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男爵と聖女 笑えや嗤え

「フハハハハ!! よくぞ訪れた聖女よ! 我が輩が人魔線農園を司る魔界貴族の一角、魔界帝第三席牛頭男爵、またの名を野菜男爵であるぞッッ!!」


 豪快という言葉はこの男のためにあるのではなかろうか。そう思わせられてしまうほどの圧巻的なその存在感に、聖女は声を出すことを躊躇われてしまった。


「ぬぅ? どうした聖騎士団長の聖女よ」

「あ、いや」

「もしや我が輩の鍛え上げられた肉体に見惚れてしまったか? フハハハハ! それもまた仕方の無きことよなメイドよ!」

「ハッ! 今日もまた変わらぬ素晴らしき肉体美でございます牛頭男爵様!」

「そうであろうそうであろうヌハハハハ!! まぁせっかく訪れたのだ。座して休息するがよい聖女よ!」


 言葉を詰まらせる聖女へと、男爵は丸太を連想させる太い腕を組んで高らかに嗤い上げる。その雰囲気に当てられてなおのこと何も喋ることができなくなってしまった聖女をソファへと誘い、それに従うようにして聖女は対面に座るその男へと改めて視線を送る。


 まず目に付くのは、こめかみから天に向かって伸びる三角状の鋭い角。角の先端から徐々に視線を下げていき、牛の顔をした男が大仰に笑い声を上げ、筋骨隆々とした肉体の上に赤いコートを羽織っている。


 強者絶対の魔界でも最上位に座する牛魔族。その種族の頂点に立つ男、野菜男爵こと牛頭男爵は、大道化師を見ているかのような興味深い眼差しを聖女へと向けながら、人が数十人は入れるであろう応接間全域を振るわせるかの如く笑い声を上げていた。


「此度は突然の来訪を受けてくださり誠に」

「あーよいよい、この場で堅苦しい挨拶なぞ不要ぞ聖女よ。あの不敬な人狼の店と同じように振る舞うが良い」

「いや、流石にそれは」

「構わぬ構わぬ!それに、あの店主があのような態度であるのに、人界の聖女がそのように振る舞われては、我が輩としても対応に困ろうというものよ」


 男爵の言葉に聖女は目を丸くする。

 確かにあの人狼の店主は口が悪く敵を作りやすそうな性格ではあるが、それでも魔族としての生き方を尊重しているように見て取れた。

 強き者には従うという魔族の教示を、他でもない人狼の店主に教えられていたからこそ、男爵の口から出たあの店主の生き様とは少しばかり話が違っていた。


「……店主のあの態度は、あの店でのみだと思っていたのだが」

「そのような訳があるまい。あの者はどこでも変わらぬよ」

「それは、魔族としては同族に対する敵対行為に当たるのでは無いのか? 人狼という種族は下位の種族だと魔王も話していたのだが」


 ふむと、男爵は角を弄りだす。癖であるかのようなその仕草に聖女は目を細め、その表情に男爵は先ほどまでと変わらぬ笑みを向けた。


「まぁ、それがあの店主の面白いところであるのだ。そうであろうメイドよ?」

「誠にもってその通りでございます男爵様」

「フハハハハ! 貴様のその態度も変わらぬなメイドよ! さすがは我が輩の従者であると褒めてやろう!」

「万感の極みにてございます」


 考え込む仕草をした後、男爵は本音を隠すかのように高らかな笑い声を上げ、逃げるかのような言葉を口にする。


 豪気に笑う牛の男にそれに敬礼する軍服の女性。なんともミスマッチなその光景に呆気にとられていると、どたばたと騒がしい足音と共に扉が勢いよく開かれた。


「主様はいずこかー!」


 息を切らしながら入ってきたのは、後ろで髪を縛り上げ、肩の動きと共に小さく揺れた赤髪を振り乱す女性。そんな荒げた様子の女性に、聖女は戸惑いを隠すこと無くソファから立ち上がり近寄っていった。


「ど、どうした魔王よ。そんなに慌てふためいて」

「いつまでたっても主様が来ぬからじゃ! わし野菜のけぇきとやらを食べずにずっと待っておったというに!」


 足踏みをしながら怒りを顕わにする魔王に、聖女は苦笑しながら今頃生け贄になっているであろう店主について答える。


「店主なら先ほど入り口で」

「なぬっ!? まさかまたあの変態執事に追われておるのかえ!?」

「ま、まぁ。追われているというか、恐らく捕まっているというか」

「何じゃとッ!? 聖女よ、なぜそれを早く教えぬのじゃ! おのれ執事め! わしの主様に手を出すで無いわあんの好色家めがー!!」


 聞くやいなや、魔王は屋敷の入り口へと向かって走り去っていく。ここに来てからというもの取り残されっぱなしの聖女といえば、あまりにも急な対応にまたもや立ち尽くすほか無かった。そんな聖女の背中めがけて笑い声が勢いをつけてぶつかってきた。


「ヌハハハハ! 聖女よ、魔王様は聖女の前でもあれであられるか!! これは愉快よなぁメイド!」

「仰る通りでございます男爵様」


 どこまでも楽しそうに笑う男爵に聖女は困惑する。未だ自分のペースを取り戻すことが出来ず、その立ちすくんだ姿に男爵は笑い、軍人メイドは静かに微笑みを浮かべる。


「え? あ、あれとは?」

「くふふ。そう、そうか。聖女は知らぬのであるか」


 愉快愉快と、笑みを噛み殺す男爵の牛の口から溢れる言葉に眉をひそめる。そんな聖女をも愉快と笑いながら、男爵は勢いをつけて立ち上がった。


「聖女よ、せっかくの機会である。我が輩が誇る農園を案内しようではないか」

「え、いやしかし、男爵直々で無くとも私一人で」

「構わぬ構わぬ! それに、少しばかり話したいこともあるのでな」

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