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ある男。

 お久しぶりです。朝丘緋夜です。


 長らくお待たせしました。更新させていただきます。


 その昔、まだ未来には希望しかなかった時代。その男はこの世に生を受けた。


 男は世の中を席巻していたゲームに魅了され、その人生のすべてをゲームに捧げた。家庭用ゲーム機器が一家に一台あることが普通になると、新作ゲームが発売されるたびに店頭で行列を作って買いに出掛けた。友達と競うようにスクロールゲームにのめり込み、その単純明快かつ複雑怪奇な世界に心酔した。その時代のゲームは未だ発展途中であり、今の時代から見れば、画質も、操作性も、ストーリーも、ゲーム性も、雑でおぼつかない単純なものである。しかし当時の子供にとってそれは夢の世界から来た魔法の道具だった。夢と希望が詰まった、奇跡の機械だった。


 それがどうしてこうなってしまったのか。男は、会議室で泣きたいような気持に襲われていた。


 時代は変わってしまった。電子機器の高性能化は一秒ごとに向上していき、それに伴い、人々は電話を持ち歩くようになった。家庭用ゲーム機や携帯用ゲーム機の性能は格段に上昇し、もはやゲームをするだけの物ではなくなった。インターネットやオンラインを繋ぎ世界中の人と場所を異なりながら遊びと共に交流を深めるが出来るようになった。その業界の先端で鎬を削り、小さなゲーム会社を一大産業のトップ企業にまで成長させたのは男であったし、幼かった彼の夢を支えてくれた多くの友人のおかげでもあった。


 そこまで出来たのは、男が純粋にゲームが好きだったからだ。齢八十を超えても毎日ゲームをし、孫や曾孫と肩を並べ一緒に遊ぶことが、第一線を退き会長職に収まった男の楽しみでもあった。どこでも、誰とでも、いくつになっても、一緒にゲームをすれば友達になれる。それが男の信条であり、誇りであり、また、支えであった。


 それが、今になって折れようとしている。


 男の目の前で行われている会議の題材は「VRMMO」業界参入についてであった。


 Virtual Reality Massively Multiplayer Online。つまり仮想空間をもちいて行う完全没入型の、新時代のゲームである。脳波を読み取り、逆に脳波に情報を直接送ってプレイするこのゲーム機器は、完全にプレイヤーがアバダーになり操作する。まさしく新技術であり、ゲーム業界の革命であった。


 だが、男は悲しかった。


 テストプレイをしてみると、そこにはゲームとは思えないリアルで完璧な世界が広がっていた。五感すべてで体感した世界は、まさしくヴァーチャルリアリティーである。頬を撫でる風の涼しさも、天を埋め尽くす無数に散りばめられた星々の荘厳さも、草原に生える朝露に濡れた草の青臭さも、まさしくリアルそのものである。


 もはや、これはゲームとすら言えなかった。言えなかったからこそ、男は悲しかった。これはもうゲームではない。こんなものはゲームとは呼べない。呼びたくもなかった。


 歩くように歩き、笑うように笑い、嗅ぐように嗅ぐ世界では、何から何まで現実と同じように感じられる。ならば、この世界で誰かを殴ったらどうなる? モンスターに切りかかったら? 自然を燃やし尽くしたらどうなる? 現実をまだ十年も生きていない子供がそのことに慣れてしまったら、果たしてその子供は現実を生きることが出来るのか? 真面な頭を持った大人ですら現実を生きれないのに、子供にこんな世界に生きることを慣れさせてしまったらどうなる? ただでさえゲームは情操教育に悪いと信じている悲観論者の夢想論者が多いのに、このゲームを世に放ってしまったらとんでもないことになる。


 この技術は仮想ゲーム現実リアルの垣根を壊す。果たして、それはゲームと呼んでいいのか?


 男が子供だった頃、ゲームは夢と希望の宝箱だった。ゲームは理想の世界だった。同時に、現実の厳しさと辛さを教えてくれたのもまたゲームだった。剣と魔法の勇者などこの世にはいないと男に教えたのは、男が愛したゲームだった。


 はたして、この技術はそのことを教えてくれるのだろうか?


 会議は白熱し、VRMMOを作ろうと息巻いている。男の息子である社長もすっかり乗り気だ。若い社員は顔を赤くしてゲームの案を出している。ここにいるのは、男も含めて大人になりきれなかった子供たちだ。その子供たちが、現実をゲームに引きずり込もうとしている。


 男は一人静かに涙した。そして、こう言った。


「そんなものはゲームではない。ただの現実逃避だ。目を覚ませ子供たちよ」


と。


 これが有名な、チャオの誕生秘話の始まりである。その後時代に逆行したオールドカンパニーと蔑まれながらもチャオを開発し続け、そして爆発的なヒットを生み出した。旧世代のMMOは、新技術により作られたVRMMOと肩を並べ張り合う一大商品となる。それは、発売から一年と半年だが、テストプレイ期間は三年もかけたからだろう。最新の技術を旧世代のゲームにつぎ込み、テレビの向こうの世界にリアリティを限りなく追求したからだろう。採算度外視などといわれたが、現在の会員は三万七千人。興業売り上げは百億とも千億ともいわれているがこれからも増え続けるだろう。少し前、一回目の拡張データが販売されたばかりなのだから。


 難易度が高く複雑なゲームシステムだ、といわれることがあるが、それは未経験のもが騒いでいるだけである。二週間真面目にプレイすれば小学生だってルールを理解出来る。年齢層は上下の幅が広く、上は五十代から下は十代ほど、男女比もほぼ5:5であり、プレーヤー層が厚いことで知られているが、高校生からの支持はあまりない。いくつか理由があるが、最大の理由は、高校生からVRゲームの年齢制限が解除されるからだろう。VRゲームはその危険性からVR基本法にて年齢制限がかけられている。その年齢は16歳だ。そのためほとんどの高校生はVRゲームにのめり込むといっていい。


 が、中には例外もいる。VRMMOに憧れず、チャオをプレイすることを夢見た、ある高校生だ。




この物語は、そんな男の物語である。

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