オリバー 1
(多分これは、よくある話?? なのか?)
ここ最近の流行りの冒険小説に、こんな展開があるって聞いたことがあるとかないとか。などと呑気に考えて、首をかしげたオリバー。
「……えー…っと、それで結局のところ……いわゆる、ク…」
クビってこと? と問おうとしたのに、彼の言葉に被せるようにバカでっかい声で先に告げられた。
「クビだ! クビ! それ以外の言葉で表現なんかできるかよ! さっさと俺らの前から消えろ」
チームのリーダーで、幼なじみである彼に。
彼の中での幼なじみの彼とは飯の取り合いなんかを昔っからしたりしたことはあったけど、ただのじゃれ合いみたいな感じだと思っていたところがあり。
したことがあるケンカらしいケンカったら、それくらいじゃないのか? と彼は目の前で起きていることに現実味を感じることが出来ずにいた。
「なんで…急に」
幼なじみの急な宣告に、驚きを隠せない俺。けれど、まわりを視線だけで見回せば驚いているのは俺だけのよう。
「急? 急だと思ってるのは、お前だけだろうが。あんなに何度も言ってやってたのに、どうして気づけないもんかなー。バカか? バカなんだな? お前は。昔からバカだバカだと冗談っぽく言い合ってたけど、まさか本当にバカだったとはな」
二人はやっと歩き出す頃から一緒に育ち、バカだとかアホだとか、相手を傷つける言葉は互いに言わないようにしようと言い聞かされてきて。どっちかが口にすれば、バカっていう方がバカなんだと叱ることが常。…でも今日ばかりは、オリバーもさすがにそんな言葉すら出てこなくて。
「んなこと…なん、で」
そう言い返すのが精いっぱいになってしまった。
それは時に互いがからかい合う時に言ってた言葉でもあるけれど、俺ってこんな風に言われなきゃいけないほどにバカなつもりじゃない。彼がそう思っていたからだ。
「なんなんだよ、お前こそバカなんじゃねえの? 急に訳が分からないこと言い出すし…。だいたい今までお前が俺に何を言ってきたって? んな何回も言われるような失敗でもしてきたか? 俺」
(何をキッカケにして、こんな話を…次のダンジョンについて話し合いをと設けた場で言ってきたっていうんだ? こんなにも偉そうに。俺たち二人で始めたこのチームなのに)
とオリバーは奥歯を強く噛む。ただ…ただ悔しくて。
「どうして…っっ!」
オリバーは、普段ならとっくにしまっているはずの杖をギュッと握ったまま、幼なじみの顔を見つめる。
けれど、彼だけでなく他のメンバーもどうやら同意見のようで、彼と並んだままでオリバーを睨んでいた。先ほどから一切の口出しがなかったこと、すなわち無言は同意の証だったみたいで。
「話し合い以前の問題じゃないか。何かが起こるたびに、みんなでひとつひとつ話し合ってきただろ? なのに…どうして……一番大事なことについての話し合いだけがないんだ。当事者である、俺だけを省いて? したのか? どんな風に?」
たった二人だけのチームが徐々にメンバーを増やし、ここまで来たと次の冒険を楽しみにすらしていたその心を、彼らはポキンとへし折ってきたのだ。
今までのことが勝手に脳内で思い出され、これまでの繋がりや絆を思い出すだけで、オリバーの胸の奥が痛む。それと鼻の奥もツンと痛い。
「これは決定事項だ。お前みたいなやつなんか、いくらでも代わりはいる。スキップなんか踏みながら戦闘に参加している黒魔術師なんか…どこにもいねぇよ! お前だけがおかしいんだ。何度言ったって、わかろうとしなかったのはお前だろ?」
彼が問題視していたことは知っている。本人が言うように、戦いながらも文句を言われることだってあったのだから。
――――半年ほど前のことだ。
それまで普通に使えていて、普通の黒魔術師並みのダメージを与えていたはずだったオリバー。
ある日突然、降ってわいたとか言ってもいいような感覚で手に入ったスキルがあった。
一冊の本。己のスキルについて書かれているその本に書かれていたのは、これまで彼が使っていた魔法についての威力や持続力を上げるために必須な行動についてだ。
(なんでよりによって、スキップを踏まなきゃいけないとか…)
運動はそこまで得意ではないけれど、人並みにこれが出来れば…という程度は出来ている方だという自負はあった。
の・だ・が、スキップは苦手の部類に入る方だった。
苦手意識が深くはあるものの、魔術の効果が上がるのならば試さないという選択肢はなかった。
唯一信頼していた幼なじみにだけ、自分のスキルについて明かすことにしたオリバー。
その話をして、実際にスキルを使ってみるまでは、自分も幼なじみの彼も効果に対して半信半疑だったのに。
いざ使ってみれば、効果はバツグンだ!
苦手だったスキップを彼に習いながらなんとか踏みつつ、何度も黒魔術を発動し。
敵が消滅したと同時に、幼なじみの彼の方へと振り向いた時。
(なんでそんな目で見られなきゃいけない?)
オリバーは、失望した。これまで以上に彼の役に立てると…横に並び立てると嬉しさを湛えた顔で振り向いたというのに。
こんなにも温度差が出るとも思っていなかったのだ。
基本的にスキルを手にした本人だけが知るはずの、自分のスキルの効果を上げる方法。それは特別変わった条件じゃないものの方が圧倒的に多いはずの世の中で、時々…神のイタズラかと思えるような条件が存在する。
それがたまたまオリバーの場合、黒魔法を発動する際にスキップを踏むのが条件になっていただけの話。
「本当に……ただ、それっぽっちのことなのに…一番の理解者だって信じてたのに。話せば理解してくれるって」
オリバーの前から幼なじみの姿も心も、とっくに見えない場所へと離れてしまった。
親友だと思っていた、はずだった。思い出すなと思うのに、彼らの姿を表情を、思い出さずにはいられない。消えてはくれない。簡単には消せないだけの時間を、彼らと過ごしてきたのだからとオリバーはまた奥歯を噛んだ。
「…じゃなく、思いこもうとしていた…なんだろうな。この関係は」
歩き出しながら、あごを上げて空を仰ぐ。今はどこの空の下にいるのか知ることもない彼を思い出しながら。
今日の空は快晴で、陽の光が目に入ってまぶしいくらいだ。目を細めて、顔をうつむかせてしまうほどに。
ふと足をとめ、呼ばれたわけでもないのに振り向いて。何かを待っていたつもりもないのに、何をするでもない間があって。
「…………考えてみりゃ、そうだよな。当事者だから被害者意識が働いただけのことで、こんな奴がメンバーにいたらイラつくに決まってる。それに…命かけて戦ってる最中に集中を奪うような行動されてて、無神経だとか思いたくなるよな。……俺が当事者じゃなかったら…同じように…」
オリバーは立場を変えて考えてみて、自身を追い出した彼らの心中を察してしまった。
(言われても仕方がなかったんだ)
まわりは真剣に、必死に戦っていた。命を懸けて、生きるために。自身が成長するために。何かを守るために。未来の自分を信じて、剣を振るったり魔法を学んでは敵を倒したり味方を守ったり。
そうしている中での、唯一の違和感がオリバーだったのだ。
本人がいくらまじめに戦っているつもりでも、スキップを踏んでいる時点で戦う彼らとはその姿がかけ離れているようにしか見えないのだから。
オリバー自身も、スキルを手に入れた時点で理解していたことであるし、覚悟もしていた。…はずだった。
「………あーぁ」
まわりに、幼なじみに。自分のスキルについて知っていてくれと伝えている側の胸の中に、これから自分がするだろうことへの嫌悪感にも似たものがあるのなら。どうか協力と理解をと言ったところで、早いか遅いかだけの差でいつかはこうなってしまったのだろうなとオリバーはまたため息を吐いた。
彼がたった一人で旅に出ることになり、それなりに経過したある日。
次の街へと向かう途中にある大木の陰にそっと腰を下ろして、彼が自作した収納袋から数日前に倒した魔物の肉を取り出した。
「これが最後の肉になるかもしれねぇよな」
ソロでの冒険には限界が早く来る。誰かと組んだ方がいいと彼自身が一番痛感していても、自分がすることを信じてもらえる気がしないオリバーには無理な話だった。
それなりの人数で動けば、食費はもそれなりにかかりはしたが、狩れる敵も相応のものになって。だからこそ肉を食うことは、オリバーの中では日常の一つでもあった。
けれど現実は現実で、自力で狩れる魔物が毎度現れてくれるわけでもないのだ。木の実だけで過ごすことにも慣れなければいけないのが、今の彼の現実だ。
「……つっっ!」
肉を切ってたはずの彼が、なぜかナイフで指を切っていた。
脳内で彼は思った。
「魔物じゃなく、俺を切ってどうすんだよ」
と。
空腹なこともあり、若干イラついてもいたのだろうオリバーは、普段なら出来ることが出来ずにいた。
「へったくっそー」
草っぱらに腰を下ろして、平らな石の上で肉を切る自分の肩に誰かの頭が乗るまで、その気配に気づきもしていなかったのだ。
ビクンと反射的に肩を上へと揺らすと、あったはずの重さが一瞬で無くなった。
オリバーはその気配の先へと、ゆっくりと顔を向ける。
「火も熾してないの? なぁに? その肉、生で食うの? わあー、ワイルド―」
のんびりとした口調で吐かれる…オリバーを下げるような言葉と、垂れ下がった糸目に口角が上がった口はどちらかといえばやわらかい印象の彼。その落差に、オリバーは軽く混乱する。
「お」
思わずどもってしまうオリバーに、目の前の彼は真似をして「お?」と繰り返して微笑む。
「お…お前に関係…ねぇだろ」
どこかぎこちなく吐かれたそれに、目の前の彼はまた口角を上げて微笑む。
「仲間に入れてよ、そのご飯。って、その手はそのままのつもり? あははー、傷口に土ついちゃってるじゃないか。きったないなぁー」
また笑いつつオリバーをバカにするような発言をしたかと思えば「ヒール…っと」と、断りもなくいきなり回復呪文をかけてきた。
「え」
「え? じゃないよ、もう。火は熾せる? 熾せるなら、僕が調理を担当してあげよう。対価は、美味しい木の実いっぱいと、水」
そう言いながら、彼は手のひらを上へ向けてから、その上に小さな水球を発現させる。
「え? 水? 回復術師なんじゃないのか?」
オリバーは思わず即座に質問した。
回復術師は、基本的に複数の魔法を扱えないはずだと聞いていたからだ。
「あー…。いろいろ説明しなきゃなことはあるんだけどね? そこんとこ省いて、一つだけ教えるよ。特定の条件つきなら、回復術師でも他の属性の魔法は使用可能。ってことで、場所よけてよ。僕が準備するから。ところで、鍋か何かないの?」
諸々の説明はナシで、一番聞きたかった答えだけをくれた彼。名を聞くと、調理をしながらクレムと名乗る。
収納袋から小さめの鍋を取り出して彼に渡すと、その中に水を溜め。それから火を熾して、鍋を火にかけられるように準備を進めていく。
手慣れた様子の彼に従うように、いくらか残っていた野菜も彼に差し出すとそれも刻んで鍋に入れていた。
「どうせなら食べ応えだけじゃなくて、しっかりお腹が膨れるものにしなきゃね」
クレムはそう言いつつ、すぐ横にもう一つ火を熾してから、魔物の肉に見覚えのある草を擦りつけてから焼きはじめた。
「こうしてしっかり焼いてから入れると、スープの味がよくなる。この香草は、におい消しね。薬草にもなるけど、こんな風な使い方が出来る草もあるんだ。覚えておきなよ、オリバー。ちなみにこの香草は、ちょっとだけ疲労回復が出来る草」
彼が名乗った時に自分も名乗ったのを忘れてて、一瞬オリバーは固まってしまった。最近は自分を呼ぶ相手に出会っていなかったのだから。
「なんだよ、変な人だねぇ。自分の名前呼ばれたのに、ボケーッとして。…あ、もしかして教えてくれたのって偽名? それで反応が遅れた…」
疑いの目をオリバーに向けるクレムに、瞬きほどの間の後にブンブンと手を振って「違う、そんなことはしない」と焦ったように声をあげたオリバー。
「本名だよ、オリバーは。偽名を名乗るとか面倒なこと、俺には向いてないからする気もない」
彼が思い出したのは、一年以上前のこと。一時期、別の名を名乗って潜入しなきゃいけない案件があったというのに、つい本名を名乗ってしまったのだ。
(あの時は、めちゃくちゃみんなに叱られたっけな)
不意に彼の脳裏に浮かんだのは、今はもう見ることが叶わなくなった幼なじみの笑ってるのか怒ってるのかわからない顔だ。
互いに無言のままで、火を見つめていた。くつくつと煮えていく鍋の中で食材が踊っている。
「…ん、いい匂いがしてきた」
風の向きが変わり、オリバーの鼻先をいい匂いがくすぐる。思わず腹の虫かきゅるると鳴った。
「え? 今、言う? それ。さっきからずっといい匂いしかしてないのに。ふはっ」
鍋をかき混ぜつつ、クレムがふき出す。
オリバーは苦笑いを浮かべて、木で出来た食器を取り出して配膳の準備を始めて。
「黒パンでよけりゃあるけど、食うか?」
クレムに収納袋から出したそれを指さすと、「もちろん」と彼がうなずいたので指の幅ほどに切ったそれを二切れずつ別の皿に盛りつける。
「それっぽくなったね。…はい、スープだよ。熱いから気をつけて」
湯気が立ち上がる器をクレムから受け取ると、続けて黒パンを彼に渡すオリバー。やっと食事だと、パチンと手を合わせる二人。食事前に手を合わせるのは、どうやら同じらしい。
「ん! …おぉー、美味そう。こんな食事らしいの、久々だな。肉焼くか木の実生活だったから」
木のスプーンでスープだけをひと掬いして、ゴクリと飲みこむ。彼が言っていた通りで、焼いてから入れた肉が味を良くしている。何でも一緒に煮込めばいいと思っていたオリバーは、素直に感心していた。
「美味そう、じゃなく、美味い…だよね? そんな顔してるもんね。気に入ってくれたなら、よかったよ」
糸目の彼の目がそれ以上細くなりようがないはずなのに、さらに細く目尻を下げて笑んでいるように見える。
「助かった、クレム」
それにつられるようにして、オリバーも目尻を下げて微笑んだ。本人は知らないが、滅多にない表情である。
「どういたしまして」
そう言いながら、空になっているオリバーの器を奪い、スープのおかわりをよそうと彼の手に器を戻すクレム。
目だけで互いに感謝とそれに対しての返しをし、食事はゆったりとした空気の中で進んでいく。
「ねえ、オリバー」
「ん? なんだ」
食事を終え、クレムの水魔法で食器を洗い布で拭いたものを収納袋へとしまおうとした時。クレムが背を向けているオリバーに話しかける。
「この後は、どこへ向かうの?」
そう話しかけられ、オリバーは斜め上に視線を向けて小さく唸る。
「もうそろそろ次の町へ向かおうか、考えていた。…でもその前に、もう一度だけ潜ろうと思っているダンジョンがあるから、そこに行ってからかと」
ソロで冒険をするようになってから度々潜っていた、初心者向けのダンジョン。
そこに潜るたびに、初心者冒険者たちのいざこざに巻きこまれていたオリバー。
巻き込まれていたというよりも、これからのことを思い、アドバイスをしにチーム内での些細なケンカの仲裁に入っていたようなものなのだが。
(俺とは違って、長く一緒にやっていける仲間であってほしいと。お節介だってわかってるけど、それでも俺と同じことにはなってほしくない。ケンカ別れも、二度と冒険者としてやっていけなくなるようなケガも)
数回仲裁に入った時のことを思い出して、それに自分の過去を重ねては奥歯を噛むオリバー。
「……そっか。それじゃ、ここで一旦お別れだね」
クレムが言ったことの意味を、この時のオリバーは深く考えなかった。一旦と言ったことにすら、気づけていないよう。
「冒険者をやってりゃ、いつかまた会えるかもしれないな。今日はごちそうさん。また、どこかで」
なので、食事への感謝をつけて、別れの言葉を送った。
「…ん。またね、オリバー」
立ち上がり、裾についた草を掃うオリバーへと微笑みながら小さく手を振ってクレムは森の方へと歩き出す。
「え。そっちに行くのか? クレム」
「ああ、こっちに行こうかなと思ったんだけど」
「なんだ、途中まで同じ方向か」
バツが悪そうに笑い、オリバーが彼の背を追うように付いていく。
「さーて、どこまで一緒だろうね」
クレムのその声に、「さぁな」とだけ返して並んで歩き出す。
歩きながらクレムが他愛ない話をしてくるのだが、自分へと回復魔法をかけた時の彼とは口調も様子も違うことが、オリバーはずっと引っかかっていた。
とはいえ、今日出会ったばかりの彼にそれを聞けるだけの関係ではないことくらい理解しているぞと自分へ言い聞かせ。いつも通りのあまり表情筋が動かない顔で、彼の話に相づちを打つオリバー。
クレムはというと、オリバーが話を聞いている様子をずっと観察していた。
やがて町にたどり着き、それぞれに宿へと向かう。
「ダンジョンへは、明日かい?」
先に右へと折れていくオリバーの背に、クレムがまた問いかける。
「そうだな。明日、準備が出来次第な」
オリバーの返事に、クレムは微笑んでからまたこう返した。
「またね、オリバー」
と。