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響~「覚醒」

中央市街 東丘駅前――


午前八時四十五分




(なんだろうな、これ)


響は胸を押さえながら駅へと急いでいた。 行き先は病院。昨日の夜にノートでぶつけた胸のアザがおかしなことになっていたからだ。


朝、響は胸に違和感を感じて眼が覚めた。チリチリとした夏場の日に焼いたような熱が胸にある。

服を脱いで確かめると、響は「なんだこりゃ」と思わず叫んでいた。アザが大きくなっていた。いや、昨日見たときとは別の形に、まるで太陽のようにもライオンの鬣のようにも見える不可思議な形になっていた。

そして、それは響がまだ寝ぼけているのか。ぼんやりと光っているように見えた。まるでパチパチと燃える火の粉のようにも見えた。


「中央の病院なら」


とても勉強どころでは無いと思った。

なにか安心が欲しくて響は病院へと急いだ。運が悪く近場の病院は休みとなっていた。だから確実に開いているだろう。中央の総合病院へと急いだ。電車で降りれば五分程の距離、今から行けば午前中には見てもらえるだろう。勉強は午後、もしくは千世には理由を話して許してもらおう。


そんな思いで駅前へと到着し、切符を買うための小銭を取り出しながら駅へと向かう。


「ちょっとすいません」


なにやら声を掛けられた。響はチラリと横眼だけで声の主を見た。上等なスーツを着た二十代くらいの優男風な男性だった。顔にはナンパで軽薄そうな笑み。


なんだか怪しげに見えた。道を尋ねる風にも見えない。響はそのまま、すたすたと歩みを止めずに駅へと向かう。


「あれ? すいません。そこのポニーテールのキミ」


すたすたと無視して歩く。


「キミだよ。ホットパンツを履いたポニーテールの」


すたすたと


「そこの黒いタンクトップに白の上着のホットパンツでポニーテールなキミ」


次々と特徴を言い当て完全に響を指しているのは明らかで、なにか周りからジロジロと見られて目立っているような気がした。響は軽く舌打ちをして、歩みを止めて振り向いた。


「はい? なんかあたしにようっすか?」


響はもの凄く面倒くさそうに男を見た。


「ふう、やっと止まった。ちょっと話しいいかな?」


だが、特にそんな態度も気にせずに柔和な、響にとっては軽薄そうな笑みで高身長な響よりも頭ひとつ分背の高い男は名刺いれらしき物を取り出した。


「いやです」


名刺を取り出す前に響は軽やかなターンで踵を返して再び歩き始めた。


「あれ、ちょっと、待って」


予想外な行動に男は慌てて響の進路に回り込み、名刺を突き出した。


「まぁ、話だけでも聞いてもらえないかな?」


「あたし急いでんだけど」


たぶんこの男はしつこい。本能的にそう感じた響は苦虫を噛み潰したような顔で嫌々ながら名刺を受け取り一応、名刺を見た。


「芸能ぷろだくしょん、えくすとりーむ? 敏腕すかうと「吉野 スキマツ」……なんだこれ?」


名刺に書かれていた文字を読んで、目の前の男にますます胡散臭い物を感じた。

(敏腕スカウトって、普通名刺に書くもんか?……つうかなんで芸能プロダクションがあたしに声を掛ける……てか、この名前、牛丼屋かよ)

名前だけはぷっと噴き出しそうな男は柔和な笑みを崩さずに話を始める。


「唐突だけど読んで字のごとくキミをスカウト――」


「や、興味ない」


が、話は終わったと無表情で響は名刺を突き返し、再び駅へと


「だから、話を聞いて」


再び自称敏腕スカウトが回り込む、柔和な笑顔はそのまま崩さない。必死すぎて怪しさバリバリだと響は冷めた眼で男を見る。


「いや、だから興味ないって、つうかなんであたしをスカウトするんすか?」


「ん~、魅力的な物をキミに」


「……あー、もしかしてアッチ系? いやあたしまだ未成年だから」


「違う。絶対アッチ系じゃないから。頼むから話を」


同じ所をクルクルと回るような押し問答がしばらく続き、響は疲れた顔で男を見た。


「ほんと、しつけぇな」


「じゃ、話を」


響とは対照的に敏腕スカウト吉野は汗ひとつつかない涼やかな顔で目の前に立つ姿がどこか清々しいこの男の話を聞いた方が早いと響は考え直し、話を最後まで聞いてさっさと断って病院に行こうと思った。心無しか胸のアザが熱くなってる気がした。


「おじさん、あたし行かなきゃなんねぇから、とっとと済ましてくれよ」


「あぁ、大丈夫。そんなに時間は取らせないから、あと僕はまだギリギリ二十代だよ」


「ギリギリって、じゅうぶんおじさんだと思うけど」


さして人の年など興味ない響はどうでもよさげに吉野の眼を見た。


「ん? どうしたの?」


吉野は柔和な笑みのまま真っ直ぐに自分の眼を見る響に首を傾げた。たがかまわず響は猫みたいな眼でじっと見る。


「人に話をするときは眼を見て話せって言わない?」


それが当たり前だろと響は言った。


「ああなるほど。確かに、そのとおりだね」


言って、吉野も同じように、響の眼をじっと見た。


「んじゃ、さっさと、話を、て、あ……れ」


途端に、響は急なだるさに襲われる。身体から力が抜けてく感覚。だが、響の身体は地面には倒れ込むことは無く。訳もわからず響の視界だけがぐるりと暗転した。








「……ぁ」


暗転した世界から響は眼を覚ました。気だるさをまだ感じるが、頭を振って冷たい床から立ち上がる。


「なんだ、ここ?」


まったく知らない場所に響はいた。冷たく無機質な鉄の床に微かな機械音の響く遥か高くに見える天井。

目の前には大きな倉庫を思わせる扉。


「あのスカウト……」


気を失う前の吉野という男の笑みを思い出し、響はふつふつと怒りが湧いてきた。

知らない場所にいるこの現状。試しに引っ張って見てもビクともしない扉。明らかに閉じ込められていた。


「おい、なんで閉じ込められてんだ! こっから出せよ!!」


怒りと共にガンガンと扉を蹴りつけて怒鳴る。

だが、誰も反応を返して来ないし、扉もビクともしない。ただ疲れるだけだった。



「はぁ、はぁ、くっそ、いったい――」


散々扉を蹴りつけ声の限りに喚き散らして、肉体に披露を感じた時だった。


「!?」


後ろの方から違和感を感じた。

「誰かが見ている」誰もいないはずなのに見られている。そんな違和感。


「なん……だ」


恐る恐ると、響自身が驚くほどゆっくりと後ろを振り返る。


後ろは真っ暗でなにも見えない。何も、無い?


「っつあ! な、なに」


唐突に胸が熱くなる。アザが熱くなって強く光を発している。何が起こっているのか訳がわからない。たが、この強い光が暗い世界を晴らし、目の前が……見える。


「ッッ!?」


響は息を飲んだ。目の前に見えるものが理解できなかった。


それは


「か、顔?」


響は無意識にその表現を使った。そう、顔だ。巨大な顔が、なぜこんなに近くなのに気づかなかったと思える程の顔が目の前にある。



それはまるで、鬣を逆立てた獅子のように見えた。その紅い色は胸のアザと同じに見えた。


「なんか、「ロボット」みたいだ」


ロボット。その表現がしっくりきた。美術館のオブジェでもなく。遊園地のアトラクションでもない。 テレビの企業CMで見るような作業的な、パフォーマンスをするようなロボットではなく、まるでアニメや漫画にでてくるようなロボットの顔が目の前にある。


その存在感が、現実なのだと頭に響く。なにか吸い寄せられるように自然に、このロボットの前に響は歩みよっていた。


「……」


怖いなんて感情はまったく覚えず。何故か胸のアザの熱が暖かなものに感じた。


「お前は、「だれ」だ?」


口を突いて出た言葉は不可思議だった。ロボットに「だれ」と尋ねるなんて。


「だれ」の言葉に応えるように、ロボットの両眼が鈍く十字の形に光った。


「え」


まるでその光に溶け込むように、響の目の前が紅に染まる。










「……んん」


日の差し込み。太陽の光に響はゆっくりと眼を開ける。


(なんだ、夢か。さっきまでのは全部)


おかしいと思った。そうだ胸にヘンテコなアザができるなんておかしいし、自分はスカウトマンに声を掛けられたりしない。それにあんな巨大なロボットの顔なんて


「ありえない」


眼を開けた先に映ったのは、自分の部屋では無かった。


街だ。響は街を見下ろしている。目の前に広がる街は、高層ビルから眺めているような光景。


「ここ、東丘地区?」


その街並みは模型のように見えたが確かに見覚えのある街。

響の生活の場所。


駅がある。毎日通う学校がある。千世とよく行くファーストフード店やゲームセンターの看板も見える。

ここは紛れもなく、響の暮らす東丘地区だった。


「んだよ、これ」


よろけるように後ろに下がると景色も後ろに下がり、響は理解した。


自分は「何か」の「中に」いると。


「なんなんだよ」


愕然として、辺りを見回す。リングだ。意識を街からずらすとリングが見えた。響は白いリングの中にいる。紅い床の上に立っている。


「わからない」


身に付けているものも違う。白い上着でも黒いタンクトップでも、デニム生地のホットパンツでもない。 もっとふわふわとしたヒラヒラとした、軽い、まるで何も着ていないかのように軽い


深紅のドレス。


例えるならまるで薔薇のようなドレス。


がさつな男言葉の中で生きてきた響でさえも綺麗だと感じる現実離れした美しさのドレス。


「わからねえよっ!?」


自分にいま何が起きているのか理解できない。頭の中がぐちゃぐちゃで、混乱して、どうにかなってしまいそうだった。


「誰か、誰か教えてよ。あたしがどうなってんのか教えてくれよ!!」



声を張り上げて喉が痛くなるほどに叫び、誰でもいいから言葉を望んだ。説明してくれる優しい言葉を望んだ。


言葉は返って来ない。


普段の彼女からは考えられない程の不安が心を埋めつくす。

不安定。何もかもが不安定。冷静になるには時間が掛かる。


そんな彼女に追い討ちをかけるように、再び不可思議な現象が起こった。


空が、空の一部が硝子のように粉々に、割れた。



「あ……な、で」


割れた空からそれは現れた。見慣れた街並みを消し飛ばし、大地へと降り立つ。


「異形」な存在が姿を現す。


「なんだ……なんなんだよ」


それはまるで西洋の鎧甲冑のような、しかし形作るその姿は四足。鎧を着こんだ四つ足の獣のような姿だった。頭部はなく野生動物のような角が付いているのみ。


「お……い」


不思議とその異形な姿に響は恐怖心を感じていなかった。それよりも、彼女の心を埋め尽くしたのは 。


異形者が吹き飛ばした街並みだった。

あそこには人がいたかもしれない。もしかしたら知った人間がいたかもしれない。今ので、何人の人が……。


「!!?」


前触れは無かった。ただ突然に異形者が動き出した。更に見知った街並みを吹き飛ばし、響の元へとその巨大な角を向けて突撃を仕掛けてくる。


「やめろ」


街並みが容赦無く吹き飛び、街の姿を変えてゆく。



「やめろやめろやめろっ!!」


響は咄嗟に走り出そうとする。壊されてたまるか。ここを、千世達と過ごした想い出をこれ以上壊されてたまるか!!


走る勢いで動いたつもりだった。だが、それは酷く遅かった。まるでゆくとした歩行で、まるで自分の意思などは通らないような。そして、気付いた。歩行する事によって自分も街を破壊している事に、その考えがよぎった瞬間。歩行は止まっていた。


そして


「ギァッッ!!」


金属のつんざくような音と鈍い激痛と激しい衝撃と共に、響は異形者に弾き飛ばされていた。


視界が回転する。自分の進路上にある全てを弾き飛ばして、視界は回転する。


「ぐっ、はあ、はぁ、はぁ」


回転がようやく止まる。仰向けの常態で身体はまったく動かない。だが、動かなければならない。響は自分が寝転がる場所が解る。解ってしまっていた。


ここは校舎だ。東丘高校の校舎だ。視界には見える。見慣れた、それこそ数えきれない想い出のある。自分の学校だ。



立ち上がれ、立ち上がれと身体に力を込める。だが、身体はビクともしなくて、無情にも異形が姿を現し


「やめ!?」


容赦無くその鋭利な角で響を弾き飛ばす。


学校が、東丘高校が、自分の「身体」で破壊されてしまった。


「あ、あ……あぁ」


計り知れない後悔が、響を襲う。ここにも、人がいたかもしれない。先生がいたかもしれない。部活をしていた生徒もいたかもしれない。千世の急用も、もしかしたら。


そんなことは考えたくもなかった。


「ぐっ、ううぅぅ」


ダメだ、これ以上はダメだ。立ち上がらないと、あのわけわからないものを倒さないと。


異形の前足が響へと降り降ろされる。


「がぁっっ!?」


空気の塊が口から漏れ、強烈な圧迫感が襲う。



それがどうした。立ち上がれ、これ以上やらせたらダメなんだあたしは立ち上がってこいつを




倒すんだ。







ガインと鈍い金属の音が響き渡る。


異形者が弾き飛ばされていた。


紅い脚が、異形者を蹴り飛ばしていた。

いとも簡単に、あれほど思い通りにはいかなかったのに、自由に動かす事ができた。


「……」


響は頭の中が真っ白になっていた。なにか許せない者があったはずだ。


大地に手を突いて立ち上がる。


「あぁ、こいつだ」


そうだ、このわけの解らない者を倒す。


胸が熱くなる。頭の中がこいつを倒したいという押さえきれない感情でいっぱいになる。


「なんだ……これ」


なにか右手に握っている感覚。なにかは解らないただ「剣」を持っている気がした。頭の中で文字だけが浮かんでいる。


「……「エーテリアム」……「ファイブレイド」」


どうでもいい。とにかくあいつを倒そう。



響の身体の激痛が強くなる。だが、それと同時に身体の中が真っ赤に、燃え上がるように、熱くなる。


紅い大剣を引きずり、異形へと歩き進む。熱くて、熱くて、堪らない。



響の髪の色が紅に変化する。



倒す。倒す。倒す。


身体全体から吹き上がる熱量が大地を焦がし、溶岩のように溶け始める。



響は気付いてはいない。粉々に弾き飛ばされた街並みを燃やし、溶かしていることを。



「よくも、よくも」


まだ倒れ伏す異形の前に立ち紅い大剣を振り上げる。


力の迸りが剣へと集中し、響の、いや、響の操る「巨大な鉄の騎士」の巨駆までもが溶け始めていた。


もはや制御の効いていないこの力を止める事はできない。



「消えちまええぇぇっっ!!」


瞳が真っ赤に燃え上がる紅に変質し、剣に溜め込んだ全てを降り降ろし、叩きつける。


燃え上がる力は異形者を飲み込み、跡形も無く消滅させる。



だが、放たれた破壊の力は止まることを知らず、もろともに辺り一帯の空間を残らず消滅させた。










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