりさんがお母さんのところに赤ちゃんを運んでくるそうなのですが、さつきのにいちゃんはちょっとちがったそうです。
むかし、ママが、スーパーの帰り道、ふしぎとむなさわぎがして、ふと竹やぶににいったところ、光る竹があったんですって。
パパをよんできて、その光る竹を切り取ると、おとこのこの赤ちゃんがいたそうです。
それが、その赤ちゃんがうちゅうからやってきたというしるし。
お母さんとお父さんは、子どもがいなかったので、たいそうよろこんでその子をむかえいれました。
その子は、すくすくとふつうに育っていきました。
その子が、今のうちのにいちゃん。
にいちゃんは、うちゅうじんです。
さつきとおなじで、背は前から三番目くらいです。
見た目は、人間と全く変わりません。
わたしたちと一緒に暮らしています。
そして、わたしたちと同じ言葉を話し、わたしたちと同じ食べ物を食べます。
でも、ちがう星にいた時のことやそれがどんな星だったのかは、もうあんまり覚えていません。
まるっきり地球の人と見分けがつきません。
だったら、何が人間と違うかと言うと、
にいちゃんは、あたまにふしぎなアンテナを持ってます。
むねのあたりを光らせることができます。
それは、人間には見ることができないんですって。
お母さんもお父さんにも見えません。
にいちゃんは、人に分からないことがわかります。
「トイレそうじをして、くつをきっちりならべると、おこづかいをたくさんもらえるよ。」
そう、さつきに言ってくれたことがありました。
さつきは、
「そんなのうそだー」とおもいながら、ためしに、一週間、トイレそうじと、くつならべをやってみました。
パパのおしごとがうまくいって、プレゼントをもらえたそうで、いつもよりとくべつにおおくおこづかいをもらえたとおもったら、しんせきのおじさんがきておこづかいをくれたりしました。
「ほんとうだ!なんで?」
にいちゃんは、にこにこ笑って
「ほら、言った通りだろ」といいました。。
ほかにも、こんなことがありました。
「あさって、ちいさなじしんがおこるよ。」
にいちゃんは、そういいました。
「えー?うそでしょ?」
と思っていた、二日後に、
ミシミシミシ。
ユラユラユラ。
本当に、家がゆれました。
「なんでわかったの?」
「さあ、なんでかな。」
また、ある日。
「運を良くする方法をおしえてあげる。知りたい?」
とにいちゃんは聞いてきました。
さつきが、
「うん!知りたい!教えて教えて!」
というと、
にいちゃんは、
「じゃあね、この魔法の呪文をいつもとなえていたらいよ。
“私は運のいい人間だ!”
“ついてる!”
そう口ぐせにしているだけで、ほんとうにそうなるから。」
さくらは、にいちゃんのいうことが信じられませんでした。
「それくらいで運がよくなったら苦労なんかしないよお。にいちゃん。」
とはいったものの、
すぐに、さつきは、
「ついてるついてる」
「私は運がいいんだ!」
と毎日ぶつぶつ言い始めました。
学校では、
「さつき、なんか変。洗脳みたい。」
といって笑われました。
さつきは、ほんの少し自分がおかしくなったみたいで、はずかしくなりました。
でも、小さな声で、言い続けました。
そうしていると、ふしぎなついてることが次々と起こり始めました。
欲しかった本を誰かがくれたり、
楽しくて好きな友達がたくさんできたり、いじわるをしてくる人がいなくなったりしました。
にいちゃんはさつきにこうせつめいしてくれました。
「あのね、ちきゅうの人間はみんな、
目に見えるもの、耳で聞こえるもの、手でさわれるものだけがほんとうのものだって思ってる。」
「そんなのあたりまえじゃん。」
「じつは、それだけじゃないんだよ。」
「はー?いみわかんねーし。」
にいちゃんは、にっと笑って、さつきにだけこっそりとくべつに見せてくれました。
にゅっと、あたまからアンテナのようなものが出ます。
そして、むねのあたりがストーブとけいこうとうをまぜたみたいなぽっかぽかあたたかい光になっています。
「うちゅうもちきゅうも、くるくるまわってる。
にんげんやどうぶつとおなじように息をしていて、生きてるんだよ。」
「ほんとうに?なんでわかるの?」
「見たり、聞いたり、さわったりできないほど、おおきなおおきなこと。
だけど、このアンテナをつかって知ることができるんだよ。」
これでね、見えないし、聞こえないし、ふれることもできない、うちゅうのことを見たり聞いたりさわったりするのさ。」
「なにそれなにそれ?いいなー!さつきもほしいほしい!」
「ほんとうは、地球に住んでる人間、みんながもってたはずなんだけどなあ。」
にいちゃんは、ふと道にある木に近づきました。
「これ何に見える?」
「えだじゃん?」
にいちゃんがそのえだを取ると、えだは動き始めました。
「じつは、虫なんだよ。
・・・じゃあこれは?」
「はっぱ。」
これも、にいちゃんがつつくと、羽をひろげて飛んでいきました。
「これも、実はガの一種さ。
こんなふうにして、見えるものの中には、見えないものがたくさんかくれている。
目に見えるもののすべては、目に見えないものに支えられているんだよ。」
そう語る兄ちゃんの目はきらきらとかがやいていました。
◆
にいちゃんはがうちゅうじんであることを知っているのは家族だけです。
おとなもこどもも、うちゅうじんがいるなんてことを信じようとしないからです。
にいちゃんは、すごく頭がいいです。
どんな計算も一瞬でできます。三けた×二けたの掛け算も一瞬で解いてしまいます。れんりつほーてーしきとかさいんこさいんとかいんてぐらるとかしぐまとかわけの分からないこともやってます。
社会科の教科書の内容も何ページに何が書いてあるかとかみんな覚えています。
外国語も英語だけではなくてドイツ語もスペイン語もギリシャ語も、昔の言葉もみんなできます。
絵が上手いです。ピカソやゴッホの絵みたいなすごい絵を描きます。
音楽もできます。ピアノもバイオリンもギターもすごいです。
でも、学校では、決してテストでは百点は取りません。
絵もみんなとおなじような絵をかきます。わざとです。
ずるしたと疑われるから。
うちゅうじんであることをかくして、ふつうの人間のこどもみたいにいっしょうけんめいふるまっています。
きっと、虫たちが枝や葉っぱに化けてるみたいに、にいちゃんも人間に化けているのかしら。
にいちゃんはすごくあたまがいい。でも、アホです。
にんげんの住んでいる世界のことはよくわかりません。
ほんとうによくわからないみたいです。
にんげんの世界のちしきだけは、何でも知っているくせに。
おはしがうまく使えません。(うちゅうの食事のしかたはちがうみたいです。)
サッカーやドッジボールがまったくできません。(そんなゲームはうちゅうにはないみたいです。)
自転車に乗れません。(もちろん、うちゅうには自転車はありません。)
バイオリンはひけるのに、リコーダーが吹けません。(うちゅうにも楽器はあるそうですが、似たものとないものがあるそうです。)
ものすごく難しい話をするのに、人の話をほとんど聞きません。(うちゅう語とちきゅうのことばは伝わり方がちがうんだって。)
すぐに、じぶんのおでこと人のおでこをひっつけます。(これは、うちゅうでのいっぱんてきなあいさつだそうです。)
しかも、いまだにたまにおねしょをします。(これはなんでかわかりません。)
話しかけて、返すのに数秒かかることがあります。(ちきゅう語とうちゅう語の「ほんやく」というのをしているみたいなんですって。)
すごく変わったにいちゃんでしたが、さつきもパパもママもにいちゃんのことが大好きでした。
◆
そんなさつきのところに新しい女の先生がやってきました。
ハルカ先生。
目がふたえで、おっとりとしています。長くてきれいなかみのけです。
すごくやさしくて、すてきな先生でした。
ハルカせんせいは、いつもニコニコしていました。先生のおかげで、いままで大嫌いだったおべんきょうがこんなにたのしくてむちゅうになれるものだとは知りませんでした。
せんせいのくせに、こどもといっしょにあそんで、喜んだりくやしがったりします。
でも、さすが大人です。
けっても、悪口を言っても、いたずらをしても、おこらないで逆に、ほめてくれるのです。
「あなたのそんなところ、元気があっていいわね。
でも、みんなの喜ぶことにつかえたら、もっと素敵ね。」
これを、何回かやられると、いじわるをしていた子も、もういたずらなんかできません。
だって、心が、いやーなかんじになりますもの。そのことをなんとなくわかっていますもの。
自然といいことをしはじめるようになります。
そして、そのことは、なんだかわからないけれど、うれしいきもちになるのです。
さつきは、ハルカ先生が、とおくでみんなのことをみているのをみていました。
すると、頭の上から、
「にょっ」とみなれたアンテナが立っています。
そういえば、ハルカ先生の胸はたまに光っています。
「あれ・・・。
これ、にいちゃんとおんなじだ。
ほかの人にはやっぱりみえないのかな。」
そんなことを思いました。
◆
さて、さつきの学年には、ゴジラ先生やウルトラマン先生がいます。
ウルトラマン先生はせいぎのみかたなので、
「なんでもみんなおなじ」でないと、ゆるしてくれません。
みんなが遊んでいる中、ひとり本を読んでいたり、絵を描いていたりする子どもをゆるしません。
さつきたちが楽しそうに遊んでいるところにいつもわりこんできて、
「宿題は終わったの?遊んでいないで勉強をしっかりしなさい。」
ということばかり言ってきます。
ウルトラマン先生は正義の味方です。間違ったことは許しません。
おはしのもちかたや上げ方が少しずれていると、スペシウム光線を発し、何分もそのことで注意されます。
最後には、
「あなたのためを思って言ってるんだぞ!感謝しなさい!」
でいつもしめくくります。
なんだか、さつきはすなおに感謝できません。
そうやって、素直になれない自分がなんだかやっぱり悪い子のようにおもえてきたりもするのです。
ゴジラ先生は、いつもイライラしています。
いつも、周りの人たちの小さなまちがいを見つけては、大声でさけんで、炎をはきます。
「こんなんじゃおまえはダメだ!」
「また、おまえか!まったく!」
といいながら、ほうしゃのうをはきます。
それで、何回か、やけどをしたことがあります。
ある日、ウルトラマン先生や、ゴジラ先生が、
さつきたちの目の前で、ハルカ先生に、スペシウム光線を出したり、ほうしゃのうをはいているのをみました。
ふたりが立ちさった後、ハルカ先生は、
なんともいえない顔つきで空をみあげていました。
さつきは、ハルカ先生に近づきます。
「あらあ、さつきちゃん。どうしたの?」
ハルカ先生は、なんでもなかったようなあのやさしい笑顔です。
さつきは、聞きました。
「ねえ、せんせいって、じつは、うちゅうじん?」
いっしゅん、時間が止まったようにかんじられました。
せんせいは、おどろいたように目をまるくして、さつきのほうを向きました。
「なんでわかったの。」
「だって、たまにアンテナだしてる。むねをひからせてる。」
「見えるの?これ・・・?おかしーな。地球の人間にはみえないはずなんだけど。」
「さつきのにいちゃんもうちゅうじんだもん。」
「あらー、そうなの。
だったら、話がわかるわね。」
先生はちょっとうれしそうでどこかほっとしたような安心したような顔つきをみせてくれました。
「うふふ。
わたしね、お父さんが、川でせんたくをしていたら、UFOが流れてきて、そのなかにいたんだって。」
「へー。
うちのにいちゃんは、竹のなかにいたんだって。」
「じゃあ、さつきちゃんのおにいちゃんと、私は近い星かもしれない。」
「へえ!いろんな星があるんだあ。みんな、そんなアンテナや光を持ってるんですか?」
「ええ、基本的には。
くせなのよー。アンテナ出しちゃうの。」
「なんで?」
「だって、私たちうちゅうじんはね、アンテナを出さないと、なにも分からなくなるの。
息ができなくなるみたいに苦しい。」
「え?そうなの?」
「だから、ときおり、アンテナをだして、だいじなじょうほうをわかっているひつようがあるの。
あのね、うちゅうじんにとって、アンテナなしで生きるってことは、水中めがねなしで海を泳ぐみたいななにもみえないかんじなんだよ。」
「へええええ。つまり、そのアンテナはうちゅうじんさんにとってのめがねみたいな役割なのね。
さつきたち、ちきゅうじんは、そんなアンテナなくたって生きていけるからよかったなあ。」
先生は、ふしぎな顔をして、聞いてきました。
「逆にききたいんだけれど、どうして、ちきゅうの人たちは、アンテナなしでうまく生きていけるのかしら。」
「え?
だって、みんなみんなそんなアンテナなんてなくたって、うまくやっていけているよ?」
「それは・・・電気もない真っ暗やみの中で、みんな電気を持ってないまま、なんとかてさぐりで生きているくらい不思議なことだわ。」
さつきはそう言われて、ちきゅうじんとはうちゅうじんにくらべてものすごくそんをしているんだなあと少しくやしくなりました。
「ねえねえ、せんせいはさ、自分のいた星のこと覚えてる?にいちゃんはおぼてないんだって。」
「おぼえているわよ。」
「せんせいのいた星ってどんなところ?」
「さつきさん、あなただけに教えてあげる。
文明がものすごくはったつしていて、みんなたのしくくらしている。
もちろん、せんそうなんてないよ。
何でも、ほかに聞きたいことがあったら聞いて。」
「うちゅうじんは何食べてるんですか?」
「地球人とおなじものを食べることもできるけれど、太陽エネルギーとか宇宙エネルギーをとりこんで生きてるよ。」
「ふしぎー。」
「地球人こそ、牛や豚や魚の死体の肉とか、草とかを食べていて、気味が悪い。」
「死体って・・・そんな言い方しないでよ。たしかにそうだけどさー。
・・・どうやって、地球にきたんですか?」
「四次元以上の場所を通ればすぐですよ。昔や未来にまで行くことができます。」
「四次元?ドラえもん?よくわかんない。」
「わからなくていいよ。宇宙の真ん中には、この世界のすべてを見わたせる場所がある。
いったん、そこまで行くの。
そこからだったら、宇宙のはしっこからはしっこまでどれくらいはなれていても、すぐに移動することができるの。」
「なるほどー。
新幹線の駅か空港に行ったら、そこからどんな遠いところでも短い時間で行ける、みたいな?」
「似てる。そんなところね。」
「ところで、お金はあるの?どんなお金を使ってるの?」
「お金はありません。」
「だったら、どうやって生活してるの?」
「星には、必要なものがみんなそろっている。
家でも車でも食事でも洋服でも本でも。
誰が、自由にそれを使ってもいいのよ。
だから、お金なんて必要ないわ。」
「勝手にそれを取って使っていいの?」
「ええ。」
「だったら、どろぼうしほうだいじゃない?」
「ああ、地球人はこれだから・・・。
わたしたちは、すべてのものを分かち合っている。」
「それらのものを作っているのは誰?」
「機械が作ってくれることも多いわ。でも、みんなに喜んでもらうため、といって、作ってくれる人がたくさんいる。わたしも、本を書いたり歌を歌ったりして欲しい人みんなにあげている。」
「いいなー。
お仕事は?大人になったら働かなくちゃいけないよね?」
「仕事?
ああ、きっと地球人の考えている仕事と、わたしたちうちゅうじんの仕事はきっと全然違う。
仕事ってね、何よりも楽しい遊びなの!」
「何を言ってるの!?」
「仕事と遊びって何か違うことがありますか?
どっちも、自分が与えられた才能を使って、夢中になりながら、人を巻き込んで楽しませていくこと。
そのことによって、生きていくのだから。」
「いいなー!いいなー!さつきもそんなお仕事がしたいな!」
「ある人は、もっと素敵なのりものをつくろうとおもう。
ある人は、素敵な絵をかいてみんなに楽しんでもらいたいと思う。
ある人は、教えることで。
ある人は、そうじをしたり、ゴミを片付けたり。」
「あー、やっぱりうちゅうにもごみとかよごれたものってあるのね。
歌ったり絵を描くのは素敵だけど、掃除やゴミはやだなー。」
「とんでもないわ。
星の人間たちは、そうじこそが、自分たちの心を磨くいちばんの方法だと知っている!
そして、そうじをすることが、いちばんゆたかになるしゅだんだと。
ゴミそうじは、うちゅうでもいちばんゆたかで、感謝と愛にあふれたしあわせな仕事の一つだよ!」
「学校ってありますかー?」
「ありますよ。」
「えー。どんなところ?」
「でも、いくのも自由だし、いかないのも自由。」
「えー、だったらみんな行かなくなるよー。」
「あはは。私の星の学校は、授業はないし、クラスもないし、チャイムもない、宿題もない。
何をしていてもいい。好きなことをずっとしていられる。
ずっと遊んでいてもいいし、ゲームをしていてもいいし、寝ていてもいい。」
「それで、大丈夫なの?」
「大丈夫。
みんな、大人に言われなくても自分で必要なことはすべて学んでいく。
大人は必要に応じてそれを手助けするだけ。
学ぶことや成長していくことが、一番のよろこびだって知るようになる。
そして、仲間を大切にすることも。」
「ルールや校則、決まりはあるの?
それを破って怒られたりするの?」
「ないです。そんなものは。」
「だったら、何やってもいいの?
じゃあ、ひとをいじめてもいいんだ?ものを盗んでもいいんだ?」
「さつきさんだったら、してもいいからって、そうしますか?」
「やんないよー。」
「うふふ。なぜ?
だって、お友達を傷つけたくないし、そんなことわざわざしたくないもの。」
「そうだよね。」
「なんで、わざわざそんなことをしようとするの?」
「・・・だって、楽しいし、すかっとするし、面白いから。さつきはやんないけれど。」
「それは、実は、自分にとって一番大切なものをこわしていることになるの。
自分の大切な宝物を自分でこわしてたのしい?」
「どういうこと?」
「それをして、一番不幸になったり悲しむのは誰だと思う?」
「ルールがないんだったら、取った人が得して、取られた人は損するに決まってるじゃん。」
「違う。」
「違うの?」
「地球のルールには書かれてはいないけれども、
宇宙のルールには、しっかりとあるの。」
「宇宙のルール?」
「“自分が他人にしたことは、すべて自分自身に返ってくる”
ということ。」
「え?そうなの?」
「ちきゅうでも、“因果応報”とか“自業自得”とか、“情けは人のためならず”という言葉があるよね。」
「まだ習ってない。」
「簡単なことだから、すぐに分かるはずです。
自分が人にしたことがすべて自分に返ってくる、
のだとしたら、大切にしなきゃいけないルールって何だと思いますか?」
「人にいいことをする!悪いことをしない!
自分にしてほしいことを人にもする!自分にされて嫌なことは人にはしない!」
「そう!完璧です!」
「わあいわあい!」
「その学校には、いや、星にもうちゅうにもたったみっつのルールしかありません。
ひとつめ、うちゅうはいつでもあなたをあいしているということを知っていることと、
あなたもうちゅうをあいするということ。
ふたつめ、じぶんじしんをたいせつにすること。
みっつめ、じぶんじしんを大切にするのとおなじくらい、ともだちやなかまを大切にすること。
この三つのルールは、三つでひとつのセットです。」
「ええ?たったそれだけでいいの?
このルールは、先生の星だけでしょ?」
「違います。うちゅうのすべてですから、どの地球人にも当てはまります。
ほんとうは、この星にあるすべてのルールもほうりつも、この<みっつでひとつの教え>をもとにしないかぎりは、無意味なんです。」
「それを破ったらどうなるの?」
「破った本人が一番苦しむことになる。だから、罰なんてする必要はないんですよ。」
「そのルールをしっかり守ったらどんなごほうびがあるの?」
「うんとたくさんのしあわせ。決して消えないよろこび。」
「わかった。
ところで、仲間って誰?お友達って誰?」
「じゃあ、ひとつお話をしてあげる。
ある子が、道ばたで、いじめられて転んで、けがをしてひとりぼっちで泣いていました。
周りには誰もいません。
そこに、ひとりの大人が通りかかりましたが、いったん立ち止まっただけで、見てみぬふりをして、去っていきました。
次に、遊びにやってきた上級生たちですが、彼らもどうでもいいやと立ち去っていきました。
さいごに、ある小さな子どもが勇気を出して、その子のそばによって、背中をさすりながら、だいじょうぶだいじょうぶをして、その子が泣きやむまで一緒にいました。
さて、怪我をした人のおともだちになったのは、だれでしょう?」
「三人目の人。」
「さつきさん、あなたも同じようにすることですよ。」
さつきは、そのお話をきいて、見ているだけじゃだめなんだと思いました。
さつきはそのはなしを聞いて、すごくうれしくなりました。
どのちきゅうの大人も子どももせんせいも、そんなすてきなはなしをしてくれる人はひとりもいなかったからです。
そして、にいちゃんにたいする見方もすごくかわってきました。
「・・・でも、さつきちゃん。このおはなしは、先生と、さつきちゃんだけのひみつにしましょうね。」
「なんでー?」
「だって、わたしたちが、他の星からきたってことが人間にばれたら、
きっと、わたしたちは、人間といっしょに住めなくなっちゃうかもしれない。
いっしょうけんめい、人間のふりをして、じぶんの正体をかくして生きているのよ。」
「いいじゃんいいじゃん。すてきなアンテナがあって。」
「あのね・・・さつきちゃん。
このアンテナはたしかに、見えない世界のことを知ることができる。
だけど、同時に人間に見えている世界が見えなくなるという欠点もあるの。
たとえば、望遠鏡ははるか遠くの宇宙を見渡せるし、虫メガネは小さいものを見ることができる。
でも・・・望遠鏡や虫眼鏡をつけたまま、生活することがどれだけ大変かわかる?」
「だったら、なんで、うちゅうじんは、この星にやってきたの?」
さつきが、この質問をすると、ハルカ先生は、いっしゅん立ち止まって、何かを思い出したようでした。
そして、ひかえめにしぼりだすようにして言いました。
「・・・いちばんたいせつなことをつたえるため。
もうひとつが、ちきゅうで、まなぶため。」
「いいことじゃん!
そのためにやってきたんでしょ?
なんでもっとどうどうと言わないの?なんで、わざわざ正体をかくすの?」
「いきなりじゃ、無理なの。
・・・あのね、この星の人間は、わたしたちがアンテナでみえているあたりまえのことやほんとうのことが見えていないし、感じることもできない。
それに、話しても聞いてもらえないことがほとんどなの。
だから、わたしたちの言ってるほんとうのことのすべてが、まちがった話に聞こえてしまうの。
だから、人間たちは、うちゅうじんをにくんだり、じゃまものとしてのけものにするの。
もしくは、見ても見ないふりをする。聞いても、聞かないふりをする。
人間たちは、うちゅうの決まりのことなんかすっかり忘れて、自分自身をを不幸せにする意味のない決まりのほうを大切にしてしまうの。」
「なんで?なんで?」
「わからない。こわいから?」
「わるいやつらだっておもわれることもある。
それほどまでに、この星の人間たちはやばんなの。
だから、わたしたちうちゅうじんは、この星で話の分かる人だけに、まずこのことを教えようという考えでやってきたの。」
<人間たちはやばんなの
やばんなの
やばんなの・・・>
そう言われて、さつきはショックでした。
だって、おとなたちはみんなかしこそうに見えるし、しっかりしているようにも見えるからです。でも、やっぱりたしかに、大人たちの社会でもなんでこんなやばんなことがあるのかとおもうことがさつきにもありました。
でもきっと、先生に教わったおはなしを、ちきゅうのみんなが知っただけで、かならずこの世界はすばらしくなるはずだと思えてなりませんでした。
「あら、もうこんな時間。」
話し込んでいると、すっかり日が暮れていました。
「じゃあ、さつきさん、またね。ありがとう。」
「先生もありがとう!またね!」
すっかり、ルンルン気分でさつきは家に帰りました。
パパもママも食事中楽しそうなさつきをみて、
「何かいいことでもあったのかい?」とうれしげです。
にいちゃんともおふろのなかで、たくさんお話をしました。
「ねえねえ、にいちゃん、さつきさ、もっとうちゅうのこと知りたくなった!おしえて。」
にいちゃんは、シャンプーをしながら、アンテナをごしごしとていねいに手入れしています。
にいちゃんは、いつものようにいろんなふしぎな話をしてくれました。
でも、お風呂からあがって、パジャマにきがえながらこういいました。
「さつき・・・」
「ん?」
「あのさ、ぼくがうちゅうじんだってこと、できれば、あんまり・・・」
と言いかけたところ。
「こらあー!ふたりともいつまで長風呂入ってるんだ。はやく部屋に戻ってねなさーい!」
と親からの声。
最後まで話ができずに、さつきは眠りにつきました。
よく朝からというもの、さつきは、もう、このことを話したくて話したくてたまりません。
ハルカ先生にあれだけ口止めされたにも関わらず・・・。
にいちゃんからもそういえばなんか言われた。
でも、なんでこんなすばらしいおはなしを、先生はみんなにつたえないのでしょうか。
「すごいんだよすごいんだよ!
ハルカせんせいはね、うちゅうから来たんだよ!
でね、でね、なんでもすてきなこといっぱい知ってるんだよ。
うちのにいちゃんもうちゅうから来ててさー・・・」
「え?そうなの?」
なぜか、周りのおともだちはクスクス笑っています。
大人たちは、さつきの言うことをまったく信じませんでした。
でも、子どもたちの間で、変なうわさが広まります。
「先生はさー、悪い宇宙人で、地球を支配することをたくらんでるんだって。」
「あと、さつきのにいちゃん?あいつもさ、ちょっと変わってると思っていたけれど、やっぱりうちゅうじんなんだ。ちきゅうじんにまぎれて、なにかわるいこと考えてるってかんじだよ。
ほら?あいつ、よくひとりで自分のことばっかりしていることがおおいけれどさ。」
帰り道、街路樹で、木の枝みたいな虫や、木の葉みたいなガが、ちょうど虫かごにいれられているところでした。
家に帰ったとたん、さつきはあたまを思いっきりたたかれました。
いっしゅん、びっくりして、まがあいたかとおもうと、
けわしい顔をしたにいちゃんが立っています。
と、同時に、さつきは泣き出します。
いつもやさしくてニコニコしていたにいちゃんのこんなすがたは、きっと生まれてはじめて見ました。
「なんで、なんで、おまえ、家のひみつをしゃべっちゃうんだよ?」
にいちゃんの声がふるえています。
「だって・・・だって・・・!」
「人の気持ちも考えろよ!
さつきのばか!もうおまえのことなんか知らない!」
そういって、にいちゃんは、いきおいよくとびらを閉めて自分の部屋に入っていきました。
「なんで、かくさなきゃいけないの?
にいちゃんは、にいちゃんだよ?なんで、うちゅうじんじゃいけないの?」
さつきは大声でなきながら言います。
部屋の中で、にいちゃんのすすりなくこえが聞こえてきます。
さつきは、気が付きました。
たぶん、このことは、きっと、ひみつの日記をだれかにかってに音読されたり、もしくは、おねしょしたことがばれるくらい、いやなことなんだ。
その日の食事は、バラバラでした。
にいちゃんは、ずっと部屋から出てこないし、
さつきもなんだかすごくひどいことをしてしまったんだという気持ちでいっぱいで、自分をいじめておいつめなきゃいけないように思って、おふとんのなかでずっとすわってぐるぐるとかんがえごとをして、一歩もうごけませんでした。
ママがやってきて、
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
とおふとんのなかで、あたまやせなかをポンポンしてくれました。
そのうちに、さつきは眠ってしまって、また朝が来ました。
さつきが、いいふらしたことは、どこをどうつたわったのか、しょくいんしつのゴジラやウルトラマンの耳にも入っていました。
ゴジラやウルトラマンはわざと、ろうかで、子どもたちの見ている前で、ハルカせんせいのわるいところをあげていきます。
「あなた、ちょっとおかしいとおもってたけれど。
やっぱりちきゅうの人ではなかったのですか。
ここは、ちきゅうの学校です。かってなことはしてはいけません。
しっかり子どもたちをかんりしてもらわないことには・・・。
教育にかんけいのないことはしないでもらえますか。」
「教育って・・・なんですか?なんのためにちきゅうの学校はあるのですか。」
「今は、そんな話をしているのではありません。そういう話は大切ですけれど、今は、かんけいないでしょう。」
「・・・たいせつなのは、うちゅうのルールを・・・」
「よくわからない、そんなことは。それよりも、ちきゅうのルールにしたがってください。
この学校に必要なのは、ちゃんと子どもたちをかんしして、うまく見はっておける大人だけなんです。」
「まあ、どう考えるかはあなたの自由ですけれども・・・もし、うちゅうのルールとかそんなことをいいはじめて、かんしをしないようでしたら。
この学校をやめてもらわなくちゃなりませんね・・・。」
なんだか、おとなの話というのはよくわからなかったですけれども、うちゅうじんだというだけで、ハルカ先生がやめさせらてしまうんじゃないかということは、わかりました。
それでも、ハルカ先生は、たいどを変えずに、みんなに優しくしてくれました。
帰る途中のハルカ先生のところに、さつきはついていきました。
ふりかえった先生は、
「大好きだよ。さつきちゃん。ありがとうね、ほんとうに。」
と言って、ぎゅっとだきしめてくれました。
そのすがたはどこか大風でろうそくが消えてしまわないように必死に守っているすがたにも見えました。
◆
にいちゃんも、からかわれるようになりました。
「ばーか。」「あほ。」「へんなやつ。」「あっちいけよ、地球外生命体。」
さつきは、おなじようにされるのがこわくって、だまってみていることしかできませんでした。
<ちきゅうじんは、やばんだ。>
そんなこと、おもってもいなかったのですが、この時ばかりは、ちきゅうじんであるさつきもほんとうにそうおもいました。
すてきなはなしが全くりかいできないばかりか、「ちがっている」「うちゅうじんだ」という理由だけで、ちきゅうじんたちは、じぶんたちとはちがったものはなんでものけものにしてしまうのです。
「ひとりぼっちはさみしいよ。」
「なにも悪いことしてないのに、だめだって言われることは、すごくつらいよ。」
「ありのままのじぶんでいられないことや、じぶんにうそをついていきていくことは、すごく苦しい。」
「だれも、ぼくのことをわかってくれない。」
そう言って、にいちゃんは、月を見て、よく泣きました。
「にいに、かなしいの?」
にいちゃんはだまったままです。
「にいに、うちゅうの家にかえりたいの?」
というと、
こくりとうなずくにいちゃん。
さつきのむねがじんじんといたみます。
にいちゃんが出したアンテナはすごくしなびて弱弱しそうです。
そして、胸の光も暗くなっています。
◆
そんなある日、さつきの家の前にリムジンがやってきました。
月からやってきたものでした。
二人のしんしが、出てきて、家のみんなの前でこう伝えました。
「皆さま、お兄様の留学中は本当にお世話になりました。
そろそろ、わが星にかえるときがきましたので、むかえに上がりました。」
「これはこれは一体どういうことですか?」
と、パパが聞きます。
「実は、うちゅうのほうでは、少しづつちきゅうにうちゅうの常識を伝えたりとか、文化の交流をしようということになっておりまして。
しかし、ちきゅうの人たちは、うちゅうにはなれていませんし、うちゅうじんたちも、ちきゅうにはなれていません。
そこで、友好関係をむすんでいくために、まずは少しづつ留学生をおくりだそうということになったのですが、ちきゅうにくるためにはいったん赤ちゃんからやりなおさなければなりません。
信頼関係を結ぶためにも、ちきゅうじんで、本当に愛情をもって育ててくれる方にゆだねました。
そして、パパ様、ママ様、さつき様は本当に愛情をかけて、この留学を手助けしてくださりましたことを心より感謝申し上げます。
留学期間もそれぞれ決まっていて、お兄様の場合は、十二年。
十二年たったら、留学経験を終えて、うちゅうに戻ります。」
にいちゃんは、下をうつむいています。
「ちきゅうでの留学はいかがでしたか?」
と、しんしのひとりが聞きます。
「・・・こんなやばんな星のやつらはいちど、ほろぼすか、UFOの大群で攻め込んで植民地にして、どれいにしてしまえばいいんだ!
・・・でも、さつきのかぞくだけは特別にして。」
とかなんとか、ぶつぶつ言ってます。
「・・・いかん。地球の毒を食ったらしい。あれだけ、注意しろと言っていたのに。」
もうひとりのしんしが、青ざめた顔でいいました。
「毒って?」
さつきは聞きました。
「ちきゅうには、わたしたちの住んでいるうちゅうからはすでになくなった毒がたくさんただよっています。」
「何それ?」
「おそれ、いかり、ねたみ、うらみ、つらみ、わるぐち、かげぐち、ぐち、いじめ、せんそう、あらそい、ふくしゅう、ゆるせない・・・。」
「それが、毒なの?ちきゅうのひとならきっとみんな持ってる・・・。そんなことが毒なら、生きていけないよ。」
「だから、生きていけない・・・!」
「え・・・?」
「生きていけないということに気が付いていない。
じっさいに、じぶんたちが、そしてちきゅうが病気になるまで。
それまで、気が付かないで安心していられるのです。」
「・・・」
「そこにちょっと、よこたわって。」
そう、しんしはにいちゃんに言って、ベッドのうえの兄ちゃんのむねの「機械のようなもの」をいじりました。
さつきは、にいちゃんのむねを見て、ぞっとしました。
光を放っていた場所はもはやありません。
そのかわり、暗い緑や紫色や灰色をした毒草のようなものが、ぎっしりと生えているのです。
やだ!きもちわるい!
「きもちわるい、ですと?
いい機会だ。見せてあげましょう。地球のみなさんのうちにも、ちゃんとこのアンテナとライトはあるのです。」
二人組の紳士は、めがねを貸してくれました。
道行く人をみわたしていると、胸からさまざまな色の毒草が生えしげっています。
いやがらせをしたり、いかりをぶつけたりすると、
毒草はほうしを飛ばして、相手のむねに飛び込みます。
それを飛ばしたほうも、さらに毒草を生い茂らせていきます。
やだ!やだ!やだ!やだ!
こんなの、生やしたくない!ぜったいやだ!!
そこに、さつきの家の前を、ハルカ先生が通りかかりました。
「ハルカ先生!」
先生は足をとめて、リムジンと、にいちゃんから生えた草を見ました。
リムジンの二人組のしんしは、
「おや、あなたも留学生ですか。」
とあいさつをしました。
「さつきちゃん・・・。
それは・・・。まさか。お兄ちゃん?あの毒草についに感染してしまったのね。」
「・・・ごめんなさい。
ハルカ先生。
さつきが、言うことを聞かなかったばっかりに、こんなことになってしまって。」
「・・・いいのよ。それより、これからどうするかが、あやまちをおかしたことよりも大切だわ。」
ハルカ先生は、リムジンの二人の方を向いてこういいました。
「この子の留学はもう終わりですか?
できれば、あと少しのばしてほしいのです。
この子には、まだちきゅうでいちばんたいせつなことを学んでいないのです。」
ふたり組はうなづきました。
「いいでしょう。
ただし・・・毒草が彼の身体を食べ始めるようなことになった時は・・・
すぐさま、アブダクション(ゆうかい)して、うちゅうに連れて帰りますよ。
彼の安全のためです。」
「わかりました。
私は、この子たちの教師です。せきにんをもって、学ばせます。」
「なるほど。おまかせいたしましたよ。
そうだ、そのめがねはしばらくおかしいたします。」
そういうと、リムジンはふわあっと空に舞い上がり、円をえがきながら月の光に吸い込まれるようにして小さくなって消えていきました。
◆
よくあさ、さつきとにいちゃんが学校の校門まで来て、めがねをつけてみると、さくに毒草のつるがまきついています。
周りの人たちをみました。
さつきは、みんなから毒草がそこまで生えていないことを知ると、ほっとしました。
さて、にいちゃんをからかっていた人たちをめがねで見ました。
すると、その人たちのむねからもやっぱり、むらさきいろやはいいろの毒草が生えていました。
わらったり、いやなことを言ったりするたびに、それはえいようぶんを取って、まるで炎が燃え上がるみたいにむくむくと育っていくのです。
ウルトラマン先生や、ゴジラ先生は、さらににいちゃんのことをせめました。
にいちゃんは、教室からいなくなりました。
家に帰ってみると、
にいちゃんのむねからは、灰色のかなしい色をしたおおきな草が生えてきて、
にいちゃんのからだをすっぽりとおおいはじめました。
さつきは、そのはいいろの草をひっこぬいたり、かきわけたりしながら、にいちゃんに近づいていきます。
どんなことばをかけていいかわからないし、ことばもでてきません。
だから、なにもいわずにじっとそばにいました。
「地球なんか大嫌いだっ!
こんなおろかな人間なんか、一度ほろんでしまえばいいんだ!」
目の色が変わったにいちゃんがうめいています。
「そんなことないよ!そんなことないよ!にいちゃんはすてきだよ。」
そこに、ハルカ先生がやってきて、ジャングルのようになった草をかき分けます。
ハルカ先生は、アンテナをのばします。
そして、そのアンテナで兄ちゃんのアンテナにふれようとします。
しかし、もう、にいちゃんのアンテナは出てきません。毒草におおわれていたからです。
「わかる?わかる?お兄ちゃん。
私は、あなたと同じうちゅうからやってきたなかま。
そう、な か ま。お と も だ ち。」
兄ちゃんは毒草におおわれたままでしたが、少し反応してくれました。
「どうか、目を覚まして。
あなたは、たいせつなわたしの生徒であり、おともだち。」
ハルカ先生は、にいちゃんをだきしめて、なんどもアンテナでにいちゃんの頭をなでます。
「にいちゃん。もとのにいちゃんに戻って。」
さつきも呼びかけます。
にいちゃんにまとわりついた大きな毒草たちから、まるでキバのようなとげがはえてきて、身体につきささります。
「・・・食べられている。」
そこに、うちゅうのリムジンがやってきました。
「もう、おわりだ。これいじょう、この子はちきゅうにいるときけんだ。
ハルカさん、あなたもだ。
われわれは、ずっとちきゅうじんたちをみまもっていたが、もう、友好関係は結べないということがはっきりわかった。
ほかのうちゅうの星ぼしのなかまたちにも、このことをつたえなくてはならない。
ちきゅうは、ほろびることをとめることができないやばんな星だから、もうかかわってはいけない、と。」
「まってください。」
ハルカ先生がさけびます。
「まって。この子のむねには、まだ光がのこっています。」
「まだ、光がのこっているうちに、うちゅうに連れて帰らないと。
ちきゅうの毒草がこれ以上彼の身体をむしばんだら、あまりにも危険で星には入れないということを知っているはずです!
気持ちはわかりますが・・・あなたまでまきぞえをくらってしまったら。」
しんしたちは、ハルカ先生のうでをつかんで、せっとくします。
「あなたには、まだこの星でやらなくちゃならない宿題がのこっている!
おもいだして。」
ハルカ先生がさけびます。
少しずつ、にいちゃんはおちつきをとりもどしはじめました。
「あなたにしかできないことが、かならずあるの。」
にいちゃんは、なにかをおもいだすように、しずかにおちついて息をしはじめました。
すると、みるみるうちに、むねのあたりから光が出て、毒草という毒草はみんな枯れていきました。
にいちゃんのなかで何があったかはわかりません。
「・・・おもいだした。たいせつなこと。」
◆
その日は、スピーチの時間でした。
「さつきのにいちゃんは、うちゅうからきました。」
どよめきがおこります。
にいちゃんは、みんなを救ったヒーローなんです。
にいちゃんは、みんなのしらないことをたくさん知っています。
それだけじゃありません。
にいちゃんは、みんなのしらないほんとうにたいせつなことを知っています。」
「なんだよそれ!」
みんながさわぎます。
「しずかに!」
先生が注意をうながします。
「どうぞ、続けて。さつきさん。」
「それは、ほんとうにたいせつなことは、目には見えないっていうことです。
「なんだよーそれ。そんなものあるわけないじゃん。」
と笑い声がおこります。
この、目に見えないことは、たとえば、やさしさとか、人のことを大切に思う気持ちとか。
これらは、うちゅうに満ちあふれていて、うちゅうを動かしている力なんです。
そのことによって、ひとは生きているんです。」
さつきのいったことが、伝わったか伝わらなかったかはわかりません。
けれど、それらのことを語っているうち、つい、目から涙がこぼれてきました。
いつのまにか、いつもうるさかったみんなは、しんと静まり返って、さつきのはなしを聞いています。
それはなにか、ずっとむかしむかしに知っていたあたりまえのことを思い出しているみたいな、そんな感じでした。
そこに、にいちゃんが入ってきました。
「さっき、さつきが言ってくれた通りです。
ずっとかくしていましたけれど。
ぼくは、うちゅうからきました。
なぜか。」
みんながじっとききいります。
「みんなとともだちになるためです。
ちきゅうの知らないことを学ぶため。
そして、ちきゅうのみんなが知らないことを教えてあげるためです。
でも、いちばんたいせつなことをやりにきたのに、ずっとそのことからにげて、
そして、忘れたふりをしていました。
けれども、今、そのことを思い出しました。
それは・・・勇気だということです。
みんなとともだちになる勇気、たいせつなことを伝える勇気、心を開く勇気、
おそれと戦う勇気・・・。
おねがいします。
ともだちになってください。
ぼくと、なかよくしてください。」
会場がいっしゅんしずまりかえりました。
パチパチパチ。
ハルカ先生が、手をたたき始めます。つづいて、さつきも。
すると、会場全体がそれまでにないような大きな大きなはくしゅでいっぱいになりました。
めがねをかけてみると、
みんなのむねから生えていた毒草や、さくじゅうにしげっていた毒草が次々とかれて風に飛ばされて消えていきます。
そうなったかと思うと、みんなのむねからは、あのあたたかくてあかるいひかりがともりはじめました。
それが、ろうそくの火がつぎつぎとうつされていくみたいにふえていきます。
さつきは、うれしくなりました。
このうれしさは、きっとそこにいたすべての人が同じように感じていたことなのだろうということもわかりました。
にいちゃんは、みんなに愛されるそんざいになりました。
そして、だれよりも、にいちゃんは、しっかりとみんなのことを好きになりました。
ハルカ先生も、おなじです。
「もっともっと、すてきなはなしをおしえて」
とひっきりなしに、いろんなひとがつめかけてきて、いそがしそうですが、しあわせそうです。
たいせつなルールは、
ひとつめ、うちゅうはいつでもあなたをあいしているということを知っていることと、
あなたもうちゅうをあいするということ。
ふたつめ、じぶんじしんをたいせつにすること。
みっつめ、じぶんじしんを大切にするのとおなじくらい、ともだちやなかまを大切にすること。
ウルトラマンもゴジラもすっかりやさしくなりました。
「そんなにたいへんだったなんて知らなかった。
きずつけるようなことをしてしまって、ごめんなさい。」
そして、困っている人をいっしょうけんめい助けるようになりました。
彼らは、本当の正義のヒーロー、本当の愛されるかいじゅうになりました。
一番こまっていたにいちゃんは、みんなをだれよりも一番幸せにすることができたのです。
あのめがねがなくても、さつきにははっきりとわかりました。
うちゅうじんだけじゃなくて、ちきゅうじんのみんなにも、目には見えないけれども、
たいせつなことをキャッチするアンテナと、そのあたたかな光がだれにもあるということを。
◆
「さて、一時はどうなるかと思いましたが、無事にちきゅうでの学びを学び終えたようですね。」
リムジンからは、ふたりぐみがほっとした顔でむかえにきました。
パパとママとハルカ先生が、そばで、送りにやってきています。
「さあ、うちゅうにかえりましょう。」
と、にいちゃんの手をとります。
にいちゃんは、その場をじっとはなれません。
「にいちゃん?」
さつきがききます。
「いやだ、いやだ、かえりたくない、かえりたくない!
せっかく、ちきゅうのみんなとなかよくなれたばっかりなのに!
まだ、知りたいことやおしえたいことがたくさんあるのに!」
「仕方がありません・・・きまりはきまりです。」
「・・・そうだね。さびしいけれど。うけいれることにするよ。」
にいちゃんは、すんなりうなずきました。
かなしいのは、さつきです。
「もう、二度と、あえなくなるの?にいちゃん?」
「だいじょうぶ。少し、はなれるだけだから。
かならず、近いうちに、さつきとパパとママ、そして、ちきゅうのおともだちを、ぼくの住んでいる星にしょうたいするよ!」
にいちゃんがリムジンにのりこむと、リムジンは音もたてずにスーッとうかびあがり、風にまうようにして、星の光のひとつになっていきました。
「にいちゃん、ありがとう。
こんどは、かならず、さつきはにいちゃんの星にいきます。
そして、ちきゅうじんのしらないことをまなんで、
あと、ちきゅうじんのしっていることをなんでも教えて伝えてあげたいと思います。
そして、みんなとおともだちになって、なかよくなりたいです。
そのときまで、まっててください。」
そう、さつきは心の中で、星に向かって思うのでした。
・・・さて、十年後。
いよいよ、ちきゅうからはじめてのうちゅうにむけてのりゅうがくせいが出ることになりました。
その若い女の子のなまえは、さつき。
いったい、どんなぼうけんや出会いがあるのでしょうか。
あとは、みなさんの想像におまかせいたします。
おしまい。