表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12

第10話:重速/虹炎

――Side ANKI


「まぁ、お手柔らかにな」


訓練場中央で私と向かい合うのは、趣味の悪い茶髪ピアス……マスターに比べたら美の欠片もありませんね……


そんな事を思いながらも、私は策を練ります。


マスターから供給されている魔力は100パーセント……いえ…溢れんばかりで…本当にマスターの魔力の総量には驚かされます…。


それに、なんと心地よい魔力でしょうか……


っと、いけません。こんな高揚した状態で戦っては間違いなく全力を出してしまいます。勝利は確実でしょうがマスターに迷惑が掛かってしまいます。



軽く深呼吸をして、気分を落ち着かせて…


要するに……バレなければ良いんです。


私は開始の合図と共に駆け出しました。



――Side Yuuto Souga


あっちゃんが宿っていない、ただの器の小太刀を握って魔力を供給しながら、戦いを始めたあっちゃんを見ている。


ふむ…区別化のために小太刀にも名前をつけた方がいいかな…


と、そんな事を考えていると…


「ほぅ……なかなかのスピードじゃな」


頭の上で見ていた、ギンちゃんが感嘆の声を漏らす。ちなみに鈴ちゃんは今だ気絶中。


開始早々、あっちゃんは残像を残す程の速度で動き周り、茶髪君を翻弄していた。その秘密は……


「重力じゃと?」


「そう」


あっちゃんは自身に掛かっている重力の付加を減らしているのだ。例えるなら月だな。


月の重力は地球のおよそ6分の1。つまり、ジャンプ力も移動速度も単純計算で6倍。同様にあっちゃんは自分の周囲の重力を調整し、軽くしているのだ。


「じゃが、あれだけの速度で動けば体に負担が掛かるのでは無いか?」


俺の説明にギンちゃんが疑問を返す。


「確かにそうだ。速度が上がればあがるほど、空気抵抗やGが掛かる。Gの方は軽減した重力下で動いているから負担も軽減される。だけど、空気抵抗はそうは行かない。普通なら空気の壁にぶち当たって、身体がボロボロになる。でも、あっちゃんはそれを最小限にしているんだ。重力の膜でな」


抜群のコントロールである。流石、闇の姫。


あっちゃんは自分の周りの重力を調整している。イメージ的には球状のバリアが張ってありその中央にあっちゃんが居る。


内側の重力は軽減された重力。つまり、高速移動を可能としている力。


そしてその境界線となる。バリアの部分…ここに薄い膜状な物がある……これにより空気抵抗を軽減しているのだ。


服の上に、もう一枚服を着ているようなもんだ。言うなれば……


「グラビティコートってところか…」


バリアとしてもかなりの強固を誇る…重力の膜。空気抵抗を減らす程度なら訳がない…もっとも、二重に重力変化をしている事から、これ以上の強度アップは不可能みたいだけど……


説明をしながら戦いを見ていると、ギンちゃんがあることに気が付く


「…あの茶小僧……あれだけボコボコにされているのに堪えた様子が無いの…」


「そりゃそうでしょ…むしろあっちゃんの方がダメージはでかい」


あれだけのスピードで攻撃しているのに攻撃は軽い。そりゃ、体軽くしてるからなぁ。


高速で動いているからその推進力を利用した威力はあるが、重力を軽減している分威力は落ちる…大体イーブン。


さらに、元々あっちゃんは華奢……腕とか滅茶細い。人を殴るようにできていない…殴ればその分ダメージはあるんだろう。


「それでは、意味が無いではないか…」


「いや、あっちゃんが何処を重点的に狙っているか見てごらん」


そう、あっちゃんの狙いとは……


「……眼…か?」


「あぁ、相手の視界を狭めるつもりなんだろうな」


鞭のように拳を打ち付けることで軽くても目は腫れる……




――Side Anki


そろそろですね…


これ以上はこちらの身体が持ちません。この一撃で決めないと……


私は移動するのを止め、足を止める。


「痛っ…お、お嬢ちゃん。は、速すぎ…」


腫れあがった眼でそういう茶髪ピアスに構う事無く、私はトドメの一撃を入れるために動き出す。


まず、先程と同様に高速で縦横無尽に走り回り、相手をかく乱して上に跳ぶ。


私のジャンプ力は重力の影響で通常の数倍。そして、そこから今度はバリアの重力を拳に一点集中…そして今度は重力をプラスにし、重力を利用して落下。


勢いのまま、私は拳を振るいます……


――ドオォォン!


轟音と共に地面が抉れ、粉塵が舞う。……避けられたましたか……


私の姿を捉えられないように視界を奪ったのに……まだ、相手を見くびっていました。


「こ、殺す気か!?」


その証拠にそんな事を言う元気もあるようです。


「よし!今度は俺の番だ!散々やられた分…たっぷりとおしお…「参りました」……きぃ!?って!なぁ!?」



拳を覆った重力の膜はバリアの役割を果たし、攻撃の反動を少なくする……そのお陰で骨は折れてはいないが、拳は赤く腫れている。もともと私は殴ったり、蹴ったりなどの野蛮な行為に向いていません…なので…


「ギブアップです。私の負けです……」


「こ、これからなのに!!な、なんで!?」


ギャーギャー煩いピアスを無視して私は背を向けて歩き出し……あ、そうです……


「あっ♪」


私はワザとその場にへたり込みます。そして、目でマスターに助けを訴えます。


すると、マスターは早足で着てくれました……あぁ、マスター……大好きです♪


――Side Yuuto Souga



へたり込んだあっちゃんの元に行ってみると……怪我らしい怪我は拳が腫れてるくらいだ。若干疲れているが、歩けないほどじゃない……


「マスターぁ♪」


期待した目で俺を見つめてくる。……ピンと来た。


「良く頑張ったね。えらいよあっちゃん」


まぁ、これくらいのご褒美はいいか。頑張ったし


あっちゃんの言いたいことを察し、期待通りに数度頭を撫でてあげた後、抱き上げる。


「マスター、マスター、マスターぁ♪」


幸せそうに頭を胸に擦り付けてくるあっちゃん。うぅ……愛いヤツめぇ。


「杏さんがキブアップを宣言しましたので試験は終了です」


そんなやり取りを冷めた目て、ザマス先生がクールにそう告げる……そして、残った茶髪君は


「な、納得いかねーーー!!」


手に持ってる鎖が茶髪君の武器なんだろう。結局、彼は一方的にやられただけで勝利した。うむ……そりゃ、喜べないわな…




客席に戻り、あっちゃんの治療を終える。さて、次は俺の番だ。


「悠斗、大丈夫なのか?」


あっちゃんの試合中に目を覚まし、治療中に負けたことに気がついて、隅っこで落ち込んで、焼ちゃんと旋武の励ましにより復活した鈴ちゃんが、問いかけてくるが……はて?


「何が?」


「何がって……お前の相手は知り合いなんだろう?」


あーそう言うこと……


「大丈夫でしょ?適当にあしらって来る。行こうかギンちゃん」


それに元々そんなに深い関係でもない。考えてみれば話したのも少しだけだし…付き合いは無いといっても言いかも知れない。


鈴ちゃんにひらひら手を振り、銀狐七星となったギンちゃんを手に、俺は訓練場中央へと足を運んだ。




対峙する沙那ちゃんは物凄い目つきで俺を睨む。むぅ……


「あの可愛かった沙那ちゃんが、こんなにグレてしまった」


「な、何の話をしているのよ!?」


「まぁ、まぁ。そうツンツンしないで、まずは話し合いを……」


「あんたと話すことなんて無いわ!!」


やる気満々の沙那ちゃん。やれやれ……


「では、試験を始めます!」



そんな俺達のやり取りを我関せずで試験開始を宣言するザマス先生。


それと同時に距離をとる沙那ちゃん。どうやら遠距離タイプみたいだ。


「……なんで構えないの!?」


手に得物であろうボウガンを持ちながら、開始から動かず、構えも取らずに沙那ちゃんを見ている俺に怒鳴る。


「いや、構えも何も……」


もう…仕掛けてますから♪


「なっ!?」


指を軽く動かせば、5本の魔糸が鈴ちゃんの動きを封じる。ボウガンも左手に持ってはいるが、肘に絡みついた糸を動かして照準を客席の茶髪君にロックオン!


その他に右腕、右脚、左脚、首店それぞれをぐるぐる巻きし、ちょっときつめに絞める。……若干、えっちな姿だが気にしてはいけない。


「これで、落ち着いて話が出来るね」


「くっ!?」


抵抗すればするほど糸が食い込む。別にそういう仕様ではない。あくまで結果論である。


「ほら無駄な抵抗はやめなさーい。お話しましょう!」


そういいながら、拘束したままの沙那ちゃんに近づいて…


「で、なんでそんなに俺を邪険にするのさ?」


目を見てそう問いかける。


無駄だと分かったんだろう…抵抗を辞める沙那ちゃん。


そして、俺の問いかけに沙那ちゃんは顔を赤く染めて、プイッとそっぽを向いて、ポツリと……


「………なかった…」


何かを呟いたが聞こえない……


「はぃ?もうちょっと大きな声で…」


「……助けに来てくれなかった!!」


半ばやけくそ気味に沙那ちゃんはそう叫んだ。


はて?


「ごめん。話が見えない……順番にちゃんと説明してくれない?」


「――っ!?」


その言葉に、沙那ちゃんは逸らしていた視線を俺に戻し、また睨みつけてくる。むぅ……対応間違えたかなぁ。


「……もういい!フェミィ!!」


沙那ちゃんがそう叫ぶと同時に、左手の鈴の付いた腕輪に魔力を込めていくのを感じ、バッとその場を飛びのき距離をとる。そして、沙那ちゃんを拘束していた糸が切られ、俺が居た場所の地面に鋭い爪跡が刻まれた。


現われたのは白き獣。尾は二股、猫目に猫耳、ふわふわの白い毛……大きさは猫くらい……ってか、ぶっちゃけ、猫である。




――Side Rinran


「あの女は『エスペランカ』だったのか!!」


私はあの猫が女の手にあるアクセサリーから召喚されたのを見てそう言う。


エスペランカとはアーツとは異なるもう一つの戦闘形態。


エレメンツウエポンを使い、近接戦闘を好むのがアーツの基本的姿。


だが、もう一つ。クリアールの魔術師が編み出したのがエスペランカである。


クリアールの魔術師は己の魔力を使い、術を扱う魔術と呼ばれる力を使う。


魔術の術式を構築や、詠唱呪文を唱える際に術者は無防備となる。それを守る為の手段が必要だった。


そして、彼らは召喚の儀式を用いて使い魔を召喚することを思いついた。


ちゃんとした主従関係を築いている者もあれば、強制的に契約し主人となる者も居る。いずれにしろ、契約によって自らの守護者とする。


普段は自由に自分の住んでいる場所で使い魔は過ごすが、召喚の儀式を用意て契約した使い魔を召喚し、使役。自分の護衛の役割が済んだら送還をする。これがエスペランカの基本的姿。


彼女は自身が魔術ではなく、遠距離武器を使うことから少々特殊なエスペランカだ…だが、役割は変らないように見える。


異世界から召喚するキャストとは違い、使い魔は同じ世界の異なる場所から召喚される。それにより、リスクも無く、大規模な術式や魔力も要らない。大抵の者がアクセサリーなどにその術式を書くという。あの女が持っている腕輪がそうなのだろう。


さらに、エスペランカの恐るべき力は使い魔に自身の魔力を供給し、強化するという所だ。


ある者は魔力を糧に精霊に力を借り、炎や氷を使い魔に纏らせる。


ある者はそのまま魔力を身体の強化にあてる。


そして、彼女…沙那さんはその両方だ。


「なんて魔力だ…」


覚醒したキャストは大きな力を持つと聞くが…悠斗を初め、それは事実らしい。


沙那さんの使い魔である白き猫は肉体の強化と同時に、あの忌々しい女の能力と同じく……風を纏っている。


その効果だろうか?先程の闇姫までとは行かないもののかなりのスピードで移動し、爪を振るう事で切り裂く風を発生させて攻撃している。だが……


「流石だな…」


そう、一撃も当たらない。悠斗が避けているからだ。


悠斗が避けた場所の地面には確実に風の爪跡が残っている。そのことから当たればかなり深い傷ができるはず……


「私なら…こうは行かないな」


私ならもう負けているだろう。


そっと自分の顔に手を当てる。


リーデルにやられた傷や腫れは嘘のように…先ほど怪我をした事実さえも無くしてしまったかのような奇麗なままの顔。


悠斗が治してくれた…


あの糸の能力で自分を圧倒し、闇姫や七尾の銀妖狐を従えている。


宗我悠斗……もしかしたら、彼こそが私の一生を捧げるべき主なのかもしれない。



――Side Yuuto Souga


「ほいっと」


突っ込んでくる白い獣の爪をひょいと横に移動して避ける。何回かこんなやり取りが続いていたのだが……


――ヒュン


今回はちょっと違った。


「おっと…」


避けたところに、沙那ちゃんが手にボウガンを持ち援護射撃をしてきたのだ。


飛んできた矢を手で掴んで地面に棄てながらそう文句を言うも、沙那ちゃんは再度トリガーに指をかけ、白い猫は突貫。


「あらよっと」


――ヒュッ


――パシッ!


ポイッとな



「よいしょっと」


――ヒュッ


――パシッ!


ポ〜イ


突貫され、避ける。射られ、矢を取る……この繰り返し……ちょっと飽きてきた。やれやれ……動物虐待は趣味じゃないんだが。


「な、なんで当たらないの!!フェミィ!!」


当たらないことに焦りだす沙那ちゃんがそう怒鳴る。


その言葉に触発され、一層速度を上げて駆ける猫。


だが、所詮は虚実もない直線の動きだ……


真正面から突っ込んできて、振われる爪を最小限で避けると同時に…


抜刀した銀狐七星を振るう。


「ふみゃ!?」


「フェミィ!?」


白ネコはそのまま沙那ちゃんのとこまで吹っ飛んだ……あぁ、カウンターで入ったからな相当なダメージだろ。とはいえ…


「峰打ちだし、死にはしないだろ」


基本的に動物は好きだし、殺す気はない……ちなみに、一番嫌いな動物は人間だ。二番目は蛇。


ある程度、強化されていただろう。綺麗に入ったのにまだ起き上がる猫。さらには戦闘態勢に入る。


「まだ、やれるわね?」


沙那ちゃんの問いかけを肯定するかのように、身をかがませる猫。


やれやれ…でも、こっちも少し試したいことがあるし、もう少し付き合うかな


『んじゃ、ギンちゃん。デビュー戦だしド派手にやってみようか』


『そうじゃの……では、行くぞ主よ!』


試したい事…それは銀狐七星の力だ。


掛け声と共に、ギンちゃんの刀に意識を集中させる。


柄についた七本の帯が炎と変わり、それぞれ七色の炎の色をなす。とってもビューティホー!


『流石じゃの。こうもやすやすと同調するとは…』


あっちゃんとギンちゃんの場合、力の発言の仕方が異なる。


あっちゃんの場合は、俺が魔力を注ぎ込みあっちゃんがそれを変質させて力が発動し、それを俺がコントロールする。


それに対し、ギンちゃんはギンちゃん自身の妖力で能力を発動させ、それを俺がコントロールするのだ。


そして、どちらにもメリット、デメリットがある。


前者の場合は自身の魔力が力の元なのでコントロールがしやすいが、自分の魔力を消費するので燃費が悪い。


それに対し、後者は自分の魔力を使うわけではないので、ガス欠の心配はないが、その分コントロールが難しい。


最も、俺の場合は保有するエーテル量も多く、またマナを扱えるのでガス欠の心配はないし、元々の能力が魔力の変質なので他人の魔力を扱うのは苦でもない。


まさに、俺に合わせたかのような愛刀…もとい、相棒達に笑みが浮かぶ。


『いいね、いいね。すっごく綺麗だ』


炎に見とれていたのか、攻撃が中断していたのだが、暫くして、我に返ったのか再び飛んでくる矢をたたき落とし、ついでに燃やしていく。


振るう度に七本の炎が軌跡を残し、その七色の軌跡が凄く綺麗で嬉々としていると。


『……むっ。マスター!私も抜いてください。今、おそばに行きますから!!』


対抗心を燃やしたあっちゃんがそう言ってくる。


『っと、ごめんね。ちょっと舞い上がってた。今回はギンちゃんの感触に慣れたいからこのままで行くよ。あっちゃんは今度ね』


けして蔑にしている訳ではないと伝え、気を静める。


『……主よ。そろそろあちらに気を向けてやらんと少々哀れじゃぞ』


意識の七割を念話に向けながら、矢を落としているとギンちゃんが声をかけてきた。


『だね、でもなぁ。流石に試験で大けがさせたらまずいよねぇ……』


色々思案した結果、もういいかなと判断して…当初の予定通りにすることにした。


炎を消して、……銀狐七星を納刀し…


「ザマ……っと、せ、先生。俺、棄権します」


ザマス先生にそう告げた。


「なっ!?」


絶句する沙那ちゃんと未だ戦闘態勢を崩さずに成り行きを見守っている猫……


そんな一人と一匹をとりあえず無視して、ザマス先生の言葉を待つ。


「……よろしいのですか?」


「えぇ。目的は力を見せることですよね?もう十分頑張ったんじゃないかと……だからもういいです。これ以上やって怪我するのも嫌だし」


「……分かりました」


ザマス先生に告げてその場を立ち去る。待ちなさい!とか、逃げるな!!とか、何か叫んでいるが無視…正直、付き合ってられん。


にしても……はぁ、心配して損した。子供だから助けてあげよる。それが大人の対応だ!とか思ってたから、気にしてたのに……


そんな事を考えているとギンちゃんが念話で先程のやりとりについて、話かけてきた。


【主……最初からそのつもりじゃったな?】


【まぁな。正直此処で俺が勝ったら、沙那ちゃん立場ないだろ】


【……主は優しいのぉ。じゃが…】


【分かってるさ。殺し合いとかなら俺は躊躇も油断もしない。喚いているうちに、とっとと斬っちまうさ】


あくまでこれは試験での試合。まぁ、お遊びみたいなもんだ。もし、沙那ちゃんの復讐心から、俺の命を危険に晒すなら


情け容赦なく。後顧の憂いを無くすためにも……殺す。


【ふふ…流石は我の主じゃ!】


【あはは、もっと褒めて、褒めて】


ギンちゃんに褒められつつ、観客席に戻る。その途中、みんなの死角に入った所でギンちゃんが子狐に戻り、定位置となった俺の頭に、よじよじと登る。


そんな愛らしい姿に笑みを零しつつ、俺はあっちゃんの所へ戻るのだった。




先生二人が合否の判断をするための相談をするらしく、暫く休憩という事になった。


「………」


「まだ膨れてるの?」


不機嫌そうなあっちゃんの頬をぷにぷにと押す。俺があそこで棄権したのが納得いかないらしい。


鈴ちゃんは…


「おーっほっほっほ!!無様に負けましたわね!」


「…いい訳はしない」


高笑いをしながらやって来た縦ロールの対応をしていた。悔しげに俯く鈴ちゃんと、勝ち誇る縦ロール。しかし、縦ロールの顔には、治療のための魔力が込められた絆創膏やガーゼなどがある。対して鈴ちゃんは俺が治したのでいつも通りの綺麗な顔をしている。


【どっちが勝者かわからねーな…】


【……次は…私もやる】


そんな姿に旋武が突っ込み、焼ちゃんは闘志を燃やしている。



それが聞こえたのだろう。鈴ちゃんが勝ち誇る縦ロールに反撃に出た。


「それで、その勝った筈のお前の方が怪我が多いようだが?」


「そ、そういえば……あ、あなた!どういう妖術を使いましたの!?あの、見るも無残な顔が…」


「単に私の方がダメージが少なかっただけだろう?」


「キーーーーー!!!これでは私が負けたみたいではないですか!!」


どうやら勝った事を自慢するのに一生懸命で気が付いていなかったらしい。憤慨する縦ロールを嘲笑する鈴ちゃん…攻守逆転である。つか、治したのは俺なんだがね…


あっちゃんの機嫌を取るために頭を撫でながら、横目に見ていると……


「――っ!?」


「…どったの?…って、あー」


あっちゃんから殺気を感じる。向かった先には俺を睨みに睨んでいる沙那ちゃんの姿が……わざわざこっちに来なくても。


「…マスターに何か御用ですか?」


「別に、なんでもないわよ」


あっちゃんは沙那ちゃんへと歩み寄り、そう声をかける。声色は物凄く冷たい…対して沙那ちゃんは一瞥しただけで視線を戻し、そう答えた。


「そうですか…用がないなら消えてください。その視線は物凄く不快です」


「あなたには関係ないでしょ?」


「関係はあります。マスターは私のマスターですから」


「…さっきから、なんなのよ……ん?マスター?…」


視線をあっちゃんに戻して、そう呟きながら何かを思案する沙那ちゃん。


あぁ、嫌な予感がするなぁ…


そして、答えに到達したのか…


「へ、変態!!鬼畜!!ロリコン!!」


真っ赤な顔でそんな事を叫ぶ沙那ちゃん。何を想像したんだかなぁ…


はぁ……。あの、お兄ちゃん♪っと呼んでくれた沙那ちゃんは何処に行ったんだろう……嘆かわしい…


「マスターへの侮辱は許せません!死「はい、ストップ!」…マスター……」


闇を纏い始めたあっちゃんを止める。それで言いたいことが分かったんだろう、悔しげに俯いて沙那ちゃんから離れる。その際に……


「…月夜の晩ばかりだと思わないで下さい」


暗殺宣言。まぁ、そうなったらあっちゃんのテリトリーだしねぇ。




そんな感じで時間がたち、俺達はザマス先生の前に立っている。合否を聞くためだ。


「では、結果を発表します。まず、リーデルさんと互角に渡り合った鈴嵐さん…後半の試合はともかくとして、前半の攻撃を凌いだ点と相手の武器を弾き飛ばした技は見事でした。続いて杏さんですが、棄権したものの、あの高速移動と最後の攻撃は素晴らしいの一言に尽きます。そして最後に宗我さんも、棄権したとはいえ、前半あの水無月さんを拘束した技と攻撃を捌く力量、さらにあの炎術…総合的に能力の高さが伺えます。以上の点から三人とも、学園でやっていくには十分の力を持っていると判断します。よって、合格とします!」


教師の職業病なのか?分からないが、長い話をした後、ザマス先生は合格を宣言した。


ふぅ〜、良かった……まぁ、落ちるとは思ってなかったけど内心どうしよう?くらいは思ってた。思い返せば、俺がやったのは二人に比べて地味な攻撃…さらには相手の攻撃を避けて、使い魔らしき、猫に一撃くらわせただけだったし。炎は出しただけで攻撃とかはしなかったからな…


「では、後の事は任せますよ。私たちは手続きをしにいかなければ行けないので…」


ザマス先生とウーロン茶先生は、茶髪君達にそう言うと去っていく。


まぁ、何はともあれ。


無事に学園に通えることになったわけだ。




――Side Ather


「以上が編入する三人のプロフィールと試験記録です」


試験が終わり、試験官をしていたレイチェルは学園長室にいた。


そこにはもう一人、紫のローブを纏った老人が椅子に座っていた。その眼光は鋭く、長い白髪と髭が威圧感を引き立てる。


その老人、学園長のザラクは映像を記録する水晶で、試験の模様を見終えると、プロフィールが書かれた資料を見ながら、口を開く。


「…華星にキャストか……この杏とかいう娘は?」


「旅の途中で出会った娘とか…」


その言葉をどう取ったのか、ザラクはしばし無言のまま資料を見つめて、ゆっくりと机の上に置いた。


「なんにせよ……監視は必要か…」


「はい。キャスト一人で国家間のパワーバランスが変わりますからね」


キャストの恐ろしいところはその魔力の高さなどもあるが、最も怖いのは知識だ。


例えば、核兵器。当然この世界にはそんなものはない。


だが、その詳細な知識を持っている科学者が一人召喚されれば、いずれ核を生み出し、兵器転用を図るだろう。


「国主に、燕璃えんり鷲扇しゅうせんの姉妹に監視を願いたいと伝えてくれ」


「!?上忍の…しかも最も隠密に長けているあの姉妹にですか!?」


「念のためじゃ…。頼むぞ」


「はっ、了解いたしました」


一礼し、レイチェルは部屋を出ていく。ザラクはその後ろ姿を見送ると、物思いに耽るのだった。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ