7
電車から降りると、外は闇夜であった。生ぬるく暖かい湿った空気がその場を包み込んでいるからして、俺の胸の高鳴りを引き立たせた。しばらく歩く。始めのうちは駅も近かったので心霊の「し」の字も無いようなどこか明るいところを歩いていたのだが、調べた地図通りに足を進めていくと、廃墟や薄暗いトンネルなどがちらほらと現れ始めたのである。俺の目的は怪奇渦巻く有名廃旅館だ。そしてこれから、此処に来る人々を恐れさせてきた心霊達と一戦を交えて来るのだ。恐らくのところ余裕で俺の一人勝ち、その自信を裏付けるかの如く俺の左腕に巻かれた霊力測定器は安定の7000を指し示している。
まだ、先は遠い。俺は歩く度に木々の匂いが素晴らしいものに思えてならなかった。あの雨が降り注いだ後の土の、いい匂いだ。そればかりではない。夜の暗さ、鳥の鳴き声。地面の感触。どれも俺の記念すべき初廃墟を称えてくれているかの如く素晴らしいものに感じ、心が踊るのだ。
と、その時。目の前に巨大な建物があることに気付く。そして俺は目的地にたどり着いた事に胸を高鳴らせ口をアングリと開いた訳である。「……此処かあ」と、独り言を呟き、にんまりと笑みを浮かべた訳である。足を一歩踏み入れようとした時、ふと背後に視線を感じた。振り向くと青白い顔面が俺の頬すれすれにそのグロテスクな眼を見開いていた。
少し驚いたが、驚くのは俺がまだ未熟な証拠だとすぐさま思い直した。そして、その幽霊は現世に悔いを残したままこの世を去った女性の幽霊であると直感した。これは俺が霊感を付け始めた証拠である。
それから、あなたが現在進行形で感じている苦しみは別段、苦しむ必要の無い幻なのですよ。と言った趣旨の思いを相手に念じた。これが相手の心の真の平安を願うということだ。少しコツがある。それはこの方法は「戦う力」ではなく「真実と共にある」という事を教える事である。それにより、この対心霊の戦いはもはや戦いにすらならない。それを遥かに超越したパワーとなるのだ。当然の如く、幽霊は一瞬にして光と化していく訳である。「……いいねえ。とてもナイスじゃないか」と、俺はまた独り言を呟き、廃墟の闇へと足を進めた。
流石は有名な心霊スポットだけあって、ゴミが辺り一面を埋め尽くすごちゃごちゃした空間であった。埃っぽい臭いがする。気づいてはいたが、俺はもうだいぶ霊感を付け始めてきた。それはあの歩道橋の上で悪霊と戦った時から、他の人には見えないナニかが俺には見えていると確信した。それもそうだ。思えば木戸くんと会う前も親水公園でヤられたじゃないか。だが今回はそのお返しだ。此処に住み着くものを全消滅させてやろうじゃないか!いや、地獄の底まで慈悲の念で照らし上げようじゃないか。
おれはそう心に決め、タッタ一人で廃墟を突き進むのであった。