閑話 臆病か慎重か
新人冒険者のタンク(盾)役の、ルク視点の話です。
冒険者になりたくてそれぞれの村やら町を出てきた、ほぼ同い年で集まってできたチーム。
新人研修を受け、その後は自主的に新人専用のダンジョンでしばらく戦い方や冒険者としての心づもりなんかも学ぶ。
それが、当たり前なんだ。みんながみんな、その順番通りにこなしていけば様になるようになるんだ。
(とか思っていたのに、こんなことになるなんて)
所詮、ツギハギのような出来方をしたチームだった。まだ仲間として一緒に戦っていくってことを、理解できていなかった。信頼も信用も、何一つ気づけてないまんま。誰かの勢いに流されても仕方ないかって空気の方が多かったのを、曖昧にしてきたツケが回った。
それがハッキリしただけの話じゃないか。
タンクのルクは、さっきまで自分たちを励ましながら冒険者としてのアレコレを伝えてくれた彼らがさっきまでいた場所を眺めていた。
さっきまでいたというか、さっきそこから消えた場所と言った方がいいのかもしれない。
「ルク…、どうする? 俺たち」
唯一一緒にダンジョンを脱出することになった仲間、シーフのノッグが呆然としたままで同じ場所を眺めていた。
「どうするって、あの二人に言われた通りで、ダンジョンから出る以外ないんじゃないの?」
ここにずっといたところで、そのうちまた出くわすかもしれない魔物の餌になるのが早いか、後から来るかもしれない別の新人冒険者に笑われるかってだけの話じゃないか。
「生きて戻れ。それだけ言われただろ? ……二人きりの時に、さっきみたいな魔物に出くわせば二度目はない。今度こそ死ぬ。このままここにいても何も変わらない。ならば、選択肢は一つだと思う」
そう俺が言っているというのに、ノッグはおかしなことを言い出す。
「でもさ、さっきの二人が消えた場所には転移の魔方陣があったってことだろ? もしかしたら俺たちよりも先にダンジョンを出たかもしれないって考えられないか? あそこに行けば、楽して転移で出られるんじゃ?」
あの二人があんなに警戒して様子見していた魔方陣なのに、どこへ行くかも知らないままだったってのに。
「呑気か、お前。それか、あの二人がいなくなったから素が出てきただけか? 自分に都合がいいこと、先に逃げたアイツらと一緒に口にしていたもんな」
ダンジョンに入ってから、初めて口論になった。
(初めてっていうか、どうせ何をどう言っても押し切るんだろうって諦めてて、揉めたっていいから話し合わなきゃダメだろとか頭の中だけで思ってたもんな。誰一人として、同じチームで長くやっていくなら必要なはずのことを、口にするのを避けてた)
「今さ、こうして二人きりなのに、こんな風に揉めそうな会話にしなくたっていいじゃん」
案の定というか、俺の方を責めだした。ほんと、やっぱりって感じ。
「たった二人だからこそ、腹を割って話し合うんだろ? 自分のことばっかじゃなく、二人の方が腕は四本に増えるし、頭は二つだし、一人だったら耐えきれないかもしれない時間を乗り切れるかもしれないとかさ。二人だからこそ考えることからも逃げてないで、本当に楽したきゃ俺たち二人であの人たちがあんな状況でも願ってくれた”無事に戻る”方法を、ちゃーんと考えなきゃなんじゃないのかよ」
一気にまくしたてたそれはどうやら図星だったようで、「ぐ…っ」とか唸ったなぁと思ったら、口を尖らせてから「お前のそれ、マジで遠慮ないもんな」とため息と一緒に言葉を吐き出してきた。
「他に言う奴がいないんだから、俺が言うしかねぇだろ?」
「あー…まあ、な」
そう言うと彼は、一階上のフロアの方が安全だと彼らが口にしてたのを思い出したようで。
「ゆっくり話し合いたいとこだけどよ、一旦あっちに上がろう」
あっちと言いつつ、人差し指を立てて上を示す彼に、俺は階段がある方へと一歩進むことで返事をする。
大股ですぐさま真横に並び歩き出し、俺は右と前方を、隣の彼は左を後方を警戒しながら進んでいく。
上の階に上がってほどなくすると、開けた場所があったのを思い出してそっちへと向かう。
そこへと近づいていくごとに、人の声が大きくなってくる。
俺たちが中ほどの岩壁にもたれ掛かる頃には、他の冒険者チームもまたここにたどり着いてきて。
「思ってたよりも結構な数のチームが潜ってんだな」
なんて言いつつ、真横に腰かけた彼が新しくやってきた冒険者チームの方へと顔を向けた。他の冒険者チームも様子をうかがうように、そっちへと一瞬向いたなと思ったら仲間の方へとすぐに意識を戻して何か話をしている。
自分たち以外の冒険者がいると思えただけで、肩の力がふっと抜けた。思っていたよりも緊張していたみたいだ。荷物の中から水筒を出し、蓋を開ける。
「まずは休憩。水を飲みつつ、アイテムの在庫数確認とこの後について相談だな」
俺がそう話しかけると、ノッグはとっくに飲み始めてて。口角に垂れていた水をこぶしで拭ってから、親指を立ててオッケーと返事をした。
彼もこんな勢いで水を飲むくらいに緊張してたのかもな。
「まだ外に出てないんだから、そこまで一気に飲んだら無くなるんじゃないのか」
何の躊躇なくゴクゴク飲んでいる彼に、やんわりと注意をしてみる。
「あー…あはは、ホントだな。結構飲んじまってから声かけてくんなよ。もっと早く言ってくれたって」
とか言い返してもんだから、さすがにカチンときて遠慮なく言い返す俺。
「人のせいにするな。その辺は自己管理だろ? 自分のが無くなったら、誰かからもらえばいいとかどこぞの誰かさんみたいなこと考えての発言だったら、軽蔑するよ?」
今はここにいないアイツらのことを思い出して話していただけで、自分の視線も声のトーンもかなり冷えたものになっているのを自覚する。
(思ってたよりも、アイツらとの冒険が俺にはストレスだったんだな。いつも俺に余分に荷物を準備しろとか言ってたからな)
ポーターでもあるまいし、無限の収納袋があるわけでもないのに。他人の分まで食材や水を確保しとけとかありえない。ましてや、アイツはいつも個別で持っているはずの薬草だって持たず。戦闘中に何かあっても、人任せだった上に間に合わなきゃ人のせいにしてた。
(よくあんなのと冒険者やろうとか思えていたな、俺)
同年代。近隣の町や村から冒険者を目指して出てきた。自分は強いと思ってた。カッコいいと思ってた。もしくは、話をしてみてカッコいいと思った。憧れていた冒険者が一緒だった。憧れの人に近づける仕事が冒険者だと疑っていなかった。
(他になにかあったっけ。……っていうか、最終的に押し切られてタンク役として参加したかも。その辺の記憶が曖昧なあたり、俺も仲間が出来てってどこか浮かれてたのかも)
そこまで遠くないはずの過去が、やけに昔に感じられてしまう。
「あ……ぅ…。その…ごめん」
目の前でわかりやすくしょげた彼は、きっとまだあいつらよりはマシのような気がしてる。
(そう思いただけかもだけどさ)
「いーよ、別に。普段から、自分のことは自分でって意識するようにしてなきゃ、いざって時に困るのは自分だなって思ったんだ」
俺がそう言うと、苦笑いを浮かべながら「たしかに、だな」と言ってからフロアーにいる他の冒険者たちへと視線を流した。
急に無言になったかと思えば、首をかしげ。
「…どうかしたの?」
そう質問したのに、返事の前に今度は反対側へと視線を流して首をかしげた。
「何? なんなの? さっきからさ」
首をかしげている原因がわからず、ちょっとイラっとして、つい口調がキツくなってしまう。
「あ? …あー、いや、さ。変だなって思って、見てた」
主語がない、主語が。
「変? 何が?」
主語をよこせと聞き返すと、傍らにあった手のひらほどのそこそこ大きめな石を拾って、すこしだけ掲げたかと思えばそのまま真下へと落とす。
ゴトッと、それなりの音がしたのに。
「………え?」
同じフロアーにいる他の冒険者の誰一人として、俺たちの方を振り返ることがなく。
冒険者として、物音や異変や違和感には敏感に反応すべしというものがある。まずは振り向け。対象がなにかを目視しろ、と。
たった今…目の前で起きたことに驚いた瞬間、ついさっき自分たちがここにたどり着いた時のことを思い出した。
「ちょっと待ってよ、ノッグ。俺……気づいちゃったんだけど」
俺がそう呟くと、彼も「俺もだ」と短く息を吐いた。
「もしかしてだけど、隠ぺい魔法かけられてない? 姿だけじゃなく、音を遮断する方も」
彼が声を重くして呟くそれに、俺は唇をギュッと噛む。
まさかだ。
そんなことが? と思いたい。
でも一体いつから? というか、俺たちにはそんなことは出来ない。まだまだ発展途上だろ? ならば、と思い浮かぶのは二人の冒険者たちの姿。
「なんで…」
どうしてと思ったところで、彼らは今どこにいるのか飛ばされたのか知る術はない。
けれど、実際こうして現状を把握してしまえば。
「疑う余地はないと思う。間違いなく、あの二人が俺たちにかけた魔法かスキルの効果だ」
「…だな」
そうして思い出してみるのは、一緒に戦ってくれたオークとのバトルを。
あの匂い袋や一時的にいろんなものの数値を上げてくれていたとしても、やけに戦いやすかった気がする。
匂い袋のせいで鼻の利きが多少悪くなっていたところで、匂いがする方へと腕を振り回していたオーク。
でも、それだけだったんじゃないか? 匂いしか俺たちを探す方法が。
直撃は? タンクの俺がガードしてたっていっても、そこまで重い攻撃だと感じたのがあったか?
「もしかしてさ、オークとの戦いの時にもかけてた可能性…ない?」
俺がそう切り出すと、ノッグは一瞬固まってから「あ!」と何かを思い出したようで。
「そういやさ、途中から参加してきたヒーラーのクレムさんいただろ」
「あ、うん」
糸目のふんわりした感じの、白いローブを羽織った人。急に現れたもんな。
「あの時さ、ルクはほとんど背中向けて防御に徹してたから聞いてないかもしんないけど」
その時の状況を説明してから、ちらっと俺を見てすぐに目を逸らし。
「え、なに?」
そう切り出してから、ゆるく握ったこぶしを口元へ持っていき。
「聞き間違いじゃなきゃ、こう言ってた。”その魔法かけてると、居場所特定出来ない”とかなんとか。オリバーさんに」
なんつう情報を、後出ししてきてんだよ。
「な…」
なんでと言いかけて、その時のことを思い出す。
「…あー…、そっか、そうだよな」
で、すぐさま反省。
あの時の俺たちは戦うのに必死で、学ぶのに真剣で、支えてくれている人にちゃんと応えたくて。
それだけに気持ちも体も向けていた。
一瞬だけ耳に入った会話にツッコミなんか入れてたら、それこそ隙が出来て危なくて。そっちを選ばなかった方が、あの時のノッグには正解だった。…うん、間違いない。
「ごめん。あの戦いの後に、すこし移動してた時間だってあったのに。その時にでも思い出してたら、二人のうちのどっちかに聞けたかもしれないのに」
それも結果論だ。戦いが終わって、無事に終われて。初めての解体の機会を与えられて。おかしなテンションになってたもんだから、気が緩んでたとかじゃなく、興奮しすぎてたんだと思う。
「仕方ないよ、ノッグ。俺たち、まだまだひよっこだったんだから。たくさんのものが足りてなかったんだもん」
余裕も経験も知識もアイテムも、なにもかも無さすぎた。
そこまで考えてから、考えてみる。
「なあ、なんでこんな魔法…かけたんだろ」
ノッグも同じことを考えてたみたいで、一緒に考えようってなった。
いろんなものが足りてなかった俺たち。ろくにレベル上げもしてない状態で出てきたオーク。
このダンジョンであれが出てきたのは、正解? 不正解?
それと、あの二人があの場にいたのは偶然? それとも、必然? いや…違うか。必然とはなんか違う気がする。故意? それも違う気がするな。これって言葉が思いつかない。
キッカケは何であれ、あの二人はただただ俺たちを助けてくれた。しかも、きっと自分たちだけで戦えばもっと早く討伐できたかもしれないのに、そうしなかった。
ノッグと俺がメインで戦うようにしてくれてた。
俺たちの経験も力も足りていないのを前提に、それを底上げするからって。
(やっぱりさっき思い出した、あの戦いの時のオークの違和感は合ってるんじゃないのか?)
もしかして、の話。
どこかへ転移されてしまう直前に、俺たちを突き飛ばすことで魔方陣から遠ざけてくれた二人。
オリバーさんは消える前に、俺たちへと手を伸ばしてなにかを呟いていたかもしれない。かすかに唇が動いていた。
生きて戻れと叫ぶその声とは別に、本当に小さな唇の動きだったと思う。一瞬すぎたから、確証はないけど。
俺たちが戦いやすいように。ケガが少なく済むように。無事にダンジョンを出られるように。
出会ってわずかな時間しか一緒にいなかったのに。頼りっきりで、助けられてばっかの俺たちを。
冒険者としての、怖い経験も目指したい未来の自分を見つける経験も与えてくれた。
やめんなよ? 冒険者…って言われた気がした。
「俺たちは守られてたんだな、あの時からずっと」
情けない。カッコ悪い。けど、それが現実で事実だ。
「向き合わなきゃな、俺たち自身によ」
胸の奥にある重たさを吐き出すように、今の自分たちがしなきゃいけないことを言葉にする。
うつむく俺の肩に、ノッグの腕が回されて体重をかけられ。
「重いって、ノッグ」
「うるせぇよ、ルク」
そのまんま、まるでリズムに乗るかのように左右に振られる。肩を組まれているので、自動的に野郎二人で楽しげな感じになってる気がする。
「なんかヤなんだけど?」
肩先の手を払おうとするけど、ガッツリ掴まれてて離れてくれない。
「誰からも見られることねーんだから、いいじゃん」
そう言いつつ、ややしばらくそんな感じで左右に揺れてた俺とノッグ。
やってることがバカだなって思いながらも、途中から抵抗するのもめんどくさくなってやめた頃。
「……なあ、ルク」
ノッグが、ゆるやかにその動きをやめてから呟く。
「んー? なに」
やっと肩から重みが無くなったので俺はゆっくりと立ち上がってから、腰のあたりをパンパンと払いながら返事をした。
見下ろした格好になった俺をまっすぐに見上げたノッグも、「よいせっ」とか言いつつ立ち上がる。
「とりあえず、どこまでこの効果が続くかわかんねぇからさ。早めに動かねぇ?」
そう切り出されて、ものすごく大事で単純なことを考えていなかったことに気づかされる。
「たしかに。この効果が切れないなんてないもんな。…あー! なんでそこんとこに頭が向かなかったんだ。今更すぎる」
俺がそう言って唸ると、「マジでそれな」と大きくうなずくノッグ。
「効果が切れる条件、なんなんだろ。時間が決まってるのか、特定の場所でなのか、何かが起きたら解除なのか。情報いっこもないけど、時間制限ありなんだったら、切れないうちに動く方がいいもんな」
指を折りながら、どれなんだろうと考えるけれど、ヒントらしき会話もなにも思い出せない。そもそもで、そういう状態だってのに気づいたのが遅すぎた。
「だよな? この先でどの程度の魔物が出るか知らないけど、無事に戻れって約束を果たせる可能性が高いなら」
「約束を果たすためにも、動くべき」
「…だな?」
万が一で時間制限付きならば、ここにいつまでもいたらダメだ。
「時間制限付きの方じゃなかった時は」
そう言いかけて、押し黙る俺。
(さっきから少しずつは話し合いが出来ているとはいえ、元々はアイツと大差ない発言や行動してたノッグだ。二人で決めようとか切り出しても…)
だいたい、この後もノッグと二人で冒険者を続けるって選択肢がノッグにあるのかわかんないし、逆に俺の中の選択肢もわかんない。
なのに、話し合いたいだの言い出して大丈夫なのか? また無駄足にならないのか?
(こういうとこ見てたら、また言われんのかな。アイツに。臆病者って)
言いかけた言葉の続きを切り出せずにいると、肩先をポンと手のひらで叩かれ。
「何か起きた時は起きた時で、一緒に考える他ねぇよ。悩んでる暇あるなら、さっさと行くぞ。ルク」
上へと続く階段がある方へと、そっと体を押された。
トットットッ…とふらつきながら数歩歩き、その後は彼の横に並んで同じ歩調で歩き出す。
「…なんだよ」
横からジロジロ見過ぎたらしく、口を尖らせたノッグに睨まれた。
「いや、だってさ。その…そういう話し合い、めんどくさそうだったよな。アイツらといた時に」
警戒しつつも、これまでのことを引き合いに出してみれば、盛大にため息を吐かれる。
「あのなぁ?」
そうしてすこし機嫌が悪そうに、おおげさに身振り手振りを交えて話し出す。
「アイツらに合わせてただけで、俺って人間は人に対して威張りちらしたいタイプじゃねえよ。俺の言うこと聞けとか、よほど責任感ある奴のじゃなきゃ聞きたくなかったし。あそこまで人の話を聞かない奴に出会ったの初めてだったから、途中から言い返すのめんどうになって従ってただけ。あんな奴の真似になりそうなこと、絶対したくねえわ」
そう話す彼の表情から、思っていたよりもアイツらのことを嫌っていたことが知れた。
「そ、なのか」
一気にまくしたてる彼の勢いに圧され、ぎこちなく返してしまう。
「でもよ、お前はそうじゃないじゃん? 臆病じゃなく、慎重…なんだろ? だからこそ話し合おうとしてくれてたってのにさ」
とか言いながら話す彼の歩く速さが、ほんのすこし速まる。あわてて追う俺の目に、頭に巻いたバンダナのすぐ下の耳が赤くなっているのが見えた。
自分で話しながら照れくさくなってきたのか、それをごまかすのに早歩きしてんのか。
(なんだよ、いい奴だな。コイツ)
「じゃあ、そん時は話し合おう。ノッグ」
彼の背を追い、大きな声でそう告げた。
俺がそう告げた瞬間、彼の足がピタッと止まって、グルンと体ごと振り向いたかと思えば。
「んなバカでっかい声じゃなくても、聞こえてるっつーの。ルクは頭いーのに、バカなんだな」
言い終わったと同時に、歯をむき出しにして、イーッと見せてすぐにまた前を向く。
「てか、歩くの遅いぇ」
また耳を赤くしながら、悪態をつく彼に。
「悪かったね!」
自然と顔をほころばせながら駆け寄る俺が体当たりをしたら、ノッグの上半身がわかりやすくグラつき。
「魔物にじゃなく、お前にケガさせられるのか。俺」
なんて感じで文句を言う割に、彼の表情も怒ってなんかいなくて。
「誰かさんの足が長いせいで、速いからさ。足の短い俺に合わせてくれてもいいだろ?」
らしくなく冗談なんか言ってみれば、一瞬ポカンとした後に。
「ふはっ! 自己申請で足が短いの言った奴、初めて見た」
楽しげにそう言い、笑った。
――――その後、何事も起きることはなく。無事にダンジョンを出て、ギルドの方に起きたことを時系列で報告。その場で今回のような場合の報告書の書き方を教わる。
オリバーさんとクレムさんについて聞いてみたけれど、どうやら今回は他のギルド経由で潜っていたようで。
「今回についての詳しい情報はないけど、あの二人はいい冒険者よ。以前ここのギルドに所属していたことがあるから」
なんて感じでまるで世間話みたいに話された二人は、それぞれ別のチームに所属していたようなのに、どっちもクビになってて。
「クビになった理由を詳しく言えないけど、クビにするべきじゃなかった二人だと思ってるわ。…あたしはね」
ギルドの事務員さんの真剣な顔つきに、俺たちも素直にうなずいていた。
だって、俺たちが出会ったあの二人が俺たちが感じたままの二人ならば、チームにいたらすごく助かる人たちのはずだから。
(なんでクビにしたんだろう)
詳しく知ることは許されなかったけれど、彼らが抜けた後のチームを想像して思わず漏れたのが。
「…バカだなぁ」
って感想だった。と同時に思ったのは、このままアイツらと一緒に冒険することはないなってこと。それと、俺たちがいなくなって後悔するほどに強くなりたいってこと。
そのバカだなぁって言葉を、いつかアイツらにも言えるほどに。




