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重力=拳で破

作者: ぜ不ら社
掲載日:2026/05/09

雨が降っていた。


 高架下のコンクリートに、水滴が細かく跳ねる。

 夜の街はネオンで滲み、赤と青の光が水たまりに溶けていた。


 黒いパーカーの少年――真白ましろレンは、静かに拳を握る。


「……来たか」


 目の前に立つのは、白い軍服を着た男だった。

 年齢は二十代後半ほど。長い銀髪を後ろで束ね、右目には黒い眼帯をつけている。


「逃げると思ったが」


 男は薄く笑った。


「ガキにしては肝が据わってる」


「逃げても意味ないだろ」


 レンは低く答える。


「お前ら、“機関”はどこまでも追ってくる」


「理解が早くて助かる」


 男――神崎かんざきクロウは、ゆっくりと片手を上げた。


 その瞬間。


 空気が軋んだ。


 雨粒が、空中で止まる。


「……っ!」


 レンは即座に後方へ飛んだ。


 次の瞬間、さっきまで立っていた場所のコンクリートが爆ぜる。


 轟音。


 砕けた破片が雨と混ざって飛び散った。


「重力操作かよ……!」


「正確には“圧縮”だ」


 クロウが指を軽く動かす。


 見えない力が押し寄せる。


 レンは咄嗟に腕を交差した。


 ドゴンッ――!!


 衝撃で身体が吹き飛び、背中から柱に叩きつけられる。


「がっ……!」


 肺の空気が全部抜けた。


 立てない。


 身体が重い。


 まるで全身に鉛を括りつけられたみたいだった。


「終わりだ」


 クロウが近づいてくる。


 軍靴が水たまりを踏むたび、静かな波紋が広がった。


「お前の能力は危険すぎる」


「……危険なのはそっちだろ」


 レンは震える腕を押さえながら立ち上がる。


「街一つ潰せる力を持ってるくせに」


「力に善悪はない」


 クロウは冷たく言った。


「使う者で決まる」


「なら――」


 レンは笑う。


「お前、悪人だな」


 瞬間。


 クロウの眉がわずかに動いた。


 その隙をレンは見逃さない。


「《起動》」


 青白い光がレンの右腕に走る。


 空気が震えた。


 次の瞬間、レンの姿が消える。


「……!」


 クロウが振り返る。


 遅い。


 レンはすでに背後にいた。


 拳を叩き込む。


 しかし。


「浅い」


 クロウは片手で受け止めた。


 重力の壁。


 拳が届かない。


「速いだけでは勝てない」


「だったら!」


 レンはさらに踏み込む。


 一秒間に五発、十発、十五発。


 拳の連打が雨を裂く。


 だが全部止められる。


 見えない圧力が、レンの攻撃を押し返していた。


「無駄だ」


 クロウが手を握る。


 瞬間、重力が爆発した。


 レンの身体が地面に叩き落とされる。


 アスファルトが陥没した。


「ぐぁぁ……!!」


 骨が軋む。


 呼吸できない。


 視界が白く点滅する。


「お前程度では、俺には届かない」


 クロウの声は淡々としていた。


「“零域ゼロエリア”を扱えるのは、この世界で数人だけだ」


「……知るかよ」


 レンは血を吐きながら笑った。


「俺は、お前を殴れればそれでいい」


「愚かだな」


「そうかもな」


 レンはゆっくり立ち上がる。


 膝が震えていた。


 身体中が痛い。


 でも。


 まだ倒れてない。


「でもさ」


 レンは小さく息を吐く。


「守りたい奴がいる時って、人間意外と立てるんだよ」


 クロウの表情がわずかに変わった。


「……妹か」


「調べ済みかよ」


「当然だ」


 クロウは淡々と続ける。


「病室で眠っている。能力汚染による神経崩壊。あと半年も持たない」


 レンの目が細くなる。


「やめろ」


「お前が“核”を渡せば治療できる」


「……信用できるか」


「信用は不要だ」


 クロウは静かに言った。


「選べ。妹の命か、世界か」


 沈黙。


 雨音だけが響く。


 レンは俯いた。


 妹の顔が浮かぶ。


 病院の白いベッド。

 細い指。

 苦しそうな呼吸。


 助けたい。


 当たり前だ。


 世界なんかより、大事だった。


「……っ」


 拳が震える。


 クロウが手を差し出した。


「終わりにしよう」


 レンは動かない。


 長い沈黙。


 そして。


「断る」


 低い声だった。


「何?」


「世界とか正直どうでもいい」


 レンは顔を上げる。


「でも、妹は――そんなことで助けられても喜ばない」


 クロウの目が細まる。


「綺麗事か」


「そうだよ」


 レンは笑った。


「ガキだからな」


 その瞬間。


 レンの身体から青白い光が爆発する。


 空気が唸る。


 高架下の水たまりが一斉に浮き上がった。


「……暴走!?」


 クロウが初めて動揺した。


「違う」


 レンは拳を握る。


「制御した」


 光が収束する。


 右腕だけだった輝きが、全身を覆っていた。


第二段階セカンド――」


 レンが踏み込む。


 地面が砕けた。


 一瞬でクロウの目前へ。


「速っ――」


 拳が突き刺さる。


 重力障壁が砕けた。


 クロウの身体が吹き飛ぶ。


 コンクリート柱を三本貫通し、壁に激突した。


 轟音。


 雨が揺れる。


「がはっ……!」


 クロウが血を吐く。


「馬鹿な……!」


「終わりだ」


 レンは静かに歩く。


 青白い粒子が周囲に漂っていた。


「お前の重力は強い。でも――」


 レンは拳を構える。


「止められるなら、壊せる」


 クロウが笑った。


 口元から血を流しながら。


「……そうか」


 眼帯が外れる。


 その右目は、真っ黒だった。


 底のない闇。


「なら見せてやる」


 空気が震える。


 雨が消える。


 音が消える。


 世界が静止した。


「本当の“零域”を」


 次の瞬間。


 夜空そのものが落ちてきた。

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