プロローグ~敗北
???――
「ダメです! 「ストームゲート」維持できません!!」
オペレータの叫びが司令室全体に響き渡る。その場にいる全員の顔に絶望の色が広がる。
「……限界時間は?」
司令室中央に浮かぶ球状の巨大水晶に映る。上も下もわからない青白い世界を睨みながら団長はオペレータに「ストームゲート」の限界時間を述べさせる。
「もう十分も、このままではゲート内の「ソードタイガー」「レイピアウルフ」共にこちらには戻って来れません!」
もはや、一刻の猶予も無い。団長は奥歯を噛み締め全員に告げた。
「我々の、完敗だ。速やかに「ストームゲート」からの撤退と現世界との断絶作業に掛かれ、「ソード」「レイピア」両「超騎士」《エクスリッター》の撤退ラインまでの後退指示を――」
『待ってください団長!』
だがその時、巨大水晶から声が響く。水晶に映る青白い世界に浮かび、その手に握る剣を振るい続ける銀色の虎頭を模した巨人騎士「ソードタイガー」からの通信だった。「ソードタイガー」と重なり銀色のドレスの少女が映し出される。
『撤退は了承できません! そんなことをすれば奴らを、「魔騎士」《ヘルリッター》達を我々の現世界に入り込ませる隙を――グッ!? 作らせてしまう!』
「だが、このままではお前達はこちらに戻ることが、我々はお前達を失うわけには――」 『どのみち私は戻れない。この距離じゃ、時間内には戻れません。だから、私が――!? 食い止めます! その間に「レイピアウルフ」を撤退させてください!!』
剣を振るい「魔騎士」の軍勢を退ける「ソードタイガー」そこから遠く離れた空間で支援防御陣を組み続けていた桃色の狼頭の巨人騎士「レイピアウルフ」から映し出される淡い桃色のドレスの少女が悲鳴に近い声を挙げて、持ち場から離れ、「ソードタイガー」へと向かおうとする。
『なに、なに言ってるの! あたしだけ撤退なんて、やだ、あたしも!?』 『黙りなさい! あなたはここに止まる必要は無い! 戻りなさい。ここから去りなさい。あなたは次に、繋げるの!!』
『やだ、嫌だ。そんなのいやだ!! あたし。キョーコまでいなくならないでよ!!』
『勘違いしないで、帰ってくる。私は必ず帰ってくるから、文はあっちで待ってて』
『けど、けど。クレアも由梨香もそういって帰ってこなかったじゃない!?』
『信じて! 文、私を――グッ、ウゥァッッ!?』
『キョーコオォッッ!?』
『早く、団長! 早く!!』
「くっっ。「レイピア」に強制魔力! レイピアの「魔心」《マジモータ》を自動に。撤退を理解させろ!!」
怒声のぶつかりはキョーコの願いを聞き遂げる形で終わりを告げる。
『そ、んな……なん、で』
注入される強制魔力により文の意識は急速に遠ざかる。ぼやけ始める視界「ソードタイガー」へと伸ばす片手が空を切り
『いや、やぁっ……キョーコ、キョ、コ』
そのまま意識を失い 「同体の間」《マスターコックピット》に身体が浮かび「レイピアウルフ」は悲しげな唸りを挙げ、後退を始めた。
『っ!――ありがとうございます団長』
魔騎士の繰り出す一撃を受け止めながらキョーコは団長へと礼を述べる。
「すまん……キョーコ」
震える手で顔を覆い、団長は頭を下げる。これから取り残してしまう少女へと、謝罪の言葉を口にする。
『名前を、呼んでくれましたね』
だが、キョーコは優しい微笑みを涼やかな年頃の少女らしい声を彼へと向ける。
「キョーコ……」
『もう、十分だよ』
キョーコのその声に覆った手を外し、彼女の笑顔を取りこぼさないように水晶を見つめ続け、無理やりにでも、らしくなくても、笑顔を作った。
そんな団長にキョーコは満足な表情を浮かべる。
「「レイピアウルフ」撤退ラインに到達!?」
オペレータからの報告。それは、同時にキョーコとの別れの意味する報告。
もう時間は残されていなかった。キョーコはその表情を凛とした力強い戦士の物へと変え、瞳で訴えた。
やってくれと。
団長はその凛とした戦士の表情を見続けながら、力強く。司令としての非情な命令を告げた。
「「レイピア」撤退! 「ストームゲート」の現世界への道を断て!!」
『ごめんね……最後まで怒鳴ってばかり……文』
キョーコの友への言葉を最後に巨大水晶から映像が消失する。
最後に発したその言葉は銀色の少女から桃色の少女に向けた。初めての謝罪の言葉。妹のような親友に向けた最後の、言葉だった。
そして――時は止まること無く未来を刻んだ。
新たな未来を、刻んだのだ。