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オークリー 3


姿かたちだけじゃなく、気配すら感じられなくなった。


(彼の隠ぺい魔法は、完璧だな)


サラマンダーが眠っている間にという前提がある故に、こちらが勝手に動くわけにもいかず。動く理由もないので、様子を見ながら岩陰で息をひそめていたオークリーとクレムの二人。


「こういうことは、よくあるのか?」


さっきの二人のやりとりを思い出し、オークリーはクレムに囁いた。


「よく…ってんじゃないけど、似た状況があったらこっちに確認してくるかな。一応ね。彼、なんだかんだでいろんなことに首をツッコむタイプな気がするよ。っていっても、組んでからは今のところこれで三回目」


「三回目だというのに、あのやりとりなのか。彼と組むようになって長そうなのに、たった三回?」


「たったっていうけど、この短期間で三回は多いよ」


まさかの言葉が飛び出して、オークリーは首をかしげながら言葉を繰り返す。


「短期間?」


と、気になった部分だけ。


「え? そんなに意外? …そうだよ。一か月あるかないかくらいだからね、僕ら。組むようになって」


「…いっかげ…!」


思わず声が大きくなりかかり、とっさにさっき今ここにいない彼にされたように、自分の手のひらで口を覆う。


「そんなに長く一緒にいるように見えたの? …ふふ、そっかぁ。まあ、あれだよね。お互いの手の内を晒してからかな。最初はやっぱりお互いに警戒はしちゃうもんでしょ? …今の僕と君みたいに」


手で口を覆っているままのオークリーに、クスクスと小さく笑いながら彼が話す。


二人がそんな風に話している間に、目の前に合流した二人が来ていたようで。


「ずいぶんとのんびりしてんのな、この状況で」


隠ぺい魔法を解いたオリバーが後頭部をかきながら、ため息まじりに呟く。


その言葉に対して、淡々とした口調でいて表情はこれ以上ないほどのいい笑顔でクレムが言い返した。


「仲良くなっておいた方がいいでしょ? 今、この場に一緒にいるんだし、どう考えてもこの後は協力体制を敷くことになる。…何か間違ってる?」


クレムがそう呟いた瞬間、グ…ッと詰まったような呼吸が聞こえ。そのふた呼吸ほど後に、「合ってる」とだけオリバーが返す。


「あの…っ」


オリバーに連れてこられた彼が、口を開く。


「オレ、アロンって言うんだけど!」


言いながら、紐を握ったままのその左手のこぶしをギュッと固くして、戸惑うような目をオークリーとクレムに向ける。


小麦色に焼けた肌に凛々しく整った顔つきをした青年が、どこか落ち着きなく腰に巻かれたベルト状の紐を右手でさする。


黒い短めの上着に、体のラインが出るほどに細身のラインのズボンを穿いて。いかにも動きやすそうな服装の彼は、顔の凛々しさとは真逆の高めの上ずった声で話を切り出す。


「さっき、ここに来る前にさ。彼にここを出るために必要な条件について聞いたんだ」


彼と言いながら、オリバーを指さして。


「条件、だと?」


その話に真っ先に食いついたのは、オークリーだ。そして、指さされたオリバーの方へと顔を向ける。


「さっきまで、そんな話など一つも」


一番欲しかったはずの情報を、隠された。と、オークリーは思ってしまった。意図せず声が大きくなり、怒鳴るような声音にオリバーの意識が揺れた。


「――あ…。悪いんだけど、サラマンダーに気づかれたと思う」


バツが悪そうに、オリバーがみんなに背を向けてから肩を落として大きく息を吐く。


「は? どういうことだ」


さっきまでの感情がそのまま繋がったかのように、また声を荒らげて言い返すオークリーに。


「会話してる暇、なくなるよ。それぞれが何できるのか、まったく話せてないのになぁ」


クレムの表情はこれまでと変わらずに、笑んだような細い目でこちらを見て。けれど、声は低く、重いもので、オークリーに呆れたようにひとり言めいた口調で呟く。


「な…!」


その声にも、反応してしまうオークリー。


「ちょっと…待ってよ。ねえ…揉めないでって」


オークリーとクレムの間で、眉を八の字に下げながら困った顔つきのアロンがいて。


が、そんな会話に混じることもなく、背を向けたままのオリバーが「…来る」と告げた。


ゴ…ッと一瞬鈍い音がしたかと思えば、次の瞬間には自分らの背後にある壁へと火球がぶち当たっていた。


小さめの火球で速度がある物だったようだ。


オリバーは反応し、わずかに体を傾けて避けた。クレムも、ほぼ同時に反対側へと避けている。


だが、オークリーとアロンは反応が遅れ。結果、二人の間を火球が通りすぎた熱で、頬と髪がチリリと焼けた。


「ほんっとー…に、バカなの? アンタら。まったくもって危機感がないっていうか、脳内ある意味お花畑? それとも、ここがどこなのかを忘れられているノンキもん? 平和っていうか、なんていうかさー」


さっきまで比較的穏やかな口調だったはずのクレムが、二人を小バカにしてから「ヒール」と続ける。


毛先が焼けた髪は回復のしようもなかったが、頬の軽いやけどはすぐさま肌の色を元に戻した。


その効果は、これまで他の回復術師にかけられてきたヒールとは段違いの効果だ。


わずかに焼けた肌から傷が消えたのはもちろんのことで、時間が経過していた傷もなくなっている。


オークリーとアロンは、互いに見合っていたためにその違いに気づけたのだ。


そうでなければ、その場での認識はただ痛みが消えただけだとしか感じず、宿に戻ってから事実に気づくところだっただろう。


「「……!!!」」


その効果の理由を即座に理解できずに、二人はただのヒールじゃないものをかけられたとさえ思ったほど。


ニコニコと笑みを絶やさずにこちらを見ているクレムの方へと視線を向け、何かを言おうとして。


「「………」」


口を噤んだ。つい今しがた、クレムに言われたことが脳裏に浮かんだからだ。


クレム以外は知らなかったが、オークリーが先に来ていたこの場に転移された瞬間から、オリバーによって防音結界が張られていた。といっても、クレムもオリバー本人から伝えられたわけではないのだけれど。


その後のオリバーの行動の流れはというと、アロンが転移されてきた時に隠ぺい魔法で自分を隠しながら彼に近づき、合流してからは彼と触れることで隠ぺい魔法を共有し。


戻るまでは念のためで防音結界が張られていたはずが、同時発動の時間制限を超えてしまったことと、オークリーの怒鳴るような声に集中が途切れてしまったことで解除となってしまった。


そのせいでサラマンダーが、同じフロアーに何者かが入り込んでいることに気づいてしまったのだ。


しかも、人間同様で眠っていた時に賑やかにされて喜ぶ人がいれば見てみたいというもので。サラマンダーも、気持ちよく眠っていたはずがそんな起こされ方をすれば、不機嫌にもなるのは至極当然のことだろう。


自分がやらかしたことに気づいたオークリーが、先ほどと同じくらいの声で叫ぶ。


「一分でいい! 時間を稼いで、こちらに攻撃されないように出来ないか! 全員にバフをかけたいのだ」


などという、バフ以外の説明が全くないお願いだ。大声だという点だけが同じで、中身はまったく違うもの。オークリーの頼みに、アロンがチラッと横目でオークリーを見てからオリバーとクレムの方へと視線を流し。


「それじゃ、俺がヘイトを集める係になる。間違いなく一分だな? ヘイトを集めている間に逃げるとか、やめてくれよな」


と言ったと思えば、ずっと握っていた紐を両手の指にかけて構える。その様は、まるで今からあやとりでもするみたいだ。


指に紐をかけては、向かい合わせた指で下からくぐらせるようにして紐を指から外し。


「…あれは何かの遊びか? まじないか?」


オークリーがわかりやすいほどに、怪訝な顔つきになっている。


が、現状…いちいち疑問に答えている暇など誰にもないわけで。


「んなこと、後からまとめて質問しろ! 俺も動くからな。言っていた一分を何とかして稼ぐ。アンタはそれを無駄にするなよ?」


オリバーがアロンに続き、軽やかにスキップを踏みながら手の動きを変えた。


何かを小声で唱えながらも、スキップを踏み続けている。


自分から一分を稼いでくれと頼んでおきながらも、オークリーは思っていた。


「怪しい奴しかいないのか、ここには」


と。


不信感を胸の奥にジワリと滲ませはじめつつ、オークリーはあの時のようにやたら音がよく響く拍手を打ちはじめる。


そうして、口からは本人の意思とは真逆の言葉ばかりが吐き出されていく。


あやとりをしながら蹴り技で攻撃をしていくアロン。多少のダメージはあるものの、有効だかというと難しい程度だ。さすがは、サラマンダーだなと内心思いながらも、攻撃の脚は止めない。


蹴った直後には、サラマンダーの尾が飛んでくる。それを躱しては、尾を振った直後の態勢がグラついた瞬間に、また蹴って。その繰り返しだ。


そして、スキップを踏みながら魔法をかけては、サラマンダーからの攻撃を躱すオリバー。アロンが尾で攻撃をされそうな瞬間を狙って、魔法を打つ。


その二人の様子を見ながら、合間にクレムが二人へと回復魔法をかけてサポートする。


一分にも満たないうちに、四人の体へと細かい光の粒子が降り注ぐ。金色(こんじき)の、美しい光だ。


その光に気を取られそうになりつつも、三人はバフだと言われるそれがかかり終えるのを待ちながら戦い続けていた。


最初のその効果に気づいたのは、アロンだ。


合流したばかりで先にこの場にいた三人に何の説明も出来ていないが、アロンの攻撃力は彼が紐一本で行なっているあやとりをしなければ凡人程度になってしまうのだ。


あやとりをすることで攻撃力があがり、さらにそのあやとりの難易度が上がれば上がるだけそれが増していくのである。


どの程度のあやとりでどの程度の攻撃力になるかは、アロン本人がいちばんわかっている。


最初から難易度が高いものをやってみても、攻撃力は上がらない。初心者用のものから始めて、徐々に難易度を上げるにしたがって攻撃力が上がるという縛りがある。いわゆる、使用条件だ。


これまで自分がいたチームに入る直前にスキルが与えられ、その本を読み、いまいち理解が出来ない内容に首をかしげ。そうして実際に戦闘を行う際に、本に書かれていた通りであやとりをしながら攻撃を試みた。


それまでの自分の攻撃力を知っていた自分と、幼なじみ同士で作ったチームの仲間たちも驚きを隠せなかった。


自分は仲間たちの力になれると喜んでいたのも束の間で、常に手がふさがっている格好の彼に対してと、あやとりで遊んでいるようにしか見えない彼への不信感と嫌悪感が募るのはあっという間だったよう。


『どちらにせよ、チームから追いやられる種火はあったのだと気づくのに、差ほど時間はかからなかったと思う』


のちに彼がみんなにそう話すのにも、遠くない未来のことだろう。


たかがあやとり、されどあやとり。


初心者用から始めて、どんどん難易度を上げていったものの、毎度毎度こうしていながら戦っていると手に無駄な力が入るようになってしまう。


脚の方へと意識が行き過ぎないようにと気をつけていると、手の甲あたりに無駄な力が入ってしまうのだろうか。腱鞘炎のような痛みが、度々起こってしまうのだ。


難易度が真ん中くらいになった頃、蓄積した疲労も相まって手の甲に普段よりも早めに痛みが走った。思わず顔を歪めたアロンの表情の変化を、クレムは見逃さなかった。


「アンタさぁ、一人でカッコつけてクソダサいって思わない?」


などと毒づきながら、アロンへと回復魔法をかける。


一瞬で軽くなり、痛みどころか手に蓄積していたはずの筋肉の疲労までも消えてしまった。


「クソダサい…、言われた…」


心は半死半生になった気分のアロンだが、手だけでなく攻撃の要たる脚の疲労までなくなったのは事実である。


「これならまだまだ戦える」


バフがかかった体に、あったはずの疲労がなくなった。


整えられた戦いの場で、アロンの手がさらに速度を増してあやとりの難易度を上げていく。


同時に繰り出される蹴り技も、激しさも強度も増していった。


全員の様子を見ながら時々バフをかけ直しつつ、オークリーも剣を振るう。


――と、サラマンダーの向こう側で淡い光が見えた。


全員がそちらへと一瞬だけ視線が揺れて、すぐさま戻る。


「どーする? オリバー。また…行く?」


そう切り出したのは、回復役のクレムだ。


「あー…っと、ちょっと待って…………敵じゃないな、アレ。なら行くかな。…レン!」


クレムとオリバーの間で話が始まったかと思えば、レンを名乗っているオークリーの方へと話が飛ぶ。


「なんだ」


互いに剣を振るったり、魔法を放ちながらの会話だ。


「ちょっと行ってくるから、頼むよ」


「…あいわかった」


「カタいよ、口調が」


「し、仕方が無かろう。い、いいから早く行ってこい」


口調についてツッコまれたオークリーが言い返すと、そこにアロンが割り込む。


「俺にはないもないの?」


と。


「え? 別にほっといても、やることやってくれそうじゃない?」


アロンへの返事のはずが、それに言い返したのはオークリーだ。


「それでは、俺が何も言われなければ何もしない奴のようではないか!」


どこか悔しさを滲ませたようにそうオークリーが言うと、「…やっぱ、思ったよりもガキだよね。アンタ」とだけ言い返してオリバーはさっき同様で隠ぺい魔法を使い、その姿も気配も消した。


「あー…の、さ。…なんか悪ぃ」


バツが悪そうにアロンがそう呟くと「…なにがだ」と不機嫌さが乗った声が短く返された。


重い空気にされたまま放置されたオークリーとアロンは、何とも言えない表情をしながらサラマンダーへと攻撃することだけに集中した。


わずかな時間だというのに、やけに長く感じられたその空気を破ったのは彼だった。


「ただいまー」


という、さっきのことなんかなかったような軽い口調で。


「あ、おかえり」


同じような空気で返したのは、クレム。


「なになに、この空気。俺…こんなとこに来ちゃったの?」


そうぼやくのは、オリバーが連れてきた五人目の男だ。


男はサラマンダーを見、「…ゲッ」と心底嫌そうな顔をしてから「う―…ん」とすこし悩んでから告げた。


「アイツの攻撃力と防御力、一気に下げることは出来ないけど、徐々に下げていける。…やってもいいか?」


と、参戦表明を兼ねての提案をした。


「いーんじゃねえの?」


即答したのは、オリバーだ。


まわりも戦いながらうなずく。状況が状況だけに、攻撃を止めてまで話し合っている場合でもないのだから。


ましてや、話し合いをしている間に敵が黙って待っていてくれるわけでもない。


全員戦闘経験者ゆえに、その最低限のことは知っている。


新規参戦となった男は、一言で簡単に名乗る。


「俺、アッシュな! 呪術師だ」


名前と職業を。


呪術師と聞いて、オークリーが怪訝な顔つきをしながら遠巻きに彼の顔を眺めている。


「なーに? んな顔して見つめないでよ。照れんじゃん」


だが、オークリーの視線などおかまいなしに軽口でかわすアッシュ。呪術師=呪いのイメージが強く、いい目で見られたことなどないのでいろんな意味で慣れたものだ。


予想外の返しをされたオークリーは、さらに眉間のしわを寄せた。



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