家電量販店にて、婚約破棄されたおっさんのはなし
40歳男。
今日、婚約破棄されました。
3つ下の彼女と付き合いだして3年と4ヶ月。
夏の花火大会、婚約指輪を渡した時の彼女の涙がまだ目の奥にしっかり焼き付いている。花火の硝煙の匂いと言葉にしづらい甘さも。
結婚秒読みだった。なのに突然、彼女から別れを告げられた。
「あなたにはもっと素敵な人がいるんでしょう?」
と、身に覚えのない悲しみと怒りをぶつけられて。
ここ数日、彼女の目は冷たかった。理由はわからない。でも、嫌われていたのは事実だ。
「どうですか?」
「!? ぬぁっ……!」
僕の心の波を読んだかのように急に声をかけられて大袈裟なほど飛び上がった。同時に膝を強くテーブルの板にぶつけ、息が詰まる。
「あはは、大丈夫ですか?」
「うっ……は、はい。すみません」
一気に現実に引き戻され、僕は頭上で笑う店員さんに手を振って謝った。
ここは駅前の商業ビルの中にある家電量販店。……の一角にある家電コーナー、の中にあるこたつコーナー。仕事帰りの僕は何の気なしに見ていた。店員さんに声をかけられ、僕はその誘いに流されてこたつの中に入っていた。
「いいでしょう? 電源付けてすぐにぽっかぽか。思ったより電気代はかからないし、おススメです」
膝をさすっている僕に容赦なく営業駆けてくる店員さん。僕は愛想笑いをしながら見上げた。
見た目からして20代前半だろうか。ツンツンした黒い短髪、筋肉質な身体、そして極め付けは、その容姿。なんていったっけ、ジェネ……なんとかみたいなカッコイイ系のアイドル? いや、よくわからないけれど、男の僕でもハッとするような精悍な顔をしている。
あー。これがライトノベルで、僕が女だったら恋に落ちてるんだろうな、なんて客観的に思ってしまう。
「これ型落ちしたやつなんでそんな値もはらないし、ね?」
営業スマイル。うん。歯はぴっかり白い、並びも良い。素敵な笑顔。
だけど、僕は男で、おっさんだ。騙されない。バシッと言い返してやる。そう、バシッと。
「いやぁ、ははは」
情けない! なんだこの笑いは。
……いや、だってムリだよ。こんなキラッキラの子に強く出れるほど僕強くないんだよ。傷心してるし。
「ね、どうです?」
「ううん……。一人には大きすぎるよ」
「へえ! おひとり?」
今まで己のペースにはめていたはずの彼が、虚をつかれたようにぱっちりした二重瞼を更に持ち上げて目を丸くした。
そんなに驚くことかな。独り身のおっさんがこたつ気になってんのおかしいのか?
最近の若い子の思考は当然わからない。ただ、彼の反応からして僕が一人だと言うことが驚きだってことだけはわかる。……失礼な人。
店員さんは口を隠すように手を添え、身体ごと顔を背けた。隠そうとしたのだろうが、僕の目はその一瞬をしっかり捉えていた。
彼の口が歪な弧を描いていたことを。
「ネコさんとか入れたらどうです?」
「は?」
「生き物じゃないですよ。ほら、あそこにぬいぐるみ」
そういって店員さんはあるところを指差した。
ゲーミングデスクとデカデカと書かれた看板の隣。なんのキャラかわからない大きな猫が椅子に座っている。縫われて作られた目が、何故か僕を見つめているような気がした。いや、ぬいぐるみなんだからそんなことはないんだけど。
まぁ、正直、僕はああいうのが好きだ。ぼてっとしてて、こちらに媚びてなさそうなキャラクター。僕の部屋にも何体かいる。
そうだ。本棚とベッドの間が空いているからあそこに置いたら可愛いかもしれない。
なんて。余計な買い物をしそうになって、僕は首を抑えて苦笑した。
「いや……」
「あれ? ああいうの好きでしょう。本棚とベッドの間とかに置いてもいいし、……っと、失礼」
……え?
背中を何か冷たいものが這った気がして、僕の身体は勝手に震えた。
この店員さんとはもちろん初対面だ。なのに何故、僕の部屋の間取りを知っているのだろう。
いや、本棚とベッドが近くにあるなんてよくあることだ。そう、何も変なことはない。
僕は脱いでいた靴を掴み、慌てて履き直した。
いずれにせよ、この人と関わるのはよしたほうがいい。僕の勘が冴える。
なのに、店員さんがポンポンと僕の肩を叩いてきた。僕は自然とそちらに視線を向けてしまい、すぐに後悔した。
「……」
店員さんは笑っていた。でも目は、笑っていなかった。目だけが暗く光っている。
あ、これ、やばい……。
気づけば僕は鞄を強く抱きしめ、駆けだしていた。
靴がしっかり履けてなかったのか、カポッカポッと間抜けな音がしたけれど気にしない。
食われる。逃げよう。
そう思ったのに……。
「奇遇ですねえ」
「ひぃっ……!」
あの後、電車の定期券の更新を思い出して、地下の販売所にいってしまった。買い終わって帰ろうとしたら、奴が立っていた。さっきまでの爽やかさは消えていた。
僕は無意識に鞄を強く抱きしめながら首を横に振った。
「あははっ。じゃあ行きましょうか」
彼は僕の肩を掴み、さっさと歩き始めた。僕は引きずられまいと脚に力を入れて踏みとどまった。
「ま、待って」
「そんな、いきなり抱いたりしませんよ」
「は!?」
思いもよらない言葉に、脚の力が抜けてしまった。
その隙を彼は逃さなかった。にんまりと口角を上げ、僕の背中を押すように歩き始めた。
「辛い時は誰でもいいからそばにいてほしい、そう思いません?」
何故それを。
その疑問が浮かぶ前に思考が止まった。
そうだ。彼の言う通り、誰でもいいからそばにいてほしい。
こんな怪しい人でもいい。僕の話を聞いてくれるなら、誰だって……。
僕はもう一度足を止めた。彼は強引に動かず、僕の顔を覗き込んできた。
「俺じゃ、ダメですか?」
っ〜!? おい、なんだよこの人。
さっきまでの強さは一変。頭に耳があったら確実に垂れていた。しょげている姿はもう、子猫そのものだ。
ーー放っておけない。
気づけば彼から目が離せなくなっていた。
それでも矜持が邪魔して、さも面倒くさそうに頭をかきながら彼に声をかけた。
「僕のおすすめの店でもよければ」
「……え?」
「懇意にしてる飲み屋があるんだ」
彼は目をぱちくりさせ、僕を見つめた。
戸惑っている。こういうやつってのは攻めるのは慣れてても受け手は慣れてないモンだ。
と、思ったのに。彼はすぐに目を細めて笑った。
「いいですよ。佐久間さんのオススメ、楽しみです」
なんて眩しい笑顔。今日知り合ったとは思えないほどの距離感に僕はすっかり絆された。
さあ、行こうか。と足を一歩踏み出したところで、僕の背中にゾワゾワしたものが駆け上がった。
あれ? 今、この人、僕の名前を……。
「俺のことはケイスケって呼んでください。佐久間ミノリさん?」
そもそもこの人はあそこの店員だっただろうか。制服を着ていただろうか、そもそも社員証はぶらさげていたか?
何かがおかしいと頭の中で警鐘が鳴る。喉を冷たい生唾が通る。
――駄目だ、逃げなければ。
不意に肩を強く掴まれ引っ張られた。咄嗟のことで足がもつれ、よろけそうになる。だが、厚い胸板が僕の身体を支え地面に倒れることはなかった。
熟れた果実のような、甘い花のような、嗅いだことのない香りがふわっと漂う。どうしてか、その匂いに覚えがあった。……なんだったっけ。これは……。
探ろうとする思考を読んだかのように、頭上でふすっと漏れるような笑いが聞こえた。
「あんな女、捨てて正解だよ。俺の方が、佐久間さんのことずっと大切に出来るんだから」
end...
wave boxにて、リクエストありがとうございました┏○ペコリ
お題:BL、こたつ、ぬいぐるみ
リクエスト小説・第六弾。
普段は冗長な書き方ばかりしてしまうので、短く、それでいて起承転結がしっかりしたものを書けるようになりたいと思い、練習させていただきました。お付き合いいただき、ありがとうございます。
もし奇特な方がいらっしゃいましたら是非リクエストください。いつでもお待ちしております。
「リクエストしたい!」と言う方がいらっしゃればコメント欄、または今回のようにX(旧:Twitter)→「wave box」からでもOKです。
その際、以下のことをお願いいたします。
・NL、BL、恋愛なしのいずれかひとつ
・3つのお題(上記参照してください)
~3000文字の超短編を書きます。めっっっちゃ喜んで書きます。
よろしくお願いいたします。
さて、今回はホラーでした。というより、なってました(笑)
婚約破棄されたおっさんの話、書きたいなぁとぼんやり思っていて、書いていたら、ケイスケくんが思いのほか、ヤバい奴になっていました。
まぁ、私の描く子たちは大体ヤバい奴なんですが……。
話の大筋はすぐに出来たんですが、何故婚約破棄をされたのか、ケイスケくんが人間の枠を超えないギリギリラインにいられるようにすること、が、とても大変でした。
だってケイスケくん、何でも知りすぎていてキモイだもん(笑)
ここまでお読みいただきありがとうございました!
2025.12.19 江川オルカ




