ゴミ処理人の日常とほんの少しの奇跡
薄汚れた長屋がひしめき合う、王都の裏路地。その一角で、俺――アベルは今日も今日とて、ゴミの山と格闘していた。俺の持つスキルは【廃棄物処理】。その名の通り、どんなゴミでも完全に消滅させるという、地味極まりない能力だ。世の中には炎を操ったり、剣技を極めたりする華やかなスキル持ちが大勢いる中で、俺のスキルはいつも嘲笑の的だった。
「おい、アベル! また変な匂いさせてんぞ!」
「はは、ゴミ処理人がゴミみてぇなもんだからな!」
野次を飛ばすのは、向かいのパン屋の亭主と、裏通りの酒場の親父だ。慣れたもんだ。鼻で笑い飛ばし、腐りかけの野菜くずを【廃棄物処理】で消滅させる。シュウッと音を立てて、悪臭と共にゴミが消えていく。この瞬間だけは、ほんの少しだけ、このスキルが役に立つと思える。
俺の仕事は、王都の誰もが嫌がるゴミの回収と処理。もちろん、稼ぎは雀の涙だ。今日の夕飯も、路地裏に捨てられていた熟れすぎたリンゴと、昨日拾った硬いパンだろう。それでも、俺は俺なりにこの日常を気に入っていた。ゴミの中から時折見つかるガラクタを修理したり、捨てられた種を植えて小さな花を咲かせたり。小さな「宝物」を見つける瞬間が、ささやかな喜びだった。
ある日のことだった。いつものようにゴミを漁っていると、金属と宝石が埋め込まれた、古びたオルゴールを見つけた。王都のゴミ捨て場では珍しい、妙に手の込んだ逸品だ。だが、あちこち錆びつき、ゼンマイも壊れている。どうせ誰も拾わないだろうと、俺はそれを持ち帰った。
夜、自分の部屋でオルゴールを分解してみる。複雑な歯車や、繊細な音を奏でるための仕掛け。ゴミ処理のスキルとは違う、まるで魔法のような精巧さに、俺は夢中になった。数日かけて、錆を落とし、壊れたゼンマイを修理し、汚れを拭き取る。このオルゴールが奏でるはずだった音色を想像しながら、俺は黙々と作業を続けた。
そして、ついにその時が来た。恐る恐るゼンマイを巻くと、カチカチという音と共に、ゆっくりと歯車が回り始めた。すると、古びたオルゴールから、信じられないほどに澄んだ、美しいメロディーが流れ出したのだ。それは、まるで星屑が降り注ぐような、あるいは遠い昔の物語を語りかけるような、幻想的な音色だった。
その音色に誘われるように、一匹の小鳥が窓辺に飛んできた。そして、その小鳥が鳴き声を上げると、オルゴールの音色はさらに鮮やかさを増し、部屋中に光の粒が舞い始めたのだ。俺は呆然とそれを見ていた。そして、光の粒が、まるで意思を持っているかのように集まり、俺の足元に一つの小さな宝石を作り出した。
それは、透き通った青色の、まるで夜空を閉じ込めたかのような美しい宝石だった。俺は震える手でそれを拾い上げた。これが、奇跡、なのだろうか?
翌日、俺はその宝石を王都の宝石商に見せた。老いた宝石商は、ルーペを片手に宝石をじっと見つめ、やがて驚愕の声を上げた。
「これは…! これは伝説の『星涙石』ではないか! この世に二つとない、奇跡の宝石だ!」
星涙石。それは、古の賢者だけが作り出せたと言われる、魔力を宿した希少な宝石だという。俺は宝石商から破格の報酬を受け取った。その金で、俺は長屋を出て、小さな家を借りた。そして、俺のスキル【廃棄物処理】は、実はゴミを完全に消滅させるだけでなく、そのゴミが持つ「可能性」を引き出す能力だったのだと、後に知ることになる。俺が修理したオルゴールは、捨てられた部品の可能性を引き出し、奇跡の音色を奏でたのだ。
俺はもう、ただのゴミ処理人ではない。ゴミの奥に隠された「可能性」を見つけ出し、それを輝かせる者。王都の片隅で、俺のささやかな奇跡は、今日も誰かの日常に、そっと寄り添っている。