恋の惨死(11/24編集)
もし……例えばの噺よ。嗚呼、本当に自分でも下らないって思うけれど、砂浜には塵やら生き物の排泄物があちらこちらに転がっている。その所為か、独特の臭いがあたし達の周囲に漂う。それだけで胃が引っ繰り返るような気分にさせられる。此処になんか誰も居たくない。あたしだってそう思う。けれど彼は違う。
(俺ね、この海で生を受けたんだ。見つけた人はさぞかしグロテスクな物体を見ただろうね。知ってる? 人の生まれた瞬間ほど、グロテスクなものは存在しないんだって)
ほらと云って白くて細長い指が指した方向は。海にポカンと頭部が飛び出ている岩。それはまるで、巨人の頭が海からはみ出したように見えた。面白おかしい。あたしは真っ黒に塗られた自分の爪と巨人岩を交互に視線を移す。
「それが何?」
あたしが聞くと、彼は少し照れ臭そうにあたしに小さな声で云った。
「 」
「あー……うん、可能よ。あなたなら」
正直聞き取れなかった。何を根拠にそんな言葉が云えるのだろうか? 云った後に、あたしは小さく後悔をした。無責任な発言は大嫌いなのに。でも彼は嬉しそうに、そっかと呟いた。その時の彼の横顔は本当に美しかったと思う。無責任な発言をしないように気を付けるように言葉を考えているのが逆に沈黙を作らせた。
普通なら気まずいと思うのに、彼との時はそんな感情は全く感じなかった。砂浜で生まれるという出来事は人をこんな風にするのか。
皆様、今度から砂浜で赤子を産みましょう。私達は舞台を共有しているのです。あなたの都合で変えようなんておこがましい。誰に言っているかも不明な宣伝を、心の中で何度も何度もリピートした。ヤバイ、はまりそう。突然の、出来事。彼はあたしの右手を握ってきた。
「……ごめんね。なんか手とか握りたくなった」
「……ドキッとした。よく分かんないけれど」
「ふいに、思ったんだ。今、触れておかないとスピカちゃんは何処かへ行くから」
そう云われると、あたしは自殺願望を抱いていたのかもしれない。いや、妄想かもしれないけど。本当に厭だって思うことは、楽しいことよりもたくさんあったし。これからのことを考えると将来の道も外灯が照らされない。とにかく厭だったのだ。でも死なないでいられたのは、ただ単に怖いから。それだけのこと。
あ、でも阿修羅とかにでもなれるのなら喜んで飛び降りる。そんな切欠無いからあたしは生きて来られたのかもしれない。ということは、ひばりくんはあたしを助けてくれたのかしら。
「ありがとう」
「ん? 何、突然」
「自分でもりか、理解出来ないけれど、言っておきたくて」
「そうなの。じゃあ、ありがたく貰っておくね」
「……あ、見て」
またもや指差したその先には巨人岩。何も変化が無いわと思った矢先だった。
ゴゴゴゴ……。
地響きの音が鳴り響いた。汚い海が揺れ、あたし達のところまで振動を伝えた。あっと。云い掛けた途端に巨人岩はすっぽりと海に覆い被さってしまい、あたし達の視界から姿を消した。まるで最初から存在しなかったかのように。
「ヤバイ……俺感動だよ」
「あたしも……」
「スピカちゃん、最初に云ったこと覚えている?」
「…………」
汚染された海水に浸かった膝は青白くなってきている。どのくらい浸っていたのだろう。あとどのくらい歩けばよいのだろう。万里の長城よりもサハラ砂漠よりも、グランドキャニオンよりも歩く気がする。あたし達が海に覆い被されていても、歩いていける。隣には彼が居るし、驚くことがこれから起こる運命にちゃんと向き合えるということだ。すうと肺に酸素を溜めて笑顔を作る。
「さあ行こう」
「……ええ」
ゆっくり進みながら、ふと思い浮かんだ彼のあの言葉。
『一緒に海へ旅をしませんか』
ふたりは巨人岩のように、最初から存在していなかったのかもしれない。