逃げ方
宮巳が黒い化物と遭遇する五分前。
俺、日馬は三間、沙月、宮巳を連れて歩いていた。
「少し待っててくれ。」
入口付近に宮巳達を残し、村の建物の中を確認いていく。
とりあえず、入口付近の五件の中には何もいなそうだ。
「来ていいぞ!」
大声で宮巳たちに合図を送る。
すると、宮巳たちはこちらに走ってきた。
「とりあえず、ここらへんに生物はいなそうだ。家の中でゆっくりしていてくれ。」
「分かったっす。」
三間が返事をし、
「こっちで休憩しましょう。」
三間が左の家の中に入っていく。
そして、宮巳たちもついていく。
俺はそれを見送り、村の奥に入っていく。
家の数はそこまで多くはなく、十数件しかない。
村の家々は、中心の構造物に向かって、円上に広がっている。
家の中は、虫食いがひどく廃れているが、一時的には使える。
俺は村に生存者がいないかと調べに来たが、人も動物もいない。
村の中心には神社のように、屋根が飛び出ていて、他の家より立派なものがあった。
俺はその建物に入る。
ーーー
窓から日光があまり入っておらず、建物の中は薄暗かった。
横側には、いくつもの大きい木の柱が並んでおり頑丈そうだ。
床の中心には大きな囲炉裏があり、それを囲むように布が敷かれてある。
焚き火跡が複数あり、いくつかの上には大きな鍋がある。
俺が覗き込むが、中には残飯でできたハエと蛆虫の楽園が築かれている。
俺はそのまま囲炉裏の奥にある机に近づいていく。
右目の端で揺らめくものを捉える。
俺は瞬時に右を向く。
目新しいが、古い物が目に入る。
そこには、白地に赤い円。
そこから放射線状に光線が伸びる。
ー大日本帝国陸軍の軍旗。
ーーー
宮巳楓生は絶望していなかった。
眼の前の巨岩を見た時より、上司の手で積まれた書類をデスクに置かれたときのほうが絶望していた。
宮巳はすぐ右に向かって駆け出した。
左にいる”それ”から逃げるため。
”それ”はまだ体を丸めている。
俺は別の出口を探すために走る。
走り続ける。
前を向き、ひたすらに走る。
ダッ。
だから、見えなかった。
気づけなかった。
後ろの”それ”は駆ける準備をしていたことを。
クラウチングスタートの姿勢から急激に加速し、
俺に追いつく。
俺は後ろを見て、絶望を漏らす。
「嘘だろ...」
一瞬で俺との距離を詰め、
”それ”は右足を上げ、
下ろす。
視界いっぱいに、足の裏が迫った。
付着した砂粒一つ一つが、やけに鮮明に見えた。
ドゴンッ!
俺は左に転がり避ける。
しかし、また、”それ”が左足を上げ、俺を...
ダッ!
超えて、その先に着地する。
そのまま、”それ”は村の中を走り、柵をハードル走のように飛び、
超える。
俺は”それ”が見えなくなるまで見続けていた。
”それ”は脇目も振らず、ただ森の中へ入っていく。
「何だったんだよ...」
俺は一人、静かにつぶやき、立ち上がろうと...
ドサッ。
上げた腰が地面についてしまった。
どうやら、腰が抜けてしまったようだ。
(こんな感じなのか、腰が抜けるって。)
俺はそんな事を考え、寝転ぶ。
空は黒い雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうだった。
いや、もう降っているかもしれない。
だって、視界がぼやけてよく見えなかったのだから。
「はは。今日は最高の日だ。」
自分に言う。
ぽつ、ぽつ、ぽつ。
自分に当たる水滴を感じながら、気分の昂揚を楽しむ。
心臓の拍動を楽しむ。
口に入る雨の味すら今は心地よい。
サァーーーー。
体は冷えていくのに、心は落ち着かない。
「〜〜!〜〜〜!?」
遠くから誰かの声がする。
でも、気づかないふりをして、雨を楽しむ。
「はは。」
誰かが近づいて来るのを感じながら、闇が落ちてくる。
そうして、俺は気絶したように眠った。
ーーー
コツ、コツ、コツ。
俺は人の後ろを歩いていた。
渋い声が聞こえてきた。
「右に見えるのがうちの工場だ。」
俺は右の鏡を通して中を見る。
中には八人がいて、機械を動かしている。
ただ、何を作っているかは見当もつかない。
「俺達はめったにここには来ない。」
また、男は前を向き歩き始める。
俺も歩き始めてすぐ、顔を見ればよかったと後悔する。
顔も知らない男の後ろを歩くのは少し怖い。
少し歩くと扉が現れた。
「お前が新商品を出したいと思ったら、まずはここの技術部の部屋に来ると良い。」
部屋にはたくさんの人がいて、それぞれのデスクの上で仕事をしている。
「ここでは、新商品のデザインや研究をしている。ここ行っても聞き入れてくれないからな。」
上司はまた歩き始める。
俺は上司の後頭部を追いかける。
数歩、歩くと。
また別の扉が現れた。
「ここが俺達の仕事場だ。」
中には、十人しか居ない。
先程の部屋よりかなり少ないように感じる。
「お前を入れて十二人目だ。」
前の男は嬉しそうに言う。
「これからは少し楽になる。」
俺は気づく。
ある異変に。
不思議で、
非自然的で、
世の理に逆らっていることに。
「どうして、扉が開いていないのに中が見えるんだ?」
その問いに、男は答えなかった。
ーーー
木目が見える。
(1、2、3...)
無意識的に木目を数えながら、周りを見る。
周りには誰もおらず、俺が一人布団にくるまっている状況だ。
服は着替えさせられていて、前と着心地が違う。
というか、悪い。
化学繊維のすべすべじゃなく、少し肌に突き刺さる感覚がある。
ただ、それも布団の包容には勝てず、不快感が消えていく。
そして、数えた木目が四十を超える頃には、意識が消えていて...
ーーー
ドスッ。
「うぎゃ!」
俺は転がり、背中を壁にぶつかる。
「いてて。」
横腹と背中の痛みを感じながら、起き上がる。
「私達が雨に濡れているのに、よく気持ちよさそうに寝れたわね。」
黒井の声がした。
鋭くきつい視線を俺にまっすぐ向けてくる。
どうやら、俺はこいつに蹴られたらしい。
「何ならのうのうと、二度寝すらしたらしいじゃない。」
「二度寝...」
俺は失った記憶を探す。
「そうだ、俺は黒い化物に襲われて...」
俺は黒井に聞く。
「日馬と沙月と三間は大丈夫か?」
「ええ、あなたと共に居た人たちは全員無事よ。」
俺は黒井の一言にホッとしながら、尋ねる。
「それで、黒井といっしょに居た木依たちは?」
「...わからないわ。」
「...どうして?」
「あなたが襲われている時、私達もあったの。」
黒井はいつもの平然とした顔で言う。
「黒い化物に。」
タイトルに規則性なんてないんだからね!!




