ちゅーとりある。
ここからは、現実世界の主人公を「楽吾」チャオ内のキャラクターを「ラクゴ」と表記させていただきます。読みづらかったらすいません。
画面が切り替わると、それまでとは一転してちゃんとした奥行きのある草原になった。真ん中には楽吾に似たヒューリア人、ラクゴが一人ポツリと立っている。先程作った時と殆ど変わらないが、右手に細い指揮棒のような剣を持っていた。緩やかな風が吹く度に灰色の髪がぶわっと跳ね上がり、ラクゴはその度に左手で頭を押さえている。
『それでは、改めましてラビオリが操作方法を説明いたします』
煙がラクゴのすぐ隣で吹き上がり、ラビオリが現れた。
『コントローラーを操作してみてください』
「はいっ」
コントローラーを握りしめていた楽吾は震える手で手元を見ながら入力してみた。それに合わせて、画面の中のラクゴが歩き出す。思わず楽吾の口から感嘆のため息が零れた。今度は歩くラクゴを見ながら、他のボタンを試していく。その度にラクゴは様々なアクションをした。ぐるぐると走ったり、剣を目の前に振り上げたり、鋭い口笛を吹いたり。一通り試して、ラクゴをラビオリの隣に移動させる。
『大丈夫のようですね。それでは、一番大事なこの世界のルールについて説明しましょう』
パチッとラビオリが指を鳴らすと、二人のすぐ目の前に先程の犬のようなネイチャーが現れた。歯をむき出し、明らかに威嚇する素振りを見せている。
『今、このネイチャーはあなたを襲おうとしています。このままではあなたは食べられてしまうでしょう。それではいけません。逆にこのネイチャーを倒さなければいけないのです。しかし、あなたは直接このネイチャーに攻撃することは出来ません。プレイヤーはあくまでもプレイヤー。あなたの剣は直接攻撃するためのものではないのです』
ラクゴは剣を振るうが、ネイチャーは一切怯まない。唸り声と共に、少しずつ近づいてきている。ラクゴが焦ったように後ずさる。
『それではどうすれば良いか。あなたはなにが出来るのか。なにをするべきなのか。それは、兵士を操り戦闘を指揮することです』
ラビオリが指を鳴らすと、ラクゴとネイチャーの間に一人の武装したヒューリア人が煙と共に現れた。途端にラクゴの表情が精悍なものに変わる。
『あなたの剣は指揮剣と呼ばれる、人を率いるためのものです。指揮剣を振るうことで、あなたは人を指揮することが出来るのです』
ラクゴを庇うように立つ厳つい顔のヒューリア人は、ギロリとネイチャーを睨み付ける。
『まずはこちらの指示通り指揮してください』
「分かった!」
はやる気持ちを抑え、楽吾は右手でコントローラーを握り左手をキーボードの上に乗せた。心臓がバクバクと高鳴っていく。
『まずは戦いの準備をします。構えを指揮してください』
「よし、構えだな」
入力の仕方は三ヶ月の間に何度も練習した。楽吾は即座に構えを入力する。すると、画面の中のラクゴは剣を斜め上に向け、それに反応した騎士のヒューリア人が飾りのついた両刃の片手剣を右手で抜き、左手に装備した楕円形の盾をネイチャーに向けて万全の構えを作った。犬のようなネイチャーはそれを見て一歩引き下がる。
『これが戦闘における基本形です。どのような兵種、どのような状況下でも兵士は構えを取らなければ戦闘を行うことが出来ませんのでご注意ください。また、構えの状態で移動することも出来ますが、その場合は体勢の向きが一定方向に固定されます。抜刀状態で普通に移動したい場合は、備え、と指揮してください』
「なるほど」
構えの状態でラクゴが移動するとネイチャーを向いた騎士のヒューリア人も付いてくるが、摺り足や後ろ歩きで、依然としてネイチャーを睨んだままである。
『それでは戦闘に入ります。その際に留意することは、戦闘行動の指揮が、行け、と、戦え、の二種類あることです。行けは隊列から外れて各自の判断で戦闘行動をしますが、戦えは自分から隊列を外れることはありません。なので戦えと指揮する場合は敵がいるところまで誘導する必要があります。また、構えや備えのまま敵と接近した時は、兵士は守ることしかしないので気をつけてください。それでは、戦えと指揮しネイチャーに近づいてください』
「はいっ、戦え!」
一瞬で指揮を入力しラクゴと騎士のヒューリア人をネイチャーに接近させていく。片手剣を構えたヒューリア人はネイチャーとあと一歩の距離まで来ると、剣を振りかぶって鋭く切り下ろした。剣は犬のようなネイチャーの首辺りを捉え、赤い閃光のようなエフェクトが現れる。とはいえネイチャーも黙ってはいない。二本の前足で襲いかかるが、騎士のヒューリア人はそれを盾で弾き返し、追撃を加えた。思わず楽吾は強いと呟いていた。騎士が更に二撃与えると、犬のようなネイチャーはキャンッと吠えて地面に倒れてしまった。すぐにネイチャーの亡骸は煙を上げて動かなくなった。
『流石は歴戦の遊騎士、もう倒してしまいました。生命力を失った敵は命煙と呼ばれる煙を上げて絶命し、一定時間がたつと自然に還ります。逆をいえば、命煙が上がるまでは倒したといえないので気をつけてください。また、構えの状態でずっといると体力を消費してしまいますので、戦闘が終わったら、解け、と指揮しましょう。失った体力はアイテムで回復させるか、休め、と指揮するとある程度まで自然回復させることが出来ます。やってみましょう』
「はい。じゃあ解いて休め」
楽吾が話ながら入力すると、騎士のヒューリア人は剣を鞘にしまい楽な体勢を取った。鎧の下に見える表情は、心なしかやれやれとでも言いたげに楽吾は思った。想像以上にリアルで、細かい表情の機微まで感じていた。
『それでは、歴戦の遊騎士が休んでいる間にステータスについて説明しましょう。メニュー画面からrakugo様のステータスを開いてください』
「はーい」
メニュー画面を開くとテレビの左側にメニュー欄が現れた。その中からrakugoという項目を選ぶ。出て来たのは以下のような項目だ。
rakugo ♂
・統率力 1
・智力 1
・生命力 1
・天運 1
・求心力 0
・名声 0
見事なまでに最低ランクである。
『これがrakugo様のステータスになります。今はまだ最低値ですね。それでは各項目を説明します。統率力とは、指揮官としての総合的な能力のレベルを現します。統率力が高ければ高いほどプレイヤーとして優れていることを意味し、指揮する部隊もその分実力を発揮できるでしょう。智力は、用いれる戦略の効果や威力、また数に影響します。智力が高くなればなるほど取れる戦略が多くなり、また威力が上がります。戦略については後ほど詳しく説明させていただきます。次に生命力ですが、これはダメージや疲労、毒などの状態変化に対する抵抗力の総合値に当たります。基本的にプレイヤー自体は非力です。兵士やネイチャーに比べると生命力は格段に低いのですので、十分注意してください。天運はそのまま運の高さといって良いでしょう。運が良ければ、まあ、良いことがあると思います。求心力は、部隊内での信用度といって良いでしょう。求心力が上がれば兵士からより多く信頼されるようになり、色々とrakugo様をサポートする働きやアクションをしてくれるようになります。最後に名声ですが、これはオブリブィオン大陸における知名度です。名声を上げることによって住民らの反応が変わっていき、部隊に新しい兵士が志願してくるようになるでしょう。名声を上げることで、rakugo様の部隊はより強力かつ大規模になっていくと思います。それでは、ここまでで質問はありますか?』
ラビオリは画面の向こうから楽吾を見据え、小さく首を傾げた。少しの間画面越しに見つめあい、楽吾は慌ててマイクに話しかけた。
「えっと、ステータスを上げる方法はなに?」
『残念ですが、それをお教えすることは出来ないんです』
ラビオリはすまなそうに顔を伏せて、ちらりと楽吾を見上げた。思わず、やっぱりと呟く。楽吾が掲示板などで調べたときもステータスを上げる方法はアイテムを装備すること以外載っていなかった。それどころか、ステータスがいくらあるか、ということまで皆伏せていたのである。そこの掲示板は誰でも閲覧可能なので、明言することを避けていたのだが、もしかしたら誰も知らないんじゃないか、と楽吾は予想していた。結果的には、それはあたっていたのだ。
楽吾が大丈夫、と告げると、ラビオリはえへん、とわざとらしい咳をして、また話し始める。
『続きまして、部隊の説明に参りたいと思います。メニューから部隊を選んでください』
ラクゴのステータス画面のままだったメニューを一旦戻し、一つ下の部隊という項目を選ぶ。出て来たのはこの項目だ。
unknown部隊
・兵種 剣兵
・兵数 1
・突破力 217
・防衛力 365
・機動力 196
・統率 0
・平均兵力 271
「歴戦の遊騎士つよっ!」
思わず叫んでいた。ラビオリがくすりと笑い、すぐに表情を整える。
『それでは部隊の説明をしたいと思います。まず部隊名ですが、今はまだチュートリアルの最中ですので未設定扱いです。ご了承ください。兵種とは部隊の装備の種類と思ってください。今は歴戦の遊騎士が剣兵なので、部隊の兵種も剣兵となっています。兵数は文字通り兵士の数です。兵数で戦いの結果が決まるとはいえませんが、やはり兵士の数は高いほうが良いでしょう。突破力とは、部隊の行動中、または敵に突撃する際の戦闘力です。この値が高いほど敵を蹴散らして攻撃することが出来ます。防衛力は逆に静止しているときや敵に突撃されたときの戦闘力です。この値によって迎え撃つときなどの攻撃力が左右されます。言い換えれば、突破力は動的な攻撃力、防衛力は静的な攻撃力といえるでしょう。次に機動力ですが、これは行軍の速度や疲労の少なさなどを左右します。機動力が高いと速やかな移動や、移動中の迎撃力が上がります。統率は部隊内の秩序、集団行動でのまとまりなどを表します。今は歴戦の遊騎士一人ですので統率も最低値になっています。平均兵力は、以上五つの値を元に部隊の総合的な力量を数値化したものです。この値が、実質的な部隊の強さであるといえます』
『それでは次に、兵士について見てみましょう。メニューから兵士を選んで、歴戦の遊騎士を選択してください』
先ほどと同じようにメニューへ戻り、楽吾は兵士の項目を選んだ。出て来たのはアーノルドという項目唯一つだ。選択すると、以下の項目が出てくる。
歴戦の遊騎士 アーノルド ♂ 40歳
・兵種 近衛剣兵
・人種 クリエンド地方
・生命力 257
・攻撃力 182
・守備力 373
・行動力 308
・技術 173
・技能 剣術指南 狩猟
・性格 老獪にして柔軟
歴戦の遊騎士の名前は、アーノルドというらしい。楽吾は、ステータスを見て僅かに唸りながら数字を読んでいく。
『これが歴戦の遊騎士のステータスです。本名はアーノルドで、歴戦の遊騎士というのは称号なのです。称号とはある一定の実力を越えた強い兵士や、技能を極めた特別な人のみに付けられるもう一つの名前で、称号持ちの兵士はそれだけで優れていると評価されるのです。年齢はそのままですね。但し、ヒューリア人は一週間で一歳ずつを成長していきます。大体五歳から子供ではなくなり、十歳で成人扱いになり、五十歳で老人になります。アーノルドは壮年といったところですか。兵種は部隊の時とは異なり、兵士の実力に見合った細かい職種です。一度方向性が決まると、成長はしても変更は出来なくなります』
一度言葉を切ったラビオリは、ゆっくりと息を吐いてまた話し始めた。
『兵種は大きく分けて、近距離系統、遠距離系統、騎乗系統、特殊兵器系統の四つの方向性があります。一番初めの志願兵の時点ではどのような武器を装備することも出来ますが、その代わり上手く扱うことが出来ません。子供に毛が生えた程度の年齢ですからね。志願兵がある程度成長すると、その武器に従って兵種が成長します。剣や槍などを使っていれば近距離系統、弓や魔術など使っていれば遠距離系統、馬などに乗っていれば騎乗系統、最後の特殊兵器系統は本当に特殊で、攻城兵器や大型火器などの知識を学ぶことでなることが出来ます。また特殊兵器系統は部隊単位でしかなれません。一人だけ、ではなれないのです。一度系統の方向性が決まってしまうと、違う系統の武器は装備出来なくなりますが同じ系統の武器なら使うことは出来ます。剣から槍、弓から小火器、なら変更することが出来ます。えーと、それでは兵士のステータスに戻りましょうか』
『生命力はrakugo様のステータスと殆ど同じです。違うのは、兵士の生命力は疲労やダメージによって簡単に変動するということです。ゼロになれば、兵士は気絶してしまい、手当てをしなければ倒れてしまいますのでご注意ください。人種というのは、どこの地方で生まれたか指します。オブリブィオン大陸は広いですから、生まれた地方によって体格や髪、虹彩、肌の色などが少しずつ違うのです。歴戦の遊騎士の生まれはクリエンド地方という、北西に位置する地方ですね。ここは良いところです。詳しくは、実際に行ってみた方がよろしいてしょう。次の攻撃力、防御力、行動力はそれぞれ突破力、防衛力、機動力を単純化した数値です。意味は殆どそのままですね。部隊と違うのは、生命力と同じように変化が激しいということです。装備によって上昇したり、また怪我や老化によって、下降します』
『技術には、様々な意味があります。例えば、戦闘時の武器の扱い方や、生産、加工、修復などの非戦闘的行動の上手さなどを含みます。言い換えれば器用さ、といったニュアンスでしょうか。技術は兵士のステータスの中で一番汎用性が高いといえるかもしれません。特殊技能は、兵士固有のスキルです。歴戦の遊騎士は剣術指南と狩猟がありますね。剣術指南は同じ部隊の剣兵の攻撃力が上がるという効果があります。狩猟は少し違い、食べられるネイチャーを捕まえることが出来るスキルです。戦闘には関係ありませんが、非常に使える特殊技能ですよ。最後の性格というのは、文字通り兵士の性格を簡単にまとめたものです。いわば個性ですね。これも大事なステータスです。それでは、ここまでご質問はありますか?』
「えーっと……なんか所々大雑把だね」
楽吾は頬をかきながら、苦笑しつつマイクに話しかけた。ラビオリも苦笑いを浮かべ頷く。
『あくまでステータスは目に見える数値です。数値化出来ない、隠しステータスのような部分は、rakugo様が判断するしかありませんから』
楽吾は乾いた笑いを返した。ラビオリはまたわざとらしい咳をすると、真剣な表情を作った。
『それでは、最後に戦略について説明したいと思います』
ラビオリがそういうと、楽吾も真剣な表情になり深く頷いた。カメラはないので、意味のない行動だということに、楽吾は一切気がついていなかった。