第1話:レッドハットダブルエックス
「さぁさぁご主人様! 彼女こそ私が連れて来た新兵器ギルドメンバー! リトルリビングデッドアンデッド野良々(のらら)ちゃんです!」
ビスケット村にある地下工房を備えた鍛冶屋。その玄関口が勢い良く開かれたので、ギルドマスターであるXXは飲んでいたグラスの水を置いて目やると、そこには1時間ほど前に待合酒場グウィンドリンに派遣していた、ゼンマイ式給仕型メイドであるアスカの姿があった。
金髪碧眼、エプロンドレスにカチューシャという典型的な出で立ちの彼女――不立文字飛鳥が、ジャジャンとその手を自信満々に差しむけた先には、群青色っていうなんかものすごい顔色の悪い女の子がチョコンと立っていた。さらには半眼の目をドヨンとさせつつ片手を挙げて
「アニョハセヨ」
「何連れて来てんだオメェ?」
ギルドマスターのXXは早くも怒りが噴火寸前だったが、しかしなんとか押し込め、一応は飛鳥に弁明の機会など与えてやろうと、彼は入り口扉でどんよりしている群青色少女を指さしつつ、今尚ジャジャンポーズを決めているブロンドショートヘアのメイドに問いかけてみた。
「俺、オーク討伐用のギルメン探して来いって言わなかったっけか? なんですかこの顔色悪い子は。しかも韓国語とかしゃべってるし」
あと名前無駄に長いし、とか付け加えて見れば、飛鳥は腰に片手を当て、片手は人差し指を立ててチッチッチとかやりつつ
「いやいやいや御主人様。人は見かけで判断しちゃいけませんぜ。なにせなにせこのリトルリビングデッドアンデッド野良々ちゃんはこう見えてですねぇ」
もはやこのゼンマイ式には何も期待しちゃいないのであるが、しかし明日にはコイツも廃品回収に出してやろうとXXは腹積もりをし、そんなわけで一応は最後まで聞いてやる事にした。
「このリトルリビングデッドアンデッド野良々ちゃん、こんなに可愛いんですけどなんとなんと死んでるですよ~! どうですかご主人様! もうこれで私達のギルメンNo3は彼女に確定間違いなしですよね~!」
コイツの判断根拠侮れねー
「あ、うん。とりあえずお前の廃棄処分が今確定間違いなしだわ」
「でっすよね~!! っふふふふふ……ほぇ?」
その『ほぇ』ツラがあまりにも純真無垢だったため、XXは怒りを通り越して泣きそうになってきた。つうか泣いていた。涙とかボロボロこぼれてきた。
「あの、ご主人様どこか痛いんですか?」
椅子の上で体育座りし、膝頭に顔を埋めて嗚咽し始めたギルドマスターに対し、なんちゃってギルメンNo2の飛鳥は心配そうに彼の頭を撫で始めた。
「うん、痛い。すごく痛い。今の状況とかお前の連れて来たアニョハセヨとかすごく痛い」
「? ミンガラ ネレーキンパ」
「なんかまた訳分らん事言うとるしやな、その群青色」
「ああ、あれはミャンマー語でこんにちわです。アニョハセヨが痛いってご主人様が言ったから野良々ちゃんが気遣って言い直してくれたんですよ。わぅやっさしい」
「ああ、優しいな。優し過ぎておりゃ涙とまらねーわ。っはっはっは」
用意したスカウト料全額を『責任もってお預かり』し、そして全額叩いた末にようやく飛鳥が連れて来たのが、群青色した小柄のゾンビ娘だったっていう現実をようやく受けいれ、その代償としてXXは感情崩壊を起こして泣き笑いを始めたわけである。
そしてそんな様子を拡大解釈し、むしろ勘違いの域に達した野良々はその頬をやや赤くし、そっぽとか向いて
「べ、別にあんたのために言ったんちゃうし!?」
「方言でデレやがったよアイツ」
やっぱり涙が止まらなかった。
まぁそんな事になったとはいえ、手持ちのカードがそれしかなければそれで勝負するか、あるいは降りるしかないわけである。
ちなみに今回、帝国より依頼のあったオーク討伐戦における主な投資は、毎度のことながら己の命一つであり、報酬は二週間分の生活費。それを改めて検討し直して、今のカードであっても降りるほど悪い勝負ではないと、再びそんな結論に達してXXは一人頷いた。
今夜の相手は個体ではなく久しぶりの群体なので、少々費用がかさんでも手練のギルドメンバーを確保しておきたかったのだが、スカウトとして派遣した飛鳥が連れて来たのがまさかのゾンビ娘。特技、死なない事。世界のこんにちわ。まるで戦力として期待が出来ないのは明白だった。なので今回の作戦も、撃って出るのは恐らく自分と飛鳥の二人だけで、前衛に飛鳥・後衛にXXと言う、御馴染ながらも群体相手としては湿気た布陣になりそうだった。
暖炉の火に当たりつつ、愛銃のラインフィードとキャリッジリターンのメンテナンスを地下の工房で行いながら、XXは昨日の内に飛鳥と打ち合わせておいた作戦を適当に反復して見る。
集団相手とは言え所詮はオークである。彼らは群れる習性がありながら群れで行動するメリットを全く理解しておらず、あれは個体個体がバラバラに切れ味の悪い戦斧を力任せに振るしか脳のない連中なので、各個撃破を心がければさして難度は高くないだろうと思われた。
「2VS100だなんて考える必要ねーよな。2VS1を100回やりゃぁいいんだ」
呟きながらXXは黒色の自動拳銃キャリッジリターンにマガジンを装填し、ガチン、とスライドを引く。滑りは良好だった。
自分たちの作戦地域はここビスケット村であり、火薬の産地としてそこそこ有名なこの村には、村民のみならず産業に携わる移民達も数多く暮らしているのだが、彼らは一昨日にやってきた帝国正規軍ベオウルフ(通称ボンボン軍団)の誘導に従い、既に南の教会に避難を完了させているので、XX達に後顧の憂いはない。だから今回もいつも通りに、自分さえ死なないように気をつければ良いのだ。何せ飛鳥はゼンマイ式の人形だし、新しく一時加入した奴はもうなんかいきなり死んでいるし、だから今回も、自分は慎重に立ち回って部下に派手にやらせれば良いと、XXは銀色のラインフィードの銃口にクリーニングロッドをゴシゴシと突っ込みながら、そんなことをつらつら考えていた。
キィ、と扉の軋む音がし、上から一階のランプの明りが差し込んで来たので、誰何と見上げると件の死体少女が石階段を降りて来ていた。
彼女はそのままXXの向かいの椅子にチョコンと腰を降ろし、銃の置かれた作業机にカチャっと置いたのは、異国の太刀だった。
暖炉の火に照らされたその刀は頼りなさを感じるぐらいに細く、とても実用に耐えるように思われなかったのだが、しかしそうした得物をここにもって来たという事は
「オメェ、出陣る気か?」
「借りてええかな?」
XXの問いには答えずに、その群青色の少女が掴んで彼に見せたのは、適当にうっちゃっていた目の粗いヤスリ棒だった。
XXが頷くと、彼女はメガネを取り出してチョンとかけ――おいメガネっ子か――、鞘から刀を抜いてその青白い刀身を露わにした。
そのピクシーの羽根や森の清流を思わせるような薄い刃の美しさに、XXは少しばかりメンテナンスの手を止めて見入ってしまったが、しかし彼女はその刃にゴリゴリとヤスリを当て始めたので
「え、マジ? それ刃毀れしない?」
「……まぁね」
そうして刃の隅々まで曇る様な小傷を付けた後、彼女は作業机に置かれた銃のメンテナンス用油の内、ラージトードーの背中から得た物を選んで刃にたっぷりと漬け、それから静かに鞘へ収めた。
「こうやって油をたっぷり染み込ませておくとな、骨に当たっても引っかからんと綺麗に斬れるんやで? へへ」
あどけない笑顔で何か生々しい事しゃべってるなぁ、とか思いつつ、XXは愛銃二丁をホルスターに差し込み、トレードマークのレッドハットを頭に深く被って、出撃の準備を整え終えた。
暖炉の火を消し、小窓から差し込む月明かりを頼りに、一回に繋がる石階段をコツンコツンと昇る。XXは、背中に数歩遅れてついてくる死体少女に一応声をかけてみる。
「この工房を出て真っ直ぐ南に茂みを突っ切ると、小さな橋を二つ超えたところに教会が建っている。このビスケット村の村民の避難場所はそこだ。帝国からは護衛として正規軍のベオウルフ一個中隊も派遣されているから、まぁ絶対とは言わんがオークどもの戦場になるここよりはずっと安全だろう。少しぐらいこっちに回してくれりゃ俺も楽だったんだけどな。で、どうする?」
チラっと流し眼。
「今ならギリギリ間に合うぞ? 時間の関係でもう道中の援護は出来ないが、死体とはいえ腐ってもギルドライセンス持ってんなら、山犬ぐらい追い払えるだろ?」
「腐ってもギルドとか、死体に教会行けとか、なかなか皮肉効いてんな旦那は」
XXからは見えなかったが、野良々は微かに笑っていた。
「戦う気ぃない兵隊なんておるだけ邪魔やろ? 帝国の正規軍のそれもベオウルフなんてエエとこのボンボンが寄り集まって出来とる名ばかり軍隊やん。どうせ今回の教会護衛任務かて単なる箔付けやろしな。戦闘なんて想定してへんはずや。第一拠点防衛に弓兵だけとかありえへんやろ? そんなとこに避難やなんて、ほんま皮肉きいてるわ、旦那は」
XXは苦笑した。世間知らずのワナビ戦士だろうかと思ってカマをかけてみたら、なかなか事情通な皮肉が帰ってきたからである。
「御見それしましたぜ野良々さんよ」
「野良々でええよ。さんとか痒いだけやわ。……それより、ウチはどうすればええの? お任せ遊軍モードか?」
「いや、オメェも飛鳥と一緒に前衛宜しく頼むわ。背中と頭上は安心して俺に任せなさいよ」
「異論はあらへんけど、旦那はともかくあの姉ちゃん大丈夫なん? 人手不足は分るけど、ゼンマイ式の給仕型やろ?」
ハハハとXXは軽妙に笑い、一階に繋がるドアノブに手をかける。
「まぁ、俺もそのつもりで昔に墓掘り屋のオッサンから安値で買ったんだけどさぁ、大外れだったんだわ。あいつ」
木製の扉を開け、二人して一階に出ると、既に不立文字飛鳥はその肩に身の丈の倍はあるチェーン・ソーを背負っており、出撃の準備を完了させていた。
二人の姿を認めると、飛鳥はニッコリと笑って
「今日もデイジーちゃんは絶好調ですぜ御主人様!」
グルンと円を掻くようにしてチェーン・ソーを肩から降ろし、左手でスターターを引き絞ってギュインギュインとけたたましく呻らせて見せた。
その怪力と騒音に野良々は目を瞬かせたが、XXは頭に被ったレッドハットに手をやって溜息を吐いた。
「おい飛鳥。オークは頭悪くても耳は良いんだよ。初っ端から自分の隠れてる場所アピールすんのやめなさい」
「へいへいへい! 御主人様ビビってるぅ!」
「やめなさいっての」
飛鳥は二回同じ事を言われてシブシブ――これがもうギルメンとしてあり得ない@XX談――エンジンを切ったものの、
「でもでもご主人様。別に今回は何も罠張ってませんし、帝国の人も教会にオークが流れてこないよう全力で注意を引けって言ってませんでしたか?」
「そりゃ戦が始まってからの話だよ。ミスミス先制攻撃のチャンス逃してどうすんの。今は息を殺して耳を澄ませて、アイツらの立てる足音を探るんだよ。で、斬り込む位置とタイミングを決めるわけだ。作戦は昨晩に言った通り、基本は各個撃破だ」
XXがテーブルの上にトンと指を置き、それをゆっくりと渦を描くように動かして行く。
「お前達は村全体を広く使って、円を描くように後退しつつ確実にオークを一頭ずつ撃破していけ。村はそこそこ急な丘に囲まれてるから、そこは注意しろよ? 気が付いたら追い詰められてましたとか、そんなベタベタはNGだからな。まぁ、お前もある程度こなして馴れてきてると思うから細かい事は言わんが、基本はとにかく各個撃破だ。3VS1を敵の数だけやる。OK?」
チラっと目をあげると、飛鳥がその目をキラキラとさせていた。
「3……ってことは、野良々ちゃんも参加なんですね!?」
XXは頷いた。
「その通りだ。確かオメェの相棒はこれが初めてだよなぁ。まぁ相性があるからいつも直接選ばせてるんだが、今回はようやくアタリを引いたかも知れんぞ?」
ちらりと野良々に流し眼すれば、飛鳥はその皮肉に気付かず得意げに
「でっすよね~!! やっほいやっほい! もが」
飛鳥の口をXXは手で塞いだ。
野良々は太刀を腰に差し、静かに目を閉じている。
状況を察した飛鳥に、XXは目をすがめ、緊張感を含めた小さな声で言った。
「足音だ」
耳を済ませると、確かに低く曇った振動が音ではなく、微震としてこの工房全体に響いていた。
XXはテーブルに置かれたグラスの水に目をやり、その波紋の形状から音の方角を確認する。
「……北の森からやってきている。順調だ」
XXは二人に視線を戻した。
「繰り返すが今回は各個撃破だ。消耗戦になるから集中力と体力配分に気をつけろ。良いな?」
飛鳥と野良々はそれぞれ頷いた。それにニヤっとした笑みを返し、レッドハットを深く被りなおすXX。
「じゃぁ、お仕事しようか親不孝の皆さん」
ギルドメンバー数総員2名という、コンビとも言い換え可能な極小ギルド『レッドハット』のギルドマスターであるXXから、『この金で適当な野良ハンターをダッシュでスカウトして来てくれ』というセリフと共に渡された金貨のべ2000Gを、エプロンドレスのポケットにジャラジャラと流し、その日暮れ、言いつけどおりダッシュにてビスケット村の西15kmにある待合酒場グウィンドリンに辿り着いた飛鳥なのだが
「お邪魔します~。ちょっとハンターさんに用事なんですけど~……あり?」
カランカランとベル音を立てて開いた扉の向こうが無人に等しかったので、彼女は間の抜けた声を出した。
この時間帯、待合酒場は旅人とハンターでひしめき、その間を両手を酒瓶で固めている女が身体を横にして忙しなく動き回っているのが常なのだが、一体全体どうしたのだろうか。恰幅の良い店の親父も洗い終えたグラスに仕上げの磨きをかけている。
中をキョロキョロとしている飛鳥に、彼は手を止めず声をかけた。
「出遅れたな使用人。目ぼしいハンターも目ぼしくないハンターも、み~んな今晩のオーク掃討戦に狩りだされちまったよ。お陰で今日はもう店仕舞いだ」
「え~~!?!?」
飛鳥はショックで口からネジを吐き出しそうになったが、しかし飲み込んでからとりあえず落ち着く為に自分で背中のネジを巻きなおし、そして頭を抱えて震えだす。
「どうしようどうしようどうしよう! 御主人様からは『今度こそギルメン確保にしくじったら廃品回収に提出してやるからな』とか宣告されて私は『2000Gもらってスカウト出来なかったらそんなの自主的に回収されちゃいますぜ』とか言って飛び出してきたんですよ! しかもそんなノリでこれまで4回も失敗してきたんですよ!」
「そいつは、……ひどいな」
「ですよね~! 流石にもうしくじれないっすよね~!」
極東の諺には仏の顔も三度までとあるらしいが、XXは仏よりも寛大な心でこれまで四度に渡る彼女のミスを許してくれている。けれども今度ばかりは無理っぽい。額が違う。なにせ2000Gも。しかも道中で既に特上とれとれリンゴとかに15Gも消費している。これをシャクシャク頬張りながら手ぶらで帰宅したら、感動的に勘当されることは間違いない。ご主人様に半分あげるとかどうだろうか? いや、むりか。
「昼過ぎにはもう、ここにいたランクEのハンターも、ほやほやのハンターも、ハンター(?)も皆みんな出払っちまったな。話を聞いてる限りだと、作戦地域によっては20頭から来るらしい。帝国はどうやってそんな情報入手したが知らないが、まぁとにかく、そりゃ居ないよりはマシぐらいな戦力だって欲しくなるだろよ」
「ですよねぇ……はぁ」
飛鳥は気の毒なぐらいの溜息を吐いた。
「その様子だとあんたのボスもオーク討伐に行くみたいだな。ちなみにどこ担当なんだい?」
飛鳥はポケットのとれとれリンゴをいじりながら、ショボンと答える。
「ビスケット村です」
親父の手からグラスが滑り落ちた。
どうやらなにやら、飛鳥が今とんでもなくヤバイ事態であることを察してくれたらしい@飛鳥想像。
兎にも角にもこうなったら、身も蓋も無い、恥も外聞も猫も鼠も無いと、親父に案内されるままに辿り着いたのは店の裏口、つまりはゴミ捨て場で、その扉を出たすぐそこの石階段に、その群青色の少女は背を向けて中段の辺りに腰かけていた。
「お、お~い、客だぞ」
辺りを青白く照らす三日月を、少女は眺めていたようだったが、親父の呼び声に「ん?」と彼女は首だけで振り返った。
右手に握った麻の袋から、何か真っ白な粉を取り出して口一杯に頬張り、モッサモッサと口を動かしている。月明りの加減とも思ったが、どうやらそういうわけでもなく、真実彼女の顔や肌は群青色のようである。
「じゃ、じゃぁこれで店を閉めるから後はそっちでな」
扉をイソイソと締めてしまった親父に飛鳥は少しだけ振り返ったが、しかしすぐに群青色の彼女に向き直って
「あの……、何を食べているんですか?」
ゴグンと喉を大きく鳴らしてそれを飲み込んでから、少女は持っていた麻の袋をあげて揺らした。
「防腐剤や」
「防腐剤、ですか?」
「そうや。これを一日の終わりに食べとかんと、日が照って来た時に腐りだしよるからな、ウチ。まぁあんたらがゴハン食べてるようなもんや」
訛の強い言葉に、腰に差している見慣れない細い太刀、朱色と白の装束に、黒色の髪と瞳。どうやら異国の者の様である。
服はきちんと折り目がついているが、ところどころに解れと修繕のあとが見られ、髪も癖がついていて油のようなテカリがある。身体からは微かに旅の垢の匂いがする。あちこちを流浪しているようだ。
飛鳥は物珍しげにマジマジと見た。
「ふ~ん……。えっと、何で外にいるんですか? 中はすっごく空いてましたよ? つうか誰もいないし」
彼女はハハと笑った。
「そりゃだって、ウチって死んどるから縁起悪いやん? 死体と一緒に酒飲みたがるようなヤツなんて酔いつぶれたヤツにもおらんやろ? 商売の邪魔になるだけや。店先に来た時点でソルト巻かれて追い払われても文句言えん身分なわけ。……こうやって裏口に置いてくれるだけ、ここの親父はええやっちゃ。っはっはっは」
と、彼女としては気軽に言ったつもりだったのだが、しかしそれは何かこの使用人の心に傷をつけるようなものであったらしく、やや俯いていた。
彼女は何かマズったかと思いつつ、立ち上がってワザとらしく咳払いをした。
「それよりアンタ、ウチ怖くないん?」
小首を傾げる死体少女に、今度はキョトンとする飛鳥。
飛鳥は『ウチが怖くないん』と言われても、一体全体、この群青色の少女の何を怖がるべきか分らなかった。襲ってくる気配など微塵も無いし、気さくに話も出来る用だし、外見的判断のことなら尚の事、色は悪いがただの可愛い女の子である。
もし彼女の問いが死体と言う概念を指して言っているのだとしても、飛鳥にすればそんなもの、XXに拾われる以前、それこそ本当に山ほど見てきているし、触れてきてもいるので、強いて言うなら『馴染みある』としか思えない。それこそ本当に、あの時は石を投げれば死肉に当たると言うレベルだった。
さてそんな飛鳥――自分が、今、今一番何が怖いのかと言えば、このままXXの元に帰って本日の成果を報告す……
「ギルドライセンスとかもってませんか!?!?」
「へ!?」
「さっきの親父からは持ってるって聞いたんですけど白状して下さいませんか?!?」
群青色少女は飛びあがりそうになった。目の前のメイドは落ち込んだかと思えばキョトンとなり、キョトンとしかたと思えば考え込み、考え込んだと思ったら自分以上に真っ青になり、真っ青になったかと思ったら今度は絶叫するものだから、彼女は思わず理由も何も尋ねずギルドカードを差し出してしまった。
飛鳥はその金属製カードを両手で持って眺めながら
「リトルリビングデッドアンデッドの野良々ちゃんですね。どうもどうも。私は不立文字飛鳥と言います。……え~っとランクは……。!?」
言葉を切ってカードと野良々の顔を三度ほど見比べて、いや四度目も見比べて、最後はその肩にガシっと手を当て、ビクっとなった野良々に構わず自身の鼻先を彼女の鼻先にグイイと押し付けるまで飛鳥は顔を寄せて
「ランクBってマジですかぁ!?!?!?!?」
「は、はい!?!?」
声が上ずった。
「よっしゃぁ!!! 姉ちゃんギルメンにカモン! ウチ来て私の御主人ファックしていいぞ!?」
「ええ!?!?」
声が裏返った。
地下工房を備えた鍛冶屋の外に三人は出て、念には念をでザっと村の様子を見渡す。
小高い丘に囲まれたビスケット村にはすっかりと夜の帳が降りていて、どの家も明りが消えているから星と月の明りが良く見えた。
XXは特に夜目が効くわけではないが、それでもこの仕事をそこそこやってくれば一般人の気配の有無ぐらい自然と分るようになるものである。避難は無事完了しているようだった。
馬屋の一つから嘶きが聞こえたので、野良々が足早に駆けよって中を覗くと、立派な黒毛の馬が繋がれたままにされていた。
「えらい勿体ない事するもんやなぁ。ほんの一手間やろうに」
彼女はヤレヤレと小太刀を抜き、馬を拘束している縄をブツリと解いてやった。
村の中央に建つ、煉瓦造りの釣鐘塔の外梯子を登りながら、その様子を見ていたXXは、黒馬が蹄の音を立てて向かった先が北の暗い森ではなく、教会へと続く南の茂みだった事に小さく口笛を吹き、そこから一息に昇り切った。
月明かりのお陰で見通しは悪くない。
ビュービューと吹きすさぶ風は微かながら背中の大鐘さえも揺らしており、視線の先の暗い森を不吉にざわめかせた。
風の強さと向きを全身で感じつつ、XXは脳内で模擬射撃を行い、銃弾の着弾地点が風によってどのように変化するかを正確にイメージする。
南から北に向けての風が主のようだ――基本的に射程距離はやや伸びると考えて良い。東西へは比較的小さめ。左右へのブレは1ショット1ショット、臨機応変に調節しよう。彼は腕が冷えないよう、それを外套の中に隠した。
一方、オークの侵入地点と予測されている森の手前に、堂々と、と言うより間抜けな案山子という具合に突っ立ているのは不立文字飛鳥で、横に連れ子のように座っているのはスカウトして来たばかりの野良々である。
――しっかしギルメンに見えねぇなぁ。
二つの背中を俯瞰してから、XXは昼の間に何度も往復してここに運び込んだ弾薬箱のケース、おおよそ20箱に視線を移した。
XXが今回の無謀な依頼を受けた理由、もとい勝算を見出した理由は、火薬の産地として有名なビスケット村だからこそ調達できた膨大な炸薬の量にある。
自前のリロードツールを使って昨晩までせっせと愛銃の弾丸を作成していたのだが、弾薬箱が30を超えても尽きる事はなかった。
XXが依頼を受諾し、ビズケット村に訪れた時にはもう時間的猶予があまり無く、また自分の扱う炸薬がやや特殊であるという事情も相まって、若干の焦りから倉庫番に対して『ありったけ頼む』と言ってしまったのが、しかし小一時間で確保できる量がここまでとは踏んでいなかった。
この弾薬箱一つを使い切るのに、キャリッジリターンでマガジン20個分である。そしてそれがここに20箱。全部使い切る事は想定していないが、しかしそれでも数度は冷却しなければ愛銃はオーバーヒートを起こしてしまうだろう。
ピラミッド状に積まれたそれらに、XXは笑う。
「これだけの火薬量を一か所に集めたら、火矢一本で俺はお陀仏だなぁ」
もちろん、これはオークにそんな知恵などないと踏んでの事である。
作戦はいつも通りの『レッドハット』。
ギルド名にも彼の通り名になっているこの戦術には、極めて強靭な前衛が不可欠であり、家事能力ニアリーイコール0な不立文字飛鳥が未だ廃棄回収処分されず、高い食費をおして――ゼンマイ式が飯食うと知った時はショックだった@XX談――でも彼に雇われ続けている理由がここにある。
前衛が主に要求される能力は、細かく言って敵の攻撃に耐えきる耐久力と、それを凌ぎ切る持久力。そして、つまりはそういう状況に持ち込む為の注目力である。今のところ、飛鳥以上のレベルでこれらの要求をクリア出来てしまう化け物のような手合を、XXは見た事がない。
森の闇に微かな動きがあった。
音ではなく、景色にである。
野良々は柄を握り、XXは銃のセーフティを外した。
樹間に赤い瞬きがポツポツポツと現れ始め、それを裏付けるようにして地鳴りがここまで――釣鐘塔にまで響いて来た。
野良々は握った太刀を杖代わりに立ち上がり、目を細めて
「ほんならウチが露払いを――」
「止まって下さい~!!」
と、森から躍り出て来たブタ(オーク)の群れに対して、いきなり両手をブンブン振りながら無防備に走って行ったのは前衛担当の飛鳥であり、ポカンとなっているのは野良々である。
膨大な数の狂獣どもは意外な事にその足を止めてくれており、そして続けざま、
「お願いですからどうか投降とかしてくれませんか!?」
まさかの降伏勧告に野良々は埋葬されそうな勢いでコケた。
「ていうかどうか投降して下さい! お願いします! このとおりです!」
そして頭まで下げる始末に、野良々はいよいよ起き上がることにさえままならない。
「ていうか戦うとケガしますよ!? 痛いですよ!? 下手すると死にますよ!?」
しかしそんなギルメンを置いて、ゼンマイ式の迷走は続く。
「それに戦って犠牲払ったところで勝てる保証なんてどこにもないじゃないですか!? ボコボコにされるだけボコボコにされて、敗走とか最悪じゃありませんか!? 私は絶対嫌ですよ!? えっと、あ、そうだ!」
ポンと手を打つブロンドメイド。
「別に私達は貴方達と戦う意思はないんです! ほんと! ただ村を守りたいだけなんでです! だからこう、そのまま普通に回れ右~して、元来た道を帰ってくれたら、私達は手を振って見送るだけです! ああ、そうか。だから投降じゃなくて撤退して下さい! お願いします!」
再び深々と彼女はお辞儀した。
ようよう立ちあがった野良々だが、その小さな顔は顔面神経痛ばりにヒクついていた。だってなにせ、あのオークがまさかの『審議中』なのである。二足歩行の巨大な豚が円を作って向かい合い、斧を肩にかけてブギブギとやっている。何このトリビアルな展開。
「ブギブギ? ブギーブギ? ブギギ」
「ブギーギギ。ブギ」
ワナワナしつつも見守るメイドと死体少女。そして釣鐘塔で死んだ魚の目をしているXX。
やがて群れの長っぽい一際ブタめいたブタ――飛鳥の印象――がドシドシと前に出て来て、議論の結果を示すとばかりに胸を張った。ゴクンと飛鳥は喉を鳴らす。そしてそのブタ、じゃなくてオークのボスは前足を身体の前に×の形でクロスさせて
「ブーーー!!!」
「やった帰ってくれるんですね!?」
「アホかあんたは!?」
胸の前で両手をギュっと可愛くやってる飛鳥に、野良々は思わず飛び上がって飛鳥の頭をパチンとやった。
「どう考えてもアウトやろブー言うとるやないか!」
飛鳥の唇がブスーっとεの形になる。
「えー、でもオークってブーしか言わないって言うかぁ?」
「どっちみち話ならんわ!」
飛鳥はそれに「ん~」と腕を組んで考え込むような仕草を取る。
「いっそブーしか言えないのを逆手に取ってだね、OKしてもらったって私達が勘違いした事にして、その気まずさを上手く利用してブタさん達に帰ってもらうとか、そういうのできないもんですかねノラリスや?」
「勝手にウチの名前いじりなや! つかお前ホンマに戦う気あるんか!?」
マジギレしているノララ。 そんな二人の様子を俯瞰していたXXは、あの二人案外相性いいな、とか、オークも若干は話が通じるんだな、とか、俺もうこのギルド解散しようかな、とか何とか微妙な感動とか困惑とか覚えていた。
のだが
「きゃ!!!」
間一髪。飛鳥は突然振りおろされたオークの一振りをバックステップで避けた。
「飛鳥!?」
「大丈夫!」
血気盛んな一頭が交渉決裂を態度で示したのである。XXは目を眇め
「それじゃ、紳士タイムはこれで終了か」
身体を半身にして黒のキャリッジリターンを肘に乗せて構え、リアサイトとフロントサイトで作った照準からややズレた位置にオーク@ブーの頭を乗せ、そっと引鉄を引いた。
野良々の耳が風切り音を捉えた直後、振り切った戦斧で大地を穿ったオークがビクンと震え、それからジワジワと、その頭から赤い血を滴らせ、丁度赤い帽子を被った様な塩梅になると、ズズンと音を立てて前のめりに倒れた。
――――『レッドハット』開始の合図。
それならば、と飛鳥は表情を引き締めて口を真一文字に結び、傍らに突き立てていた愛鋸デイジーのグリップを掴み、一息に引き抜いてグルンと豪快に回転させ、肩へ担いだ。
「残念ですが、戦闘状況開始っぽいです!」
左手でスターターを引き絞り、デイジーにギュインギュインとけたたましい咆哮をあげさせた。荒ぶるエンジンにオークの最前列は一気に気色ばみ、デイジーに負けじと地鳴りのように咆哮する。しかし飛鳥は、ドレスの裾を震わすような音圧にも脅えず不敵に笑んだ。そして大上段に振りかぶり
「そういうことなら、皆さんこれから根絶やしです……は!」
一気に間合いを詰めて手近な一頭に、両手でグリップした巨大な鋸を袈裟の型で豪快に斬りおろした。しかし刃は途中で止まる。
「っく!」
飛鳥は歯噛みする。
オークはギルドの間でブタと馬鹿にされてはいるが、しかしその皮はなめしたように硬く、肉は緊密で、骨も木の幹のように太い。故に鈍器だろうと鋭器だろうとその身体に一撃で致命傷を与えるのは極めて困難であり、飛鳥の膂力と大型チェーン・ソーの重量を持ってしても刃は鎖骨で止められた。
これがただのクレイモアやツヴァイヘンダーのような両手剣であれば飛鳥の命はそれまでであり、肉に挟まれた剣が引き抜けずに苦闘している間にオークの怒り狂った戦斧を受け、あえなく戦死したであろう。しかし彼女が手にしているのは他でもない。
デイジーである。
打ちおろした時の衝撃力で一時的に刃の回転が止まったとは言え、
「えい!」
飛鳥は間髪いれず再びスターターを引くとデイジーは我に返ったように呻りをあげてそのまま脇腹までを切断しきった。
身体を斜めにバッサリとやられて上半身が滑り落ち、そこから鮮血を噴きあげているオークと、そのシャワーを浴びつつも未だギュインギュインとデイジーを暴れさせている彼女に、オーク達の怒りと視線は釘で打たれたように張りつけられた。
今度こそ威嚇や脅しではない、胃の底が震えるような咆哮の嵐を受けても、しかし飛鳥も野良々も怯まない。
そして同時に、故に全く、この間にXXによって放たれた正確無比な弾丸により最後列のオーク数頭が死の赤帽子を被らされ、息絶えていた事などにも、オークの群れは気付きもしない。
「後退します!」
「あいよ!」
怒り狂ったオークの突進と追撃をバックステップで二人はかわし、そのまま作戦通り緩い円を描く様に後退しながら群れの先頭を引きつけ、陣形を崩して行く。
もちろん所詮はオーク。群れは陣形と呼ばれるほどの体をなしてはいなかったが、それでも群程度には纏まりを保っていた為、切り崩すのは容易ではなかった。
しかし今やオークどもは怒りに我を忘れ、すっかりと飛鳥と野良々に誘導され、密集していた群れは糸に引かれた布のようにほそくほそくなっていた。
「ここです!」
今が頃合い良しと、飛鳥は再び先頭のオークに狙いを定め、各個撃破遂行とばかりにデイジーのスターターに力を込めたのだが
「ギィィィィィ!!!」
という醜い悲鳴。自分の間合いに入るよりも先にそれが一頭、否、二頭と崩れていく。果たしてこれは何事かと思ったが、何の事はない。
「一対一で『いざ尋常に』はウチの十八番やな」
野良々の仕業だった。
彼女が飛鳥と共にバックステップでオークの追撃を交わす際、目にも曖昧な速度で鞘を払ってその血走ったオークの目に一閃を放っているのである。
彼女は飛鳥のような並はずれた膂力こそ持ち合わせてはいないが、しかしそれを補って余る程の速度と技術をその小さな身体に兼ね備えているようだった。
涼しげな顔――まぁもともと群青だけど――でそんな離れ業をやってのける野良々の横顔をチラっと見て、飛鳥は酒場で見た彼女のギルドカードを思い出す。
称号『極東の剣豪』。
通り名『鎌鼬』。
今となってそれはよく納得出来たし、
(私のは恥ずかしくて見せられないな)
飛鳥はちょっと照れた。
かたや釣鐘塔の頂上に位置取りし、風を読み、動きを読みで一頭一頭を確実に仕留めて行くのはXX。しかしこの野良々の予想外の健闘にも、彼の心の潮騒は止まない。展開は順調過ぎるほど順調だし、このまま行けば依頼は間違いなく完遂することだろう。
しかしながら彼がこのかたずっと気にしいているのは、ビスケット村の村民の避難先の教会、そこで護衛任務についている帝国正規軍ベオウルフの存在である。
最悪援軍要請の可能性もあると、彼は朝のうちに教会を訪れてその陣容を確認していたのだが、工房で野良々が言っていた通りに、その全てが弓兵で、それも見るからにそれと分る新兵だったのである。
無論オークを相手に兵士風情が剣一振りで白兵戦を挑むなど無謀の極みではあるが、しかし教会の護衛任務――拠点防衛に必要となるのは、明らかに弓兵ではなく槍兵である。
槍兵は近接武器においてはその圧倒的リーチの長さゆえ、例え新兵の寄せ集めであったとしても陣形と指揮次第で一定の拠点防衛力が保障される兵種である。
例えば槍を放射状に突き出す密集陣形のファランクスなどは、展開するただそれだけで突破困難なバリケードとなり、単騎能力では最強と言われる騎兵に対してさえそれは最強のトラップとなり得るのだ。
一方教会に派遣されている弓兵にも、確かに遠距離攻撃可能と言う他の兵種にはない大きなメリットがある。
しかしその火力はそれを扱う弓兵の各技量に大きく依存するため、録に射的の訓練もしていないボンボンの新兵による弓兵など単なる兵糧潰し以外何物でもなく、まして風の強い夜ともなれば戦闘では威嚇が関の山。矢の無駄使いも良いところである。
――――どういうつもりだ、ベオウルフは。
XXは忠実に敵を引き寄せている部下二人の姿を見守りながらも、オークを着実に仕留めて行きながらも、その不安をどうしても心から拭えなかった。
改めて状況整理し、不安の原因を再構築する。
――小高い丘に囲まれた作戦地域。
――火薬の産地として有名なビスケット村。
――オークの群れを引きつける二人。
――教会に集まった弓兵。
一体これらの状況が生む潮騒の意味は何か。
――これだけの火薬量を一か所に集めたら、火矢一本で俺はお陀仏だなぁ。
「まさか!?!?」
散らばった点が線で結ばれ、一つの図形が完成した。
XXは弾薬箱を踏み越えて釣鐘塔の南側に回り込み、目をすがめて教会に続く茂みを凝視した。
そこにまさに、最悪の予感が的中。
村のすぐ傍の茂みで、月明かりに甲冑を濡れさせている帝国正規軍おおよそ200名。それらが沈黙の合図の元、一斉に矢の先へ『点火』するのが見えた。
「おいおいおいマジかよ!!」
XXは即断即決で中折れ式のラインフィードから実弾を抜いて素早く信号弾を込める。そして今尚オークの群れを削っている飛鳥と野良々の足元に向け、発射。
きりもみで飛んできたオレンジ色の光線に飛鳥と野良々が釣鐘塔を振り返ると、XXが身を乗り出して集合の合図をかけていた。
「昇ってこいってっか? いくら釣鐘塔が煉瓦造りでもオークのクソ力やったら」
「御主人様の命令は絶対です! 行きましょう野良々ちゃん!」
「あいよ!」
バックステップで一頭の目を払ってから、彼女は狼さえ抜き去る様な早さで釣鐘塔まで駆け寄り、梯子に飛びついてからも昇るのでも駆け上がるのでもなく、7段飛ばしに飛びあがってからフワリと頂上に着地した。
つくづく人間離れしたことを平然とやってのける死体少女に、しかしXXはそんなものに驚くよりも先に、野良々に状況説明するよりも先に
「そこの弾薬箱出来るだけ遠くへ放り投げろ!」
「へ!? これってあんたの武器と」
「良いから急げ!」
ただならぬ剣幕に理由も分からずとりあえず言われた通り、手当たりしだいに掴んで――と言う訳にはいかず、それは彼女に些か重たすぎたようで、
「ふんぬぬ!」
と奥歯を食い縛りながら両手で持って、XXの3分の1ぐらいのペースで放り投げ出した。
ズダン! という地を割る様な音と振動は、今しがた一息に飛び上がって頂上に着地した飛鳥である。XXは怪力メイドの姿を見るなり
「そこの弾薬全部投げ捨てろ飛鳥!!」
と叫ぶと同時、南の空に無数の火の玉が打ち上がった。
咄嗟の事ながらも彼女はそれで全てを理解し、手当たり次第に掴んで
「どっせいどっせいどっせいもいっちょおらーーい!!」
球投げの如くポイポイポイと軽々しく放り投げ――ている最中に
「伏せろ!」
XXは二人に覆いかぶさるように押し倒した、刹那、右や左や上を流星か火雨の如き勢いで火矢が通過し、そのまま村に降り注いだ。
矢に打たれた木造藁ぶきの民家は見る間見る間に炎を広がらせ、瞬く間に村は紅蓮の波に飲みこまれた。
あちらこちらで爆発が起きているのは、恐らく自分達が投げた弾薬箱に引火したものだろう。
釣鐘塔に殺到し、その戦斧で煉瓦造りの壁をガンガンと叩き削っていたオークどもだったが、しかし自分達を轟々と取り巻く炎の嵐にすぐに「ブギーブギーブギー」とパニックを起こし、散り散りバラバラとなった。
村から逃げ出そうにも、しかし村への入るときは降り故に問題なかった小高い丘も、登るとなればオークどもを阻むに十分だったらしく、さらには互いに互いを押し退け合い妨害し合い、なんと惨めかな、最後は結局銘々に焼死した。
草木の焼ける匂い。
肉の焼ける匂い。
硝煙の匂いなどに取り巻かれる中。
飛鳥は四つん這いになって、村が焼ける様子をただ茫然と見ていた。
避難する村民達を見送る際、彼女は村を離れるのを渋っていた一人の少女にお願いされたのである。
出来るならば戦をさけて、オークとはお話をして、村の大切さを分ってもらって、戦いのヒドさも分かってもらって、それで森に帰ってもらうと――村を傷付けないと。
もちろんそんな事が可能かどうかは、流石の飛鳥も承知している。
ギルドが命を賭して行う作戦に、そんな子供のワガママを通す余地はないし、そもそもオークは話の通じる――若干意外な展開もあったが基本的にはもちろん――連中でもない。
しかしそれでも、彼女は精一杯に背中のネジを巻いて考えた末、最悪でも、自分達は火器の使用を極力抑え、村はまた住めるような状態で返してあげると、そう固く約束したのだ。
その為に飛鳥はXXに対して駄々をこね、ある意味で作戦以上の労力を費やして、作戦遂行に支障がでないそのギリギリまで、倉庫の火薬を地下に避難させていたのである。
XXが止むなく使う分にしても、こうして燃える心配のない煉瓦造りの釣鐘塔の頂上に、しかし彼は飛鳥にさえも黙って運び込んでいたのだ。
それなのに一体これは、
「……一体、何が起きたんですか、これ?」
小さく震えつつ、飛鳥はXXの様子を窺った。
「も、もしかしてこれも御主人様の作戦ですか? った!」
XXがコツンと飛鳥の頭を叩いたのは、彼女の強張った緊張を解す為である。
「自分の部下を犠牲にする様な作戦立てるバカがどこにいるかよ。……野良々、オメェはもう気付いてるか?」
片膝を立て、太刀を片腕に抱いている彼女は頬の煤を払いながら言った。
「連中のやりそうなこったよ。オーク100頭を村人の犠牲なしに弓で撃退したとなりゃ、そりゃスゲー箔がつくやろね。死んだのは何処にでもいるギルドマスター一人とゼンマイ仕掛けのメイド一機、オプションで少女の死体や。そんな程度犠牲とも思っちゃくれないだろうし、この中じゃ骨だって残るか怪しいもんだぜ?」
炎の立てる音の合間を縫って、南から微かに聞こえる弓兵たちの勝鬨に舌打ちした。
XXは帽子を深く被り直し、無言で立ち上がる。野良々は顔をあげた。
「おい旦那。まだ火は収まっとらへんし、もう少しここで」
「ああ。確かにそう簡単に収まんねぇわな。こりゃぁよ」
と、投げそびれていた弾薬箱の一つを掴み、それを思い切り南の空にぶん投げた。
夜空を焦がす炎に照らされたそれの描く放物線を、野良々と飛鳥は目で追いながら、
「まさかそれ」
「まさかそうだ」
発砲音二つの直後、弾薬箱は中空で派手派手しく爆ぜりながら炸裂弾となって弓兵達の頭上に降り注いだ。勝鬨が止んでそこかしこで悲鳴があがる。
弾丸は銃身内で加速を受けて初めて威力を発揮するものであり、このように箱詰めして適当に引火し衝撃を加えただけでは爆竹に毛が生えた様な威力しかない。故に甲冑を帯びた兵士相手にはコケオドシ程度にしかならないが、そんな事はもちろん、銃の扱いになれたXXは理解していたはずである。
しかし当たり所が悪ければ、例えコケオドシ程度であってもケガを負う危険性はやはりあり、もちろんその事に関してもXXはよく理解しているはずである。
そしてその上で、一ギルドマスター風情が帝国正規軍に攻撃をかけるという暴挙に及んだとあれば、もはや野良々にも飛鳥にも何も言うべき事はなかった。
二人が無言でXXの背中を見つめていたら、彼はやがてその前を通り過ぎて
「お前ら、ちょいとここで休んでてくれ。すぐに戻る」
「あ、御主人様どちらに?」
梯子に片足を引っかけているXXに対し、飛鳥が不安そうな表情を浮かべて手を伸ばすと、彼はその手を取って優しく微笑んだ。やや強張った表情を浮かべている野良々にも、静かに頷いて見せる。
「今日はお前達、本当に良く頑張ってくれたな。ありがとう。見事なおとり役だった。よし、飛鳥は来月の給料5割増しで、野良々は追加報酬で+700Gだ。それじゃぁちょいと野暮用済ませてくれるからもう少しばかりここで休――」
「そんなのいらないです!」
飛鳥がXXの手に力を込めて、哀願するような目を向けて言った。
「お給料は、いらないです! 今回のだって、別になにもいらないです! 何なら、もう私このまま廃棄処分でもいいです。だから、お願いです。だから、だから、」
今はここにいて下さいと、彼女はそう言った。
その目には今まで見た事がない、つまりは初めて見る、飛鳥の、ゼンマイ式人形の涙があった。
「……」
XXはどうしたもんかと溜息を吐いてから頭を掻いたが、すぐに何か思いついたらしく、彼女の煤けて血まみれのエプロンドレスのポケットに目をやり、にやり。
「そのトレトレリンゴどうしたよ?」
「ほぇ!?」
と言う間に彼は飛鳥の手を離れて滑るように梯子を降り、着地。炎の合間を縫って丘を一気に駆けあがって――――しかし。
しかしそこからはゆっくりと。
実にゆっくりと。
自分の存在を顕示するかのように。
自分の存在を誇示するかのように。
燃え盛る炎を背にして。
青白い月を頭上にして。
今尚、情けない声をあげている弓兵一個中隊の元に向けて。
XXは練り歩いた。
「だ、誰だ貴様は!? 名を名乗れ!」
ベオウルフの弓兵の一人が、その異様な赤黒い影に気付いて腰からショートソードを抜き、大きな声をあげた。
現れた赤い影は深々と帽子を被っている為、その顔も表情も伺えなかったが、しかし口角を釣り上げるように笑んでいるのは分った。
「へへ、生憎だが火つけ盗賊風情に名乗れるような安い名は持っちゃいないんだよ。俺はさ」
「ひ、火つけ盗賊だと! 我らは栄えある帝国正規軍ベオウルフぞ! 帝国正規軍への侮辱は即ち帝国への」
「お~っと、帝国正規軍ベオウルフと言えば今はビスケット村から避難した村民とその避難地点である教会の護衛任務についているはずだが? まさか一部隊が帝国直々の命令に背いた、なんて言うんじゃないだろうなぁ? 見え透いた言い訳はよそうぜ?」
そしてレッドハットのツバを右手で少しあげ、隊長と思しき男に鋭い眼光を射かけ
「盗賊さんよ?」
飛鳥は持ち前の聴力を利用してその一部始終を聞き、その一部始終を野良々に中継し、そして解説を求めた。
野良々は、四つん這いの姿勢で真剣な眼差しを向けている彼女に、頭をポリポリと掻いて端的に答えた。
「旦那、あのまま『火つけ盗賊』でベオウルフをやるっぽい」
ベオウルフの隊長は天国から地獄へ急転直下だった。
突如現れたこの得体の知れない赤い外套と赤い帽子の男は、『俺が先ほどの卑劣な炸裂弾――コケオドシだけど彼には怖かった――を放った』と言い、そしてそれはオークの襲撃にかこつけた火つけ盗賊討伐の為だと言う。無論それは事実ではない。嘘偽りなく自分達は栄えある帝国の正規軍、ベオウルフである。
しかし自分達が火付け盗賊ではなく、帝国正規軍ベオウルフだと認めれば、正直なところ、この男の言う通り命令違反で厳罰は免れないし、最悪は軍令違反で縛り首もあり得る。だからそこを正す事は出来ない。
何れにせよ、少なくともこのままでは、自分達が用意した『オークの教会侵攻を未然に察知し、奮戦の結果として村の火薬庫でオークが暴れて誤爆を起こしたものの、しかし村民の命は守り通した』という筋書きは、この男がいる限りは生かせないのは確実である。
ならば、結論は一つだった。
兵士たちが誰からとなく、弓を置いて腰からショートソードを抜いた。
どうやら同じ結論に辿り着いたらしい。
負傷兵がいるとは言え、相手は一人。こちらは一個中隊。まだ100人から戦える。
「ようやく身の振り方が決まったかい? そんじゃまぁ始めますか」
赤い影ははニヤリと笑ってから、腰に収めた愛銃二丁を――――ではなく、さらに背中側に収めている『それ』を引き抜き、クルクルクルと掌で回転させながら腕をあげてピタリと、肩の高さで『それ』を止めた。
『それ』はX型の形をした、極端に刃が短くて、極端に鍔が長い、見たことも無い、しかしどうやらダガーナイフのようだった。
手に握られた、XX。
『それ』を掲げて赤い影が笑う。
「折角だ火付け盗賊。お前さんらも通り名として『ベオウルフ』を名乗るなら、俺もそれぐらいは名乗ってやるよ。レッドハット・ダブルエックスだ。いいか? レッドハット・ダブルエックス。忘れんなよ? しかしどうだ? 知名度皆無だろ? そりゃそうさ……」
ニィと犬歯を剥いた。
「聞いて生きてた奴が、このかた皆無なもんでな?」
帝国軍と各種ギルドが連携した大規模なオーク討伐作戦。それに際し、ビスケット村の避難先として指定されていた教会の護衛任務に当たっていた正規軍ベオウルフの一個中隊が消息を絶ったと言う連絡を、帝国は翌朝に受け取った。
その日のうちに、ビスケット村には帝国の偵察団が派遣されたが、村は見るも無残に全焼しており、連絡を受けた村民達は皆悲しみにくれた。
夕刻になって、偵察隊により、北の森にて捜索中のベオウルフ全員が、全裸で木々に縛られていながらも存命という情けない格好で発見された。
救出後、部隊を率いていた中隊隊長から事情を聴取し、その結果、彼らは目先の功績を目当てとして帝国命令に背き、村に火矢を放った事が明らかとなった。
村に貯蔵されていた火薬の大部分は、作戦前に工房を利用していたギルド『レッドハットと愉快な仲間達(飛鳥命名)』が地下へと退避させていた為、被害はそれでも小規模に抑えられたと見られている。
これを受け、後に帝国は、ギルド『レッドハットと愉快な仲間達(飛鳥命名)』に相応の恩賞を与えると言う決断を下した。
「だぁってさぁ!」
と、待合酒場グウィンドリンの裏口にて、青い三日月を酒の肴にしつつ、XXと飛鳥と野良々はささやかな祝杯をあげていた。
まぁささやかとは言っても、普段の一日当たりの食費の数倍ではあるため、これは彼らにとってかなり格好のつけた言い方である。
七面鳥の丸焼きをものすごい勢いで頬張っている飛鳥は、口から肉だの骨だのの欠片を飛び散らしながら記事を読み上げていて、それに真正面から被弾しているXXは内容に相槌を打ちつつも、
「なぁ飛鳥。オメェもうちょっとお上品に食べれねぇ?」
無駄と分りつつも声をかけていて、野良々は防腐剤の袋を片手にアッハッハッハと生きの宜しい声をあげていた。
「せやけど、旦那さ」
「ん? なんだいノラコ?」
妙なニックネームついたな、とか思いつつも
「もう仕事も済んだんやし、これ以上ウチみたいな死体の傍におったら、せっかくもらった栄誉も名誉も台無しなるで? 今は酒場ん中も旦那の話題で持ち切りなんやからさ?」
クイクイクイと、親指で、「飛鳥と一緒に中に入れば?」と彼女は促した。
それから彼女は懐からギルドカードを取り出して、契約終了のサインを求めようと、つまりは早々に別れの挨拶をすませて二人の為に御暇しようとしたのだが、しかしXXはそれに溜息を吐き、押し返した。
野良々はその仕草とその様子で意味をすぐに察し、けれども景気が悪くないよう苦笑を返した。
「悪い悪い。いや、ウチも分ってたしこれまでもずっとそうしてたんやけど、つい飛鳥のノリが移って、ちょっと呆けてたんやな。っはっはっは」
討伐対象のアンデッドとの共闘記録なんてギルド評価にはマイナス以外何物でもない。故にこのXXの反応は至極まっとうなものである。
「あ」
という彼女の間の抜けた声。XXが自分のトレードマークであるレッドハットを外し、おもむろに野良々の頭に被せたのだ。
その意味をよく知っていた彼女はショックのあまり、自分の生命線とも言える防腐剤の袋を落としかけ、それを飛鳥が慌ててキャッチ。
「……ったく。ビスケットの夜空をマスターそっちのけで独り占めしようなんて、随分とまぁ傲岸なギルメンが入ったもんだよ」
その言葉に飛鳥はガッツポーズを取って、野良らは目からつまらぬものが出そうになったので慌てて顔を伏せた。
XXは彼女に被せた帽子の上に手を置いて、ほんの少しだけ乱暴に撫でてから再び自分に被り直した。簡易的なギルドメンバー正式加入の儀式である。
そして彼は懐から自分のカードを取り出して彼女に握らせ、
「次の依頼が入るまではのんびりやっか。ちょっとションベンとか行って来るから」
「あ~、御主人様食事中に下品~」
「うっせ。オメェにだけは言われたくねぇわ」
その場を立ち去って行った。もちろん野良々にはそれが、自分が涙を拭うためにくれた時間なのだと分っている。しかしそれを思うと逆効果で、今の状況は拍車をかけてくるし、どうしたものか。
けれどもそれを早く拭わない事には何時までもXXが帰ってこれないので、野良々は指を目がしらに当て――る前に、飛鳥がそれをハンカチで拭いてくれた。
それは野良々にとって生まれてから初めての経験でもあり、死んでから初めての経験でもあった。
度重なるショックで思わず茫然としていたら、飛鳥はハンカチをポケットにしまってから、口に手を当てて「しっしっし」と笑った。
「ああ見えてご主人様かなり涙もろいんすよ。っへっへっへ。どうせ今頃茂みでビービーやってますよ。冷やかしちゃうかいノラリスや? 私はモチいきますが」
意地悪な猫みたいに笑う飛鳥の顔を見ていたら、野良々もなんだかおかしくなってきた。
次に彼を呼ぶときは旦那のままで良いのだろうか? それともマスターの方が良いのだろうか? とりあえずビスケットの夜空を見ながら、そんなどうでも良くて、素敵な事を考える事にした。
「ぷぎゃー! 御主人様泣いてるし! うぇっうぇっうぇ!」
「うっせゼンマイ式! お前の給料5割増しはトレトレリンゴで帳消しだ!」
「ほぇ!?」
「藪蛇やなぁ、ほんまに」
『レッドハット・ダブルエックス』 了
ギルカ一覧
登録名:不立文字飛鳥
通り名:なし
膂力評価:A
技量評価:E
素早評価:D
知力評価:G
総合評価ランク:D
称号:ヤンチャなお手伝いさん
コメント:将来はたぶん御姫さんです。みんな、クラスチェンジを信じて私に貢いでおこうぜ?
登録名:リトルリビングデッドアンデッド野良々
通り名:鎌鼬
膂力評価:E
技量評価:A
素早評価:A
知力評価:D
総合評価ランク:B
称号:極東の剣豪
コメント:生者が死んで死者になるなら、死者が死んだら生者になるんかな? わからん
登録名:XX
通り名:レッドハット
膂力評価:D
技量評価:B
素早評価:D
知力評価:C
総合評価ランク:C
称号:冴えないギルドマスター
コメント:食費がヤバイ。ゼンマイ式のせいで食費がやばい。
登録名:抹消済み(帝国親衛隊イージス除隊処分につき
通り名:レッドハット・ダブルエックス(履歴
膂力評価:C(履歴
技量評価:SS(履歴
素早評価:B(履歴
知力評価:C(履歴
総合評価ランク:抹消済み
称号:赤色の鬼札(履歴
コメント:抹消済み