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響~「日常」


中央市街ちゅうおうしがい東丘地区とうきゅうちく――


夕刻 東丘高校とうきゅうこうこう通学路――



「あ、あの、お願いですから通してください」


夕暮れの通学路。気の弱そうな少女が今にも泣き出しそうな顔でしつこく絡み、目の前を通せんぼする軽薄そうな男達に頭を下げて懇願していた。


「だ~から、君がはいと言ったら通してあげるっていってんじゃない?」


だが、男達は薄ら笑いを浮かべて、彼女に絡み始めてからずっと同じような言葉をはいて通してはくれない。男達は彼女からの「はい」という言葉を待っていた。


「そんな、わたし、そんなの無理だって言ってるのに……」

少女は両手で抱えた鞄をグッと抱き締めて俯いた。彼女は「はい」とは言えない。男達の望むことは受け入れられなかった。


「どうして? ちょっと俺達と遊びにいくだけじゃない」


「そそ、ちょっと深夜までね」


「ほら人生遊ばないと。きみ結構可愛いし、そのエロいセーラー服も有効活用しないともったいな~い」


「俺達、わりかし紳士だからやさしくするし~、たぶん」


「ぎゃははは!」


怖い。少女は怖くてたまらず脅えていた。こんな男達に着いて行けば、なにをされるかわからないだろう。だが、男達はいっこうに通してくれないし、運の悪いことに遅れて学校を出たためか誰も通りかかる人もいない。いや、もしかしたら通りかかるのかも知れないが、この光景を見て関わるまいと踵を返して遠回りをしているのかも知れない。

このままでは男達は痺れを切らし誰もいないのをいいことに彼女を。


(誰か、誰か……助けて)


少女は微かな希望で願った。誰かが自分を助けてくれるのを、少女は願った。


「あ~あ、しぶいといなぁ。おい、車すぐそこだよな?」


「おお、なに、もしかしてラチる?」


「正解。ダッシュでいきゃ連れ込めるでしょ?」


「ウハ! ひどいねえ、忘れられない思い出作らせるってこと!」


だが、無情にも男達はとても残酷な決定をし、少女の手を引っ張った。


「ぃっ、やっ!?」


抵抗をしようとした。だが、男達の手は華奢な少女の手より何倍も強く、グイグイと少女は引っ張られていく。絶望の二文字が浮かび、少女は目の前が真っ暗になっていた。


「おい」


たがその時、凛とした声が少女と男達の耳に響いた。


「あぁ~ん」


めんどくさげな顔で男達は声の方向を見た。


「なにしてる」


そこには女が立っていた。男達がエロいといったものと全く同じ緋色のセーラー服を着た女生徒が肩に鞄を架けて、真っ直ぐに男達を睨んでいた。


「ひゅ~、こっちもなかなか」


男のひとりが下品な笑みでへたくそな口笛を吹き、ジロジロと品定めをするように眺める。


すらりとした長身。少し大きめな猫のような切れ長の眼。やや日に焼けた健康的な肌に凛とした整った顔立ちは後ろでにまとめた黒髪のポニーテールも相まってとても魅力的な女に見えた。


ゴクリと男達の喉がなり、上玉と言える女の登場に途端に捕まえている女がガキっぽく見えた。ひとりが舌打ちをし、ヘラヘラとした笑いを漏らしながら目の前の少女へと言葉を投げる。


「はは、なに? キミも遊んで欲しいわけ?」


その声を聞いた瞬間、猫のような眼がつり上がり、彼女はよく通る声を男達へとぶつけた。


「うるせえっ! 誰がてめえらみてえなバカと遊ぶか!!」


そこから発せられた言葉はとても女とは思えぬものだった。

男達は一瞬唖然となり、ポカンと彼女を見つめた。


「おい、アホ面並べてないでうちの生徒の手、放せ」


刺すような眼で、同じ高校の女子の手を掴む男を見る。

ポカンとしていた男は彼女の自分達をバカにした言葉に沸々と怒りが沸き、捕まえた少女を放り出し、仲間と共に、憮然とした女に取り囲むようにして近づき、吐き捨てるような言葉を次々とぶつけた。


「おうこら、なめた口をきいてくれんじゃねえか」


「ちっと女らしい言葉使い覚えたほうがいいね」


「お、もう一度同じ言葉いってみろよおい!」


「てめ色々と台無しすぎなんだよ。ブッコロスぞおら!!」


女生徒ひとりを取り囲み、沸点の低すぎる男達は凄みを聞かせて上から下から睨み付ける。完全に体裁など忘れたまともな社会人とは思えぬチンピラな行動。並の女の子ならこれだけで脅えてしまうだろう。


だが


「もう一度言ってやる」


彼女は並の女の子ではなかった。


「ウルッセエエェィ!!」


「ゴオッッ!?」


鞄を放り投げると、勢いを付けた強烈な肘打ちを男のひとりの鳩尾にめり込ませた。男は前へと倒れ


「後ろで寝てろっ!」


込む前に少女のヤクザのような蹴り込みで後ろへと倒れ、口からヨダレのようなものを垂らしてまるで眠るように気を失った。


「えっ!」


一瞬で起こった仲間の惨状に男達は固まった。

なんだこれ。なにが起きた。


「おい、そいつ担いでとっとと消えろ」


首をコキリと鳴らし、男達を睨み付ける。

ありえない事が起こった恐怖心か、それとも男としてのプライドか。目の前の少女に対して男達の中でなにかが弾けた。


「や、やっちまえ!?」


「うあああっっ!?」


完全に声の裏返った安いチンピラなセリフと叫びと共に男達は少女へと飛び掛かった。


「たくっ、メンドクセエェなあっ!!」


少女は顔の前に拳を構えるファイティングポーズを取り、勇ましく男達を迎え撃った。





「ち、ちくひょう。うぉぼえてろ」


呂律の回りきっていない安すぎる三下ゼリフと共に気絶した仲間を引きずり、ボロボロな男達は情けない格好で去っていた。


「覚える気にもなんねぇよ」


もはやどんな格好か何人いたかも記憶の外に叩き出した少女はめんどくさげにスカートのほこりをはたき、放り出した鞄を肩に担いで助けた少女へと顔を向ける。


「最近はああいうバカがたまにいるからさ。真っ直ぐ家に帰った方がいいぜ」


「あ、は、はい」


どこか惚けた表情で彼女を見つめていた少女はハッと気付いてこくりと頷いた。


「んじゃ、気をつけてな」


シュッと片手を挙げて彼女は格好良く去ろうとする。

少女は慌てて声を掛けた。


「あ、ありがとうございます! あの、あの」


声を掛けて礼を言ったはいいがそのあとの言葉がなかなかでない、なにか喉に詰まったように声が出ない。


「ん?」


彼女は顔を少女に向けて待ってくれている。特にめんどうだという顔もしないで待ってくれている。少女は喉につっかえたものを吐き出すように言いたかった言葉を取り出した。


「あの! お名前は!!」


「はい?」


一瞬なにを言われたか彼女はポカンとし、少女は何を言ってるんだと慌てて言葉を取り消そうとした。 だが、彼女はニッと笑って応えてくれた。


「あたしは「覇堂 響」《はどう ひびき》ってんだ」


その笑みに少女はドキリと胸の高まりを覚えていた。大人っぽいと顔立ちの彼女の隠れていた八重歯をむき出しにした笑顔は子供のようで、なにかずっと魅力的な少年のような錯覚を覚えた。

そして、少女は彼女の名前を聞いてハッとする。それは、友達から聞いた一年生の間の噂の名前。

「二年に凄くカッコイイ女子の先輩がいる」と。


「んじゃな」


そして、彼女、覇堂 響は男前に親指を立てて少女の前から去っていた。


「はどう、ひびき先輩」


少女はグッと鞄を胸に引き寄せて、響の後ろ姿をどこか恋い焦がれる女の子のような表情で見えなくなるまで見つめていた。





「うぃす。おまたせ」


「はいはい、お勤めご苦労さまさまです」


人助けを終え路地を曲がった所で響は手を挙げる。その先には彼女より少し小柄な同じセーラー服姿のメガネ女子が同じく手を挙げて歩いてくると並び同じように歩き始める。


「あ~、無駄に動いてはらへった~。「千世」《ちせ》なんか持ってね?」


「へいへい、「フルーツトマト」でよければ」


千世と呼ばれたメガネ女子はそれが当たり前のようにポケットからスティック系の大豆健康食品を取り出す。


「さんきゅ、は~、うんめぇなぁ~」


健康食品を受けとると早速かぶり付き響は幸せそうな笑顔をほころばせる。


「ふぅ、しっかし今日は端で見ててヒヤッとしたよ。人数多いんだもん」


千世は路地から見てた光景を思い出し、少しため息まじりに隣の響を見上げる。


「そっか? なんでもねえよあんなの」


だが当の本人はケロッとしてまるで簡単な準備運動をこなしてきたような調子で言いながら二口で食べた大豆健康食品の袋を振るい手のひらに僅かなカスを落としていた。


「ま、実際なんでもないってのがビッキーの凄い所よね」


手のひらのカスを食す意外とスーパーな友人を眺め、千世はニヤリと笑う。

響は「ん? なんかついてんのか?」と、自分の顔を拭う。それを見て千世はまた笑う。


「なんだよ千世。なに笑ってんだ?」


少し不満げにジト眼で睨むのだが、千世はいつもどおりな子供みたいな睨みなんて全く怖くなかった。むしろますます笑みがこぼれるのだ。

「いやいや~、女の敵に見事なパンモロサービスを繰り出すビッキーを思い出しまして、ついつい笑顔が」


ごまかしのつもりでそう言うと、響は「それのなにがおもしろいんだよ」と首を傾げる。


「だいたい、あたしのパンツなんて見てもサービスでもなんでも無いだろ?」


「あのさ~、ビッキー自分が美人だって自覚無いの?」


ちょっと呆れ気味に何度めか解らない質問をしてみる。


「またそれかよ。何度も言ってんだろ。あたしが美人ならこの世の女の半数は美人だって」


そう、響は自分が美人だとは思っていない。何度も鏡で見ている自分の顔が美形だとは微塵も思っていない。


「はぁ、ほんとに罪作りな女だよきみは。またひとりファンを増やしたというのに」


やれやれなジェスチャーで千世は首を振るが、響にはなにがなにやらわからない。




「あたしにファンって、なんの冗談だ?」


もはやここ一年で趣味の領域に入った東丘校生の人助けで何人のファンが生まれきたかを彼女は知らない。


(ま、ここもビッキーの魅力と言えるのかね~)


う~んと難しい顔でこのド天然な友人を千世は眺めるのだった。


「うっし! 明日の休みはなにすっかな!」


もはや、彼女の頭の中は明日の日曜日の事でいっぱいになっていた。


「あ、そう言えば明後日の小テストは大丈夫? ちゃんと勉強した?」


「へ? なにそれ?」


唐突なテストという言葉に響は眼を丸くして、その場に固まってしまった。


「そんなのいつ言ったんだ?」


「はぁ、一週間前にキダッチ先生が宣言したでしょ?」


「ウソだろ!?」


いま始めて知ったとばかりに驚愕する響に千世は「またか」とため息をついた。


「いやいやそんな絶望的な顔しなくても、漢字の小テストなんだから明日の休みにみっちり書き取りでもやれば――」


さりげなく絶望からの脱出案を提示するのだが


「休みの日に勉強なんていやだ!」


あっという間に一蹴するのだった。


「よし、仕方ない。明日の放課後は潰す。こいや再テスト! ウハハハ!!」


と、開き直る友人をちょっとだけ生暖かい眼で千世。


「ほんと、興味ない事には絶対に努力しないよねビッキー」










意外とスーパーな響も、勉強という努力とは向き合えなかった……そんな彼女のために千世はある秘策を用意していた。


「千世のやつ本気であたしがこんなんやると思ってんのか?」


帰宅後。受け取った秘策をポカンと眺めていた。

その目線の先にあるのは分厚いノートだった。 無駄に達筆な筆ペンでこう書いてある。


~~ビッキー専用最強必勝漢字ノート!!~~


別れ際に渡されたため、恐らくはじめから用意していたのだろう。友人の優秀な先読みに響はなんだか涙が出てきた。



「う~あ」


試しにパラパラとめくって目眩がしてきた。目に飛び込んでくる漢字、漢字、漢字。ひとつひとつに書き取りスペースが三列もあり、更におまけの~ビッキー書き取り予備~なるノートまである。


「無理だ! 漢字に殺される!!」


身震いしてなにか重く感じるノートを置く。こんなのに貴重な日曜を潰されるなんて、勉強や頭を使った努力が苦手な響には耐えられ無かった。


開き直ってやらずに持って行ってしまおうか? 幸いといっていいのか監視役の千世は急遽用事ができて来れないようだし。通学の利便で両親とは離れた気ままな一人暮らしな響には(たまに母親が掃除にやってくるか)とやかく言う人間が明日はいないのだ。

やるもやらないも本人次第。そう、響の決断次第なのだ。


「あ~、でもなぁ」


ノートの達筆な筆ペン文字を見る。千世はこれを用意するために自分の時間を割いてくれた事を響は考える。

重いノートを持って捲る。よくよく見るとひとつひとつ手書きだった。千世なりに自分を心配しているのかも知れない。

帰りがけの千世の言葉を思い出す。



――大丈夫。身体で覚えれば自然に覚えられる!


グッと親指を立てる千世の姿が思い出される。

身体で覚える。書き取りを頑張ればちゃんと努力の結果が表れるという事だろう。


「う~ん、ゆっくりとでもやってみっかな」


ゴロンと床に寝転がりノートを眺め、自分なりにやってみようと決めた


その時


「おっ! つぇっ!」


手が滑り、重いノートが胸の真ん中を直撃した。


「いっ、てぇ……」


一瞬の息が出来ない痛みに、やはり自分は勉強に向いて無いのではとあっという間に響は怠けたい気持ちがせりあがってきた。


「うえ、変なアザになってる」


ヒリヒリとする痛みに服を引っ張り胸を見ると、なにか変なアザができて響はげんなりとしてため息をついた。


「ま、明日やることにしよう」


なにか疲れた顔でのっそりと立ち上がるとそのままベッドにダイブして、寝息を起てた。










???――



魔心マジモータ「ヴァルキリー」反応」


空間魔力フィール固定。ポイントE〇〇〇五。仮「処印」オートスタンプ」


だだっ広い近未来的な「ルーム」の中で、世話しなく動く人々。機械の前で鈍く明滅する科学的な光。中央に浮かぶ巨大水晶クリスタルモニタから映し出される「紅い」鬣のような巨大な頭部と淡く輝く魔法のような光。


機械の前に座る数人の黒い軍服のような服を着た作業員のひとりがルームの奥に座る人物に報告をする。


「「ブレイド」確定。決まりです」


「……そうですか」


その人物が閉じていた眼をゆっくりと開く。黒い真珠のような眼が、巨大水晶へと向けられる。


「「二十六年」越しの「乙女」《ヴァルキリー》」


他の人間よりも特別なデザインの黒い軍服の人物はそう呟いた。


「!? これは!」


作業員のひとりが驚愕の表情をすると同時に巨大水晶の映像が反転し、真っ赤な警告の文字が映し出されルーム全体に緊張がはしる。


作業員が報告をする。


「「ストームゲート」に微かな反応あり、反応コード「ヘル」!!」


「こちらへの、到達時間は?」


「明日、正午〇〇一〇と予想」


「二十六年のブランク……恐らく予想どおりにはいかないでしょう」


「団長。ご決断を」


緊張感に包まれるルームの中で、団長と呼ばれた人物は立ち上がり、胸を張って、薄く「ルージュ」を引いた唇を震わせて声を張って全体に命令を下す。


「「仮想世界」《レプリル》「魔甲弾」《シューター》最終チェック。多少強引にでもブレイド「乙女」《ヴァルキリー》の確保を」



「これより、超騎士団「エクスカリバー」新生の時です!!」


高らかに力強い凛とした宣言と共に団員達は敬礼を返し、それぞれ動き出した。






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