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連弾のオリハルコン  作者: 常日頃無一文
第2章:不立文字飛鳥
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第5話:ネクロマンス(後編3)

 プライムトードーの油が満たされたランプは、地下墓地内の定間隔に設置されていたため、XXは駆動銃の撃鉄で火を灯しつつ奥へ進むことができた。

 ここまでは海風の湿り気も及ばないらしく、この空洞を抜ける風は、喉にいがらっぽさを覚えるほど乾いていた。XXは鼻腔を掠める匂いに小さく咳き込む。この香りは知っている。火葬直後の遺骨が発する静かな死の香りだ。

 喉がピリっと傷み、XXは手を当てた。アゼンリカの曲刀が食い込んだ時にできた傷が、その指先に触れる。XXは、焼かれた遺骨を見ながらアンゼリカを意識し、否が応でもフィナンセル村の焼き討ちを思い出した。

 あのとき、アンゼリカ・アトキンスが行った『コボルト討伐戦』を理由とした無差別の殺戮と焼き討ちは、たしかに騎士道のみならず人道からも外れていた。それは疑うべくもない。しかし、あの悲劇が村一つで収まったという見方ができるのであれば、アンゼリカを絶対悪と断じることはできなくなる。なにせあのとき、フィナンシェル村への派兵を帝国が命じた本当の理由とは、コボルト討伐などではなく死生病(ノーライフシック)という不治にして凄まじい伝染力を持つ病が原因だったのだから。

 死生病とは、生者のみならず死者にも感染する特異な病である。その点から死奏者の扱う呪いに分類されることもあるが、これに感染すると老若男女は愚か、生死さえ問わず理性を喪失し、想像を絶する飢餓に襲われるという。フィナンセル村はこれに感染し、結果としておぞましい共食いが発生したのだ。

 帝国がフィナンセル村の惨状を聞いた時には、もう何もかも手遅れだったという。治らぬ病に打つ手立ては予防のみであり、予防は感染源を遠ざけるしか手立てがない。そして件のフィナンセル村が、もう誰が感染源であり誰が未感染者かの区別がつかぬと言うのあれば、そんな場所に派兵も救助もないだろう、というのが大方の見方である。

 しかし義を見てせざるは騎士道にあらず。如何に策がないとはいえ、このままフィナンセル村の崩壊を遠巻きに見守るだけでは騎士道の名折れ。たとえ形だけになろうとも、帝国としては一度ぐらい、救助の派兵をせざるを得ない。しかし他でもない死生病。触れるのも憚る、不浄極まりないアンデッドも跋扈し、なおかつ己自身がそうなる可能性もあるのだ。そんな場所に赴く恐れ知らずの騎士など、首都ペンドラゴンにいるだろうか。帝国は頭を抱えつつも、フィナンセル村への派兵は名目上『コボルト討伐戦』とし、実質は『死生病根絶』として募った。

 そこで手を挙げたのは四人と彼らの部下だった。

 一人は救神イースの称号を持つ騎士王フランシスカ・ストリータ――彼女は全てを救ってみせると強く説いた。

 一人は赤色の鬼札の称号を持つ親衛隊副隊長ダブルエックス・ストリータ――彼は救えるものだけは救いきると静かに説いた。

 一人はアテナの称号持つ親衛隊最強の剣士アリシア・オーランド――彼女は感染源を突き止め必ず討滅すると冷ややかに説いた。

 そして、最後の一人は、近衛0師団スリーピーホロウ隊長アンゼリカ・アトキンス――彼女は被害を確実に止めると静かに説いた。

 帝国がそして、アンゼリカ・アトキンスをフィナンセル村に差し向ける決定を下すまで時間はかからなかった。否むしろ、このような汚れ仕事にも似た役割を担う騎士など、最初から彼女をおいて他になかった。

 結果、アンゼリカ・アトキンス率いる近衛師団は『コボルト討滅を理由』に無差別な殺戮と焼き討ちを行ったとして、その罰により師団解体と爵位剥奪を言い渡され、さらにはアトキンス家を絶縁された。このアンゼリカとその師団解体処分の本当の目的は、真相が露呈せぬうちにスリーピーホロウたちの爵位を剥奪してしまおうというものである。それは、万一にも首都ペンドラゴンの騎士からアンデッドを出すわけにはいかないという騎士社会の事情からだった。

 ただし、帝国への進言通り死生病の被害拡大を食い止めた功績と、フランシスカによる一戦も辞さずの弁護により、アンゼリカ自身への断罪は見送られた。

 しかし、この裏向きの事情は踏まえた上で、アンゼリカが実際に犯したとされる罪状にも不審な点が多かった。

 まず、アンゼリカは首刈淑女と忌まれている通り、敵味方を問わず彼女の手にかかったものは必ずその首を喪失する。それは彼女の獲物の性質からして疑う余地はない。しかし、フィナンセル村から出てきた村人たちの遺骸は、そのほとんどの首が残されており、喪失している者もあからさまな死生病の症状を持つものばかりだった。

 また、アンゼリカが無慈悲に殺戮したという大勢の子供たち、その遺骸が一人も見つかっていないのも大きな不審点である。

 さらに元近衛師団隊員の中には、戦火に紛れて不審な集団が村に紛れ込み、子供を連れ去るのを見たと証言する者も少なからずいた。しかし、騎士の爵位を剥奪された彼らの言葉に耳を貸す者はなかったし、それ以上にアンゼリカが何も抗弁をしなかったのだ。彼女は自らに課せられた罪と罰を帝国の使者から聞かされた時、静かに『それが帝国の決定であれば』と頷いたという。

 そしてアンゼリカが姿を消したのは間もなくのことだ。

 後を追うようにして、元近衛0師団スリーピーホロウの騎士たちも消息を絶っていった。またその時期は、人身売買ギルド『ゲルニカ』の脅威が増した時期とも符合する。どのような流れで彼らの勢力が増したのか、それは想像に難くない。

 ともあれ、今となってはもうどうしようもないが、もしも彼ら元近衛師団たちの証言とフィナンセル村に残された情況証拠を総括するのであれば、アンゼリカ・アトキンスは表にかぎらず裏においても、いわれの無い罪を背負い続けている可能性が少なくなかった。そしてもしも彼女が真実として冤罪であり、さらにその上で黙秘を貫いて帝国を離れたのであれば、それは、そんなのはまるで――。まるで――。

 

 ――――俺みたいだって? バカか俺は。  


 XXは、帝国に嫌気がさして出て行った自分と、アンゼリカを重ねあわせていたことに気づき、自嘲気味に苦笑した。


 地下墓地は奥へ進めば進むほどに、どんどんと空気は乾いていく。

 もちろんここの遺骨は火葬後に安置されているから、そのような香りがあっても不思議はない。しかしそれは精々でも火葬後数時間までのことであり、ましてここが海辺の洞窟となれば、何時までも漂っていていい種の香りではない。

 XXは一度足を止めた。


「……やっぱり、この風は海風とは別ものか」


 言ってから、壁に埋没している手近な髑髏に触れる。その表面はカサカサに乾いていた。湿り気を蓄える海辺の洞窟には有り得ぬ状態である。やはりこれは海風ではない。


――洞窟そのものが発している風だ。


そしてこの洞窟は、レナコーンに住まう者達の遺骨でできている。つまりこの風を発しているのは……。


 ――――遺骨が風を吐き出している。


 その答えに辿り着いた時、XXは地下墓地の奥に真相の声を聞いた。

 それは啜り泣きのような、あるいは泣き笑いのようなさめざめとした声で、しかしハッキリと少女の声でこういった。


「アンゼリカお姉ちゃん? 戻ってきてくれたの?」

最近ヘッドホン新調しました。

いいですね、ゼンハ○ザー

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