第三話 自己紹介のしかた
俺は、思考が止まった。
「は?」
(いま…俺を殺したと言ったか...)
重い沈黙が流れる。そして、この沈黙は俺を急かす。
「昨日とは、どういうことだ?俺は、お前とあったことは......ない。」
俺は、彼女に聞く。
(どういうことだ、俺は彼女を知らないし、殺された覚えもない。)
彼女は、俺の顔を不思議そうに見る。
まるで、『本当に覚えていないのか』と。
俺は彼女に詰め寄る。
「お前は誰なんだ!ここにいるのもお前のせいか?俺を...」
彼女の肩を両手で掴み、言い放つ。
「…殺したってどういうことだよ。」
俺は、まだ仕事の疲れがあったし、知らないところで疲れていたかもしれない。
少しヒステリックに、問い詰めてしまった。
彼女は動じず、落ち着いて返事をする。
「そう、ならば答えましょう。」
彼女は俺の両手を掴み、言い放つ。
「まず、人違いだったわ。私の名前は、黒井白奈。あなたがここにいるのは…私のせいかもしれないし、違うかもしれない。つまり、わからないわ。」
彼女は、俺の両手を肩から離し、まだ続ける。
「そして、さっき言ったことは忘れて。」
そう言い、彼女は一人森の方に向かった。
俺は、その場で固まっていた、一人浜辺に取り残されていた。
(追いかけるべきか?)
(だが、彼女は殺したことを否定しなかった。)
(どうする?浜辺で救助を待つか?)
(彼女は俺でなくとも、誰かを殺したことになる。)
(だが、ご飯は、水はどうする?)
(一人で生きていくのか?)
(何故、彼女は人を殺した?)
(俺は、どうすればいい?)
そこまで考え、俺は走り出した。
森の入り口へ、未知なる場所へ、彼女の元へ。
(彼女に俺を殺す必要はないし、凶器も持ってなかった。)
「俺は…まだ誰もいない島に女一人にするほど落ちぶれてねえんだよ。」
全力で砂浜を走る。
走る。
走る。
森の入り口のちょっと手前、そこでやっと彼女を見つけた。
「待て、黒井。」
黒井はこちらを見る。
「遅かったわね。」
黒井は見つめる。鋭く、強く俺を真っ直ぐに。
「俺はお…」
ヒュンッ
俺の目の前を、細い影が通りすぎる。
バシャッ!
すぐに飛んできた方向に目を向けると、そこには身長は百九十センチメートルを越え、筋肉の鎧で覆われた二人の男がいた。
一人は、黒のタンクトップに短パンとボディビルダーのような姿で、やりを複数本腰につけている。
もう一人は、動物の皮でできた上着とズボンを穿いていて原住民のようで、だがタンクトップと違いライフルを背負っていた。
俺は、飛んできたものを見ると、驚いた。
その影は、鋭く尖っていた槍だからだ。
(少し間違えれば死んでいたぞ。)
「お嬢さん、その男はあんたの仲間か?」
タンクトップが聞く。
「それとも、お前の敵か?」
黒井はチラッとこっちを向き、答える。
「ええ、彼は私の仲間よ。」
「そうか。」
タンクトップが俺を見つめ、言う。
「ついてこい。お前らを俺達のキャンプ場所につれていく。」
タンクトップと皮の服の男が、森の奥に進んでいく。
黒井はこちらを向き、言う。
「何してるの?早く行くわよ。」
そして、森の奥に進んでいった。
俺は、現実に意識を連れ戻すと彼らを追いかけ始めた。
ーーー
(彼ら……一体、何者?)
タンクトップと原住民の装備を見る。
尖った槍、ライフル、さらに雄の鹿。
(彼らはここで生きるすべを身に付けている。)
私は、後ろを見る。
(宮巳も私も簡単に殺されてしまう。)
私は、前を向き、決心する
(でも――宮巳は、私が守る。)
ーーー
少し歩くと、開けた場所があり、焚き火の跡があったが、そこには誰もいなかった。
「まだみんな帰ってないんだな。」
タンクトップが言う。
「そこら辺の座ってくれ。」
「ありがとう。」
黒井は、言われた通りに座る。
「...ありがとう。」
俺も彼女にならい、座る。
原住民は、タンクトップに近づき、
「〜〜〜」
何かを言って、鹿を持っていった。
「彼はどこに言ったんですか?」
俺が聞く。
「血抜きをと解体をしに行った。三十分もすれば帰ってくるだろう。」
タンクトップが答える。
「まずは自己紹介からいこうか。俺の名前は、日馬友希。ボクシングのヘビー級でちょっとだけ名が売れてた。」
日馬は、そう自己紹介をし訪ねる。
「お嬢さんの名前は?」
黒井が答える。
「私の名前は、黒井白菜。会社員だったわ。歳は二十三歳よ。」
「よろしくだ、黒井さん。」
「呼び捨てで良いわよ。」
「分かった、黒井。で、そこの男は?」
俺の番が回ってきた。
(まず日馬が、自分の職を言い、黒井が歳を話した。つまり、おれもなにかプラスして言わなくてはならない。)
俺は立ち上がり、思考する時間を稼ぐ。
(俺が知ってもらうために、一緒に暮らすために、仲良くなってもらうために!)
俺は答える。
「俺の名前は、宮己楓生です。歳は22歳で、黒井と同様に会社員をしていました。」
(会話をするには、みんなが知っているものが良い。みんなが知っていて話しやすいもの。そう、それは…)
「俺の特技は、キリンの声真似です。」
俺はなりきる、キリンに。
今、この一瞬、俺はキリンなのだ。
恥を捨てろ、勇気をもて、未来のために。
「モォォォォ。」
静まり返った森に、やけに響いた。
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