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オークリー 4


アッシュが腰にあった短い棒状の物を取り外し、軽く振る。すると、それが彼の胸元まで届きそうなほどに長い杖へと姿を変えた。


淡い紫色の魔石らしきものが鈍く光だすと、彼が大きく息を吸った。


その様子を全員が少し離れた場所で、ある者は脚での打撃を繰り返しながら、ある者はスキップを踏みながら見ていた。


「「「「……下手くそか」」」」


彼が呪術を発動するために、ある歌を歌い出す。…と、全員一致で口から出たのは、音痴という言葉ですらない評価だ。


歌という形にすらなっているように聴こえないほどに、下手くそな歌だ。かろうじて、「ああ…あの歌か」と判別できる程度ではある。歌詞はちゃんとわかる範囲内で歌われてる。


その曲は冒険者たちの中で、古くから歌われている冒険の始まりの歌だ。曲名らしい曲名は誰も知らない。


「あーーーぁーーー! ひるむなー、前をむけぇー、しょうりぉー、その手ぇーにぃー」


歌はまだ続いている。


一番の中ほどだろうか。歌が進むに従い、杖の魔石が光を強くしていく。彼が杖を振るう光景だけを見ていれば、さぞかし神々しいと言えそうなものを、その後ろでは音痴とも形容しがたい歌が延々と歌い続けられている。


金属音のような高い音が、杖の方から鳴る。キンッ! と。


アッシュは杖を高く掲げると、淡い紫の魔石が一瞬揺れてからその光を放るようにサラマンダーの方へと大きく杖を振った。


サラマンダーに直撃したその光は人のこぶしほどの大きさだったはずなのに、瞬きの間にサラマンダーを包み込むように光ってすぐさま消えた。


「…よっし! 今なら打撃も魔法も通りやすいよ! 今のうちにやっちゃって!」


アッシュのその声とほぼ同時に剣を振るったオークリーが、その効果を肌で感じた。


サラマンダーは、ようするに火属性のトカゲのようなものである。(ドラゴン)ほどではないが、細かい鱗のせいで場所を選んで攻撃しなければ打撃が通りにくい。


が、ついさっきまでとは全く違うのだ。


(徐々に下げることが出来ると言っていなかったか? 彼は。……この時点ですでに、サラマンダーの防御力が段違いじゃないか)


「あとは、状況みつつ重ね掛けしてくから。攻撃は、まかせたよー」


アッシュがそう叫んでから、すこし下がる。本当に直接的な攻撃には参加しないようだ。


敵が敵だけに、すぐさま倒せるわけではない。長丁場だ。


「そういえば、ここを脱出する条件って?」


クレムが回復をしつつ、アッシュを迎えに行く前にアロンが口にしていたことを切り出す。


アロンはオリバーの方を見て、眉を下げる。


オリバーは片眉だけを上げて、短く息を吐く。氷のつぶてを放つだけの魔法のはずが、かけ直されたバフの効果か粒の大きさが桁違いだ。それに驚く様子もなく、オリバーはサラマンダーへと魔法を放った。


ドカドカドカン! と派手な音が鳴り、土煙が舞う。


「威力すごくない?」


クレムが呆れたように呟き、回復が必要な人がいないかを見ては眉を下げた。


「このままでいけば、どうにかなりそうだね。オリバー」


クレムがそう言うと、アロンの方を見て「アッチに回復いると思うぞ」と視線を彼の方へと向けた。


「えー、そこまでじゃないかなって思ったんだけど、君が言うならそうなのかな」


などと笑ってから、また毒づきつつアロンを回復するクレム。


その様子に一度だけうなずくと、オリバーは言葉を続けた。


サラマンダー(あれ)の向こうに宝箱があるんだけど」


彼がそう言うと、「そう! 真っ赤な、このサラマンダーみたいな色のやつね」とアロンが続ける。


「その箱に、コインが入ってるんだ。そのコインを…っと、あっぶねぇな。全員分握って、ある言葉を唱えれば出られる。そんかし、討伐の報酬はない。倒さないで脱出だけするんだから」


オリバーは、サラマンダーの尾の攻撃を避けつつ、説明を続けた。


「「どこからそんな情報を」」


オークリーとアッシュが、不思議そうに呟くと、それに返事をしたのはクレムだった。


「どうでもいいんじゃなーい? ここが出られれば。…で、どうするー? 討伐しないで出る? 倒してから出る? そこは話し合った方がいーんじゃない?」


回復以外は様子見のクレムがそう提案すると、オリバーは「すぐに出る」と即答した。


「…ふぅん。オリバーは、出た方がいいって思ってるんだね。…なら、僕も出る方に一票」


クレムはオリバーの背中を見ながら、小さく挙手しながらそう告げた。


「え? え? じゃあ、もう一人が出るって言ったら決まり? それとも出ないって人がいたら、その人は置いてく?」


オロオロしながらクレムに近寄ったのは、アッシュだ。


彼もクレムと同様で、現状は支援をするタイミングなければ多少は話が可能なわけで。


「僕にそう聞かれてもね、その辺も話し合う必要があるかもとは思うよ? 僕はね? 他のみんながどうなのかまでは知らないけど。…だいたい、さっき会ったばかりだし」


「え? さっき?」


「さっき君をコッチに連れてきた彼がオリバーって言うのは知ってるのかな?」


「あ、あぁ」


「彼とは一か月前に知り合ったばかりだけど、他の二人…えーっと、アッチの彼がレンで、そっちの彼がアロンなんだけど、どっちもここで出会ってる。一番最初にここにいたのは、レンかな」


指先をあっちこっちに動かして、それまでほとんど紹介も出来ずにいた彼らの名を教えつつ、軽く状況を説明するクレム。


「普通にここにたどり着いたのは、レン…かな? それでも何かおかしいみたいだったけど、僕とオリバーは他のダンジョンから転移した可能性が高い。壁の土の性質が違うんだよね。で、アロンもどこかから転移されてきた。それを君の時同様で、オリバーが回収と合流…って流れね」


「なら、俺も他のダンジョンからの転移で間違いないな」


「…そっか。で、君はどうするの? 討伐する? しない?」


クレムが彼にそう問うと、アッシュは小さく唸る。


「倒せそうなのに、倒さないのか? と思って」


オークリーのバフに、アッシュの呪術での敵の攻撃力と防御力ダウン。そして、思っていたよりも力のある者たちが集まっているというのに…とアッシュは思ったのだ。


「僕ね、今は何って理由は言わないけど、あのオリバーがダメだっていうんなら、何かある気がしてるんだよね。短い間だけど一緒にやってきて、ただ敵を倒せばいいって状況じゃないのかもしれないなってさ」


クレムだけが知っている何かがあるのだろうとしか考えられず、それを信じていいのか不確かだなと思いながら戦うオリバーの背を眺める。


「レン! アロン! 君たちは? どうしたい?」


顔に似合わず大きな声で、まるで叫ぶように二人へと声掛けをするクレム。アッシュは、その様子を黙って見ていた。


「…ここを出るにしても、どこに出るのかわからないならば、もう一度バフをかけさせてくれ!」


「いーんじゃないの?」


即答したのは、オリバーだ。


「他に異論はないか?」


オリバー一人の返事だけで良しとせず、オークリーはもう一度尋ねる。


「いいよぉ」


「まかせるよ」


「よくわからないけど、まかせた」


クレム、アロン、アッシュが順に答えを聞いてすぐさま、オークリーがまた大きく響く音で拍手をして全員をほめたたえながら祝福の効果を発動していった。


ここを出てすぐに、またどこかへ繋がらないとも限らない。自分以外のメンバーがここにたどり着いた状況を思い出せば、その部分をフォローしなければと考えついたオークリー。


特に防御力の方を強くしつつ、防毒の効果も付与した。たとえ、信じられる相手じゃなくても、今は味方でいてもらうしかないのだと思いつつ。そう思う自分の心が本心か逆かを、頭の端で思いめぐらせながら。


オークリーがスキルを使うと、それまでのバフよりも光の粒子が細かく。その光の中に淡い緑色の光も混じりながら、彼らを包み込んでいた。


「…よし、完了だ」


スキルを使い終えると、オークリーは全員に聞こえるように叫ぶ。


「俺はこのまま戦わずに脱出する方を選ぶ!」


と。


オークリーは考えた。


自分以外に誰かが来なければ、ここで死ねたらとも考えている自分がいた。


だがしかし、現状は自分以外に4人もの冒険者がいて、共に戦おうともしてくれていた。けれど、敵はレベルが違うサラマンダー。自分らの攻撃力と防御力を上げ、敵には逆の効果を付与したとしても、それでもかなりな長期戦になる。現段階でも、かなり長い。


いろんなもしもを想定して、この初めて会った相手と共に、誰も見捨てないで戦う自信がない。そして、逆に自分が危うくなった時に助けてもらえる保障もない。


そして、もう一つ。


これで死ねると思えた瞬間があったら、自分がどちらを選ぶかがわからない。そんな揺らいでいる状態で、彼らを巻きこんでも後悔しないと言い切れるのか? というものだ。


自分のことを一番知っているのは自分だと思っていたのに、自分が一番わかれない。わからない。


そんな不確かな感情の中で、勝算もないのなら選択肢は一つだと思ったのだ。


オークリーのその声を聞き、アッシュが「決まりじゃん、これって」とお手上げという感じのポーズをとった。


「戦えんじゃないの? って思ってたけど、その気ない人らにやろうよっていえなくなったじゃないか」


そう言って、サラマンダーへと向き合う彼は、高らかに唄い。


「これで一時的に視界不良になった! 今のうちだ」


と呪術を発動させた。


そのアッシュの横にはオリバーが立ち、口角を上げ微笑んだ。


アロンはというと、「安全に出られるなら、そっちで」とだけ。


「決まったのはいいが、この後はどうするつもりだ」


オークリーがよく通る声でそう告げると、サラマンダーへと体を向けていた二人がこう返す。


「俺がみんなへ隠ぺい魔法をかける」「今かけた魔法の効果が切れそうになったら、重ね掛けをする」


まるで打ち合わせでもしていたかのように、順番に。


話を聞けば、どうやらアッシュの呪術は相手から自分たちが見えなくなるものの、気配や声は聞こえるらしい。


そこに重ねて、あの完璧な隠ぺい魔法をかけるという。


「複数人にかけられるもの? オリバーのその魔法って」


アロンがそう問えば、苦笑いを浮かべて彼は呟いた。


「全員ってなると結構厳しいから、大の大人5人で仲良く手を繋いでくれると効果がつながる。…仲良くしてくれると助かる」


と、まさかの方法の提案だ。


中には初めて会った者もいて、どんな人柄かなども知るはずもない。…のに、すっかり成長した野郎ばかりで手を繋ぐという。


「ダメなら、他の方法を考えるが」


そう言いながら、オリバーが最初に手を差し出す。その手を掴んだのは、クレム。


やや間があって、クレムの手をアロンが、オリバーの手をオークリーが掴んだ。その二人を繋ぐようにアッシュが手をしっかと掴んだ。


「…うん、大丈夫そうだね」


オリバーがそううなずきながら、その手を離す。


「え? このままやるんじゃないの?」


アッシュが即座にツッコむと、「コイン受け取ってないね、そういえば」とクレムが続けて手を離す。


「そういうこと。それと、もう一つ問題があってね。…これ、なんて書いてあるかわかる人。発音もちゃんと、ね」


どこから出したのか、平べったい大きめな石に模様のような文字のような、ぱっと見で落書きにも見えるものが書かれていた。


即答したのは、オークリーだ。


『空へ』


遠い昔の言葉、古語だ。多国語を含めて、古語をも学べる場所にいたが故に発せた一言だ。


「……昔の言葉で、空へという言葉だ。今の発音で合っているはずだ」


わずかなためらいの後に、すこしの説明をするオークリー。


「そうなんだ。…じゃあ、みんなでレンの後に続いて発音してみて? それが出来るまで、コインは渡さないでおくよ」


彼の様子を横目に、オリバーがみんなもと促す。


それはそうだ。今、もしも先にコインを渡されていたのなら、オークリーだけが脱出していたかもしれない。


ふと目が合ったクレムが、お願いねと言っているかのように微笑んだ。


「で…では、俺に続いてくれ。『空へ』コツは、『へ』で舌を歯の裏にくっつけたままで声を出すことだ」


クレムにジッと見つめられながら、オークリーはみんなへ『空へ』の発音を指導する。


最後まで手こずったのは、アロンだ。


普段から呪文の詠唱などで多少の言語に触れてきていた三人は、意外と早く発音が出来た。


「えっと…『空え』」


「惜しいな。『へ』は、『へ』舌先をここに…こう」


「んー…っと、『へ』? 合ってるか?」


「もう一度。今度は全部で『空へ』だ。さあ続けて」


「じゃあ…『空へ』どうだ?」


「うん、合ってるな。よく腐らずに頑張ったな」


「だろ? 根性だけはあるからな!」


この間、三分ほどか。みんなには内緒で防音魔法だけはかけていたオリバーだが、あえて言わずにいた。


「みんな、ごめんな。待たせた!」


アロンが、両手をあわせた仕草をしつつ頭を下げると、まわりは大丈夫だと手をこぶしにして親指を立てる。


「それじゃあ、コインを手に握った状態で手を繋いで? 俺がカウントダウンをしたら、それに合わせてさっきの言葉を。今は言うなよ? いいか?」


コインを手渡しながら、一番危なそうなアロンには最後の言葉を追加して釘を刺す。


「わかってるってー」


苦笑いを浮かべたあたり、多分怪しかったのだろうと、オークリーは思った。


アロンが『空へ』の言葉を練習している間に、アッシュが呪術を重ね掛けしてから手を重ねて力を込めた。


互いの手には、コインの感触がある。


「では先に隠ぺい魔法をかけて…………っと、よし、これでいい」


「は? やはり無詠唱か」


オークリーがとっさに、ずっと気になっていたと言わんばかりに食いつくが。


「そういうのは、後にしろ。…さあ、とっとと脱出するぞ。1と言ったら、俺も言葉を言うためにゼロとは言わないからな。なるべく全員タイミングを合わせて言うように」


「「「了解」」」」


互いに目配せをして、うなずき。


オリバーがカウントダウンの直前に、スゥッと息を吸ったと同時に全員の手に力がこもった。


「カウントダウンだ。いくぞ! 321…」


『『『『『空へ』』』』』


視界が悪くなり、それまでの喧騒が急になくなって地面を何度も踏みながら、サラマンダーは長い尾をブンと振り回した。


だが、何かに当たった感覚もなく、同時に魔法の効果が消えたその場所にいたのは、傷だらけのサラマンダーだけだった。




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