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「えっと。これから君が行うべき流れの説明をする。目が醒めると君はあの気を失った親水公園にいる。だが、悪霊は君を襲ったあと、今度は別の少女へと襲い掛かる寸前のところのはずだ。それを君が助けるんだよ。そしたら感謝されるぞ?」
「ちょっと待って!俺が戦えるわけないじゃん」
「いいや。できるね」
彼は確信を持ってそう言い放った。
「人が幽霊を怖がるのは、戦い方を知らないからだよ。戦い方さえ知っていれば弱いものならすぐに潰れるね。今から教えるよ」
「……はあ」
「先ずは一つ。絶対に怖がらない事だ」
「……大丈夫かなあ?」
「慣れれば大丈夫だ。次に、相手つまり悪霊の心の真の平安を祈る。これだけで良い」
「エッ? 悪霊の心の真の平安?」
「ああ。あと、目覚めたら可愛い女の子が悪霊に襲われているハズだから、飛び切り格好つけるといいよ。なんか、上手いキメ台詞を一つ。そしてやっつける」
「……ちょッ。ちょっと待って、何? どうやって戦うの?」
「だから、悪霊の心の真の平安を祈る……じゃあ、いってらっしゃい」
次の瞬間、俺はまた、気を失った。
目を覚ますと、再び俺が気を失った親水公園に戻っていた。まだ薄暗かったため時間はさほど経ってはいないだろうと、見当が付く。
「ヤツは?」
俺は悪霊を探した。木戸くんはなんか変な事を言っていたな。悪霊の心の真の平安を願う事だけが一撃必殺の技であるとか。
と、考えている間に俺はハッとした。
……ヤツがいる。しかもかなり怖い。いや、待てよ。悪霊に対して、恐怖を見せないでバリバリ格好いい台詞を言わなくっちゃ成仏してくれないんだったっけ。
そして、さらにはヤツはまた誰かを襲っているように見える。
「あっ。悪霊に取り付かれそうになっている女子発見」
俺は変な独り言をブツッと呟いて、思考を回転させる。これも木戸くんの支持であるからして、しかたの無い事なのだ。
俺は走った。あの悪霊の元へと。
少女は悪霊にとりつかれる寸前だった。得たいの知れないどす黒い奇妙なオバケは身体を不気味に揺らしながら、差し迫っているのである。
とにかく、少女は脅えていた。俺にはその感覚がドンナものか痛いほど理解できた。
「くそっ。俺もアイツに……」
俺の中に疼く恐怖は、なぜだが怒りという感情に追いやられてしまった。そして、俺はこの少女よりも先に悪霊にやられたのだという理にかなわないプライドと、これから巻き起こる悪霊との戦いに勇気を巻き起こした。
俺は悪霊の背後に回った。そしてなぜか、ポンポンと悪霊の背中を叩く事ができた。
「おい。この子を恐怖と狂気と心霊の怪奇の世界へと溺れさせようとはナァ。いい度胸してんじゃねぇか」
悪霊は振り返る。その顔は見るも無残な姿であり、これこそが恐怖小説の王道であると言わんばかりの怪異に満ちた風貌であった。どす黒く目を大きく見開き、鳥肌の立つような生暖かい邪悪さ。
一瞬、混乱した。次に何をすれば良いんだっけ。その瞬間の俺の混乱具合は、例えるなら意見発表会の舞台に立ち、さて意見を発表しようとその瞬間、頭が真っ白になってしまった時の発表者の気持ちそのものだった。
「……やばい」死んだと思ったその瞬間。目の前の少女……いや、俺と同級生くらいの滅茶苦茶可愛い空前絶後の美少女が、俺を尊敬の眼差しで見ているのだった。
それはそうだ。この絶体絶命の状況のなか、変な台詞でカッコつけた野郎が現れたら誰だって救いの救世主だろ思うだろう。
そして、次の瞬間、木戸くんの言葉を思い出した。
「悪霊の心の真の平安を祈る事だ」
おれは、人生で最も勇気を振り絞った。おそらく、最初で最後の意欲だろう。必死に、悪霊の心の中が真の平安と喜びで満ち溢れますようにと、祈った。
二秒間だった……その二秒間、何も起きなかった。そして、俺は死んだな。と直感した。その二秒が永遠の時に感じた。だが、次の瞬間。
辺りから、恐怖という概念が消えた。表現が少しおかしいかも知れないが本当に辺りを包み込んでいた恐怖が暴風雨にさらされマッサラになってしまったかのごとく消えてしまったのである。そして、そのさらに一秒後、悪霊は俺の体から放たれた光によって消えた。俺も、何が起こったのか、理解できなかった。
「……ありがとうございます」
少女は震える声でお礼を言った。最高に癒された。俺はこのために生きていたのではないか。木戸くんに感謝せねば。
そして、あまりの恐怖から開放された直後、美少女にトテモ感謝されたため俺は再び混乱して、少女の名も聞かず、木戸くんを探しに行ったのである。