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オリバー 3




今回こそ最後にするぞと、これまで以上に意気込んで準備をしていくオリバー。


宿屋には、今朝までの宿賃を支払い、また戻ってきた時にはよろしくと普段通りの無表情な顔つきで頭を下げて出る。


宿屋のおかみさんはその辺も理解しているようで、こちらも変わらずにオリバーの分も笑っているのではないかと思えるほどに、朗らかに微笑んで彼を見送っていた。


おかみさんがいつまでも見送っていることに気づくこともなく、オリバーの頭の中は今日潜る予定のダンジョンのことだけでいっぱいだ。


新人のために用意されたといってもいいランクのそのダンジョンなど、オリバーにとっては庭同然ではあるものの、そんな彼があえて狙って潜っているわけで。


前日の昔馴染みの友人ともいえるジェフの思いをありがたく思いながら、オリバーは最後になるはずの新人冒険者たちのサポートへと歩を進める。


特にどこかの新人冒険者たちと予め相談をしてあるわけでもなければ、サポートの報酬を求めているわけでもない。


入り口付近で様子をうかがい、バランスが悪そうなチームや新人にありがちな浮ついた様子で潜ろうとするチームの背後から、多少の距離を開けて潜っていくだけだ。


それらしいチームがいなければ、それでよし。


入り口でボーッとして終わることだって、これまで何度もあったことを思い出しながら空を仰ぐオリバー。


そんなオリバーの様子をさらに離れた場所からうかがっていたのが、クレムだ。


特に気配を消すような魔法は持ち合わせていない彼だが、冒険者としてのそれなりの経験で身に着けたようで。


ダンジョン入り口でオリバーが注意を払っているのが新人冒険者だけだということもあってか、本来の彼ならばクレムの気配に気づいたかもしれなかったはずが、一切気にすることもなく彼にあとをつけられることとなる。


オリバー的に気になるチームがいたのか、それまで静かに潜んでいた彼が足音も立てずに、そのチームの背後についていった。


クレムは、オリバーを見失わない程度の距離を取って付いていきながら唸る。


「あのチームなんて、よくある新人冒険者チームってだけだろ」


自分なら付いていかないし、気にもしないのに。と、クレムは若干呆れながらも付いていく。


初心者らしく、小物から順番に倒していき、宝箱にも注意を払いながら開けて。最初はよくある薬草が入っていたり、ささやかすぎるほどの大きさの魔石が入っていたり。


その時々で一喜一憂をする彼らを、オリバーが一定の距離を開けたままで眺めているのをクレムは見ていた。


彼の表情は、一切見えない。オリバーの後ろ姿だけしか、彼には見えていない。


クレムが見ることが叶わなかったその表情は、安堵や懐かしさを含んだどこか憧れているものを見ているようなもの。


彼らが窮地に陥った時に助けにはいるつもりでも、彼らを眺めみていることで、オリバーは冒険者として歩き出した昔の自分を重ねては初心に返っていた。


油断も驕りも、自分の首を絞めるだけ。自分の首が絞まるということは、共に戦う仲間がいれば彼らもを窮地に陥れてしまうということ。


それをまるで自分に言い聞かせるかのように、彼らの姿に過去の自分たちを重ねながら胸の中で何度も呟いていたのだった。


階層自体はそこまで深くはないが、代わりに横に広く、数多くの新人冒険者がたくさんの学びを得られるようにと作られているそのダンジョンで。


オリバーが気にかけていたチームが、他のチームとは違ってどんどん深く潜ろうとしていた。


第一階層の端から端まで探っていくことなどせず、下に潜っていける方が強いのだと思い込んでいる節があった。


それを決定づけたのが、4人組のそのチームで一人だけ冷静に自分たちの力量を計っていた様子の守備役のタンクの男の子が、他3人を止めようとした時の会話だ。


洞窟ということで、声が大きければかなり反響してまわりにも聞こえてしまう。それを知らずか、最初は穏やかに始まった様子の話し合いが激しさを増し、比例して声も大きくなっていった。それで、魔法を使うまでもなく彼らの会話が丸聞こえになってしまった。


タンクの彼は、「まずは第一階層を、それこそ地図が描けるくらいにしっかり攻略した方がいい。今後潜るかもしれないダンジョンには、どこにどんなトラップがあるかを自力で知らなければならないし、どこに宝箱があるかも把握が必要だし、宝箱のどれがトラップだったかも記録する癖をつけた方がいい。先に先に急いで進みすぎると、レベルも上がらないから、調子よく進みすぎると敵のレベルに見合った力をつけることなく戦うことになる。それは命を無駄にする行為だ」とまで言い切った。


彼を冒険者に育てた師匠か親か知らないが、冒険者にとって必要なことの一つをキッチリ学んでいるなと、間接的に聞いているとはいえオリバーは感心していた。


ところが、残りの3人は揃いも揃って同じことを言い返していた。


「んなことは臆病者の言うセリフだ」


と。


物は言いよう、と思いつつ見守るオリバー。


先ほどは早口で興奮していたせいか声も若干高めだったのに、タンクの彼はやや間を置いてから、今度は(たしな)めるかのように声のトーンを落として告げた。


「臆病者? よく言うよ。慎重って言葉を知ってるか? 冒険者になるということは、自らの命を懸けているということだ。慎重になって何が悪い。少なくとも、俺はまだ死ぬ気はない。生きるための学びが出来るのが、この新人冒険者向けのダンジョンなんじゃないのか」


オリバーは思った。


新人冒険者じゃないんじゃないのか? と。


けれど、どう見ても対峙している仲間らしき3人と同じく顔つきも体つきも幼い。


正直なところ、彼を育てたいと考えてしまった。――が、さすがにこの場では声をかけるわけにもいかないことくらい理解しているオリバーは、岩肌を背中に背負ったままでため息を吐いた。


彼らの会話を盗み聞きながら。


ギャアギャア言い合いながら、彼の言葉にうなずくこともなく他の3人が先に進もうとする。そこを一人で止めようとする彼は、掴んだ腕を振り払われてよろける。


(…あ)


思わず飛び出しそうになったオリバーだったが、よろけただけで体勢をすぐさま立て直して彼らの後を追っていく彼の姿にホッとしたような何ともいえない気持ちを抱えたままで、オリバーは静かに新人冒険者たちの後を追った。


――――さっきの話などおかまいなしに下の階層へと進もうとする彼らに、窮地が訪れる。


「なんなんだよ! ここのダンジョンって、どんだけ深く潜っても、所詮新人冒険者用のダンジョンじゃなかったのかよ!」


そう怒鳴るアタッカーの彼が向き合っているのは、オーク。豚の頭が人の姿に乗っかっているような見た目の魔物。


オークにもいろいろランクがあるが、これは一番ランクが低いものだ。


それでも、オーク自体はBランクの魔物なので彼らには荷が重い。


(これがジェフが別のダンジョンに繋がっていることがあるとか言っていたのと、ランク外の魔物がこうして現れるのは関係があるのか?)


友人がこぼしていた言葉を思い出し、自分がまさに今見ている状況を分析する。


ダンジョン自体に鑑定をかけてみると、ここは新人冒険者用のダンジョンとはいえCランクらしい。


オリバーが過去に同じこのダンジョンに潜った時のランクは、もうすこし下の方だった。


(どういうことだ? やっぱり何かが起きているのか? それか俺が知らないうちに、新人冒険者用と銘打って引退した冒険者が戻ってくる前に潜る用のダンジョンに変わっているのか?)


いわゆる出戻りをする冒険者が増えてきたという噂は、ジェフから聞いていたものの、詳しくは聞いていなかったオリバー。もしかしたら…で、そっちのダンジョンの可能性が出てきたよう。


それならば、オークが出てきてもおかしくはない。ジェフが気にしていたこととは、違う状況なのかもしれないと考えた彼は、まずはこの場をどうにかしなければとオークを遠巻きに眺める。


敵は興奮しているのか、よだれと息の荒さが目立ち、彼らの恐怖を煽るには十分な状態。


新人冒険者の彼らは逃げることも出来ず。剣を構えてはいるものの、ただ震えているだけだ。


(彼らがこのダンジョンについて調べた上で潜ったのかは、後で聞くとして。さすがに手を貸すか)


一歩踏み出して彼らを助けようと、オークの気が逸れるようにとオリバーが呪文を詠唱しようとしたその瞬間だ。


オークが腕を振り上げて彼らに殴りかかろうとしたのを、タンクのあの彼が盾で防ぐ。


「偉そうなことばっか言ってたからだろ! だからもっとレベル上げようって言ったのに!」


このフロアに響くほどの声で怒鳴りながらも、しっかりと盾を構えていた。


文句を言いつつも、自分だって震えている様子がうかがえるのに、それでも彼らを助けようとしている。


「俺がガードしてるうちに、さっき入ってきたトコから逃げろ!」


なんて無茶なことを言いながら、オークが繰り出すパンチを防いでいた。


チラ…とタンクの彼以外の3人へと視線を流してみる。


(さて、どうするつもりかな。それ次第じゃ…)


最初から最後まで手を貸すのもよくない。かといって、内緒で力を底上げするなどしてしまえば、己の力を過信してしまいがちだ。


(実際に最初の頃はそれをやりすぎて、逆に新人冒険者たちを危険にさせてしまったことがあったよな)


過去の過ちから学び、適度なサポートをすることが本当の意味での彼らの成長へと繋がると。オリバーは彼らに学んでもらうはずのことで、最初の頃は自身の方が学ぶことが多かったのを思い出しながら様子をうかがう。


3人のうち、一人だけがその場に留まる。頭にバンダナを巻き、腰にはナイフとアイテムが入っているのかそれ専用のバッグが。背中には弓矢がある。


(あれは、シーフか?)


服装だけで判断できるのは、その程度。彼の実力は、正直なところまだハッキリしていない。ただ、俊敏さはあるなというレベルでしか。


(かといって、勝手に彼らのスキルを盗み見るのも)


自分が持つ能力を思い出し、ステータスを見ておいた方が何かと都合がいいを知っていても、それを知らぬふりしてこの後の話は出来ないことも知っているオリバー。


ましてや相手は新人冒険者。いくつかの実績でもあれば、どんな能力があるなどの情報がどこかから漏れてても仕方がないとなる。そこまでの状況になれば、勝手に盗み見たステータスの情報があっても多少はごまかせることもあった。その頃のことを頭の端っこで思い出しながら、オリバーは彼らの様子をうかがっていた。


「お前だけいいカッコしてんなよ!」


そう言いながらも腰から抜いたナイフを握る彼の体は、どこか震えていて。


(一番攻撃力が高そうなのが抜けたか)


防御力と先行に特化したタイプだけが残ったのを見、オリバーはここで決断する。


彼らの前に姿を現すのも、手を貸すのも、ここでしかないな。と。


あの二人には、これからどう戦うなどなにも策はないはずだ。そもそもで、攻撃力が高い者が抜けてしまったのだから。けれど、だからといってあの二人を生かせないはずもなく。


(すべては、やり方次第。そして、その戦いが終わってからの彼ら次第だな)


オリバーは短く息を吸うと、いつも持っている杖よりも小型のものを取り出した。いつもの物は、付属の魔石が大きいので、威力が大きくなりかねない。自分の能力を知っているが故の調整を、まずは杖から行なった。


そして杖を構えてから呪文を小声で詠唱し、オークを麻痺させる。彼らから少し離れた場所から、弱いが雷魔法を放ったのだ。


彼らの目の前が一瞬白く光り、腕を振り上げかけていたオークがビクンと反応して固まる。


「え?」


タンクの彼が一瞬振り向いたのが視界に入った時、即座に彼らへと届くように風魔法にのせて指示を出す。


『そのままタンクの彼は次の攻撃に備えるように。シーフの彼は、オークの右斜め後ろにある宝箱に入っているアイテムを取ってくるように。それが使い方によっては、オークに効果があるはずだ』


タンクの彼とシーフの彼へと、口角だけを上げて笑んだ感じを見せたオリバー。普段無表情の方が多い彼にしては、笑えているはずだと思いながらの笑顔だ。若干、引きつった感じではある。


オリバーの笑みを見てから二人は互いに視線を交わすと頷き、各自指示があったことを行動に移す動きをみせる。


(どうやら素直な子たちみたいだな。この後の展開次第じゃ、戻るまでの道すがら教育をしてもいいかもしれない)


シーフの彼がオークが痺れている隙に、フロアーに数ある岩陰に身を隠しつつ宝箱へとたどり着く。


そこで見つけたある布袋を手に、素早く戻ってきた。その頃には、オリバーはタンクの彼らがいた場所へ合流していた。


「俺はAランクの冒険者だ。黒魔術師だが、サポート系の魔法も使用可能だ。…いいか。今から君たちに今だけ、能力を一時的に上げる魔法をかける。効果はあまり長くはもたないが、その時間を有効に活用してくれ。重ねて言うが、その魔法の効果は今だけ、だ。…いいか? この窮地を脱した後は、自分がどの程度の力なのかを理解した上で、どんな風に鍛えるのか、戦うのかを考えろ。…いつか、これだけ強くなりたいと思えるような強さになるが、うぬぼれないように」


釘を刺すようなことを言いつつ、二人へと視線を向ける。


二人は互いに見合うと、声を揃えて「はい!」と元気よく返事をした。タンクの彼は、盾を構えたままで。


「それじゃかけるぞ」


そう言い、オリバーは例のスキップは無しで魔法をかける。彼らには内緒で、オークから彼らの姿が見えにくくなるような魔法も。


防御力と攻撃力の底上げ。彼らにも説明をしたが、オリバーがかけられるサポート系は時間が少し短めだ。適性がない魔法を使えるだけでも珍しいが、どうしても本職よりは効果が低くなってしまう。


期待をさせ過ぎてもよくないが、この窮地を脱するには一時的にでも少人数でダメージを重ねられる状態にすべきであるということを、オリバーは痛いほど理解していた。だからこそ、きちんと前もって説明をしておいたのだ。


シーフの彼は俊敏性が高いので、ナイフや弓でも回数を多く当てられる。さらに俊敏性も上げることにした。


「…よし。サポートだけはする。オークは鼻がいいから、適当に大きく腕を振り回すことも多い。敵らしき者の匂いがする方へと。それを躱しつつ、大振りな攻撃の隙をつけ。タンクの彼も、盾で塞ぐだけではなく、それで圧することで攻撃にも回れる。彼が盾で攻撃に回った時は、シーフの彼が隙を突かれないように注意を払うんだ」


「はい!」


「わかりました!」


その前に、と、オリバーはシーフの彼が宝箱から持ち帰ってきた物を少しだけ掲げて説明をする。


「攻撃を始める前に、軽くダメージをくれてやろう。この袋は、匂い袋だ。オークが嫌う匂いがするように設定するには、袋についているこの黒い紐だけを解くんだ。他にも数本の紐があるが、オーク用にするには黒い紐の物が有効。ちょっと変わった細工がしてある匂い袋なんだ。紐を解き、敵に投げたりなどの衝撃があった場合のみ匂うようになる。シーフの君が、矢にこれを括りつけてアイツの鼻に向かってそのまま放て。射る直前に、紐を解くんだ。もしも衝撃を与えることができなければ、回収さえすれば再び使用可能。が、敵のすぐそばに落ちるだろうそれを回収しに行けるかというと」


と、そこまでオリバーが早口で説明をすると、シーフの彼が固い表情で「無理ですね」とだけ返してきた。


「回収をしに行きたくないので、多少時間がかかってもちゃんと鼻っ柱に当ててやります! それまでは、防御を頼んだ!」


シーフの彼が俺の手から匂い袋を受け取り、それを矢に括りつける。その間、タンクの彼は自分たちに認識阻害の魔法がかかっているなど思わずに、盾を構えてその瞬間を待っていた。


「紐は俺が解いてやる」


オリバーがそう話しかけると、シーフの彼はコクンと頷くだけで矢を構え、呼吸を整えると短く呟く。


「…お願いします」


指先で紐を摘まむとシュル…っと紐がほどける音がして、静かなその場でオークの鼻息だけしか聞こえなくなったその時だ。


「…んっ!」


小さく唸ったと思えばヒュッという風を切るような音の後に、バフッ! と鈍い音が続き、すぐさま匂いが漂い出した。


どこかの国にある、臭い薬草と果物の匂いが混じったものだという。けれどその匂いは、人間には甘い果物の匂いにしか感じられない変わったものだ。


「フガーッ! ブヒ! ブヒャーッッ!」


オークにとっては、白目を剥きながら取れるはずのない臭いを取ろうと暴れて当然の状態。鼻に直撃したのだから、嫌う匂いが鼻自体からずっとしているようなもんだ。


「フガァッ!! ブヒィイイイイイ!!!!」


なんなら涙までこぼしまくっている状態に、隙が出来たとはいえ全員若干憐れみを含んだ視線でオークを見ていた。


「今だ! この隙に、これを使え!」


すぐさま我に返ったオリバーは、シーフの彼に矢尻が淡い紫に色づく特殊な矢を数本差し出す。


「色自体が毒々しいですね」


オリバーは自作したその弓をそう評されて、内心自分もそう感じていたが苦笑いを浮かべるだけに留める。


「矢尻に触れないようにな。それと、狙うのは眉間だ。今は臭いのせいで暴れているから、繰り返しさっきの魔法をかけて動きを止める。動きが止まった瞬間、眉間を狙え。魔法が切れて一時的に暴れた時に、タンクの彼はシーフの彼を守り切れ」


「はい」


「わかりました」


「また動きが激しくなるようなら、すぐにまた動きを止める。重ねて与えることで効きが早まる毒が仕込まれている。なるべく、近い場所をに当たるように狙いを定めろ」


「がんばります!」


「お前がダメージ受けないように、俺も頑張るからな!」


「おう! まかせた!」


その二人のやりとりの間にいながら、彼らは育ち方次第じゃまだまだ冒険者をやっていけそうな思いが浮かんでくるオリバー。


昔の自分たちを重ねずにはいられないなと思う反面、もう忘れなきゃとも思うので情けなくなる。


オークと二人の状態を見ながら、何度か魔法を重ね掛けする。


気配を消す隠ぺい魔法が一瞬切れたタイミングで、かけ直す刹那に肩に軽い重みを感じて体が強張った。


「だ…!」


誰だ! と言いかけたオリバーの口を、人間の人差し指ひとつで塞ぐ誰かがそこにいて。


「お」


お前…と言いかけたのも、そのまま人差し指ひとつで止められ。そして、小声で囁かれた。


「その魔法かけてると、居場所特定するの難しいよー。僕込みでかけてくれる?」


と。


目の前にいる相手の顔は、知らない顔ではなく。


(なんでここにいるんだ、コイツが)


そう思いはしたものの、今はそれに時間を費やす暇はないことをオリバーは理解している。


今の自分がしなければならないのは、目の前の二人のサポートだ。


「わ、かった」


そう言い、糸目で微笑む彼をもオークから隠す。


「じゃ、ここで出会ったのも何かの縁でしょ。回復は僕にまかせてね」


急に現れた白いローブを着た冒険者に新人冒険者の二人も驚いていたが、今はそれを気にさせてはいられない。


「今は敵に集中しろ」


オリバーは自分も動揺している自覚はあるのを隠し、二人に檄を飛ばす。


今すべきことは、オークの討伐なのだから。


――――繰り返し繰り返し攻撃を重ね、毒が効いたこともあり、このメンバーでオークを討伐することが出来た。


「無事に討伐完了…と行きたいところだが、ついでにオークの捌き方を教えてやるが」


魔物の捌き方は、その魔物が実際にいた方がいい。さっきの矢に仕込んでいた毒の方も抜かなければならないので、その辺の勉強もついでにと思ったオリバー。


「え? いいんですか?」


タンクの彼がそう言うと、シーフの彼が無言で目を輝かせてオリバーを見つめていた。


「そんなに喜んでもらえるような内容じゃないぞ? 臭いし汚いし」


「それでもいいです! よろしくお願いします」


「おなしゃす!」


素直に学ぼうとする二人に、自然と口角が上がるオリバー。


「それじゃ、それが終わった後に身を清めるのは僕がやろう」


クレムが三人の間に入って、ニッコリ微笑む。


その微笑みは、どこか胡散臭そうでもあり三人ともそう感じたのか似たような顔つきでクレムを見ている。


「臭いまま帰りたいならいいけど?」


開いているのかどうかわからない目で、微妙な圧をかけられ、頷く三人。


「では、先生! さっそく、解体の方法をお願いします!」


クレムが明るくふざけながら、早く早くとオークの死体へと三人の背を押す。


なんだかなぁと思いつつも、「んんっ。では、これから解体に入る」と先生らしく告げて、オリバーはその手順を一つずつ説明していくのであった。


やがて解毒も解体も終え、体内の魔石も回収をし、後は無事にこのダンジョンから出るだけだったはずが。


「お前たちは、離れろ!」


と新人冒険者たちを突き放し。


「いいか! 生きて戻れ!」


「オリバーさん! クレムさん!」


彼らと一緒にダンジョンを出ることは、この時のオリバーとクレムには叶わないことだった。



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