モノローグ:死体奏者
何時までも止む気配のない雨のせいで、ボクのお友達はどんどんと崩れていく。灰色の肌がグズグズと水を吸っていき、ブヨブヨと腫れていく。やがて限界を迎えた頃合いに肉が滴り、そして真っ白な骨が覗いてくる。
腐っているのだから、こんな強い雨に打たれたらひとたまりもない――。
そういう常識をボクが学べるのはもう少し先のこと。だからそのとき、ボクは動かぬ友人の崩壊を見せられて、ほんの少しだけ驚いた。
「――――」
でもそれだけ。
雨を含めば土は緩くなるし、朽木も重くなって自分に耐えられなくなる。するとそれらは、形を楽な姿に変えていく。崩れるとはそういうことだから。
そしてボクの友達も、つまりはそういうものの類なのだろうから、枯木といった崩れやすいものと一緒に、ここに捨てられたのだろう。そんな風に理解した。だから驚いたのは、本当にほんの少しだけ。
雨は止まない。
悲鳴も止まない。
次々と周りに、新しい友達が降ってくる。
焼け野原の熱に焦がされて、フィナンセルの空は雨曇のそれよりもどす黒い。空があんなにも分厚い雲に覆われたのは、生まれてはじめてのこと。
焼け爛れた大地に向かい合うのが辛くて、見てられなくて、空が慈悲の涙をこぼしてきた。
そういう都合のいい考えを持てるようになるのは、青い髪のお兄さんに拾われる、もっともっと、ずっと先のこと。
「あら、戦利品というべきなのかしら?」
黒い空を遮る、白の仮面。
このぬかるみを、まるでレッドカーペットの階段を降りてくるお姫様みたいに歩んでくる女の人。もちろん、この喩えだって今だからこそ言えること。
「――へぇ。港で捌けばそれなりにはなるかしらね」
うっとりと笑うその人は、ボクの姿形を値踏みする。
「お嬢ちゃん、幾つ?」
「お父さんは生きてる? お母さんは生きてる?」
「言葉は話せる?」
「ああ、何もかもが完璧ね。――いらっしゃい?」
差し伸ばすその手は月明かりよりも綺麗で、けれどもどうしてか、飢えた狼よりも恐ろしかった。
だからボクは、お友達にお願いした。
すすり泣くように、あるいは含み笑いをするように。
――たすけて。
と。
けれどもそれに、女の人は笑う。
誰だって逃げ出した、お友達の応援に、女の人は目を細めて笑う。
「お嬢ちゃん、死体奏法できるのね?」
そしてボクは、本当なら誰もが最初に経験するはずの感情を、ここで手に入れる。崩れるのではなく壊れるということを理解する。そう、お友達が壊されていく。綺麗に綺麗に、壊されていく。女の人が優雅に手を踊らせれば、お友達の頭がトロリと零れていく。
まるで三日月みたいな煌めきが、時折女の人の手を飾る。
その度にボクのお友達は、あまりにあっさり土へと壊れていく。
「ふふ、人売り人買い人攫いはね、死体奏者でさえ命を投げ売って誓う神様に祝福されたお守りを、いつも持っているものなの」
死神。
女の人はそう、教えてくれた。
言葉でもって。
光景でもって。
そして。
山のようにいたお友達が。
山のようなただの土に壊れたころ。
再度女の人は手を差し伸べてきた。
「自分の足で来たければ、これが最後よ。嫌なら今度は、あなたを『連れて』行かずに『持って』行くことになるわね」
あまりに怖くて足が動かないということはあるけれど、あまりに怖くて足が動くということもあると、その時ボクは、自分の身体に教えられた。
「そう、言葉は分からなくても、伝わるみたいね」
ボクがその手をとった時に、三日月みたいに笑う女の人。
「恐怖って」