日本が国ごと転移したのは、別の歴史を歩んだ1930年の世界だった、ここで列強に圧力を受けてるもう一つの日本を救う事になりそうです
「なんとまあ」
日本国民2000万人は同じ思いを抱いた。
「異世界転移か」
「しかも国ごと」
「嘘だろ」
誰もが信じがたいと思っていた。
しかし、事実なのを疑う事は出来なかった。
その日、2000万人に日本人の頭に声が響いた。
穏やかで、しかし芯のとおった男の声だった。
それは淡々とこれから起こることを伝えていった。
「日本は異世界に転移する」
その直後に日本は異世界に転移した。
わかりやすい兆候など何もなく。
大きな地震もなく、空の色が変わったわけでもなく。
しかし、決定的に大きな違いがあった。
近くにいた者達の多くが消えていた。
それが日本を転移させるにあたって省かれた者達であると。
日本を転移させた存在から伝え聞く事になる。
更に、海外にいた日本人も転移して異世界に共にやってきてると。
日本に縁のある者達だけが共に転移してきたのだ。
日本の物とみなされる物資や資源と共に。
また、海外に売却されたものは地球に残されてるという。
おかげで周りに人がいない。
なにせ1億人が消えたのだ。
大都市は閑散としてしまう。
運転手を失った自動車などが道のそこかしこに止まってる。
さすがにエンジンはきってあり、サイドブレーキもかかってる。
動く心配は無い。
これではさすがに信用しないわけにはいかない。
本当に異世界に転移したのかは分からないが、わかりやすい証拠がそこにあるのだから。
「となると」
誰もが転移と共に強いられた仕事に意識を向ける。
天照を名乗る男が告げた事。
それは実に困難な事だった。
「この世界の日本を救うのだ」
その声と共に2000万人の頭にこの世界の状況や情勢がもたらされた。
それを知った日本人のほとんどが、なすべき事の困難さに顔をしかめ、ため息を吐いた。
日本が転移したのは別の世界の地球である。
ただし、少しだけ違った歴史をたどっている。
その経緯は日本にとって理想的で。
しかし、それだからこそ世界は日本の敵に回っていく事になった。
そんなこの世界の日本を救う。
その為に日本は、地球にいた異世界に転移してきた。
この世界の日本の東側およそ200キロの場所に。
*****
手をこまねいていても仕方が無い。
転移した日本はこの世界の日本へと外交使節を派遣した。
地球に似た世界の、日本と同じような国。
それでも日本そのものではない。
なにせ名前からして少し違う。
この世界の日本はヒノモトという。
日本という文字を訓読みしたような国名だ。
このヒノモトは、同じようでいて全く違う存在である。
となると、もう歴とした外国としかいいようがない。
そのつもりで、僅かに残った国会議員による内閣は対処していった。
この外交交渉は思った以上に上手く進んでいった。
相手も神を名乗る存在から救いの手がやってくると告げられていたのだ。
半信半疑ではあったが、実際に東からやってきた使者の姿を見ては信じるしかない。
出向けたヒノモトの外交官達は、到着した外交使節団を国会へと招いていった。
外交交渉は円滑に進んだ。
事前に情報を共有していたのだから当然だ。
利害も一致している。
日本は食料や資源が欲しい。
ヒノモトは独立を守るための力が欲しい。
両者ともに欲しいものを提供できる。
そして、他に頼る物が居ないのも同じだった。
「上手くいかないものですね」
「まったくです。
まさか、このような事になるとは」
協力関係がまとまったところで、外交官達は互いの感想を漏らし合った。
「まさか、協調路線が火種になるとは」
「ままならないものです」
異世界の日本であるヒノモト。
この国が世界から敵視されるようになったのは、まさにこれが理由だった。
うかつに敵を作らず。
可能なかぎり協調をしていく。
だが、それは他国にとって危険で面倒な物事をもたらす事になった。
植民地や支配地の独立運動。
これまでのヒノモトの行動はこれを発生させていった。
当然、支配者たる宗主国にとっては好ましい事ではない。
しかも自主独立を求める勢力の多くはヒノモトになびいてる。
そうなれば諸君道の支配者たる列強国はヒノモトを敵視する
ではヒノモトが世界の独立運動をあおったのかというと。
そういうわけではない。
ただ、生き延びるための戦いと、その後の行動が植民地などの独立の機運を高めただけだ。
彼らは圧倒的な力の差を前にして、自主独立など夢のまた夢と思っていた。
しかし、その考えを打ち壊したのがヒノモトだった。
*****
ヒノモトは日本でありながら日本とは違った歴史を作ってきた国である。
その最初のきっかけは幕府時代にさかのぼる。
黒船来航をさかのぼる事100年前。
この時、出島を通して海外情勢を知った幕府は対策を講じていく。
海外への調査官の派遣から、商人の展開など。
社会の上と下の両方から世界を探っていった。
そして植民地支配の現実を知る。
これと同時に海外の科学や技術を取り入れていく。
内外の格差が大きくならないうちにと。
また、国内の統合を進めてもいった。
幕藩体制という、藩という独立国家を幕府がまとめる形。
これを幕府が全てを支配する中央集権体制へと変えていく。
当然各地の大名は反発……するかと思いきや。
借金やら何やらでしくはっくしていた大名家の大藩は喜んで権力放棄。
一部の強行派は輸入した新型銃と大砲で黙らせて完全に統合。
この時、天皇をいただいて権威付けもして国内統一を果たした。
天皇が再びヒノモトを統治するという形をとって。
ただし、公家などは排除した。
統治の邪魔として。
そして幕府あらためヒノモト新政府は思い知る。
輸入した銃器や大砲の威力を。
それとてもヨーロッパでは旧式であるという事実を。
ならば標準装備はどれだけなのか?
ヒノモト新政府、ならびに事情を知る者達は震え上がった。
「急いで国力を高めないと」
はからずも国内意思の統一がおこなわれる。
史実よりもはるかに早く富国強兵に臨んでいく事となった。
追いつけ追い越せと励んだ結果、ヒノモトは躍進し。
黒船がやってくる頃には、既に海外展開を考えるまでになった。
その目と手は南へ、台湾、さらにフィリピンへと向かった。
この島における独立運動を手助けする形で。
おかげでフィリピンは独立。
当初は外交と軍事をヒノモトがあずかる保護国として。
まずは政治体制と国内産業の発展に尽力する事になる。
間にある台湾は中継地として通り道となる。
太平洋側にヒノモト出資で港を作っていく。
ここを支配する清が、化外の地としてほぼ統治を放棄していたからだ。
ヒノモトが頑張らねば補給や休憩もままならない有様だった。
おかげでヒノモトは清に過度な期待をするのをやめた。
頼むに足らずと。
「これでは西洋列強に対抗できまい」
もっとも身近な大国への幾ばくかの希望は、統治領の台湾の姿を見て消え失せた。
ここからはほぼ歴史通りとなる。
フィリピンの発展を促しつつ、北に迫るロシア帝国との衝突。
そして清の煮え切らない態度。
朝鮮の扱いも含めて意見が衝突したヒノモトと清は開戦。
日清戦争となる。
この戦争に日本以上の勝利を手にしたヒノモトは史実以上の賠償金を手に入れる。
また、朝鮮の主権を手に入れる。
台湾も。
この2国は史実と違い、保護国として外交・軍事をヒノモトがあずかる事となった。
手にした賠償金は、参戦してくれたフィリピンにももたらされ、発展に寄与する。
独立を助け、発展に協力してくれるフィリピンは、今が恩を返すときとためらわず参戦。
日清戦争の勝利に大きく貢献した。
賠償金を分け合うのは当然だった。
これで朝鮮北部に布陣したヒノモトは、ロシアとの対決に至る。
日英同盟の後押しと、
今回もフィリピン軍は参戦。
これを見て見て保護国台湾も軍勢を派遣。
史実よりはるかに優勢な状況でヒノモトは大国ロシアとの戦いに突入し、勝利した。
ここで多大な出血をロシアに強いたヒノモトは、講和条約で史実以上に大きな要求を押し通す。
満州だけで無く、日本海とオホーツク海、ベーリング海峡の沿岸州、およびこの地域の内陸部を獲得。
さらに多額の賠償金を手に入れる。
史実以上に余裕をもって勝利をしたヒノモトは、かなり無茶と思える要求の全てをかなえた。
そして手に入れた領地にいる民族や国家を保護国としていく。
これまで通りに。
植民地なり併合なりすると面倒が起こる。
全てをヒノモトが支えねばならず、出費がとんでもない事になる。
統治のための人材も足りない。
それならば、現地の人間に自治をさせた方がよいだろうというのがヒノモトの考えだった。
ヒノモトとしては、手に入れた地域から得られる産物がヒノモトの市場に流れ込んでくればよい。
それ以上の欲はもってなかった。
それに、欧米列強の植民地や支配地の現地民の怨嗟の声を聞いている。
これを伝え聞いてるヒノモトは、他国支配の難しさと面倒さを嫌った。
ヒノモトのこうした姿勢は、辛亥革命にてより確固たるものとして世界にしめされる。
清が倒れ、中華民国建国。
これにより行き場を失った清皇帝を迎え、満州皇帝として復活させる。
「もともと満州は清の父祖の地。
ここに清皇帝が戻るのは当然のこと」
ヒノモトの宣言が世界を震わせた。
また、政治的にも経済的にも自立可能と判断されたフィリピンは、保護国から独立。
主権国家となった。
これとヒノモトは即座に国交を結び、軍事同盟も締結。
そして日露戦争の勝利とともに、戦略的に不要となった朝鮮の権利を放棄。
朝鮮は名実ともに独立国となった。
これが領土野心のない国としてヒノモトを示す事になる。
自然な流れとして、世界各地の独立運動家の注目を集めた。
ヒノモトならば独立といいつつ傀儡国家にする事はないだろうと。
この時点で植民地から奪ってる富で国を成り立たせてる欧米列強は危機感をもった。
だが、それはまだ小さな警戒心程度だった。
これを覆してしまうのは、次の大きな騒動を経てからになる。
第一次世界大戦だ。
この戦争にヒノモトはためらうことなく軍勢を派遣。
日英同盟に基づいたこの派兵は、壮大な規模になった。
なにせ海軍の半分。
陸軍も最大で10個師団にのぼる大規模なもの。
さらにフィリピン軍と、独立にむけての準備中の台湾軍も参戦。
まだ体制がろくに固まってない満州国も、わずかながら軍勢を派遣。
欧州大戦に乗り込んでいく事になる。
この大規模派遣が応手大戦は史実より短期間で終わらせる事に成功。
損失損害は、史実よりは小さなものとなった。
また、大戦において大胆な派兵を行ったヒノモトの発言力は大きなものとなった。
戦後の講和交渉においてもこれを発揮。
ドイツやオーストリアなど協商国側への要求を小さくおさえた。
敗戦国に求める賠償金は戦費程度に。
オーストリアも解体までいかず、各地の自治権の拡大強化や保護国化による連邦体制にとどめた。
ベルサイユ条約はこうして結ばれ、世界は対戦の損害からの復興を目指す事になる。
そして国際連盟が設立され、ヒノモトは理事国となる。
日英同盟をより強固にしながら。
なのだが。
この国際連盟においてヒノモトが提案し採択された条項が決定的な亀裂を生む。
人種平等条項である。
いかなる国や地域、人種であろうとも、人の命や尊厳、財産は等しく守られねばならない。
この条項が植民地を持つ列強各国を痛撃する。
同盟国であるイギリスも。
満州をはじめとした東ユーラシアに資本参加してるアメリカも。
この亀裂は次第に大きくなり、ヒノモトと列強各国との間に修復不能な断絶を生み出す。
ヒノモトとしては、段階を踏んだ穏健な自治州化。
あるいは、保護国として宗主国を中心とした連邦化を提案していくのであるが。
どのみち、植民地からの利益を失う事になる。
これを植民地を支配する宗主国たる列強が容認できるわけがなかった。
かくて各地の独立運動家の意見を聞きつつ。
調整にはげむヒノモトは、列強の強固な反対を前に四苦八苦していく。
これは独立を求める各勢力がヒノモトの庇護を求めたからでもある。
また、第一次世界大戦の終了と同時に台湾が独立。
満州国も清の人材を回収して再度の独立へと向かっている。
これらを見た列強は、ヒノモトが各地を解放、つまりは列強の権益を破壊すると見て取った。
かくて欧州大戦から10年を迎えようとする頃。
日本と日本周辺国や地域は、列強からの有形無形の圧力と妨害を受けるようになった。
この摩擦と緊張は、次なる戦争を予感させるに十分なものに成長していく。
*****
これが別の歴史を歩んだ異世界の1930年である。
大恐慌を迎えてブロック経済が始まり、世界各地が低迷と停滞を余儀なくされていた。
史実以上に広大な地域の権益を持つヒノモトだが、この状況はさすがにつらいものがあった。
それでも史実の日本よりはマシであったが。
ただ、経済的な落ち込みもさる事ながら、欧米列強の圧力はいかんともしがたい。
これをどうにかしたいというのがヒノモトの願いだった。
そんな時にヒノモトの神がお告げをもたらした。
「救いをもたらす。
別の道をたどった同胞が」
この声を聞いたヒノモトの民は、日本との出会う事になる。
話を聞いた日本も、これを放ってはおけなかった。
どこまで出来るかわからないが、出来るだけの事をしようと決意した。
さしあたっては、必要な食料や物資の確保。
これを輸入に、必要な物品や技術を伝える。
自国と交易をするという不思議な状態だ。
そして、ヒノモトが生き残るために何が必要かを考えていく事になる。
「まずはユーラシア大陸の資源。
これを、わかってる範囲で伝えよう」
最初はここから始まった。
この地域にも様々な資源がある。
これを採掘して、必要な物資を確保する。
日本とヒノモトにとって重要な事を進めていく。
さらに様々な資源の加工方法。
工作機械などを日本は輸出していく。
どんなに資源があっても、使えなくては意味が無い。
これを効率的に効果的に原材料に、部品に加工していく手段をもたらす。
とはいえ、日本だけで全てを提供できるわけもない。
人口が2000万人に減った日本である。
生産量はどうしても下がる。
なので、様々な機械の核心的な部分は日本が生産。
それ以外のヒノモトが作れるものはヒノモトが生産する。
この分担体制が作られていった。
ここで日本も極力資源を使わずに済むようにしていく。
2000万人になった日本は、以前ほど資源を消費せずに済む。
また、電力だけなら原子力発電所を稼働させるだけで済む。
これで電力の全て、そして石油やガスなどの化石燃料を電力におきかえていく。
これにより日本の電力化は進んだ。
食料などは自給率100%になるので、輸入の必要性は大幅に下がった。
それでも、日本国内では手に入らないものは輸入するしかないが。
これはヒノモトの権益が及ぶ範囲から十分に確保可能だ。
こうした適応をこなしながら、日本はヒノモトの社会基盤の向上をはかっていく。
まずは工業地帯の建設。
神奈川県から静岡県にかけての太平洋側沿岸部。
ここに大規模な工業地帯を建設する事から始まる。
ここに港を作り、石油や天然ガスなどの燃料を受け取る施設を作り。
工業用の発電所を作り、水を運ぶための運河を通す。
作業に日本から持ち込んだブルドーザーなどの作業用・建設用機械を持ち込んだ。
これにより工期を大幅に短縮した。
建設開始してから1年もすれば、最初の企業の誘致が可能となった。
また、この地域は舗装道路を敷き詰めていった。
都心部でも舗装道路が少ないご時世である。
大規模とはいえ工業地帯全てを舗装するという事に、ヒノモトの民は驚いた。
この道は東京と結ばれ事になる。
工業用の設備だけではない。
ここで働く者達用の設備も作られていく。
そのために、浄水場から下水処理場、電線にガス管などが建設されていった。
ゴミ処理場などもだ。
住居も日本基準での建設が行われる。
建材は事前加工して建築現場に持ち込まれ。
耐震性や耐火性なども日本基準で作られていった。
一戸建てやマンション・アパートは風呂とトイレが完備。
冷暖房も備えてる。
この居住環境にヒノモトの労働者は唖然とした。
「どこの御殿だ?」
誰もがこの言葉を漏らした。
この建設や建築にも日本からもたらされた工具が使われる。
電動ドリルに、電動のこぎり、その他様々な電動工具。
これらのおかげで作業効率は大幅に上昇。
各施設がかつてない早さで完成していった。
こうして建造された工業地帯は、最初に入った企業から活動を開始。
日本からもたらされる知識を元に、この世界で作れる様々な機械を作り出していく事になる。
工作機械だけではない。
事務作業も小さくて大きな変化が訪れる。
日本製の各文具によって。
単純な紙や鉛筆の質がこの時代とは違う。
なめらかな書き心地を提供してくれるこれらは、筆記の手間を大きく低下させた。
消しゴムも、格段の消去力をもたらす。
ファイルにバインダー、ルーズリーフにタグシール、ポストイット。
穴開けパンチにホチキス。
こういった小さな道具も、書類をまとめて整理する効率を格段に上昇させた。
というよりミスが大幅に減っていく事になる。
さらに内線電話が標準となり、社内・屋内限定ではあるが、伝達効率が上がった。
今までは伝令として人が走って叫び回らねばならなかったのにだ。
おまけに作業所には冷暖房完備。
工場内や屋外の労働者には扇風機付きの上着や、電熱服がもたらされる。
夏の暑さにも冬の寒さにも負けずに作業が出来る。
さらに工場の煙突には煤煙用のフィルターが。
これは空気を浄化するだけでなく、再利用かのうな資源の回収すらしていく。
これにより輸入資源を大幅に減らす事が出来るようになった。
それだけではない。
蒸発して消えていく水すらも回収する。
これにより、絶えず補給しなければならない水が減った。
水資源の節約にもなる。
工場で発する熱。
これを利用した発電も行われる。
同じく熱を放つゴミ処理場も。
こうした場所での発電が、発電所への負担を低減させていく。
さらに水の浄化はもとより。
下水の処理も進む。
おまけに下水から水素やメタンを回収しての発電すら行う。
工業地帯はこの時代ではあり得ないほど清潔で快適な環境を保っていった。
これらの技術は他の工場などにも用いられていく。
資源の回収、下水や煤煙の浄化。
これにより生活環境は大幅に改善。
病気が大幅に減っていった。
すなわち、体調不良による休業者が激減。
安定した生産が期待できるようになった。
こうして神奈川・静岡の協業地帯。
川岡工業地帯と呼ばれる地域は、ヒノモトと周辺国の産業中心地となっていく。
こうした工業地帯から、まずは日用品が作られていく。
軍需品をと求めるヒノモト政府であるが、日本は断固として拒否。
「まずは人々の日常生活を改善しないと」
「それに工場の工作機械も」
「でなければ軍需品もまともに作れない」
この意見にヒノモト側も納得するしかなかった。
実際、日用品の生産によって、ヒノモトの工業力が劇的に変わる。
日用品はどこででも求められる。
生産を継続出来る。
自然と労働者や職人の腕を上げる事になる。
毎日仕事があるのだから当然だ。
また、高性能な作業機械や工具は、様々な差漁港率を上げる。
こうしてできあがった高性能な道具を工場で使う事で、さらに生産性と品質を上げていける。
この恩恵は軍需品にも与えられる。
作業効率や工作精度が上がれば、軍需品の品質も上がる。
それは戦力の増強に直結する。
なにより、より高性能な兵器を作るための土台となる。
これを日用品を作り続ける事でヒノモトは手に入れていく。
まずは日用品。
この言葉の意味は、数年するとヒノモトに当たり前として受け入れられるようになる。
とはいえ、一足飛びにとはいかない。
確信部品だけ作ったとしても、とうていヒノモト全土に製品をいきわたらせる事は出来ない。
なので、段階的に様々なものを作っていく。
その一つが真空管による制御機器になる。
*****
工作機械の制御。
これを人間だけでなく制御機器を使って行う。
高度な職人がいなくても、一定の品質を出せるようにする。
このためにはどうしても電子制御が必要になる。
そこでちゅうもくされたのが真空管だ。
トランジスタなどは製造に手間がかかる。
少なくとも今のヒノモトには不可能。
だが、真空管なら問題なく作れる。
ならば、まずはここから作ろうという事になった。
設計図面は日本が作る。
もちろん、このための知識も教えていくが。
今すぐにも必要なものは日本が用意していく事になった。
こうして真空管制御器が作られ、工作機械に用いられていく。
効果は絶大で、真空管制御器を用いた工場の作業効率は数倍に跳ね上がった。
これが川岡協業地帯を始め、ヒノモト全国に広がっていく。
と同時にトランジスタの生産体制の構築も進められていく。
やはり確信部品は日本で製造。
それ以外は真空管制御器を手に入れたヒノモトが担当。
これによりかなりの短期間でトランジスタの量産が可能となった。
トランジスタが開発されれば、今度はこれを用いた制御器が作られていく。
真空管制御器は早くもお役御免となった。
だが、過渡期の重要な時期を支えたとして、真空管は不滅の地位を築き上げる。
トランジスタ制御器や電子機器が量産されると、ヒノモトの工業力は爆発した。
生産効率はさらに数倍。
真空管以前とは比べものにならない規模となる。
真空管より小型で頑丈で精度が高い。
この機器は川岡工業地帯からヒノモト各地に飛んでいく事になる。
こうしてヒノモトは大規模な工業地帯を手に入れた。
そして、工業地帯建設と平行して行われていた兵器開発の結果を作り出していく。
*****
この時期の日本は、97式中戦車や零戦を作り出していた頃だ。
これらは当然形を変えて誕生する事になる。
陸軍の97式中戦車は、全長・全幅・全高はほぼ同じ。
これは車体をヒノモトが作ったからであるが。
しかし、中身に詰め込まれる機器は全く違う。
エンジンは300馬力ディーゼルでパワーパック化。
出力が大幅に上がった。
車体は鋼板性だが、リベットを使わない溶接構造。
窓も防弾ガラスがはめ込まれ、密閉性が高まっている。
加えて、空調機により呼吸の困難はない。
座席や振動対策、騒音の低下により、車内環境は戦闘車両の常識を覆すものとなった。
使ってる砲は史実通り57ミリだが、これを長砲身化。
命中率と威力を上げる事となった。
さらに暗視装置に照準装置なども日本技術が使われたものになる。
夜間でも戦えて、攻撃を確実にあてられる。
通信機も日本の技術が使われたもの。
戦車同士、部隊同士での連携がとりやすくなっている。
防御力は、この世界の鋼板を使ってるのでそれなりだ。
しかし、この上に複合装甲を追加で取り付ける事が出来る。
厚さ30ミリ。
縦横30センチ。
この取り外し可能な複合装甲の装甲板は、この時代にあるまじき防御力を提供する。
重量は本来の97式より増加してしまった。
しかし、馬力のあるエンジンのおかげで速度は変わらない。
姿形も史実の97式中戦車とは変わった。
どちらかというと現代戦車に近いものとなっていた。
戦闘機も、まずは96式艦上戦闘機がつくられたのだが。
大きく発展した工業力をもとに、史実のゼロ戦に近い姿として誕生する。
100馬力級エンジンを搭載し、12・7ミリ機関銃を搭載。
風貌も密閉型になり、通信機や航法装置も格段によいものを搭載。
これが海軍だけでなく陸軍でも採用される。
これらが満州国を中心としたユーラシア東部にはびこる匪賊や馬賊退治に用いられていく。
陸軍は97式中戦車だけでなく、先に作られた95式軽戦車もあわせて投入した。
こちらは重量10トンで、日本製20ミリ機関砲搭載。
97式中戦車と同じ厚さ30ミリ・縦横30センチの追加複合装甲をまとうって駆け巡った。
200馬力のパワーパック化されたディーゼルエンジンは、小柄な体でユーラシア東部を駆け巡った。
これらと96式戦闘機によってユーラシア東部の不穏分子は掃討されていった。
また、モンゴル側に逃げ込む者も追い詰めていった。
このとき、決して万里の長城を超えないよう注意しながら。
ヒノモトにも日本にも中華民国と事を構える気はない。
中華人が心の国境線としてる万里の長城を超えれば、もうどうにもならなくなる。
これを意識して、活動はあくまで万里の長城の北側まで。
この地域から馬賊や匪賊を一掃するにつとめた。
こうしてユーラシアの北東部を駆け巡った戦闘機と戦車の姿に、列強はさらに警戒心を抱くようになる。
間近でみていた中華民国も。
これが後の戦争の原因になっていくが。
それでもヒノモトと周辺国は、不穏分子の一掃という一線を守り続けた。
この果てに、ヒノモトは次期戦闘機としてゼロ戦を開発。
史実での金星エンジン搭載の高馬力エンジンを持つ高速戦闘機が誕生した。
使われてる金星エンジンは、最初から史実における最高馬力を発揮して登場。
にも関わらず、エンジンは従来よりも小型化、排気量も低下。
高精度高品質な部品と、日本がもたらした知識や技術による最適化のおかげだ。
また、機体そのものは96式戦闘機と同じものを使っている。
こちらは史実のゼロ戦とほぼ同じような胴体なので、さほどもんだいはなかった。
ただ、胴体に比べてどうしてもエンジンは大きくなったが。
しかし、これは史実の五式戦闘機のようなものとして問題にはならなかった。
なによりも、最高時速600キロ以上の速度が文句を打ち消した。
速度優先なので、史実のゼロ戦ほどの格闘性や航続距離はなかったが。
それでも、他国の戦闘機に比べれば軽快で、2000キロを超える航続距離は確保した。
陸と空において、ヒノモトは敵を寄せ付けない強さを手に入れた。
これを危険視する列強各国の避難は相次いだが、具体的な対応をするものはいなかった。
まかり間違っても戦争にならないよう、各国は慎重になるしかなかった。
*****
海軍も改善と更新が進んでる。
通信機にレーダー・ソナーと探知能力の上昇。
これにより、砲撃能力だけでもこの世界で群を抜くものとなった。
さらに日本が提供する76ミリ砲を搭載し。
レーダーやソナーも日本製。
対空機銃として20ミリCIWSと、対空ミサイルランチャーを。
魚雷の代わりに対艦ミサイルを。
爆雷の代わりに対潜魚雷を。
さらにCICや航法装置なども日本製で固めた実験艦が作られた。
吹雪級駆逐艦である。
史実の日本と違い、ヒノモト海軍の規模は小さい。
旧日本海軍の半分といったところである。
フィリピンからオホーツク海を基本的な活動範囲とするから、これで十分ではある。
その分、艦艇1隻あたりの能力を高める事に余念が無い。
吹雪級はそのあらわれだった。
シフト配置された4つのディーゼルエンジンは、吹雪に高速と生存性を与えた。
大幅に自動化された事で、本来の半分以下の人数での操縦を可能としている。
それでいて戦闘力はこの世界のどの艦艇でもかなわないほど強力。
これ1隻で戦艦とも戦えるバケモノとなった。
戦闘力だけではない。
どうしても無視されがちな居住性も明らかに改善されている。
搭乗人数が減った事で、一人あたりの居住空間が大きくなっている。
食堂は使いやすく、トイレも生活。
休憩室も確保されている。
今までの海軍艦艇に乗っていた乗員達は、
「客船か?」
と漏らした。
船体そのものはヒノモト製なので、日本製に比べればどうしても劣る部分は出てくる。
しかし、この世界であれば、十分に最強と言える。
この他の戦艦をはじめとした既存艦艇も改修と改良が加えられていく。
通信機やレーダー、ソナー、航法装置といった比較的簡単なところから。
20ミリCIWSなど、割と簡単に搭載できる兵器の搭載。
整備でドック入りした艦艇は、まずこうした改装を施されていく。
これだけで、この世界の大半の艦艇と互角以上に戦えるようになる。
一部の艦艇は、船体の背中を開き、エンジンの積み替えなども行っていく。
また、対艦ミサイルや対空ミサイル、対潜魚雷などもつみこんでいく。
外見はそのままに、内部が大幅に変わった艦艇は、この世界ではあり得ない戦闘力を獲得していく事になる。
また、空母鳳翔も最初から1万トンを超える大きさで建造。
空母の運用経験を手に入れるために用いられる、その後は空母搭乗員の育成。
空母艦載機の発着訓練などに用いられる訓練間として活躍する。
戦時にはヘリコプター空母としての働くための機能も盛り込まれている。
この鳳翔と、日本が持っていた戦訓から、ヒノモト海軍の空母が作られていく。
必要な機能を備えた、必要にして十分な能力を持つ空母が。
これらがヒノモト海軍機動部隊として海上の制空権を手に入れる原動力となっていく。
こうした艦艇はヒノモトだけでなく、ヒノモトと友好・同盟各国にも配備されていく。
国力や予算の都合で、軽巡洋艦が限界にはなるが。
それも、レーダーやソナー、通信機に航法装置だけが新しい第二次世界大戦頃の艦艇になる。
ミサイルなどはさすがに搭載されない。
しかし、各国海軍は一斉に高い戦闘力を獲得していく事になる。
同じ規模の海軍と戦えば、まず負ける事がないくらいには。
海軍だけではない。
戦車も戦闘機も日本とヒノモトから提供されたものを配備していく。
それだけで列強各国は、軍隊による制圧を諦めるしかなくなっていく。
戦わずして勝つ。
圧倒的な戦力により戦争を断念させる。
それが可能となっていく。
だが、日本もヒノモトも決して楽観はしなかった。
「何をしてくるかわからないからなあ」
警戒はどれだけしても無駄にならない。
それが国際政治というもの。
まして、より強力になったヒノモトを見て、世界各地の独立勢力がヒノモトに接近していく。
列強にとっては、これほど頭の痛い問題は無い。
「ヒノモトを叩き潰さないかぎり、足下の火種は消えない」
この事態が、列強に強攻策を決断させる動機になっていく。
*****
とはいえヒノモトが離反を促してるというわけではない。
「いきなりは無理だから、まずは自治州から初めてはどうか」
このような穏当なところから促している。
「たとえ独立しても、経済的に立ちゆかない。
それに、経済的にうまくいっても、政治的に独立を保つのも難しい。
自分たちで統治する経験がまずは必要だ」
このため、自治州として宗主国の一部として活動する事をすすめてる。
「各宗主国も、こうした地域の気持ちをくんで、一度いくらかの自治を認めてはどうか」
こういった余計なお世話もついてくる。
言ってる事はごもっともだが、それが出来ないのが宗主国である。
自治から分離独立まで爆発暴走されてはたまらないというのが本音だ。
ただ、こうした宗主国の主張が正しいかというとそうでもない。
植民地統治や維持のための出費も馬鹿にならない。
下手すると赤字になりかねない場合もある。
たとえ資源や産物を得る事が出来ても、出費が上回れば意味が無い。
なので、自治州化というのはそう悪くない方法ではあった。
これらが離反しなければ。
しかし、ここでこれまでの積み重ねが出てくる。
統治が穏当で平穏だったならば、離反する地域も属国も出てこなかっただろう。
だが、苛烈な植民地統治である。
宗主国から離れたいと考える者が大半だ。
例外は、宗主国にこびへつらって、自国民から収奪してきた支配者や有力者である。
有力者には、商人やヤクザなども政治権力とおは別の利権を持つ者も含まれる。
こういった者達が分離独立を嫌い、植民地のままでいようとする。
おかげで植民地では、同じ民族、同じ国民で争い合う事にもなっている。
こんな状況で自治州化しても、離反を求める声が消えるわけもない。
穏当に解決するならヒノモトの言うとおりにした砲がよいにしてもだ。
その穏当は、結局は植民地喪失になる。
おかげで植民地をもつ列強の宗主国は各地の自治を認める事も出来ず。
さりとて植民地経営の維持費にも悩まされ。
にっちもさっちもいかなくなっていた。
こんな状況にたえかね、いっそヒノモトを叩き潰してしまえという気持ちも膨らんでいく。
これを最初に仕掛けてきたのはロシアだった。
ウラル山脈の東側の各地でおこる独立運動。
これらの震源地がヒノモトである。
ましてロシア領土(というのも厳密に考えると問題が出てくるだろうが)の東端はヒノモトに奪われている。
あろう事か、この地域のほとんどは独立、ないしは独立に向けた準備中。
これにいまだロシア領である各地域が追随するのは当然。
各地の独立運動は確かに活気づき、ヒノモトと協調しようとしている。
ましてロシアは相当な痛手をこうむっている。
日露戦争による賠償金と領土喪失。
これによってロシア帝国の国力と財政は大きな痛手を受けた。
この頃から反乱勢力は活気づいている。
特に共産主義者などが。
第一次世界大戦の負担が、ロシア帝国にさらに大きな負担を残した。
皮肉な事に、ヒノモトの参戦のおかげでロシアは延命する事が出来た。
史実では、この第一次世界大戦の負担のせいで、ロシア国内での反乱や反発は増加。
ロシア革命に至る事になる。
こうした事がこの世界のロシアには起こってない。
しかし、日露戦争の痛手は大きく、第一次世界大戦の負担も解消出来てない。
国内の共産主義者はシベリアに追放してるが、追い出した先でさらに活発に布教活動にはげんでる。
このままではロシアは潰えてしまう。
そんなところで朗報が入った。
共産主義者がヒノモトの勢力圏の北東ユーラシアに入った。
この反乱分子討伐を理由に、ロシアは軍勢を進める事とした。
もちろん、そのままヒノモトの勢力圏に向けて侵攻するつもりで。
この目的のため、ロシア軍の動きは実にゆっくりと慎重なものとなった。
共産主義者を東に追い出すために。
そしてこれらがヒノモトの勢力圏に入ったところで、一気に国境を超える。
大雑把で杜撰な作戦である。
だが、よくあるマッチポンプの手法だ。
これをロシアは使ってヒノモト勢力圏に攻め込んだ。
「よーやるよ」
そんなロシアの動きを上空からの偵察で見ていたヒノモト空軍偵察隊は呆れて見ていた。
96式艦上戦闘機から枝分かれして開発された軽戦闘機に乗って。
史実と違って早期に空軍が発足していたヒノモト。
陸軍航空隊を母体としたこの戦闘機集団は、海軍機とのある程度は共通していた。
偵察に出ていた96式戦闘機を元にした航空機もそれだ。
1式戦闘機、隼。
1000馬力級のエンジンを持つ、比較的軽量の戦闘機だ。
これの2人乗り用の訓練機を改造して作った偵察機が、平原を走るロシア戦車隊を撮影していた。。
後部座席に座る撮影手による日本製一眼レフによって。
操縦手が機体を傾けてカメラで撮影しやすくして。
カラー写真用のフィルムに被写体が撮影されていく。
写真を撮り終えると、偵察機は基地へと戻る。
後部座席では撮影手が基地へと通信を送っていく。
「敵戦車発見。
位置は────」
手にした情報を伝え、偵察機は急いで撤退していく。
発見された敵に対して、満州国とヒノモトは即座に対応していく。
満州国は周辺各国・各地域の政府・自治体に非常事態を告げ、防戦体制を促す。
同時に軍勢を繰り出して、迫る軍勢に対処していく。
駐留していたヒノモト軍も同時に動く。
主力は満州軍になるが、ヒノモトとてそれなりの兵力を駐留させている。
最悪の事態にそなえて。
そんな事が起こらないよう願っていたのだが。
両軍の最初の衝突は空において行われた。
さらに言うならばそれ以前の段階で。
「敵軍、レーダーにとらえた」
ユーラシアの空の上。
二つのエンジンでプロペラをまわした二つの翼を持つ比較的小型の飛行機。
背中にレーダーを背負った、この世界ではありえない機体。
99式早期警戒管制機は、レーダーで敵戦闘機の群れをとらえていた。
空母運用をするために複葉機となった全長14メートルの飛行機。
これは空を飛びながら敵の姿を発見し、通信機の届く範囲にいる味方に指示を出していく。
通信を受けた戦闘航空隊は、真っ正面から。
そして左右に分かれて敵空軍を囲んでいく。
この警戒管制機による誘導で、ロシア空軍は初戦の優位を失った。
前から、横から、上から、次々と満州空軍とヒノモト空軍が襲ってくる。
数においては勝るロシア空軍だが、姿を先に見つけられて不利を強いられる。
最初に敵を攻撃されてかなりの損害を出してしまう。
おまけに、機体の性能差が大きすぎる。
既に時速600キロに達してる戦闘機に対して、ロシアの戦闘機はようやく500キロが出せるかどうか。
この世界において、100キロの速度差はあまりにも大きい。
かき集めた200機のロシア戦闘機隊は、併せて50機の満州・ヒノモト空軍に撃墜された。
ロシア側は、どうにか130機が撤退。
満州・ヒノモトの損害は0。
圧倒的な勝利となった。
地上戦でも同様。
ロシアの戦車はこの時期、まだ発展途上。
馬力は足らず、装甲は薄く、砲の威力は低い。
相手が人間や装甲を持たない車両ならともかく、装甲を持つ戦闘車両と戦うのは不利。
対する満州が、そしてヒノモトが配備する戦車は対戦車戦闘を目的としたもの。
速度、装甲、砲撃においてロシアを上回る。
また、通信を使った連携も行える。
大小様々な800に及ぶロシア戦車隊は、総数200の満州・ヒノモト戦車隊に撃破されていく。
同時に進行した歩兵や野砲も壊滅していく。
歩兵は戦車に蹂躙されるのはもとより。
さらにトラックに牽引された大型迫撃砲や、自走化された迫撃砲によって砲撃される。
場所によっては、牽引野砲の火力で粉砕される。
この世界の95式軽戦車を使った自走迫撃砲。
砲塔をとっぱらい、迫撃砲を据えただけのものではあるが。
それでも、戦車とともに移動して、長距離砲撃を加えられるのは大きな強みだ。
また、日本が提供した4トントラックや、技術支援を受けてヒノモトが製造したトラック。
これらが大型野砲や大型迫撃砲を牽引し、砲兵陣地を迅速に展開する。
その早さに、装甲化されてない部隊は次々に粉砕されていく。
歩兵同士の戦闘においても、満州・ヒノモト軍はロシアを圧倒する。
これらが4トントラックなどで高速展開するのは当然として。
さらに軽トラックによる少人数の分散展開が歩兵を追い詰めていく。
小型だからどんな地形でも走る事が出来て、数人の歩兵なら簡単に乗せる事が出来る。
しかも荷台には予備の弾薬や食料、迫撃砲などの大型の武器も乗せる事が出来る。
こんなものに追いかけ回されては、足での移動しか出来ない歩兵が勝てるわけがない。
しかも歩兵が装備してる武器もちょっとした改善がなされている。
基本的には38式歩兵銃なのだが。
この銃床を現代のフレーム、銃床型の台座に置き換えてる。
アルミなどの軽量金属で作られたフレームは軽く、射撃の反動を吸収出来るようになってる。
このため、射撃精度が高くなる。
また、ドットサイトや低倍率狙撃鏡なども装着可能。
これにより、比較的近距離の狙いがつけやすくなる。
命中率は通常の歩兵銃を使う兵士とは比べものにならない。
そして、弾倉は着脱可能な10連装の箱形弾倉になってる。
1発ずつ手込めをせねばならないこれまでと違い、弾倉を交換するだけで次の弾丸を込められる。
これだけで連射能力が格段に上がる。
加えて個人用装備として。
暗視装置によって夜でも戦えるようになり。
防弾チョッキのおかげで負傷を軽減出来る。
傷も日本が提供した応急治療セットで、ある程度の治療は出来る。
当然ながら通信機も装備。
日本では市販品のトランシーバーだが、この世界の歩兵装備としては破格の性能を持つ。
戦闘に関わる部分だけでもこれだけの違いがある。
同じ数で戦えば、敵の損害が一方的に増える事になる。
こうした戦闘力の違いにより、攻め込んだロシア軍は全滅というほどの損害を受ける事になった。
それも軍事的な意味での全滅ではない。
通常、軍隊は10~20パーセントも兵士が死ねば戦闘能力を失うとされる。
これが大抵の場合の全滅となるのだが。
満州とヒノモト軍が発生させた全滅はそうではない。
敵の軍勢の70パーセント以上が死滅している。
よくても50パーセントの損害を受けている。
文字通りこれだけの数の軍勢が消滅したのだ。
それでもなんとか逃げ出した兵士はいる。
しかし、ロシア軍はこの損失を回復するのに多大な年月と資本を投入せねばならなくなった。
史実であればノモンハンの戦いと同じであろう戦闘。
しかしその結果は、満州・ヒノモトの圧勝。
侵攻したロシア軍部隊の消滅という結果に終わった。
なお、この戦闘は実際の戦いだけで決したのではない。
むしろそれ以外の部分における差が勝敗を決める要素となった。
*****
日本が提供したのは兵器だけではない。
むしろ、兵器はついでというかオマケ。
主に供給されたのは日用品の方になる。
これは、即座に提供できる武器や兵器が日本になかった事。
また、戦闘用の兵器以外の改善が急務だった事による。
具体的にいうとキャンプ用品。
現代日本のこれらによる、野外活動能力の上昇。
これがまず必要だった。
当時の軍隊に、水の浄水器はない。
食料の保存技術は無い。
治療用の器具や機器、薬品もこころもとない。
テントなどの野外生活用品は重くてかさばる。
やむなき事であるが、現代に比べれば明らかに劣る状態だった。
なので、まずはここの改善のためにキャンプ用品を配った。
現代のキャンプ用品は、1930年の世界では魔法の道具だ。
テントは軽く、張りやすい。
寝袋は暖かく寝心地がよい。
調理器具なども折りたたみできて使いやすい。
ストーブすらも小型軽量で持ち運びが簡単。
これらを持ち込むだけで、野外生活が格段に快適になる。
さらに水を浄水出来るから伝染病になる心配がない。
屋外用のトイレもあるから排泄物の処理も簡単。
トイレットペーパーだけとっても、これがあればかなり衛生的になる。
マッチやライターで火をつければ火種になってくれる。
さらに持ち運び可能な電源。
発動機型のものでも、手提げ程度の大きさの小型のものでも、野外で電気が使えるようにしてくれる。
補助として太陽電池を使えば、わずかながら充電もしてくれる。
もっと単純なところでは懐中電灯。
LEDを使った長さ10センチ程度、直径2センチもあるかどうかの小型の電灯。
それでいて長時間使えて、この時代の懐中電灯よりも明るい。
何よりも落としても電球が壊れたりしない。
水筒も温度を長時間にわたって一定に保ってくれる。
しかも軽い。
食料も簡単なものならプロテインバー。
少しこったものでも、レトルト食品。
これで簡単に栄養補給や食事ができるようになった。
少人数で活動してる時は、これらが主になる。
寒冷地や冬場ならば、カイロに湯たんぽが効果的。
即座に使える使い捨てカイロは、便利な簡易暖房として。
樹脂製の湯たんぽは、これまた手軽な暖房器具になる。
オマケに中の水を飲用以外で使えば再利用も可能。
大型の移動設備としては、自衛隊で使ってる野外調理用の車両。
風呂の設置。
トラックを改造した手術車や指揮車。
これらは部隊単位での野外活動能力を大きく底上げした。
これらによって、戦闘以外での損耗がほぼ無くなった。
以前は伝染病や疲労からの衰退が大きく、長期間の野外活動は不可能だった。
しかし、日本が提供したキャンプ用品に便利な日用品。
自衛隊で使うような野外活動車両など。
これらによって戦闘以外での損耗や消耗がなくなった。
今までは、100人の兵隊がいれば、野外生活を続けるなかでこれが半分になる事もあった。
しかし、今は100人中の100人ほぼ全員が健康を保つ事が出来る。
これだけでも大きな違いが出てくる。
これらがロシア軍の前に展開していた。
長期間の野外滞在をものともせず、最善の状態で戦える軍隊が。
装備を一新して、今まで以上の機動力と攻撃力を持った軍隊が。
先に見つけて先に攻撃できる有利さで戦うのだ。
ロシア軍が勝てる見込みはない。
部分的にはロシアが優勢、勝利をおさめる場面もある。
だが、それは例外といえる一部だ。
例外は標準にはならない。
かくて大部分の部隊を失い、ロシアは配送する。
ウラル山脈の西側に。
対して満州・ヒノモト、そして北東ユーラシアの各国・各地域の軍勢は進む。
ウラル山脈の東側を制圧しながら。
そのまま各地の独立自立を促していく。
これに対してロシアは2回目、3回目の軍勢を繰り出す。
しかし、無駄に損害を増やし、やがて何もしなくなった。
膨大な戦費と損害。
何より大量の戦死者。
これらがロシアの戦争継続能力を奪った。
いつしかロシアとヒノモトの間で起こった戦いは、自然に潰えていく事になる。
国際法上は戦争継続となっているが。
実態としては停戦や休戦に近い。
あるいは終戦。
いずれにせよ、戦争を続けるだけの国家としての体力をロシアは失い。
ヒノモト側もウラル山脈の東側を解放してこの戦いはうやむやのうちに消えていった。
この戦いは、後にこう呼ばれる。
第二次日露戦争と。
*****
「なんとも……」
「いやはや……」
日本とヒノモトの代表者は、そろって腕を組み、しかめっ面をしていった。
彼らの前にはユーラシア大陸の地図と、そこに書き込まれた戦況がおかれている。
「これは、なんとも……」
「どうしたものか……」
戦況はヒノモト側の優勢。
ウラル山脈の東側はほぼ制圧。
各地の独立を臨む勢力がここぞとばかりに独立を宣言していっている。
それ自体は喜ばしい。
しかしだ。
「誰が支援をするんだ?」
「考えたくもないですね」
現実にこれからを考えると頭が痛くなる。
ロシアによる侵攻で始まった戦闘は、なんだかなんだで半年ほど続き。
その間にヒノモト側の軍勢は西へ西へと進んでいった。
その進軍速度は常軌を逸しており、ヒノモト側も驚くほどだった。
そして、ロシア軍が追い出され、残った地域は独立を求める者があふれる。
予想通りである。
だが、誰がこれらを支援していくのか?
ヒノモトも日本も出来ればこれらを救ってやりたい。
彼らに自治独立をしてもらいたい。
そして責任を背負っていってもらいたいとは思う。
だがそれが出来るまでどれだけの年月がかかるのか。
誰が自立と独立が可能になるまで世話をするのか。
それが出来るのは、当然ながらヒノモトとこの周辺国しかない。
その為の出費と手間を考えると頭が痛くなる。
もちろん、ヒノモトも日本も手助けは最低限。
基本的には自分でやれという考えだ。
おんぶに抱っこなど許すつもりはない。
各国各地域の独立運動の代表者にも伝えている。
勉強のためにフィリピンや台湾、満州などを見学してもらい、独立の難しさを伝えてる。
それでもだ。
誰かの支配などうんざり。
収奪される世界などこりごり。
そんな者達が独立を求めている。
それはそうだろうと思うのだが。
「まあ、ここは厳しく対応するしかないですね」
「全く」
希望は受け入れる。
だが、甘やかしはしない。
そんな気持ちを確認して、日本とヒノモトの関係者はため息を吐く。
こんな会話が日本とヒノモト、そしてこれらの関係各国・各地域で行われる。
ヒノモト・満州の両国が進軍した地域。
これらの独立は祝ってやりたい。
しかしそれは、独立に必要な努力をした場合だけ。
実際に独立にあたって大変な苦労をした各国は、これが生やさしい道でない事を理解してる。
だから、たんに独立したいというだけの考えには厳しい目を向けている。
だが、ロシアが撤退した空白地帯を放置も出来ない。
統治とはいわなくても、ある程度の世話も必要だ。
この地域の産物や資源を得るためには。
このため、日本とヒノモト、そして関係各国は動いていく事になる。
最低限のインフラをととのえ、各地の自治が出来るように必要な事を伝えていく。
そのために人も物も必要だが、どちらも圧倒的に足りない。
熱意だけではどうにもならない現実がある。
だが、この現実と向かい合う者達も確かにいる。
これらが空白地帯となった場所の代表者として各地域をまとめ上げていく。
実際に自治が出来るようになるま10年20年という歳月必要になる。
独立となると数十年はかかるだろうか。
それでも、ウラル山脈に東側は確かに解放された。
これがよりよい結果になるよう、あとは誰もが励むしかない。
だが、この地域の、ロシアの敗退が列強各国の警戒心を危機感に変えた。
圧倒的だったヒノモトの兵器と軍隊。
これが自分たちに向かってきたらどうなる?
そう考えた列強各国は、なりふり構わぬ行動に出ていく事となる。
中華民国と朝鮮による満州国への侵攻。
シナ事変と呼ばれる国境紛争。
あるいは国境戦争の始まりとなった。
*****
1938年に終わって始まった第二次日露戦争。
この経過を見ていた列強各国は、中華民国へと接近していく。
彼らに武器を渡し、武装を強化してヒノモトと戦わせるために。
史実における援蒋ルート。
この世界でこの武器提供は、このように始まった。
この動きをヒノモトと日本はタイからの便りで知る事となる。
東南アジアにおける唯一の独立国。
この国はフィリピン独立の頃からヒノモトとの接触をはかり、以来長きにわたる協力関係にある。
日清・日露戦争でも少数ながら参戦。
第一次世界大戦でも、ヒノモトに協調して軍の派遣を行っていた。
また、日本製兵器を輸入して、防衛力の強化も行っている。
そんなタイは東南アジアにおける動きを察知するとヒノモトに即座に連絡。
植民地を通しての中華民国への援助を告げた。
これを聞いて日本とヒノモトはうんざりした。
それが決して良いことではないと思って。
実際、ほどなくして行われた中華民国による各軍閥の制圧。
そして、一つにまとまった中国としての宣戦布告。
ヒノモトを直接名指しはせずに、満州国に向けての侵攻。
ここにヒノモト勢力と中華民国の戦争が始まった。
これに対してヒノモトと満州国は防戦に徹する。
国境地帯に陣地を構築し、中華民国を撃退する構えをとる。
なにせ相手は多大な人口と広大な国土を持つ国。
まともに戦ったら命と資源と労力と時間を無駄にする。
ならば、ただひたすら攻め込んでくるのを迎え撃つ。
これはこれでシンドイが、相手に攻め込んで延々と広大な地域を巡るよりはマシである。
そもそもとしてヒノモト側に中華民国をあいてにしてる余裕がない。
空白地帯となったウラル山脈の東側をどうにかせねばならない。
なので、攻め込んで消耗するのを避けて、やってきたのを撃退する事に専念した。
また、中華民国と戦争をしてもどうにもならない。
敵は内陸アジア・インド・東南アジアから無限に物資を供給する。
これを断ち切らなければ戦争は終わらない。
となれば、目指すのは中華民国ではない。
「東南アジア。
ここを制圧しないと」
政治の場で、軍事の戦略の場で、経済の場で。
その他、あらゆる場所で結論が出た。
敵の補給線を断ち切る。
これ以外に戦争を終わらせる方法はないと。
ヒノモト、および関係各国は東南アジア平定のために軍事行動を開始。
中華民国を使った代理戦争を終わらせるために、ヨーロッパ方面からの補給路を閉ざしにかかる。
1941年12月8日の事である。
*****
ヒノモト側の動きは、まず中華民国と朝鮮の港湾施設の破壊から始まった。
規模は小さいが、これらの海軍が出撃したら海上輸送の邪魔になるかだ。
これらには、本来ならば満州国が担うものである。
だが、ウラル山脈の東側であるユーラシア東部の平定の中心となってる。
しかも、陸上において中華民国の侵攻を受けている。
とても海まで押さえ込む余裕がない。
なのでヒノモト海軍でこれらの港湾を破壊する事となった。
このためにヒノモト海軍空部部隊とヒノモト空軍爆撃隊が出撃した。
これらは、ろくな空軍をもたない朝鮮、そして中華民国の港湾を破壊。
爆撃により重要施設の多くが破壊された。
また、空港への爆撃・破壊も行い、海と空への行動を封じた。
これと同時に台湾・フィリピン・タイの軍も動き出す。
これらは国境線の防衛を基本としつつ、海軍により回路の制圧・確保にのりだした。
これらのほとんどは軽巡洋艦や軽空母が保有する最強戦力である。
戦闘力そのものは列強に比べれば心許ない。
だが、いずれも日本が提供した技術で作られた艦艇である。
実際の戦闘力はこの世界の同種の艦艇をはるかに上回る。
これらにより、台湾は中華民国海軍を押さえ込み。
フィリピンはベトナム沖からインドネシアの入り口、オーストラリア方面を押さえ込み。
タイはベトナムからカンボジア、インド洋に抜ける回路を確保する。
当然、フランス・オランダ・イギリスも動き出す。
この地域に植民地を持つ各国は、陸に、海に、空に繰り出してくる。
出来ればヒノモトが出てくるまでに、現地の各国軍を殲滅しようと。
しかし、アジア各国の軍勢は日本とヒノモトによって強化されている。
攻め込むならともかく、防衛だけなら同等以上の敵と互角以上に渡り合える。
空では各国が配備する1式戦闘機隼が列強国軍の戦闘機と戦っていく。
そこには複葉機の早期警戒管制機が後ろに控え、列強空軍の動向を把握していく。
これによりヒノモト周辺国の空軍は優勢を確保しながら戦っていける。
加えて、ヒノモトから供給された対空ミサイルがあった。
これは日本の歩兵用携帯対空ミサイルを改造したものだ。
胴体を100センチ延長して燃料を増加、射程を延長してある。
これにより最大15キロの飛距離を獲得している。
これを各国の隼戦闘機は2発携帯し、空を飛んでいる。
これを使う事で、列強の戦闘機は次々に撃墜されていく。
海においても同じだ。
植民地に駐留する列強海軍は、次々に対艦ミサイルをたたき込まれていった。
レーダーで発見されたが最後、決して逃げる事は出来ない。
これまたヒノモトから供給され、遠慮無く使うように言われている。
海の中も同じだ。
日本の様々な機器を積み込まれた呂号潜水艦。
1000トン程度の小型のこの潜水艦は、中身をほとんど日本のものに置き換えられていた。
エンジンも電池も日本製。
探知機も日本製。
魚雷も日本製。
その他あらゆるものが日本製。
形も、いわゆる涙滴型。
この世界の潜水艦では当たり前にある艦載砲も撤去している。
おかげで性能はこの世界の潜水艦を凌駕する。
放つ音は小さく、この世界の探知機で検出するのは不可能。
海に潜れる時間は長く、戦闘においてはほぼ浮上する必要がない。
攻撃は射程の長い誘導魚雷。
潜れる深さこそ、この世界の標準である70~80メートルほど。
だが、この深さを保って進むことが出来る。
敵はこの海の中に潜む敵に一方的に攻撃されて撃沈されていく。
陸戦においてもいわずもがな。
この地域に配備されてる戦車や野砲では、97式中戦車を撃破出来ない。
それどころか、一方的に撃破される。
細い場所や地盤がゆるいところは、95式検車が進む。
これの搭載する20ミリ機関砲は、戦車以外の車両なら簡単に撃破できる。
歩兵も戦闘力が基本的に違う。
野外でも長期間滞在できる兵士達は、熱帯の密林の中で植民地の軍隊を撃破し続ける。
東南アジア各国の軍隊は、国境と海路の確保に尽力する。
その外に出ようとしない。
しかし、そうする事でヒノモト軍の進撃を円滑なものとする。
おかげでヒノモト軍は消耗することなく進撃。
ベトナムに上陸して戦闘を開始。
フランス領インドシナ軍を撃破。
ベトナム・ラオス・カンボジアといった国や地域を開放していく。
これらの地域にいる独立を求める勢力と接触。
彼らに武器を渡して地域の安定を頼むこととなる。
これを見越してというわけでもないが、事前に独立運動勢力には統治方法などを教えてある。
いずれ独立した時のため。
そこまでいかなくても自治を行えるようにと。
それが役に立った。
とはいえ、これらの地域を押さえ込むのに、ヒノモトの軍勢や人材だけでは足りない。
これらについては、タイに任せる事にしていく。
これも事前の取り決めの一つだ。
そしてヒノモト軍はフィリピン軍とともにマレーシア・インドネシアへと向かっていく。
島が並ぶこの地域の海路を確保するために。
ここから列強勢力が消えれば、東南アジア方面への海上輸送が不可能になる。
このためにヒノモト軍とフィリピン軍が各島に上陸。
現地の独立運動勢力と合流して統治を委ねていく。
もちろん、敵軍を撃破しながら。
兵器の性能差があるので難しい事ではなかった。
損害も少しは出たが、それは軽微なもの。
全軍の動きに支障が出る事は無い。
それでも死傷者が出るのはつらい事。
昨日までいた戦友の姿がない事に、多くの者は空虚感をおぼえてしまう。
だが、感傷に浸るのは戦後にすればいいと自分に言い聞かせ。
まだ終わってない戦いへと向かう。
そんな危害もあってか。
1942年が終わろうという頃にはインドネシアも平定。
ビルマ・バングラデシュに到達し、援蒋ルートを大きく遮断する事となる。
残すはインド北部。
そして内陸アジアからのルート。
まだ長い道のりが残ってるが、あと少しでもある。
これが終われば、中華民国を囲む包囲網が完成する。
*****
列強からの補給が減少すると同時に、ユーラシア北部への圧力も消える。
中華民国と朝鮮の攻撃を一手に受けていた満州国と各国各地域はようやく少し休む事が出来た。
とはいえ、まだ終わってるわけではない。
中華民国への援助はまだ続いてる。
これを完全に止めるために、インドへと向かわねばならない。
これを突破するのは難しい。
幸いにもインドでも独立運動が始まってる。
これらがイギリス側の統治層に対抗している。
中華民国への援助回廊を特定していってる。
これらと協力して、中華民国への補給を断ち切る。
このために陸路と海路の両方から侵入をはかる。
ヒノモト陸軍と空軍はビルマ・バングラデシュを通ってインドへ。
ヒノモト海軍はインド洋へ。
これにタイ陸軍とタイ海軍随伴していく。
この時、フィリピン軍は、パプワニューギニア方面に展開。
オーストラリアを牽制する。
積極的に参戦してるわけではないが、オーストラリアもイギリス側である。
北上してくる可能性が捨てきれない。
また、制圧したマレーシア・インドネシアの制圧もせねばならない。
この為、ヒノモトにとって最も長い国交・同盟国であるフィリピンがあたる事となった。
なお、台湾は海峡封鎖はもとより、ベトナム北部の山地、および中華民国南部に展開している。
ここからの援助ルートを塞ぐため。
中華民国の南下を阻止するため。
人工800万人になるかどうかという台湾軍にとって、これだけでも相当な負担となっている。
これ以上の展開は不可能だ。
それはタイとて同じ。
タイは周辺のラオス・カンボジア・ビルマ・バングラデシュへと展開している。
これらに存在する列強側・中華民国側の協力者を殲滅するために。
この上で、少しでも応援をしようと陸軍をヒノモトに幾ばくかつけている。
北においては満州国がユーラシア北部の各国各地域をまとめている。
中華民国と朝鮮から攻撃を受けつつだ。
朝鮮にはヒノモトの本土軍と防衛のために残った艦隊が対応してるが。
それでも満州国が請け負ってる責任と負担はすさまじいものがある。
これら友好国の不断の努力、血と汗と涙にまみれた献身あってのインド進出である。
ヒノモトは天皇自らの感謝の言葉を各国におくっていた。
これがわずかなりともねぎらいに、いたわりになればと。
日本もこのような各国を支援するために、かのうな限りの物品を提供している。
日本でしか製造できない機器や武器。
これらを量産できる範囲で出来る限り提供している。
おかげでヒノモトを含めた各国は、敵に比べれば少ない兵数でどうにか戦ってる。
各地の統治や事務作業をなんとかこなしてる。
必要な物品の生産を、なんとかやりくりしている。
また、日本軍も少数だが展開している。
これらは、数こそ少ないが絶大な戦果をもたらし、全体の勝利に貢献している。
特に衛星軌道からの地上撮影などは、各国の政治指導や軍事戦略に多大な影響を与えてる。
全てを撮影しきれるわけではないが、これらがもたらす情報により、敵の動きがわかる。
また、ステルス機による敵地侵入・重要施設爆撃などは、戦略的な効果が大きい。
異世界転移してから地道に整備と改良を加えてきたF35。
形状をもとに日本製品で全てが作られたYF23。
これらは敵の指揮系統や生産設備を爆撃して、敵の生産や戦略的な行動を阻害していく。
F35は比較的近距離の目標に、低空侵入を主にこなしていく。
日本製YF23は高速性と長い航続距離を利用して航空から侵入して。
レーダーをものともせず敵地に侵入する。
もとよりこの世界のレーダーではこれらをとらえる事は出来ないが。
もちろん、レーダーからの隠密性を利用しての偵察も行う。
衛星写真だけでなく、比較的近距離での撮影は違った角度からの情報をもたらしてくれる。
他にも日本陸軍はこの時代の戦闘車両をたやすく蹴散らし、軍勢を壊滅させていく。
10式戦車に90式戦車を突進を止められる兵器はこの世界にない。
99式自走砲による連続射撃に耐えられる軍勢はない。
MLRSの多弾頭ロケットの効果範囲から逃れられる敵はいない。
対空車両でも、87式対空自走砲は接近してきた敵航空機をなぎ払う。
近距離・中距離対空ミサイルは敵戦闘機や爆撃機を近づく前に撃墜する。
海においては、護衛艦隊と潜水艦隊が敵艦隊を撃沈していく。
また、多数の輸送艦隊も撃沈。
戦闘力も戦争継続能力も奪っていく。
こうして日本軍は戦えば必ず勝つというところを見せていく。
ただ、数が少ないので戦場全体を支える事は出来ない。
ここぞという重要な局面でだけ姿を見せる。
こうした運用にどうしてもなってしまう。
なにせ、転移直後の自衛隊は陸海空の3軍合わせても5万人になるかというところ。
今は少し増えたが、それでも8万人。
人口が2000万人から3000万人まで回復した日本だが、まだ労働力は回復してない。
増えた分はこの世界で新しく生まれた命だ。
最年長でも15歳になるかどうか。
まだまだ主要な労働人口は、転移してきた時に現役だった世代が多い。
軍に改変された日本軍もまだ数が足りない。
そんな日本軍は注意深く慎重に配置場所を選んでいる。
彼らとて自分たちが埼京線力である事を自覚している。
ならばこそ、もっとも危険で最も困難な場所を選んで進まねばならない。
この自負をもって今次大戦に臨んでる。
ただ、ここが難しいところである。
この世界における主役はヒノモト。
日本はこう考えてる。
なので、下手に目立つのはどうかと思ってる。
危険なところは積極的に引き受けたいが、ヒノモトが中心になってほしい。
こんな思いで活動している。
なので、常に立ち位置には気を配っていた。
そんな日本の支援を受けながら、ヒノモト軍は進んでいった。
インドにて決戦を行うために。
*****
東南アジアに展開していた列強各国軍は撤退を続けていた。
足止めのために一部部隊は残り、ゲリラ戦を展開している。
しかし、主力や本体は可能な限り無傷でインドへ向かうよう指示されていた。
兵力温存のためである。
まともに戦えば負ける。
これがわかってるからイギリスなどは真っ正面からの戦いを控えた。
地雷を設置し、橋を壊し、鉄道の線路を撤去してヒノモトの進撃を少しでも止めようとした。
いくつかの要塞や重要拠点では敵を引きつけるための抵抗も行われた。
だが、これらも進撃を少しでも食い止めるためのもの。
捨て駒・死兵を作ってでも足止めをしていった。
もちろん、適度に戦ったら撤退する事も考えてのことではある。
だが、圧倒的なヒノモト軍を前に、多くの要塞や重要拠点は撃破される。
脱出すら間に合わないほどに。
撤退も簡単にはいかない。
進撃速度が速すぎるヒノモト軍に対して、列強軍はあまりにも遅かった。
本来の歴史よりも強化された97式中戦車や95式軽戦車の足から逃れられる者は少なく。
4トントラックや軽トラックで移動する歩兵もまた素早く展開する。
特に95式軽戦車と軽トラックは列強側からすると脅威だった。
95式軽戦車は10トン程度の軽さなので、多くの地形に侵入出来る。
また、20ミリ機関砲は戦車以外の多くの車両を破壊できる。
トラックなどの車両なだもっと簡単に。
これがあちこちに広がり、列強軍を撃破するのだ。
軽トラックも同じだ。
小型で軽量、それでいて積載能力は高い。
アメリカ軍のジープのような立ち位置にいる。
これにより歩兵を少数ながら運搬し、広く展開出来る。
一度に乗せる事が出来るのは5人がせいぜいだが、2台あれば1分隊を輸送できる。
10台あれば1小隊と小隊分の荷物を運べる。
これが森や山を突っ切り、どこからもあらわれる。
この軽快な機動性が撤退しようとする列強軍を追いかけ、追いついてくる。
追い越して回り込む。
そして、搭乗していた兵士が攻撃を仕掛けてくる。
兵士の装備もこの時には更に改善されていた。
手にした銃器が新型になっている。
6・5ミリ歩兵銃に。
この6・5ミリ歩兵銃は、いわゆるアサルトライフルになる。
かつて38式歩兵銃で使われていた6・5ミリ弾を使ったものだ。
さすがにそのまま使うのではなく、形状や火薬は日本のもつ科学技術で洗練されているが。
この銃弾を用いた現代的な歩兵銃を、この世界に来て日本は開発して配備していた。
全長は自衛隊が使っていた89式小銃と同じ。
現代技術を用いて命中精度も高まっている。
ドットサイトなどの装着品を取り付けるピカテニーレールも標準装備。
重量も20発装填で4キロを下回る軽さ。
当然、連射も可能。
これが最前線部隊から配備されていく事になる。
効果は絶大だった。
なにせ、全ての銃が連射が出来る軽機関銃のようなもの。
火力が違う。
もっとも、補給の観点から連射は推奨されてないが。
それでも、ボルトアクションとは違って自動的に次弾が装填されるだけでもありがたい。
これにブルパップ型のマークスマンライフルも分隊に1丁支給されている。
こちらは全長が89式小銃と同じで、銃身長が長くなるので命中精度が高くなる。
突撃銃では捕らえられない遠距離に対応出来る。
更に分隊には40ミリ擲弾筒が渡されている。
M79のような単発式。
さすがに木製ストックではなく樹脂製の銃床になるが。
これが分隊支援火器として分隊に1丁もたらされている。
爆発力による援護射撃は機関銃による制圧射撃を上回る。
これにより分隊全体の火力が上がる事になる。
なお、擲弾筒の砲弾は分隊全員で4発ほど携帯。
これで弾数を確保する。
この為、機関銃は歩兵から排除されている。
どうしても歩兵銃より重くなる機関銃は、歩兵装備としてふさわしくない。
そもそもとして、歩兵が持つ全ての銃が連射出来るようになってるのだ。
機関銃の必要性は薄い。
連射専門の機関銃は、車に乗せる車載兵器として。
あるいは、陣地に設置される固定銃座として用いられるようになる。
歩いて持ち運べる重さではあるので、運んで設置する分には便利だ。
野戦陣地などでは重宝する。
砲台というほどではないが、陣地の銃座としては重宝する武器ではある。
また、戦車兵などの防衛用や室内戦闘などに対応する為の短縮型も作られてる。
カービン・騎兵銃と呼ばれるこれは、折りたたみストックとなっており、最短で50センチ程度におさまる。
これに、同じくブルパックの短縮型であるブルパップ・カービンを組み合わせて、室内戦や密林戦に対応出来るようになる。
こうした銃器体系を構築した事で、歩兵戦力は格段の向上した。
銃弾の再設計・改良から銃の開発までは既に終わっていて、日本軍への配備は始まっていた。
それが今次大戦において日本から提供。
ヒノモト軍への供給が開始されている。
北のユーラシアの平原から、南の東南アジアのジャングルで。
6・5ミリ弾を使った歩兵銃の体系群は絶大な威力を発揮した。
7・62ミリ弾ほど反動はなく。
5・56ミリ弾よりは射程も威力も大きい。
この特性は平原から山林まで様々な地形で効果的な威力を発揮した。
万能ではない。
軽快さでは5・56ミリ弾に劣る。
射程の長さや威力では7・62ミリが上回る。
だが、こんなもの求めだしたらきりがない。
どこかで割り切る必要がある。
6・5ミリ弾はその割り切りにちょうどよい銃弾だった。
この連射兵器を歩兵全員が持つようになってから戦場は変わった。
ヒノモト軍の前線部隊はほぼ全員が連射出来る歩兵銃を持つ。
対するこの世界の一般的な歩兵である列強軍はボルトアクションライフルを使う。
連射出来るのは、軽機関銃を持つ兵士だけ。
一度に発射出来る銃弾の数が違う。
加えて、遠距離からはブルパップ型のマークスマンライフルが狙う。
まとまっているところには、擲弾筒で砲弾が撃ち込まれる。
殺傷範囲が広いこれは、直撃せずとも、爆発した地下にいる者を巻き込んでいく。
加えて、放物線を描いて飛ぶので、塹壕の中にいても攻撃が出来る。
これにより列強の歩兵や陣地は簡単に攻略されるようになっていく。
少なくとも、ヒノモト軍は今までよりは楽に戦闘をこなせるようになった。
列強側からすると地獄だが。
なお、これまでのボルトアクションの歩兵銃は、簡易な狙撃銃として扱われるようになっていく。
連射性能では負けてしまうが、射程も命中率も悪くはない。
専用の狙撃銃ほとではないが、自動で銃弾を装填していく銃に比べれば当てやすい。
必要な装着品をつけていけば、簡易な狙撃任務に使えるようになる。
これを適性を持った兵士に配備する事で、ヒノモト軍の戦闘力は更に上がる事になる。
歩兵同士の戦闘で敗北は無くなっていく。
状況次第ではあるが、戦えば勝てるようになっている。
さすがに装甲車両が相手では勝ち目はなくなるが。
装甲用の擲弾を使えばどうにかなる場面も出てきていた。
加えて、日本が提供した対戦車兵器もある。
84ミリ無反動砲と、少数ながら歩兵用対戦車ミサイルだ。
これらによって、歩兵でも状況次第で戦車や装甲車が撃破出来るようになった。
ただし、隠れて撃つのが基本だ。
見つかって砲撃されたら歩兵では助からない。
この為、使う場面が限られる事も多い。
それでもヒノモト軍は歩兵でも戦闘車両を撃破できる手段を手に入れた。
列強軍は戦車を繰り出しても安全とは言えなくなる。
作戦で状況を覆そうにも、それすらも難しいほどの装備の差が出てきていた。
更に、動き方の違いも大きく出てくる。
トラックやジープなどの車両の差も大きいが、単に歩いて動く歩兵の運用にも違いが出ていた。
従来は、30~40キロになる荷物を背負って歩くのが普通だった。
なので、目的地に到着したらもう動けなくなる事がほとんど。
戦争どころではなくなってしまう。
これをヒノモトは大きく変えた。
まず、歩兵は基本的に10~15キロ程度の荷物を持って歩く。
食料や銃弾に水、それと雨具にテント代わりのタープなど。
これに銃などの歩兵用装備を加えた者を持ち歩く。
数日程度の活動ならこれで十分だった。
出向いた先で陣地などを作る時も同じ。
まずは軽装の兵士を向かわせて、その後から荷物を運ぶ者達を出発させる。
先に到着した兵士は塹壕などを掘って陣地を作り。
後から来たものが必要な機材や食料などを運び込む
先発隊と荷物運びを分ける事で、一人が一度に運ぶ量を減らした。
こうして重量による消耗を無くしていく。
必要だからと荷物を大量に持ち込み、体力を失って戦闘力を失うのは本末転倒。
まず問題の無い重さを運ぶ。
足りないものは後から補う。
車両が走って行けないところではこうするしかない。
単純だが、こんな事で戦闘効率は上がった。
軽い荷物しか持たないから移動できる距離が長くなる。
疲れる事もないから、戦闘にも即座に入れる。
車が入っていけない場所では、こうやっていくしかない。
こうして先発隊が作った陣地に食料や生活用具を持ち込む。
警報装置なども。
設置する機関銃なども、この時に持ち込む。
1人に全部やらせるのではなく、手分けして負担を減らす。
手間と面倒は増えるが、ここも割り切っていく。
重くて動けず疲れてしまうのか。
軽くて動きやすく作業が出来るようにするかを。
これらの違いが列強との差を更に大きくしていく。
重い荷物を運ぶ列強軍はどうしても疲労が積み重なる。
装備の質以前に、個人の体力や体調、状態が大きな差を生み出す。
ここでもヒノモト軍は大きな差をつけていった。
しかも熱帯での作戦だ。
暑さに慣れてない者達は少し動くだけで体力を消耗する。
そんなところで余計に疲れる事をしたら、戦争どころではない。
日射病に熱中症に陥るだけ。
ヒノモト軍はこれを避けるために、あえて無理をする事をすてた。
精神論や根性論の放棄。
日本にあったこれらをヒノモトは持ってない。
だからこそ、思い切った断行が出来た。
これだけでも十分に賢い。
*****
このヒノモト軍を迎え撃つ列強軍は悲惨な事になっていった。
イギリス軍を中心としたフランス・オランダなどの宗主国軍は敗退に次ぐ敗退を重ねる。
撤退ではない、負けて退くのだ。
正面から戦っても勝てない。
作戦でしのぐ事も出来ない。
思いつくあらゆる手段を使っても確実に負ける。
それでも広大なインドを舞台に、どうにか引きずり回そうとしても。
それすらも阻止される。
作戦の中心となる拠点を見つけられて攻撃され、何も出来なくなる。
これが何度も続くうちに、列強軍はインドそのものから退くハメになっていく。
特に致命的だったのが、インド人による蜂起。
独立を求める者達があちこちで動き出す。
これらが草の根の活動として情報をヒノモト軍に渡していく。
列強軍の動きは筒抜けになり、勝てるものも勝てなくなる。
なにせインド人全員が諜報活動してるようなものだ。
隠れようにも隠れきれない。
陸上だけではない。
海においても同じ事になっていく。
インド洋に展開する列強宗主国の海軍は、負けに負け続けていく。
衛星写真に航空偵察。
これらによって列強艦隊の位置は筒抜け。
唯一例外の潜水艦も、ヒノモト艦隊に近づけば即座に撃沈される。
艦隊戦を挑んでも結果は同じ。
空母から飛び立った戦闘機はほぼ確実に撃墜される。
艦船同士の戦いも、対艦ミサイルによる長距離攻撃で一方的に負ける。
ならばと艦砲射撃による達攻撃で、沿岸部にいるヒノモト軍を叩こうとしてもだ。
飛び立ってくる戦闘機の爆弾で撃沈される。
そもそも、火の元空軍の戦闘機にはミサイルが搭載されている。
胴体延長して射程を伸ばした歩兵用携帯対空ミサイルだ。
最大射程15キロにもなるこれは、列強の戦闘機を機銃の射程外から撃ち落とす。
戦闘らしい戦闘も出来ずに、列強の戦闘機は撃墜されていく。
仮に格闘戦になっても、列強の空軍機に勝ち目はない。
時速600キロで飛ぶ戦闘機に対抗できる機体はない。
更にヒノモトはより高速な戦闘機も投入していく。
2000馬力のエンジンをもち、時速700キロで飛ぶ新型戦闘機。
これが出てきてしまったら、もう対処のしようが無い。
しかも。
列強軍が相手をするのはこれだけではない。
日本が派遣した空母艦隊もいる。
スキージャンプを備えた2万トンの空母から発艦する可変翼の単発ジェット。
T4練習機を母体として開発された日本の戦闘機。
全長14メートル、翼幅最大11メートルのこの戦闘機が戦場を荒らしていく。
飛び立った可変翼ジェットは列強の戦闘機を攻撃していく。
どこにいるかは複葉機の早期警戒管制機が教えてくれる。
この指示に従ってAAM4やAAM5といった
対空ミサイルを放つ。
100発100中のミサイルは、放った数の分だけ列強戦闘機を撃墜していく。
また、機首の3砲身小型ガトリングは、1分間に500発の20ミリ機関砲弾を放つ。
切り替えれば1200発を1分間に放てるが、相手の速度を考えると、そこまでやる必要がない。
音速を軽く超える速度で列強のプロペラ戦闘機を引き離し。
そして逃げようとする戦闘機は圧倒的な速度で追いかける。
たとえ敵が逃げても、レーダーで見つける事が出来る。
16機の空母艦載虚空である可変翼ジェット。
彼らは数倍いる列強戦闘機隊を圧倒していった。
こうして列強海軍はどうにか撤退した一部を除いて撃沈されていった。
インド洋はヒノモトの海となっていく。
また、インドが制圧された事で中華民国への補給は潰えた。
武器や弾薬、その他の物資を失った中華民国と朝鮮は、戦う事も出来ずに行動不能になっていく。
北は満州国が。
東はヒノモトが。
南は台湾・フィリピン・タイが。
そして、西はインドが。
この巨大包囲網の中に中華民国と朝鮮はとらえられた。
包囲をするヒノモトとヒノモトとの協力国は、この包囲網の内外を完全に封鎖していった。
中から外に出さず。
外から中に入れず。
海外在住の両国人の帰国は認めたが。
むしろ、積極的に帰国を促していった。
移動用の手配すらもして。
ただし、出国は一切ゆるさなかった。
当然、様々な資源や産物の輸出入も。
また、戦争の終わりを決める講和会議なども行わなかった。
物資不足によって中華民国と朝鮮からの攻撃はなりを潜めたが。
書類上は戦争が続いた状態になる。
それでかまわないとヒノモトも協調国も判断した。
むしろ、終わらせる気がなかった。
戦争が終われば、包囲を解除する必要がある。
そうなれば、また戦争の原因を作り出す。
海外との交易などで必要なものをそろえて。
それを許すつもりはヒノモトと周辺国にはなかった。
だから戦争を書類上でも継続した。
戦闘のない戦争を。
冷戦に近いかもしれない。
しかし、やってる事は苛烈だ。
必要なものを何一つ手に入れられなくするのだから。
当然産業が成り立たなくなる。
高度な文明を保つには、様々な資源が必要だ。
それが一切入らなくなる。
たとえ広大な面積を持つ中華民国といえども、全ての資源を自国でまかなえるわけではない。
手に入らない資源は海外から輸入するしかない。
なのだがこれが出来ない。
当然、作れないものが増えていき、自然と科学技術の水準は落ちていく。
蒸気機関くらいはどうにかなるかもしれないが、それ以上を保つ事が出来ない。
あらゆる産業が衰退していく。
知識や技術があっても、必要になる資源がないから作れないからだ。
結果はすぐにあらわれる。
工業だけでなく農業にすら影響が出る。
生産力が落ちて、人口を養えなくなる。
1年、2年と経つごとに人口が減っていく。
さすがにこれでは命にかかわると思った者が国外に逃げようとするが。
築かれた国境封鎖の壁が行く手を阻む。
ほとんどが堀と土嚢を積み重ねた壁であるが。
行く手を阻むには十分だった。
おまけに武装した兵士が巡回している。
国外脱出をはかる者は見つかれば射殺される。
中華民国と朝鮮とは戦争継続中だ。
最前線にいる者は戦闘員として処分されていく。
民間人に見えても、そう見える偽装をしたゲリラ兵の可能性があるからだ。
区別する方法はないし、捕まえて確かめる手間もかけない。
そこまでする理由がない。
こうして中華民国と朝鮮の国境は封鎖され。
両国は着実に衰退していく。
これは終わることなく今後も延々と続いていく事になる。
そして、包囲をしている各国はヒノモトが中心となってまとめていく。
ヒノモトが制圧した国や地域は、これまで通り保護国となり独立へ向かっていく事になる。
また、この国々は国際連盟とは違う地域の交流圏を作っていく。
これは主に経済的な繋がりを胸としたものになる。
軍事的な連携も考えられたが、まずは交易や貿易が先となった。
出来あがった広域経済圏。
これは共栄圏と呼ばれるようになった。
1945年8月15日の事であった。
*****
「これで一段落ですかねえ」
「だと良いんですが」
とある場所にて、現状を振り返る者達は憂鬱な顔をしている。
長い戦争が終わり、一応は平和が訪れた。
列強国は損害が大きくて再戦する余力が無い。
これらの援助を受けていた中華民国と朝鮮もだ。
戦闘がないという状態になり、一応は平穏になった。
しかし、問題は全く解決していない。
列強はいよいよヒノモトを警戒してくる。
交易や貿易の制限も始めた。
完全なブロック経済化だ。
これは大恐慌からの事なので、今更ではあるが。
しかし、完全に排除されるとなるとこたえるものがあった。
とはいえ、史実と違いヒノモトと日本はユーラシア東部と東南アジアがある。
資源の自給自足はある程度可能だ。
史実の日本のように、資源がなくて困窮するという事はない。
それでもだ。
敵対は決定的。
再び戦争が起こる事も覚悟せねばならない。
その時は列強各国が相手になるだろう。
植民地もこれにならう。
救いなのは、植民地の多くが独立を求めて動いてる事。
この対応に列強はおわれる事になる。
それが強硬手段になる事も予想される。
大半の植民地はヒノモト側につく事を求めてる。
宗主国の下での自治領や保護国を求めてない。
今回の戦争でこの流れが加速した。
ヒノモト制圧地域がいずれも独立に向けた動きを示した事で。
ならば我々もと自立を求める者達が出てくる。
これは各植民地の危機感にもよる。
宗主国の下での自治や保護国化は、どうせ今までと変わらないだろうと。
名前だけ変わった実質植民地であろうと。
あくまでこれは植民地の者達の予想である。
だが、こう考えさせるほどの事を宗主国はしてきた。
警戒するのも当然。
だからヒノモトへの接触を求め、独立自立の後押しを望んでくる。
保護国となるにしても、それはヒノモトが良いと。
植民地がこのような考えなのだから、列強は強攻策をとるしかない。
下手に自治や保護国化したら、ヒノモトとつながる事になるのだから。
こうした状態ではない今ですらヒノモトとの繋がりを求めてるのだし。
「衝突は避けられない」
語り合う男の片方が結論を出す。
分かりきった答えだ。
しかし、はっきりと言葉にする事で、事態の重さを実感してしまう。
「となれば、もうこれに対処するしかないですな」
あとはどうやっていくかである。
「それに、あの国が」
「ええ、そうですね」
心配もある。
今回の中華民国と朝鮮への援助。
これらはヨーロッパ列強だけによるものではない。
関与してる国がある。
「アメリカ」
「ええ」
アメリカは今回、表だって参戦はしてない。
ただ、大量の物資を生産して中華民国と朝鮮に流していった。
大西洋を渡って、ヨーロッパからアジアを通して。
植民地に展開する列強国軍への物資も作っていた。
このおかげで、ヨーロッパ各国の軍隊は戦えていた。
これが本格的に参戦したらどうなるか。
歴史を知る者ならば憂鬱になっていく。
「勝てないわけではない」
「しかし、簡単に勝てるわけもない」
兵器の質ならば勝っている。
しかし、数で押し切られたらどうなるか分からない。
負ける事もないだろうが、大きな損害を覚悟する必要はあるかもしれない。
しかし避けて通る事は出来ない。
巨大な工業力と生産力で物資を増産されたら、終わるものも終わらない。
途切れる事のない補給は、戦争の勝利に必要な条件だ。
これを提供するなら、アメリカを倒す必要がある。
でないと、終わらない戦争を続ける事になる。
「やるしかない」
「残念ながら」
決まり切った結論。
それを確認して、2人の男はため息を吐いた。
彼等だけではない。
世界情勢を知り、考える力がある者は同じ結論にいたっている。
そして、同じようにため息を吐いていく。
戦争はまだ終わったわけではないと。
今は休んでるだけでしかない。
本当の戦争はこれからになる。
これらが分かってしまうだけに、憂慮は消えなかった。
それでも。
これから生き延びるためにはやれる事をやるしかない。
それが血を流しながら戦う事であっても。
その先にだけ存続があるのなら。
日本・ヒノモト、そして共栄圏と各地の植民地は、その時に向かっていく。
列強の宗主国らも。
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