転生したら断罪の場でヤジを飛ばして石を投げるモブ平民だった——投げた石がなぜか聖女に当たる
小さなソフトウェアハウスに勤め、社畜歴25年、ようやく少しゴールもちらついて来たところだった。会社がソフトウェア開発のAI化に大きく舵を切り、俺は失職した。言われたことをただ盲目的に一心不乱にやって来た結果がこれだった。
その通知を聞いた直後、俺は倒れた。
連日の徹夜も当たり前の酷い労働環境で体調の不調は感じていたが、ろくに病院も行かなかったせいだろうか、と薄れゆく意識の中でぼんやり思った。
※
「いらっしゃいませ〜。忙しいのでとっとと済ませましょう。えっとクスノキ・ユウマさん。異世界で何がしたいですか?」
甲高い声が頭に響いた。
目を開くと、そこには髪をぼさぼさにして目の下に隈のある女神?社畜?っぽいのがいた。
異世界転生? 急だな! 俺、死んだのか?
「異世界に転生できるの?」
「はい、そうです。10秒だけ時間あげます。早くしてください」
10秒? 何でそんな急かされるの? え? どうしよう。でももう忙しいのは嫌だな。勇者とか大変そうだしなー。でも何にもないのもつまらないなー。
「もう時間で〜す。時間切れだとランダムになります」
そんなリスクは取りたくない!
「あんまり表舞台には立ちたくないんだけど、ちょっとした趣味を持ちたいかな。あと、ちょっと社会貢献もしたい」
「控えめでいいですね〜。ちょっとした趣味に社会貢献、いいじゃないですか。じゃあ、適当にスキルもつけときますね。うん、使い方によってはチートになるかな〜。はい、じゃあ適当にがんばってください」
いや、適当だな!
しかし、異世界転生の話は最近よく聞くから、女神様も忙しいんだろうな。そこは同情する。
※
希望どおり、俺は王都の平凡な平民の家に生まれた。
父は腕のいい鍛冶屋で、贅沢はできなくても、生活に困窮するわけでもなかった。趣味は断罪見物で、大きな断罪があると工房を閉めて観に行くこともあった。母は呆れながら、子どもの俺の面倒を見るのだった。
成長して15歳になった俺は父の仕事を手伝うようになった。
そして、ある日、父親が言った。
「おまえもそろそろ行ってみるか?」
俺は父が断罪見物に誘っているのだとすぐわかった。
それが俺の人生を大きく変えるとは、そのときは思いもしなかった。
※
断罪の熱狂はすさまじかった。前世では行ったことはなかったが、スポーツ観戦はきっとこんな感じなんだろうと思った。
王城前の広場に観衆が集まり、断罪台に罪人が立たされ、晒され、裁かれる。罪人の悪行が明かされ、観衆のヘイトが高まり、処罰が下されると爽快な気持ちになる。俺は安全なところから力いっぱいヤジを飛ばし、怒りが高まれば石を投げる。
この異世界でも、いや、前世でもここまでのカタルシスを感じたことはなかった。俺は父とともにどっぷり断罪見物にハマることになった。
裁かれるのは、貴族であり、高名な司祭であり、富豪の商人であり、罪状も公金横領、異端、暗殺など、多岐に渡った。
その日、父は朝から工房を閉めていた。
仕事でも見せないような、深刻で真剣な顔をしていた。
「父さん、どうしたの」
俺は不安になって尋ねた。
父は俺をまっすぐ見て言った。
「ユウマ、今日、かなり大きな断罪があるぞ」
※
俺は石袋を握りしめ、父とともに朝早くに王城前広場に到着したが、すでに断罪台の最前列付近には多くの人が集まっていた。
時間が経つにつれ、次々と人が集まり、広場は人で溢れかえった。
ここまでの大観衆が集まる断罪は、俺にとって初めてだった。
そしてついに断罪台上に主役たちが登場し、大歓声が上がった。
「おお、王太子レオンハルト殿下に、聖女セラフィナ様だ! なんと……国王フリードリヒ陛下までいるぞ。これはすごい」
父がいつも以上に興奮していた。
王太子や聖女はアイドルのような美男美女、国王も年輩ながら俳優のように整った容姿で、平民の鍛冶屋見習いの俺にはあまりに眩しい存在だった。
しかし俺の推しは若き宰相ジークフリート様だ。容姿端麗に加え、相手が誰であろうと物怖じせず、理路整然とした口上で悪人を問い詰め、すっぱりと断罪する。
俺はそれに合わせヤジを飛ばし、石を投げることで極上のカタルシスを覚えるのだ。
国王、王太子、聖女、そして宰相——この異世界でも主役級の人々が訴追側の席に座った。
そして、罪人として断罪台に立ったのは——
「あれは——公爵令嬢のクローデリア様ではないか……レオンハルト殿下の婚約者はずだが……いったい何をしたのだ……?」
公爵令嬢クローデリア——こちらもアイドルや俳優に負けないくらい美しい容姿だったが、性格に難のありそうな、勝ち気できつそうな顔をしていた。
王太子レオンハルトが席を立ち、クローデリアに向き合った。
「始まるぞ」
父の目が輝いた。いよいよだ。
「クローデリア・レーヴェンハイト、ここに婚約破棄を言い渡す!」
おお、婚約破棄からの入りか!
「そして国家反逆罪により、断罪する!」
国家反逆罪!? かなりの重罪だ。まさか死刑もありうるのでは!?
ところが、クローデリアは顔色ひとつ変えていない。
「言いがかりです。私は王国に楯突くようなことは何もしていません」
レオンハルトを睨みつけるクローデリアの顔に反省の色は微塵も見えない。見た目どおりきつい性格なんだろうな。
「この期に及んで否定するか! 王国の守護者たる聖女セラフィナを殺害しようとしたことははっきりしているんだ!」
その言葉を受けて、聖女セラフィナが怯えたように目を潤ませている……ように見える。
レオンハルトは勢いに任せて迫るだけで、いまいち説得力が感じられない。
「やっていません!」
クローデリアはきっぱりと否定した。レオンハルトの追及にキレがないとはいえ、聖女を殺害しようとしたのになぜこんなに強気で平然としているのだろうか。少しずつ俺のヘイトが高まっていくのを感じる。
そこに満を持して、宰相ジークフリートが席を立つ。
「クローデリア様、きちんとした調査の上で、あなたはこの断罪台に立たされているのです。公爵家の屋敷のあなたの私室から、聖女セラフィナ様の魔力反応が残る髪の毛を埋め込んだ、『藁人形』の呪具が見つかっています。聴き取りの結果、あなたがセラフィナ様を疎ましく思っていることもはっきりしています」
さすがジークフリート様だ。説得力が違う。
観衆がクローデリアの悪事を確信し、広場は非難の声で騒然としてきた。聖女様を殺害しようとするなんて、俺たち王国民全員を危険に晒すのと同じだ。
自分たちも被害者なのだと思うと、俺のヘイトも今までにない最高潮に達しようとしている。
と、そのとき目の前に何か文字が浮かんできた。
【スキル獲得:断罪の石投げ】【効果:悪人に必中】
【スキル獲得:断罪の罵声】【効果:悪人を的確に罵る】
スキル……そういえば転生するときに女神がスキルをつけるって言ってたな。完全に忘れていたが、このタイミングで今さらスキル獲得とは……最高か!
美しい女性に石を投げるのは憚られたが、これも世のため、ということで、俺は振りかぶった。
スキルの使い方はよくわからないがとりあえず発動することを念じながら……
「断罪の石投げ!」
俺の手を離れた小ぶりの石がきれいな放物線を描いて断罪台へと飛翔していく。
そして……聖女セラフィナの頭に命中した。セラフィナが頭を抱えて痛そうにする。
え? 悪人に必中じゃなかったの!?
このままでは俺にカタルシスも得られず、聖女様にも申し訳が立たない。
慌ててもう一投を試みる。
「断罪の石投げ!」
再び石は美しい曲線を描いて……セラフィナに命中。
何回投げても断罪している側の聖女に当たるんだけど。クソスキルじゃないか!
こうなればもう一つのスキルだ。
「断罪の罵声! 『偽聖女の陰謀を許すな!』」
は? スキル発動した途端、俺の口からまったく意図しない意味のわからない言葉が飛び出した。何を言っちゃっているの、俺?
周りもヤジを飛ばしているから聞こえていないよな……と思ったら聖女セラフィナが頭を抑えながら、怒りに満ちた目でこちらのほうを睨んでいる。アイドル顔が完全に般若顔になっていますよ!?
まさかスキルの効果で当人には俺のヤジが聞こえている?
するとジークフリートがセラフィナの異様な様子に気づいた。
「どうかされましたか、セラフィナ様?」
ジークフリートが尋ねると、セラフィナは無理やり表情を和らげようとして歪な笑顔になった。目が般若のままで怖かった。
「いえ、何でもございませんわ。あまりに観衆のヤジが口汚く、石まで投げてくるので、私を殺そうとした罪人とはいえ、クローデリア様もかわいそうだと思いまして」
「かわいそう? 憐れみよりは怒りの表情に見えましたが」
「私は聖女ですよ。怒りなんて感情は覚えませんわ。しつこいですわね、宰相様」
またセラフィナが苛立ち始めているように見えた。
ジークフリートはそこで少し考え込むようにした。
「では聞き方を変えましょう。観衆の『偽聖女』という言葉に反応されていませんでしたか?」
え? ジークフリート様も聞こえていたの?
「そんなわけがあるはずがないではありませんか!」
セラフィナが突然怒りに満ちた大声を出したので、観衆が静まり返った。
「やはり聞こえていたのですね。……実は私も気になることがありまして。聴き取り調査の中で、クローデリア様が聖女セラフィナ様を疎ましく思っていた理由というのが、聖女の素行に問題があったためだという声が多かったようなのです。クローデリア様、それは事実ですか?」
クローデリアは急な展開に戸惑いながらも答えた。
「はい……聖女はその治癒の能力を、王族や貴族しか使いません。辺境から連れられてきた重病の子どもを平然と見殺しにして死んでいくのを笑って見ていたとか」
即座にセラフィナは反論する。
「高貴な方の治癒を優先するのはあたりまえじゃないの。辺境の子どもが死んでいくのが王国に何の損害を与えるというの?」
おや……?
「その前に、ちょっと待ちなさい。これはクローデリアの断罪の場よ。なぜ私が責められないといけないのよ」
「これはとても重要なことなのです、聖女様。国家反逆罪となればクローデリア様の死罪は免れ得ません。冤罪は絶対に避けねばなりません。それにもし隠された別の重要な罪があるようでしたら、それも暴かれなければなりません」
「な、何を言っているの?」
「あなたに聖女としての人格に問題があることは先ほどはっきりしました。それから能力面についてですが、どうもあなたは軽いすり傷を治す程度しか実績がありません。もしや初歩的な魔法しか使えないのでは?」
「は? そんなわけないじゃない。私は高位の魔法が使えるから聖女になったのよ」
「ではあなたの使える最高位の魔法をここで見せていただけませんか?」
「いいわ」
セラフィナは自信満々だった。っていうか「人格に問題がある」ってところは流しちゃうんだ……
セラフィナが手をかざし、詠唱すると、たちまちその手から眩い光が放たれた。
観衆が「おおっ!」と歓声を上げる。
光が収まり、目が開けるようになって見ると、ドヤ顔をするセラフィナがそこにいた。
人格はともかく、実力は本物なのか……?
「ふむ、初級魔法の『閃光』ですな。明るいだけでそれ以外には何の効力もない。セラフィナ様に王国を守る聖女の資質がないことがはっきりした以上、少なくともクローデリア様に国家反逆罪は適用されません。逆に聖女の資質のない者が聖女を騙るのは王国民を欺し、安全を脅かす重大な虚偽罪です」
そのジークフリートの言葉にセラフィナの表情が再び般若に変わる。
「何ですって? あなたこそそんなんで宰相の資質なんてないじゃないの!」
セラフィナの言葉が虚しく響く。
対照的にクローデリアの表情が初めて少し安堵したようだった。
「ジークフリート様、ありがとうございます。ただ、私はセラフィナを殺害しようともしていません」
ジークフリートは頷く。
「はい、私は観衆のもう一つの言葉にも注目しています。偽聖女の『陰謀』という言葉です。おそらくセラフィナ様はこの言葉にも反応したと思われます」
「は? 『陰謀』って何よ!? 私がクローデリアを陥れたとでも言うの?」
「そこまでは言ってませんが……なるほど、そうだったのですね。
クローデリア様はどうやって藁人形を手に入れたのですか?」
「神官がやってきて、屋敷に勝手に送られてきたのです。気持ち悪かったので、捨てようと思っていたのですが、処分する暇もなくすぐに王国騎士がやってきて逮捕されてしまったのです」
クローデリアははっきりと淀みなく答えた。
「なるほど、それは裏を取りましょう。しかし、それが本当だとすると、タイミングが良すぎますね。不自然なほどだ。
ところで、王国騎士に逮捕を指示したのは、あなたですね——レオンハルト王太子。逮捕の判断はどういった経緯で?」
状況に追いついていけていなさそうなレオンハルトが急に話を振られて、狼狽える。
「それは……セラフィナが殺されかけたので、助けてくれと泣きついてきたからだ」
「なぜセラフィナ様の言葉を信用されたのです?」
「いや……それはセラフィナのことを愛していたから……」
「は? あんた、私という婚約者がいながら浮気していたの?」
クローデリアが恐ろしい形相でレオンハルトを睨む。怖っ。
「王太子ともなれば、側妃を持つのはあたりまえだろう」
レオンハルトは胸を張って答えた。うん、王太子もクズだったか。
「レオンハルト殿下の処分は後にするとして、重要なのは、藁人形が送られてきたのと、逮捕のタイミングを図っていたのが、セラフィナ様だったという事実です。少し穿った見方をすれば、セラフィナ様は意図的にレオンハルト様に近づき、婚約者のクローデリア様との仲を裂いて、王家との関係を作ろうとしていたとも見えますね」
「そんなの妄想よ! いい加減なこと言わないでさっさとクローデリアを死刑にしなさいよ」
すでにその場のざわめきの質は変わっていた。クローデリアへの非難は、確信のない罵声となり、今は疑念混じりの囁きに変わっていた。
俺は意を決した。
「断罪の罵声! 『偽聖女を追放しろ!』」
俺のこのスキルは本物だ。本当の悪人を炙り出すのだ。
俺のスキルに触発され、観衆が一斉にセラフィナを非難する声を上げた。
そのとき、セラフィナが何かごにょごにょと言い始めた。言い訳かと思ったら詠唱か。
「閃光!」
会場が強い光に包まれた。
観衆の目が塞がれる。
再び目を開けると、断罪台にセラフィナの姿はなかった。
「逃げたぞ!」
何人かの神官らが道を開け、遠くに広場から出ようとするセラフィナの姿が見えた。
今こそこのスキルを使うべき時だ。
「断罪の石投げ!」
俺の手を離れた石が、鋭い弾丸となって広場の出口のほうに飛んでいく。
遠くで「ぎゃっ!」と声がした。
※
セラフィナと逃亡を幇助しようとした神官らは王国騎士たちに連行されて去っていった。
断罪の後、俺もなぜか連行され、目の前には公爵令嬢クローデリアと宰相ジークフリートがいた。
「怖かった……」
そう言うクローデリアの手は震えていた。あんな勝ち気な感じだった公爵令嬢が、実は恐怖心を必死に抑えていたのか。
……推せる!
「本当にありがとう。あなたのおかげよ」
クローデリアが俺に抱きついてきた。
えらい展開になってしまった。
「危うく奸計に乗り、クローデリア様を冤罪としてしまうところでした。おそらくセラフィナ様も何かもっと大きな存在に操られていたような……そもそもなぜあのように資質のない女を聖教会が聖女と認定していたのか……何か大きな陰謀の存在を感じます。
ユウマと言いましたね、聞けばスキルで本当の悪人を見抜いたのだとか。ぜひこれからも王国のため、手を貸してください」
ジークフリート様が僕に向かって手を差し出してきた。
手……推しだから握手はしてほしいけど……
「いや、俺は安全なところからヤジと石を飛ばしたいだけなんで……」
「そうはいきません。宰相命令です。これからもお願いしますよ」
ジークフリート様が俺の右手を両手で握りしめた。まじですか……俺の社畜センサーが危険を知らせる。
社畜的なのは勘弁して!
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