優しい狼
あるところに子豚たちが暮らす村があった。
子豚たちに親はない。みんな狼が食べてしまったのだ。それでも子豚たちは森で食料をさがし、みんなで協力しあって暮らしていた。冬になって森に食べ物がなくなっても誰かが掲示版に食べ物の隠し場所を記した紙を貼っておいてくれるので、子豚たちは飢えることなく元気に成長していった。
しかし子豚たちの生活は豊かなものとは言えない。住む家はボロボロ、修理したくても大人がいないので修理のしかたが分からない。
そんなある時、狼が村にやってきて子豚たちの家を壊し周った。脆くなっていた子豚たちの家は狼が息を吹きかけるといとも容易く崩れてしまう。家を失った子豚たちは藁や木の枝で小屋を作ってそこに住んだが、やはり狼の吐く息により簡単に壊れてしまった。
狼に壊されない頑丈な家を作らなくちゃ。子豚たちはそう考えたが、家の作り方など誰も知らない。
しかし明くる日、村の掲示版に家の作り方を記した紙が貼られていることに一匹の豚が気付いた。
紙に書いてある場所へ行くと材料のレンガまでもが置いてある。一体誰がこんなことをしてくれたのか。子豚たちは一様に首を傾げる。しかし誰が置いてくれたかは大した問題ではない。子豚たちは手分けして紙に書いてあるとおりにレンガで家を作った。
レンガで作った家はとても丈夫で、狼が必死になって息を吹きかけても壊れない。すごすご帰っていく狼の後ろ姿を見ながら子豚たちは歓声をあげた。
しかし浮かない顔の子豚が一匹。どうしたのかと尋ねると、浮かない顔の子豚は躊躇いながらもその訳を話し始めた。
「みんなが喜んでるところに水を差すようで言い出せなかったんだけどね、実は夜中、窓の外に人影を見たの。掲示板の方へ歩いていくみたいだったんだけど、その人影がなんだか……狼に似てた気がして」
その言葉を聞いた子豚たちの反応は様々だった。異議を唱える者、怯え出す者、気のせいだとなだめる者、狼の罠かもしれないと設計図を確認する者――とにかくお祝いムードは消し飛んでしまい、みんな家へと帰ってしまった。
その晩、酷い嵐が村を襲った。
子豚たちの村には毎年、この時期になると嵐がやってくる。しかし親のいない子豚たちはそのことを知らずに育ったのだ。ボロボロの家や、藁や木で造った粗末な小屋に住んだままだったら子豚たちは家の下敷きになって死んでいたかもしれない。
「もしかして、狼が僕らを助けてくれたのかな」
誰かがポツリとそう呟く。
それがきっかけとなり、他の子豚たちも次々口を開いた。
「そういえば、狼は家を壊したけど俺たちを喰おうとはしなかった。殺そうと思えば簡単にできたはずなのに」
「俺、ずっと気になってたんだけど冬の間中食べ物の世話をしてくれていたのは誰なんだ?」
「掲示板に貼ってあったやつだろ。物心ついたときからそうだったから気にしてなかったけど言われてみれば妙だ」
「風邪が流行った時には薬の作り方が掲示板に貼られていた。薬の作り方なんて誰も知らないはずなのに」
「まさか狼がやったのか? どうして?」
「親を殺したことへの罪滅ぼし……とか」
「ま、まさか」
話し合っても真相は分からない。狼を信じて話を聞きに行くような度胸のある者もあらわれない。
結局子豚たちは狼の用意した設計図で造った家に住み、これまでと同じように暮らした。冬になれば掲示板にはいつものように食べ物の隠し場所を記した紙が貼られ、子豚たちはスクスクと大人の豚へと成長した。
やがて豚たちは恋に落ち、あちこちで子豚たちの小さな産声が聞こえ始める。
そんな時、狼はやって来た。
狼は泣き喚く子豚を無視し、親豚を次々喰い殺す。村の中はとても平和で、のんびり育った豚たちは狼に立ち向かうことも逃げ切ることもできない。
そんな中、ある豚が絶命の間際狼に問いかけた。
「家の設計図も、冬の食料の在処も、お前が俺たちに教えたんだろう。なのにどうしてこんなことをするんだ」
狼は豚の問いかけにため息を吐き、つまらなさそうに答える。
「お前らが病気になったり痩せちまったり死んだりしたら俺の食い扶持が減るだろう。子供の豚なんて喰えるところも少ない。生活を助けながら喰い頃になるまで待つってのが賢いやり方だ」
狼が喋り終える頃には豚は絶命していた。どこまで聞こえていたのか狼には知る由もない。
「さーて、お前らも早く大きくなれよぉ」
狼は血だまりに沈んだ村のあちこちにいる子豚たちに向かって声をかけ、舌なめずりをした。