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連弾のオリハルコン  作者: 常日頃無一文
第2章:不立文字飛鳥
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第7話:ネクロマンス(後編5)

「悪いが人違いだ。お嬢ちゃん」

 

 XXの一言は迂闊だったのかもしれない。

 墓地の吐き出す、濃霧にも似た曖昧模糊とした死の気配。乾いた腐臭。それがいま明確な殺意を帯びたのだ。

 お前は誰だと少女が悲鳴をあげる。

 つんざくような声音に反響したか、ギチギチと洞窟(せかい)が軋み上げ、空間を支える柱や壁からボコリボコリと人型が生まれ出た。

 骨灰を撒き散らして、落ち窪んだ目の奥に朧な火をともし、ふらりと立ち上がる白骸の群れ。

 アンデッド。

 口から漏れる暗い瘴気。それは紛うことなき死生病の名残だ。つまり彼らは元感染者であり、そしていまは地下墓地をねぐらとする幼い主の私兵だ。

 漂う死臭に顔をしかめ、XXはガンベルトに挟んだ黒い銃把を握る。

 

「なるほど……。海風に物騒な混ぜ物してるのは嬢ちゃんか。なぁ、お友達はもう十分増えただろう。そろそろお誕生日会も終わりにしようや……おっと!」


 XXは地を蹴る。これまで酩酊者のようにふら付いていた髑髏が、爆ぜるような勢いで襲い掛かってきたのだ。


「帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ!! 帰れぇえええ!」


 断末魔のような、あるいは苦悶に喘ぐような声で少女が絶叫する。それに狂わされたようにアンデッドが、瘴気を撒き散らしながら殺到した。ガチンと乱杭歯の噛み合わさった場所は、数俊前に己の頸動脈があった場所だ。飢狼でもここまで獰猛ではないし、猛禽でもここまで正確ではない。


「ち! 問答無用かよ!」


 XXは間一髪で身を翻すも、牙を剥くのは一体や二体ではない。彼らは次から次へと壁から地からと生み出され、際限なく増えて、間断なく襲い掛かってくる。

 振るわれる爪。

 浴びせられる牙。

 どれも並の体術で捌ききれるものではない。それでもXXは死線の間隙を見極め、さながら未来視を得たように死中の活を拾い続けた。

 レナコーンが今や死者の都なら、地下墓地は死者の胎盤であり、少女は母体だ。そして死者に魂はなく、故に葬る術はない。つまりXXがいかに強力な火器で彼らを砕いたとて、それは砂に杭を打つにも等しい行為だった。

 そのはずだった。

 予想を裏切られた少女が瞠目する。これまで幾度も崩れはしたが、決して消えはしなかった『家族』が、男の振るう歪な短剣を浴びるたびに『蒸発』しているではないか。


「……ダメ」


 青白い炎をまとった短剣ダガーが振るわれるたび、アンデッドが跡形なく消える。


「やだ……」


 まるでその存在自体を幻と否定されるように、次から次へと、不滅にして不死の『家族』たちが失われていく。さもありなん。かつてギリシア帝国親衛隊イージスの副隊長にして自己犠牲の救神イイススと誉れたダブルエックス、彼の象徴たる真の武器は腰に帯びた銃ではない。背に秘めた二振の短剣だ。

 『エレンの聖釘(セイテイ)』。

 かつてイイススの身体を穿った神殺しの神器であり、その本質は破壊ではなく救済である。殺意ではなく救いへの渇望から生者を襲うアンデッドにとって、これ以上の浄化はなかった。


「ダメ! ひ、引いて! みんな引いて!」


 少女の悲鳴でアンデットの動きが止まった。

 同時、XXも得物を腰に収めて、積極的な害意がないことを示して見せた。


「……ふぅ」


 大きく息をつく。彼にしてもこの状況は多勢に無勢である。引いてくれるならそれに越したことはない。なにより、彼の目的――ギルドの受諾内容はレナコーンの集団怪死事件の解明と解決、そして濃霧の原因特定であり、その執行者の殲滅は含まれていない。話の通じる相手ならば戦闘なしでの達成もありえると、XXには並のギルド戦士では考えられない甘さを持っていた。それでも油断なく、周囲のアンデッドに気を配りながら、XXは静かに話し始める。


「お話を聞いてくれる気になったかい? レナコーンの、いや、フィナンセル村の嬢ちゃん」




 極東の島国『大和』から遥々、ひたすら西へ。

 幾つも船を乗り継いで大海を超え、ようよう訪れた死者の国レナコーン。武神と謳われた彼――野良守傾月(のらのかみけいげつ)はいま、レナコーン東の森深くに位置する旧医療施設にいた。

 野良守(のらのかみ)

 大和の各地を収める時の藩主、豪族、統領より、『ぜひ我が客人に向かい入れたく』と請われ続けたこの武神は、しかし。

『拙者、野良草を枕に日々を過ごし、禄は己の育んだ一汁一菜で結構、どうぞお構いなく』

 と慇懃に辞退し続けていた。

 自由気ままに各地を放浪し、風情の景色に出会えば詩歌をよみ、湖面が凪げば釣り糸を垂れ、たまに請われて仁義の剣を振るい、世間の目もどこ吹く風。傾月がひとところに落ち着くということはなかった。そんな彼を妬んで、あるいは羨んで付けられたあだ名が野良守。大和のどこを修め、どこを守るでもなく、文字通りうろうろと野良をほつき歩いて、行き当たりばったりにもめ事を解決する彼にはうってつけな皮肉であり、彼も好んでそう名乗った。


 ――天下の大和を枕に野良死にし、蒼天にしゃれこうべを晒す。なんとも風流な最期じゃないですか。


 風変わりな剣士はよく(うそぶ)いていた。そんな傾月が一所をひたむきに目指して、あまつさえ大和を出ていくなど、いったい誰が予想しただろうか。


 ――片雲の風に誘われてとは言いますが、拙者の場合は凧が糸に引かれてと申しましょう。行先、目的はどうかご容赦ください。


 彼の行く末を案じ、また不在を惜しむ多くの知人たちに頭を下げて、しかし彼は迷いなく異国の海へと誘われていった。果たしてどんな『しがらみ』が、流浪人たる彼を目的のある旅に駆り立てたのだろうか。

 発端は半年前。

 大和の国の僻地にて、生きながらに死霊と化す半霊半物の奇病『鬼憑き』が流行った。端的に言えば、彼がレナコーンを訪れたのはその治療法を求めてのことだった。


 『遥か西の国では先進的な医療が受けられるかもしれない』

 『貿易で栄えた港湾都市レナコーンでは、死者と生者が共存しているとか』


 いずれも旅先で風聞した確証のない与太話である。しかしそれでも傾月はそれにすがりたかった。愛弟子の煩った病を治す霊薬・妙薬の類が、もしかしたらここで手に入るかもしれないと。

 しかし結果、彼が医療施設跡(ここ)で得たのは『死生者を治す』法ではなく、『死者を操る』法、すなわち死体奏術ネクロマンスであり、極東においては外法とされる死霊術の類に過ぎなかった。


「……次の宛を探すしかありませんね」


 極東の剣士は嘆息し、古びた医療書を閉じた。死者帝国と皮肉られたレナコーンには相応しい結末であり、また予想の範疇でもあった。しかしそれでも、彼の落胆は小さくはなかった。ここに至るまでに費やした時と金は彼にとって決して安くはない。手ぶらで帰るにはあまりに口惜しい。それが彼の正直なところだった。

 とはいえ、ここで得たものがないわけではない。

 生来の好事家でもある傾月は、道中で寄ったレナコーンの役場跡。そこでまとめた記録のうち、気掛かりなものを慰めとして反芻する。


「貿易で栄えた都市に禁制品の密輸は付き物。たとえばギリシアの騎士王、フランシスカの似姿をした自立人形など、まさにその象徴ですが……。大和であれば皇尊(スメラミコト)の写し見を玩具にするようなもの、露見すれば一族磔刑の重罪でしょうに」


 手近なボロ椅子に腰をかけて、今にも崩落しそうな石の梁を見上げながら、傾月は柳眉をひそめる。やはり気になるのは、あの自立人形(オートマタ)の記録だ。発注者は西の丘陵地に居を構える墓守となっている。名はベノワというらしい。


「不可思議。実に不可思議です」


 そう。極めて不可思議だと彼は思う。もしも自立人形がただの愛玩人形であったなら、彼もそこまで気にはしない。給仕姿の麗人を欲す孤独な老人、今更奇特な在り方とは言えないだろう。しかし人並み以上の審美眼を持つ彼は、あの人形が趣味で誂えるには度の過ぎたものであることを見抜いていた。それこそ一級品という言葉さえ侮辱にあたる程の出来である。まして、その造形が騎士王のものとなれば『訳アリ』と考えるべきだ。


「しかも、ベノワさんが酒類に耽溺するようになるのは、自立人形を住まわせるようになってからでしたね。……人形には目もくれず、否むしろそこから逃れるように酒を浴びている」


 医療施設跡に残された住人の古びた診断記録、そこにベノワは軽度のアルコール中毒者として登場している。最初の処方箋としてマンドラゴラを煎じた抗酒薬を受け取っているのは5年前。この街が死の香りを放ち始めて1年後。そして、かの人形がベノワ宅に納品されてから約七日後のことだ。


「やはり酒の依存と人形は無関係でないでしょう」


 傾月は腕を組む。やはりどう考えても、彼はあの人形を望んで手に入れたのではない。断り切れぬ事情ととともに押し付けられている。そう考える方が自然だった。実際、昨日に見た墓守――ベノワの人形に対する接し方には、憎悪一色しか感じられなかった。さらに言えば、彼が造形美を愛で、価値を図るに足る知見を持っているようにも見えなかった。


 ――ならば一体、誰が。何のために。あの人形を押し付けたのでしょうか。


 ふむと思案する。極東の大和が出自の傾月にとって、貴人の写し身が用意される目的など一つしか考えられない。古くからそれは影人と呼ばれ、貴人が行方を眩ますときの代理や身代わりとして、貴人自らが用意するものだ。もしもその考えをそっくりと今の状況に当てはめるなら、あの人形は騎士王フランシスカかそれに連なる者が、騎士王の身代わりとして用意し、『来るべき時』まで目立たぬ者に秘匿させた――そう考えることになる。


「……ま、そこから先は深入りしない方が良さそうですね」


 傾月は思索を止めて立ち上がる。悪い癖が出たなと苦笑を一つ。好事家も程々に、である。今はこれ以上、余計な『しがらみ』を纏って旅の足を重くするわけにはいかない。今も廃寺の蔵に身を潜め、己の腐敗と戦っている幼い愛弟子のことを考えれば、いち早く次の宛を当るべきだろう。


「とはいえ、路銀も尽きてきましたね。せめて小銭ぐらい拾って帰りましょう」


 ゆるりと立ち上がる剣豪。腰に帯びた一振りには『撫子』と銘が刻まれている。傾月が次に目指すのは、西の地下墓地だった。

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