第2話の3
「汲凪…さん?」
僕に先に行ってろなんて言いながら僕より早く部屋にいるじゃないか。いや、待ておかしい。どう考えても僕より早くつく訳が無い。それに服も全くもって違う。
先程のハードな革スタイルから一転。目の前の汲凪さんは黒のワンピースのスカートに白いエプロン。肩には白いフリル、とどめに白いカチューシャ。これは…これは!どう見てもヴィクトリア調のメイド服!
着替える時間など有るはずが無い。じゃ目の前に立っている汲凪さんは誰だ?
「あ、あの〜、お姉ちゃんに用事ですかぁぁ?お姉ちゃんなら今出掛けて外出してますがぁぁ?」
お姉ちゃん…って事は妹のようだ。しかし頭は良くないだろう。『出掛けて外出』日本語おかしいよ。
「あ、汲凪さんに言われて来たんですよ。もうすぐ来ると思いますが…」
「あらぁ?そうなんですかぁ?それじゃぁ、部屋に入って行きますかぁ?」
「そ、そのつもりなんですが…」
この人とは話が噛み合わないだろうと直観的に思った。
部屋の中はイメージ通りと言うか、よく有りそうな事務所だった。観葉植物が数鉢置いてあり、中々広い室内の中央にはガラスのテーブル。その両側にはソファーが押してある。道路側のガラス窓の下には木製の机に高級そうなイスが置いてある。左右の壁には扉が一つづつあるので部屋は最低でももう二部屋ありそうだ。
「じゃ、そこのソファーで座っててねぇ?君の話だとすぐ来るみたいだからぁ紅茶でも入れてくるわねぇ。」
最後に「早く来てくれるといいわねぇぇ?」と言い残し僕の後ろのドアへと行ってしまった。
僕は取り敢えずソファーに座り待つことにした。
――――こない。
あれから一時間ぐらいは経ったらだろうか。汲凪さんどころか紅茶を煎れに行った妹メイドさんすら来やしない。
「放置…ですか…」
ちょっと寂しくなってきた。かと言って、どこにも行く当ては無いし、ここがどこだかも分からない。
―――待つしかない。
それからさらに一時間。時間は分からないので大体。
ドドドドォ……バンッ!
突然の轟音と共に扉が開き、そちらに振り返ると息を切らし扉に寄りかかった汲凪さんの姿がそこにはあった。
「はぁはぁ…すま…ん少年…んん、はぁはぁ…はぁ…おーい!水くれ!」
少し間が空き扉の奥から返答があった。
「ふぁぁい。おかえりなさぁいぃ、お姉ぇさん。今、紅茶をお出ししますねぇぇ♪」
汲凪さんは僕の対面のソファーに倒れるように座り込み、僕の方を伺っていた。息は整ったようだ。
「いやぁ、待たせちまったな!怒んなよ?怒らないで聞けよな?いやー車庫にバイクを止めたらよ?少し、ほんの少しなんだが汚れが気になってな――洗車してた!」
「………」
そんな理由で二時間近くも待たされたのか。怒るなと言うほうが無理である。僕は苛立ちを隠せなかった。
「だ・か・ら!怒んなよって言ったじゃねぇか?カルシウム足りてるか?―――炒瑛菜!紅茶はまだか!客人が待ちくたびれてるぞ!」
「ふ、ふぁぁい!もうちょっとぉー少しだけまってくださぁぁい!」
炒瑛菜?メイドの妹さんの名前か?それよりも僕は何時間たてば紅茶に有り付けるのだろうか。特別飲みたいわけではないが、ちょっとだけ気になった。
「炒瑛菜には会ったろ?俺の妹だ!――んとな、一卵性双生児ってやつ?簡単に言うと双子だな。俺に似て可愛いだろ?」
どうりで似てる訳だ。服と髪型が同じなら区別するのは無理だろう。
ちなみに双子の姉妹の定義で言うと、先に生まれた方が妹だったような…って事は、後に生まれた姉である汲凪さんが炒瑛菜に似てるんじゃないか?ま、この辺は微妙なので触れないで置いておこう。
僕が知りたいことは決まっている。
「汲凪さん。イライラついでに単刀直入に聞きます。貴女は何者ですか?僕をどうする気ですか?父は…僕と父はどうなったんですか?」
すると汲凪さんはゆっくりと両手を組み、テーブルに肘をつけ、軽く口元を吊り上げ微笑んだ。
「ん、ま、そうだな。お前が知りたいことなんて分かってるよ。むしろ、お前に教える為に連れてきたんだからな。――まずはお前と父親の悶着があった、あの日の事から話してやるか……」
そう言い汲凪さんはゆっくりと語り始めた―――