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「で、なんで二度も此処に呼ばれたんだ?」
俺は木戸くんに尋ねる。
「ははは。そんなの決まっているだろう。悪霊退治だよ」
「エッ。悪霊退治はもう終わったハズじゃ……」
「いやいや。地上にはまだまだ沢山居るぞ」
「俺は、最強の技だけ覚えればそれで良い」
「……そうだったな。その件については申し訳なく思っている。だから君には最後まで完全に最強になってもらいたい」
「……まだ、俺は最強じゃないのか?」
「アマチュアだよ。次に目が覚めて、学校へ行く途中、君は歩道橋の真上で悪霊と出会い、まみえてしまう。そこでの悪霊は強いから、今の君には良いクスリになるハズさ」
木戸くんは憎たらしいほど軽快に次の流れを説明した。
まるで無責任ではないか。
「……なんでそんな事までわかるのですか?」
横から晴香がいった。
「それは俺の霊能力が強いからだよ。あと本当なら俺がソイツと戦うはずなんだけどさ、どうせなら誠くんに退治してもらって彼の霊能力も高めさせるのが、俺の慈悲の心なのさ。あと、君は一週間後の林間学校の国道沿いでオバケがバスを狙うから……」
と、淡々と未来を予知して的確に俺が行うべき仕事を説明してくれるのである。
果たして、本当に、最強の霊能力を手に入れる事はできるのであろうか。
不安が募る。だがしかし、次の日の登校中の時であった。歩道橋の真上で黒い影が揺ら揺らと存在していたのだ。心霊には案外早く慣れてしまって怖いという感情は鈍っていた訳であるが、同時に俺の霊能力も木戸くん曰く高くなっているとの事なので危険ではないらしい。
俺は目を凝らしてソイツを眺める。制服のポケットには家をヒッカキ回して手に入れた数枚の御札があった。
「ほうほう。この後ヤツはどういう心霊現象を巻き起こすのかな?」
呟いた直後だった。悪霊の形がより一層はっきり際立って見える。普通幽霊の類はぼんやりうすく透けて見えるのではないか? これじゃまるで液晶テレビの宣伝のようだよ。
そのうちにヤツは怪物のような人間離れした姿に変わっていった。
鋭いツメに厳つい体。コレは心霊なのか?
ガゴンッ! と何らかの音を発して、異様にコチラへ向かって来る。
「……殺されるな」
と、直感した。だがそれは「今までの自分だったらな」という前置きがあっての事だ。
今の俺たちは少しばかり違っている人間だぞと、確信が持てる。
「……お前の真の心の平安を願うぜ」
静かに語る。その瞬間自分でも驚くべきほどのエネルギーが体内から放出される感覚に陥った。だがそれは素晴らしいこと。トテモトテモ素晴らしいと魂が叫びをあげる。
そのエネルギーは案の定、一撃でその怪物とも言うべき悪霊を吹き飛ばした……かに見えたが、ソイツは力尽きてはいなかった。
霊力の強さで見え方が違うのか定かではなかったが、ヤツは黒い影のような姿になり、再び襲ってくるのである。
俺は戸惑うことなく、ポケットの札を投げた。が、ヤツは簡単に踏みつけた。びりびりに引き裂かれた札が俺の目に映る。
「はあ? おかしいだろ! あれは有名なお寺の、超強ぇやつなんだぜ」
と、ビックリ仰天の叫びを上げているうちにもヤツは俺を殺そうとコチラへ来るのである。
「……グットラック」
再び、俺は相手の心の真の平安を祈ってやった。
すると、今度は確実に、ヤツを吹き飛ばした。
ヤツの体からは美しい光が発せられ、見事に残滅していったのであった。
俺は携帯の時計を確認する。遅刻までまだあと十分か。余裕を持って行動しておいてよかったと思った。遅刻の言い訳が「悪霊と戦っていました」なんてさ。信じてもらえるハズがないね。
そして俺は退屈な授業を一日受けるのであった。が、しかし、イツモなら退屈で退屈で仕方の無い学校が、どういう訳でだか、楽しく感じるのだ。
外は清清しく小鳥の囀りさえ、聞こえた。教室の中が輝いて見える。これはどうした事か? また木戸くんに話を聞いてみる事にでもするか。
そしてその夜の事だ。俺が眠っている間、魂があの異世界へ移動されるようで、めでたくも木戸くんと会う事ができたわけであった。だが、今回は晴香は来ていない。
「こんばんは」
俺は木戸くんに挨拶をする。
「はい今晩は。で、ところでだ。どうよ。昨日の悪霊退治は」
「お蔭様で、勝てたよ。でも少しテコズッタね」
「そうかいそうかい。で、今日はね君に見せたいものがあるんだよ」
木戸くんはそういって、ポケットから、腕時計のような形をした物を取り出した。
文字盤にはなにやら数字が書かれていたのだが、時間を指し示すものではなく、ナニカの数値らしい。
「これはなに?」
俺は木戸くんに尋ねる。
「これは人間の霊力を測定する代物だよ。いま俺の霊力は8990だね。まずまずのところだ。どうだい? 君もつけてみたらいいがな」
そういうと、ポケットから同じようなものを取り出した。そして、それを俺の腕に無造作に巻きつけた。
俺は文字盤に映し出される数値をまじまじと眺めたのである。
「……4700」