開始
あれは曇天の日の夕暮れ時の親水公園での出来事だった。
もともと、俺は霊感体質ではなかったし、そういう物に関しては全く信じていなかった。
だがしかし……見た。確かに、どす黒く得体の知れないその邪悪なナニカをこの目で見てしまったのである。辺りは生暖かい湿った不気味な空気が包み込んでいる。
俺は状況をすぐに飲み込む事ができた訳であったが、生憎、魔よけの類は持ち合わせていなかったし、呪文も特にこれといったものを覚えている訳ではなかった。
こんな性質の悪い悪霊と目を合わせてはいけない。そればかりか、此処に留まることすら許されない。一刻も早くこの場から立ち去らないと、俺は呪われる。
俺は……逃げた。つもりであったが、ナントいうことか、足が、一歩も動かないのである。
「コレが、恐怖か……」と、確信した。
ネットの中でしか読んだことの無かった怖い話が今、自分の目の前で、演劇を巻き起こしているのであるからして、背中に冷水を浴びせられたような衝撃の恐怖が襲う。
そのうち、その性質の悪い悪霊は、ゆっくり、ゆっくりとコチラへ寄って来るのである。
「……来るなァ」俺は擦れた声で叫んだ。
周りに助けを求められる人はいない。自分と、ソイツしかこの空間に存在していないのだ。どす黒い悪霊はモゾモゾと這い寄って来るのだ。
「嗚呼、散歩になんか来るんじゃなかった」朦朧とする意識のなかで俺はそう後悔した。
ソイツの顔は俺の目の前に差し迫っている。恐怖で息ができない。
「ううっ!」こんな時に、なぜいきなりの眠気が襲ってきたのだろうか?
物凄い眠気だった……いや、後から考えれば、あまりの恐ろしさのための失神する直前の感覚だったのかもしれない。
「なんで、俺がコンナ目に合わなければ……」
悪霊と出合って目を付けられてしまった。
と、状況は知識では理解できたが、意識はそうはいかなかった。邪悪なものに対する抵抗がより一層、恐怖となって追い討ちを掛ける。
……俺はその場に崩れ、悪霊の目の前で気を失った。