第3話:ネクロマンス(後編1)
XXが駆動銃専門工房『レーベンブロイ』を再び訪れたのは、レナコーンの街風に冷気の交じる夜更けのことである。
工房の扉を「邪魔するぜ」と開ければ、片眼鏡をつけた老齢のガンスミスは一瞥だけし、黙認するように迎えた。
以後ガンスミスはXXに目もくれず、工具台の小型駆動銃に油を差している。それが済むと、整合性を確かめるように撃鉄や引鉄、安全装置といった作動部位の滑りを確かめ、傍らに置いた。どうやら朝訪れた時に整備していた一丁が、ようやく組み上がったという塩梅らしい。が、それにしても見慣れぬ型式である。
その銃は黒一色で身幅が随分と狭い。弾丸を装填する弾倉は見当たらず、その代わりに銃の上半分が前後するという、奇怪な仕掛が見られた。それはガンスミスの手の前後運動に併せ、カシャンと音を立てた。直後、銃側部より吐き出されるように出てきたのは弾丸である。XXは眉をひそめた。
――なんだこりゃ?
XXはしばらくその銃に釘付けになった。
「個人運用型対物駆動銃なら仕上がっとるぞ。金は用意できたのか」
ガンスミスの声に、XXは我にかえる。見ればその手に、脛の長さ程度にまで切り詰められた二連装砲身の対物駆動銃が、ぶら下がるように握られていた。
「さっさと持て。重くて構わん」
「あ、ああ。悪りぃ」
XXは受け取り、取り回しを確認する。
依頼していた対物駆動銃。銃身を切り詰めてトップヘビーから解放されたとはいえ、それでも見た目以上に重量はある。
大きさは小型散弾駆動銃で押し通せなくもない程度。ガンベルトでの携行は難しいが、外套内に忍ばせておくことできそうである。グリップが馴染めば、早抜も不可ではない。
「対物の秘匿携帯を気にするのか? つくづく馬鹿げとるわい」
「まぁな。大陸は広いし、ギルドは全国出張だ。高慢なウッド・エルフに鉢合わせた時に脅すにゃもって来いだろう?」
もはや呆れたように笑うガンスミスに、XXは肩をすくめる。
「改造内容について簡単に言っておくぞ。一応、片手で扱えるように弾丸装填時の中折は握ったまま親指一つで出来る。暴発を避けるためにトリガープルは倍の重さにしといた。ダブルアクション構造じゃが基本はシングルアクションで使え。そのために撃鉄は交換してある。強度はお前さんの腕が吹き飛んでも銃はビクともせん。その稼業を一日でも長くしていたければ、さっさと壁の飾りにすることだな」
ガンスミスの言葉に合わせ、XXは手早く機巧を確認した。
「――すげぇな。流石だ」
「ふん。世辞ならもう少し気の利いたことを言え。それで、金はあるんじゃろうな?」
ガンスミスは片眼鏡の位置を調節して、XXを睨みつける。言ってはみたものの、実のところ期待していない。今のレナコーンでは真っ当な取引が成り立つことの方が稀である。そもそも自分自身が限りなく『黒』に近い。だからこのまま逃げられた所で『二度と来るな馬鹿者』と罵声一つで済まそうと思っている。が、自分を銃で脅すようなマネをすればもちろん、隠し持った一丁で頭に風穴を空けてやるが。
「悪い。金はもう少し時間がかかりそうだ」
と、XXは苦笑した。ガンスミスは鼻息を一つ鳴らし、
「そんなことじゃろうと思ったわい。金はいらんからもう二度と此処には来――」
「だから用意できるまでは、これを預かっててくれ。恐らく代金以上の価値はある」
そう言って、工具代の上に置いたのは黄金色の六連式駆動銃――キャリッジリターンだった。それにガンスミスは思わず身を乗り出して片眼鏡を外した。
「9mmオリハルコン弾の回転式……」
そして信じられないものを見たというように声を震わせながら、まるで神器を掲げるように恭しく両手で持った。
「……間違いない。……間違いない。間違いないわい」
ガンスミスは半ば呆然として言う。
「この銃は……ワシがむかしギリシア帝国領首都ペンドラゴンで物乞いをしとったころ、――フランシスカ・ストリータ様に献上した渾身の一丁じゃ」
駆動銃――遠距離精密射撃という戦における圧倒的アドバンテージも、正々堂々・真っ向勝負を旨とする騎士道精神からは程遠い。故に優れた職能を持つ彼らガンスミスであっても、騎士が支配するギリシア帝国においては鼻摘みとなるのは言うまでもない。
そんな風潮にあって、このガンスミス――セブ・ロレンスに工房の看板を認めたのは、他ならぬ救神イースの称号を持つギリシア帝国親衛隊・初代隊長フランシスカ・ストリータ。すべての騎士を統べる騎士王だった。
それはセブ・ロレンスにとって、いつまでも褪せることがない人生の転機。
ギリシア帝国首都ペンドラゴンにある目抜き通り、そこを光とするなら影ともいうべき貧困者の巣窟となった裏通りの路上。身分を選ばぬ傍迷惑に平等な太陽が、飢えと乾きに苦しむ彼らの痩せた身体をジリジリと焦がす炎天下。
その熱射を紛らわそうとしたのか、あるいは物乞いの片手間に心の慰みとしたのか、セブが気まぐれに懐中時計を直し終えた時、その頭上に声をかける者があった。
――わぁ!! あれだけボロボロだった懐中時計が治っちゃった! おじさんまじでスゲー!
セブは驚いて顔を上げる。生まれてこの方天涯孤独の痩せ狼。誰彼問わず、声をかけられる覚えはない。非難される覚えはそこそこあるが、その全ては声よりも先に拳や足が来るものである。間違っても『スゲー』などと言われる筋合いはない。果たして一体何事だろうか。
顔をあげるとそこに、神話の女神がいた。
――おじさんもしかして機巧師!? そうだよね!? 絶対そうだよね!? でなきゃこんなスゴいことできないもんね!! ホント信じられない!! 専門は何!? 自律人形!? 機巧楽器!?
そして女神は、けれどもまるで無邪気な天使みたいに、そのエメラルドグリーンの瞳を輝かせてハシャいでいた。
セブは呆気にとられたが、それも一瞬のこと。己に掛けられた機巧師であるというとんでもない誤解を解こうと喉を鳴らし
――あ、あの。……その。自分はそんな。
しかしどうしてか、声にならなかった。
彼女がどうしてか、この忌々しいまでに照りつける太陽よりも眩しくて、声が出せなかった。
――ええ!? うそ!? 機巧師じゃないの!? どうして!? どうして!?
辛うじて、自分は単なる物乞いに過ぎないと言えたのだろうか。ともあれ彼女は目を丸くして、驚いて、そして自分の薄汚れた手を両手で掴み、こう言った。
――こんなの絶対おかしいわ! おかしい! スッゴイおかしい! むしろ一周回って許せない! よし決めた! 決めちゃった! 貴方は今から機巧師です! 機巧師!
そして、まるで自分を説教するように人差し指を突きつけ、
――貴方は機巧師! 機巧師になります! それも明日から!! そして専門は―えっと。
そこでしばらく、彼女は自分を見つめながら、観察しながら、やがて自分の腰辺りを見つめてから満足したように頷き、こう言った。
――駆動銃専門の工房『狼伯爵』!! それに決定!!
座ったままなのに腰が抜けそうになる。一体どういう経緯で、自分はガンスミスと言われたのだろうか。
と言うよりそもそも、ここは騎士が支配するギリシア帝国の中枢、首都ペンドラゴンである。そんなところで駆動銃専門をやる? それも騎士の命を預かると言われる『誉高い』機巧師として?
――あ、もしかして近距離タイマン史上主義の騎士道精神とか、そんなしょーもないコダワリとかもってないですよね? おじさん、いえ、ガンスミスさん?
ムっと、まるで子供のように眉根を寄せる女神。呆然と首を左右に振った。返答ではなく、わけが分からなくて、この現実そのものが信じられなくて。
――ふふふ、ならばよし!! じゃぁそういうことで、一応、ここにもルールがあるから一ヶ月後に貴方の自信作を帝国に献上してね。宛先はストリータ家のフランシスカまで。手続きよく分からなかったら、目抜き通りでお店構えてる適当な商人さんに、『じゃじゃ馬が来たらこれ渡せ』って、そう言ってくれてもOKだから。
――あ、あの……。
――え? ああ、ああ!! ごめんなさい迂闊だった! 本当にごめんなさい! 腹が減っては戦も仕事も出きっこないよね! はいこれ!
話が読めなさ過ぎて思わず伸ばした手に、握らされた分厚いハムの挟まった巨大なパン。
――アタシのお昼!! 見た目はボチボチだけど味は良い感じだから! それからこれは支度金!!
そして二の句も告げさせず、渡された金貨の袋。重さから言って10000Gはあるだろう。
――作業場はあるかな? なかったらまた明日にでも捕まえてね! アタシたぶんこの辺ウロウロしてるし! じゃ、次の才能に忙しいから今日はこれで!
そして女神は、そのまま走り去っていった。
走り去って、でも去り切る前に次の物乞いを観察し、また素っ頓狂な声をあげていた。
そんな彼女が、救神イースの称号を持つ騎士王だと知るのはもう少し先のこと。
――そしてギリシア帝国から、
裏通りの住人全てが救われるのは、それから間もなくのこと。
そして後になって気付いたことではあるけれど、彼女が見ていた自分の腰辺りにあったもの――それは、脅し用に持っていた壊れた銃だった。
「お前さん、これをどこで手に入れた?」
セブはキャリッジ・リターンの銃口をXXに向けた。
「答えてもらうぞ、絶対に。返答次第ではただじゃおかん」
まるで親の仇を見るかのような鋭い目を向けてくるガンスミスに、XXは両手を浅く挙げて
「おいおい、いきなり物騒だな。一体――」
「答えんか!!!」
カチリと、銃の撃鉄が起こされた。そのただならぬ様子に、XXは嘆息してから、静かに『わかったよ』という具合に頷いた。そして静かに口を開き、
「それはよ――」
こう言った。
「……盗んだんだ」
ガンスミスの目が一瞬大きく開かれたと見るや、鋭い火薬の音が爆ぜる。金色の弾道がXXの頬を掠め、彼の背後にあった扉が吹き飛んだ。
黄金色の銃口が青白い硝煙をあげている。
奇跡の金属オリハルコンを燃焼した残滓。
「出て行け」
ガンスミスの声は静かだが、しかし冷ややかに凍てついていた。
「金はいらん。さっさとそのガラクタを以って失せろ。そして次にツラを見せたら、……今度は外さんぞ」
彼の声からは、必死に怒りを押し殺しているのが伝わってきた。
自分に向けられた、明確な殺意と侮蔑。XXはしかし、それをどこか安堵したような様子で見返してから、静かに笑み、
「ああ、世話になった」
とだけ言って、背後に開けられた扉に歩き始める。
「おい。こいつも持っていけ」
振り返ると、黒の一丁が投げて寄越された。XXは咄嗟に受け取る。
「ここでおかしなマネはするなよ? すればこの場でお前を殺す」
ガンスミスは依然、銃口をXXに向けていた。
「そいつは今日仕上がったばかりの新型駆動銃だ。発砲時の燃焼反発を利用して排莢と装填を同時に行う。初弾は銃身上部――遊底を、目一杯引いて離せ。弾丸は銃把の下から箱型弾倉で込めて一気に入れる。装填数は15+1じゃ。――ただの回転式より、よっぽど戦力になる。持っていけ。代わりに、もうこの銃のことは金輪際忘れろ。分かったな?」
その声にも、その目線にも、否応を言わせぬ静かな迫力があった。
XXは、その銃を静かに腰のガンベルトに入れる。
「ありがとよ。じゃぁ、盗賊はとっと去ぬぜ」
ガンスミスは無言で、XXを見送った。
しかし去り際に、彼が残した言葉を、セブは生涯忘れることはなかった。
「そうそう、昔に姉貴が言ってたぜ。『ガンスミスは銃だけじゃなくて懐中時計も直せるんだよ!』って。スゲーな。だからもし、店の前で壊れたゼンマイ人形が倒れてたらソイツも試してみてくれ」
フランシスカさんが頼りない弟の教育係として妹のように可愛がっていたアリシアさんを派遣したのはさらに昔のお話です。
しかし熱いですね。