第5話 化物との戦い方?
『xxxになりたくなぁい...』
女の何十にも重なった声が響く。
耳にこびりつくような、濁った残響がこだまする。
「おい!あれは何だ!?」
日馬が、怯えている男に聞く。
「知らない……分からないんだ。」
その間にも、禍々しい雰囲気が増大する。
女は体を引きずりながら、男の方に向かって進む。
『嫌だぁ...嫌だぁ...』
どこか壊れた人形のような声が、何度も何度も繰り返される。
「くっ、来るなーっ!」
男はそれを見て、女から逃げ出した。
俺は息を呑んで、日馬に問いかける。
「おい、俺達も逃げたほうがいいんじゃないか?」
「いや、逃げたらだめだ。」
日馬が短く答え、女に視線を向けたまま言葉を続けた。
「ここで、これが何なのか見ておかないと...何もできなくなる。」
日馬は女と距離を取りながら、構える。
両手を胸元まで上げ、足を開き、重心を落とす。
『...ないと...殺さないと...』
ダオさんも日馬に近づき、猟銃を構える。
そして、日馬に向かって三本の指を立てる。
(あと、三発なのか...)
『う...うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
女が叫びだす。
「宮巳も構えろ!」
「あ、ああ」
俺も日馬のマネをして構える。
「いや、ち...」
「あれ?」
女が声を漏らす。
だが、その声は重なっていなかった。
あの不気味な残響が、ぴたりと消えていた。
何かが止まったのだ。
「止まった?何で...」
女がつぶやく。
日馬が問う。
「おい、何が起こったんだ。」
女は首を振る。
俺は聞く。
「どうする。捕まえるのか、それとも、逃がすのか。」
「捕まえよう。ツタで拘束する。」
日馬はそう答え、女に近づく。
「何するの...」
「お前を拘束する。大丈夫、逃げない限り危害を加えない。」
「...わかった。」
女はダオさんを見て、諦めたように捕まる。
「よし、行こう。」
そう言って、キャンプ地に向かっていった。
ーーー
ザッザッザッ
着いてまず思うのは、“キャンプ地“なのに、キャンプがないということだ。
焚き火に薪置場、木の根っこの椅子だけ、寝るときはどうするのだろうか?
「大丈夫だった?」
沙月が日馬に聞く。
「ああ、大丈夫だ。そっちも何も無かったのか?」
「ええ、大丈夫よ。...ただ、三間さんと佐藤さんがまだ帰ってきてないから心配だわ。」
沙月はそう答え、日馬に近づき質問する。
「で、この女は誰?」
日馬の腕に抱かれている女に鋭い視線をやる。
最も鋭い矛みたいな目だ。
「この人は、男を追いかけていた人で、なにか変だったから連れてきた。」
俺が答える。
「...そう。...あなたに聞いてないわ。」
俺に大穴が開きそうな視線をやる。
「大体あってる。その変なことが起こるのは、何が原因か知るために連れてきた。」
日馬は沙月にそう答え、頼む。
「沙月はつるや紐など紐状のものを持ってきてくれ。」
「...わかったわ。」
沙月はそう答え、森の方に向かう。
「ダオさんは沙月について行ってくれ。」
ダオさんはうなずき、俺に袋に包まれた鹿肉を持たせて、後についていく。
そう鹿肉。ダオさんが血抜きしていた鹿肉だ。
忘れずにちゃんと回収しているのだ。
忘れて、日馬が進み始めたときはびっくりしたぜ。
さて、話を現実に戻すと、俺が袋ごと鹿肉を落としかけているところだ。
「お、重!」
俺は今日のご飯を落とさないよう力を込める。
「おい、これはどこに置くんだ。」
「そこに置いといてくれ」
と、草が敷かれている場所を指差す。
「これは地べたと何が違うんだ?」
「この草は虫よけの効果があるから、虫がつきにくいんだよ〜。」
「...ほんとか?」
「ひどい!何で信じてくれないの。」
「一応、俺は黒井を信用している。黒井が信用ならないなら、俺も信用できない。」
「いつの間にそんな関係に!そっか、恋は唐突だもんね。」
木依は納得したように頷いた。
「いや、俺達はそんな関係じゃないぞ。」
「隠さなくて大丈夫だよ〜。」
「恋じゃないわ。」
黒井が割り込む。
「私達はもう結ばれてるわ。」
「嘘言うな!」
俺の怒号が響く。
「ええっ。じゃぁ、これが新婚旅行?」
木依がパチパチと目を瞬かさせる。
「そうね、初の二人の旅行になるわね。」
「結婚してないから。俺はまだ誰のものでもないから。」
黒井の悪ふざけに、俺は訂正する。
「そうね、今のは嘘よ。」
「そうよね。」
「宮巳は女にあられのない格好を聞く変態だから。」
「変態じゃないですか!」
「それは誤解だ!」
黒井は無表情に腕で胸やを隠し、身を捩りながら言う。
「そう。はじめってあった私に、裸のことを聞いてきたの。」
「それは、夜に服を着ないお前が悪いだろ!」
「もうそんな関係なんですか。大人ってすごいですね。」
「...木依ちゃんは何歳?」
俺は木依に聞く。
「今年で十七歳です。」
「大人は一緒に寝て起きたら知らない人だからな。大人に気をつけろよ。」
俺は木依に忠告すると、
「変なことを吹き込まないの。」
沙月が乱入してきた。
「おかえり、沙月。」
「これはどこに置くの?」
沙月は植物のツタを前に突き出す。
「俺が貰おう。」
日馬は沙月からツタをもらう。
そして、女に近づく。
「手首、肘、そして腕を胴体に固定する。足を結ばないのは何かあったときにすぐ逃げ出せるようにだ。」
日馬はそう言いながら、慎重にツタを女の体に巻き付ける。
「逃げ出してもいいが......ツタをほどいてくれる仲間がお前にいるかな?」
「...ええわかったわ。」
女は抵抗せず、ぐるぐる巻きにされていく。
「......そういえば、この人の名前は?」
日馬が答える。
「橋田菜乃味さんだ。」
女が自ら名乗る。
「橋田菜乃味よ。天然水と水道水の違いがわかる女よ。」
「...」
俺は日馬に聞く。
「いつの間に名前を聞いたんだ?」
「いや、たまたま会ったことがあってな。」
「で、これからどうするのよ。」
橋田が遮る。
「あなた達はこれからこの島で生きていくの?それとも脱出するの?」
「一応、脱出するつもりだ。」
日馬は積まれた木の板を指差す。
「あれで船を作り、脱出する。」
「全員で?」
「いや、全員は難しいと思う。」
俺が口出す。
「人数が増えれば、それだけ準備が長くなる。」
俺は橋田を見る。
「いつお前みたいになるかもわからないしな。」
「...お前は嫌ね。名前で読んで。」
「橋田さんがどうかしたの?」
木依が尋ねる。
「橋田がさっき、突然変になったのよ。」
「変じゃないわ。」
「苦しそうだった。」
「持病よ。」
「エコーを掛けすぎた声になった。」
「特技よ。」
「ほなにゃらになりたくないって言ってた」
「厨二病ね。」
「...橋田は一旦黙れ。」
「ひどいわね。」
黒井が橋田に聞く。
「ほなにゃらは何。」
「...」
「答えなさいよ。」
「ごめんなさいね、あなたの男に黙らされちゃった。」
黒井が俺をキッと見つめる。
「...喋っていいぞ。」
「まだ喋りたくないわ。」
「...いつになったら喋るんだ。」
「さぁ?この拘束が解けたらじゃない?」
「じゃあ、無理だな。」
ぐぅ〜。
お腹が鳴る音が響き渡る。
ダオさんに注目が集まる。
ダオさんは逃げるように鹿肉に目を向ける。
「...ご飯にしましょう。」
「ああ、そうだな。」
俺達は鹿肉を囲む。
ダオさんがナイフを持って、かがむ。
肉を切り分けるようだ。
ダンッ、ダンッ。
どんどん切り分けられていく肉を俺達は見る。
そして、九個に分けられた肉ができた。
「これは俺のだな。」
俺が真っ先に指差す。
「これが私のね。」
黒井が静かに指差す。
「これを貰おう。」
日馬が迷いなく指差す。
「これがいいです。」
木依の明るい声が響く。。
「これかしら。」
橋田がすました指差す。
「これ、私の。」
沙月がさっと指差す。
ダオさんは無言で指差す。
そしてーー
「これね。」
「いいんすっか。これもらって。」
二人の男女が指を指す。
皆が指差すのは、最も大きいと思われた肉だった。
全員の視線が交錯する。
今、肉を狙った九人の戦いが始まる。
最後の二人のこと忘れてた。