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オークリー 2



――――1年が経過した。


王城で暮らしていた時とはガラッと変わった生活の中で、オークリーは冒険者のレンとして生きていた。


元々長かった髪は、一度も切ることがなくだらしなく伸びた髪を無造作に縛っただけ。


邪魔にならなければいい程度の状態だ。


王子として過ごしていく中で剣術はある程度は”学べていた”と思っていた彼だが、いざ実践となると当然のように上手くいかず。


王城での自分の立場上、正直に指導していた人間はいなかったのだなと思い知らされることとなり。


『さすがですね、オークリー第一王子』


『あなたが前線に立てば、魔物も恐怖で怯えて去っていくでしょう』


『もう…教えることは何もございません』


機嫌を損ねないよう、気分よく剣術の時間が終われるよう。そして、今後は剣術の時間が設けられることがないよう。


今思い出せば恥ずかしいくらいの上っ面な言葉で褒め殺されていただけだった。彼は、そう思った。


自身の剣の腕をどこかで過信していたのだと思い知ったのが、最初の戦闘だ。


ただのスライム相手に、核を壊せばいいのにかなり手こずった。まさかのスライムで。


森によってそこに生息する魔物の種族やレベルの違いがあがることも知らず、ズンズンと森を突き進み。


試行錯誤と苦戦を繰り返し、どこに行くでもなく奥へ奥へと進むだけ。行き先など、あるようでないと思っていたから。


やがて、ワーウルフの子どもに殺されかけ、死を意識せざるを得なかった。なんとか倒したものの、傷だらけ血まみれの自分をどうすることも出来ずにいた。そんな元気も気力も、道具も薬草ひとつもなく。


あとは淡々と時間が過ぎていけば、失血死か餓死するしかない。現状を把握していくに従って、死ぬかもしれない現実に対して、妙に冷静な自分がいることに気づき、彼は口角を上げた。


旅というには短すぎる旅が、終わろうとしていることを無理矢理自覚させられているような現実に、彼は涙も浮かばなかった。ただ、片方の口角を上げていただけ。


そこにやってきたのは、命の恩人で後に剣術の師匠になる男だ。


治療と回復にと、彼の家で過ごし。回復後からも森の奥に住む彼と共に暮らしながら剣術を学び、時々町へと向かいそこに暮らす人々の生活に触れた。


王子として視察で訪問した時には見ることが出来なかった光景ばかりに、オークリーは自身のこれまでをなかったことにして、もう一度知識や経験などを積み重ねていこうと決めたのだった。


狭い世界と視野で見たものでは、真実に触れることが出来ないのだと。


一国の王子としてやり直すつもりなどないけれど、今のままの自分でいてはダメな気がしたのだ。なにが…かは、説明出来ないが。


そうして過ごす中で時々、自国の噂が耳に入ってきては胸を痛める。


ジェイバーのスキルの発現がまだだという噂と、国王と王妃がともに体調がよくないこと。それともうひとつ、オークリー第一王子が無責任に国を捨てたままだという話。


自身のスキルを活かすことなく優秀な弟に嫉妬して、立太子した第二王子を支えることもなく逃げた身勝手な王子だという噂だ。


最後のものに関しては、あながち間違いではないなと自嘲気味に短く息を吐く。


自分がしたことは、間違いなく彼を支えることも祝福し続けることも拒んだようなものなのだから。


「優秀な弟、ねえ」


嫉妬したのは、その優秀さではなかったと思うオークリー。


いまだ発現していないらしいスキルが、自身のものとは違って統制者としてのものだった時。その時に初めて実の弟に嫉妬するのだと考えていた。


外の世界にいれば、その手の噂は嫌でも耳に入ってきてしまう。


それを避けるかのように、オークリーは頻度をあげてダンジョンに潜るようになる。師匠である男の警告など、まるで耳に入らなかったみたいに…だ。


浅いところにばかり潜っていたはずが、日を追うごとにその日に帰ってこなくなる。


しかも誰かと組んで潜っているわけでもなく、ソロで潜っているので危険度は高い。それもあって師匠が警告とばかりに声をかけ続けていたというのに。


「そういえばアイツって、どうなったんだっけ」


「アイツって?」


「ほら。レンとかっていう、ちょっと品のよさそうな面構えの」


「…ああ。最近無茶ばっかする奴な?」


「そうそう、そいつ、そいつ」


「レンねえ…どうしたっけな。先週あたりに、新しく出来たダンジョンの話に飛びついてたと思ったけど」


「新規のダンジョンに? ……まさか、またソロで?」


「多分だが、ソロだろうな。……なんでか誰とも組まないから、アイツは。師匠って呼んでいた男以外とは、潜ってたのを見たことがない」


「…だよなー。にしても、新規のダンジョンったって、そこまでランク高くなかったはずだけど、ソロじゃ…」


「たしかEランクのダンジョンじゃ?」


「Eだとしても、いつまでもソロでやっていけるほど…冒険者は楽じゃないっつーの。さっさと誰かと組みゃあいいのに。どんな理由がありゃ、ソロにこだわって冒険者をやろうとするんだか」


――などと外野の冒険者たちの話題にあがるような状態になっていた。


彼らの話の通りで、オークリーは単騎でダンジョンに潜っていったのだ。


そんな風に自分の知らない場所で、自分について語られているなどと思ってもいないオークリーは今日も剣を振る。


「ったく。中途半端に強くなってしまったせいで、簡単に死ぬことも出来ないなんてな。…かといって攻撃の手を止めることも出来るはずがない。万が一、俺の死体を見て抵抗しようとしていなかったことに気づかれたら、自分じゃ死ねないからと魔物任せにしようとしている事実を知られてしまう」


家族から、責務から、国から離れ。考える時間が増えれば増えるだけ、生きるのが辛くなっていた。


師匠によって生きのびて、ここまできたはずなのに。時々思い出してしまう。


(あの時だったら、師匠に救われなければ死ねていたはずだったのに)


と、過去に死ねなかった事実を。


師匠との出会いによって、自分は生かされた。生きて、何かを考えるか、何かを行動に移さなければならないのかもしれないと思っていた時期もあったのに。


それでも自分が手にしたスキルは、誰かにとっては幸運だとしても自分にとっては不幸としか思えなくなっていた。


だから、考えて、考えて、悩んで、悩んで、声を殺しながら泣いて、いつまでも泣いて、唇を噛み、奥歯を噛みしめ、一つの答えにたどり着く。


自傷は堪えられない。ささやかな矜持だけは、持っていたい。それでも、生きていたくはない。


国のため、民のため。そのためのスキルだとしても、それまで努力をしてきた自分を無条件で、無償で…差し出したくはない。弟だけが評価される世界には、いられない。


だから、剣をふるいながらも願う。


『どうか…俺を殺せるほどに強い敵が出ますように』


と。


魔物によって死ぬために。


誰かに殺されるために。


スキルとそれに付随する条件に、振り回されないために。


そうしてたどり着いた最奥で、Eランクのダンジョンではありえない魔物に出会ってしまう。


(いよいよ願いが叶うかもしれないのか?)


ドクドクと鳴り響く心臓。無意識で手を握ってこぶしにしていた、その手が震えている。


――肌で感じる。間違いなく強敵だ。図鑑で見たことがある。間違いなければBランクの魔物、サラマンダー。


(何が起きている? こんな場所にこんなヤツがいるはずじゃなかった。こんな……こんな…)


最奥にたどり着く直前に、分岐点があったのを彼はおぼろげに憶えていた。


一つだけやけにきれいな壁の道があり、何も考えることもなく自然とその道を選んでいたオークリー。


冒険者としての知識や経験があれば疑うはずのことを疑わず、感じるはずの違和感にすら気づかず。


キレイすぎる道は、誰も踏み入っていなかったといえる証のようなものだ。


(死ねるならどこでもいいと思っていた。どんな魔物だってかまわないと思ってていたはずなのに、いざ上位の魔物を見た瞬間…怯んで隠れてしまうだなんて)


疲弊していたのもあったのだろう。回るはずの彼の頭が、ちっとも回っていなかった。


そのフロアーに入った瞬間、自分が歩いてきた道の方角から遠くで何かが崩れたような音がした。


きっと退路は断たれたと、オークリーは察した。ある意味、死ぬか生きるかの二択になったとも。それこそ、自分の意思とは無関係に。


オークリーは、喉の奥をゴクリと鳴らしてから歩を進めた。


戻ることが許されない中で、様子を伺いながら踏み入ったフロアーにいたのが例の魔物。


だだっ広いフロアーの中に、何か所かある大きな岩陰のようなもの。


サラマンダーが眠っているのを遠巻きに確認し、素早くその岩陰に身を隠して息を殺す。


盗み見ながら、速く強く鳴り続ける鼓動に、自分の心情を嫌でも自覚させられた彼。


サラマンダーほどの魔物ならば、寝ているのを邪魔さえすればファイヤーブレス一発で自分を消し炭にしてくれるはずだと彼は思った。


行方不明のはずの自分が生きていたことも、消し炭になった自身が誰かなのかを他人が知ることも出来ないほどに…と。


このままずっとサラマンダーが眠り続けているはずもないことくらい、わかってる。



――生きたい。


死んでしまいたい――。


――もっと広い世界を。


消えてしまいたい――。



真逆の思いが、心の中で鍔迫(つばぜ)り合いをしているような感覚。


押しあう力が強すぎて、一瞬でも緊張を解くとどちらかに振り切ってしまいそうな。


胸の奥の奥がざわつき、何とも言えない胸の痛み顔をしかめるオークリー。


彼は両手のひらで顔を覆うようにして、指先にグッと力を込める。そのまま膝を抱えた格好でうつむく。


(死にたいのか生きたいのか、ハッキリしろよ!)


自分を責めるかのように心の中で吐きつけると、迷いながらも剣を握りかけた。


その次の瞬間に、それは起きた。


フロアーには、眠るサラマンダー。


そこから左にズレた場所が淡く光って、光の中から人の姿が現れた。まるで地面から人が生えてきたように。


オークリーは警戒しながら、二人を遠巻きに眺めながら眉を寄せる。


一人は真っ黒いローブ姿の男で、肩までの銀髪に土か何かが付いていて薄汚れている。


もう一人は真逆の白い短めのローブを羽織って、淡い緑色の背中まである髪をそのままにしていた。目が開いているのかどうかわからないが、穏やかな感じの男だ。


どうやら転移の魔方陣でここに現れたようだが、二人の本意ではなさそうな様子がうかがえた。


Eランクのダンジョンのはずが、なぜかBランクの魔物がいる。そのことに気づいているのか否か。


なにかのハプニングでも起きてか、どこかからこのフロアーが別のところから繋がってしまったのか。


彼自身も原因をすぐさま探ることが難しいとはいえ、明確なことがあると彼は乱れかけた呼吸を整える。


あのサラマンダーに見つからないようにしたとしても、ここから出る術がない可能性の方が高いということだ。


このフロアーに来るまでは、Eランクのダンジョンらしい魔物しか出なかったはずで。


となると、何か異変があったか繋がったと考えて、この後の行動を決めた方がよさそうだということだとオークリーは結論づけた。


このフロアーには、魔物と自分と魔導士らしき二人がいる。


(あの二人の戦闘能力は、どの程度あるんだろう)


――もしも、生きることを選ばなかったとして。


彼らの戦闘力を想像する頭があるくせに、まだどこかで死ぬことも諦めていない自分が、彼らか自分の足を引っ張ると思えた。自分の死に、彼らを巻きこみかねないとも。


オークリーが握り、鞘から抜きかけた剣を収めたわずかな音に二人が反応した。


魔法か何かで一瞬で彼の目の前に移動をし、反射的に声を出しかけたオークリーの口を手のひらで覆った。


「静かに」


小声で告げられたそれに、オークリーは素直にうなずく。


それを見た彼の手が、彼の口からそっと離れていった。


大きな岩陰とはいえ、それなりに体の大きな男が三人も隠れるにはギリギリの状態だ。


が、そこでしか話が出来ないと考えた三人は、極限まで小さくなって頭をくっつけるような状態で話を始めた。


「アンタ、ここで何してたの」


黒いローブを纏った男にそう切り出されたオークリーは、目を見開いてから口を開きかけた。


…と、真横から彼の頬に向けて手が伸びてきて、躊躇なく引っ張る。


「質問より前に、互いに名乗ろうとか思わない? …ね? 名も知らないお兄さん。そう思わない?」


白い短めのローブ姿の男が、いたってまともなことを言い出す。その口調は、緊迫した状態に似合わないほどに穏やかでのんびりしたもの。


「いや、それは…その」


「…なに? なんか違う? 間違ったこと言った? 僕」


この会話だけで、どっちの立場か力関係かは不明だが、上下はハッキリした。


「いや。それは俺の方が先に名乗るべきだっただろう。俺の名はオ…いや、レンだ」


オークリーは、つい本名を言いかけて飲みこんでから、冒険者としての名を名乗った。


「オレンか。あまり聞かない名前だな」


「違うと思うよ、オリバー。レン、で合ってる?」


案の定というか、オークリーが間違って発した言葉もオリバーという彼はくっつけてしまったよう。


「ああ、合っている。レン、だ」


俺がうなずきながら白いローブの彼を見ると、わかりやすく面白くなさそうな顔つきになった黒いローブ姿の彼が名乗った。


「あ、っそ。レン、ね。レン。…さっきのオ…って、なんなんだよ。ったく。…俺はオリバーな。黒魔術師だ。よろしく」


「よろしくたのむ」


「僕はね、クレムっていうんだ。回復術師ね。レンは口調が固いんだね? もっと気楽な感じで話していいのに」


ふわふわした感じで話す彼のまわりに、オークリーは小さな花が飛んでいるような錯覚を見た気がした。


「じゃ、紹介はこれで終わりな? さっさと本題に入ろうぜ。レンはここで何してたの? というか、なんでここにアイツ(サラマンダー)がいるんだよ」


オリバーは、互いの名乗りが終わってすぐさま、待ちきれなかったとばかりに質問を投げかける。


「正直なところ、なんでかは俺も知りたいところで」


と、オークリーが返すと「え、マジで?」とオリバーが驚く。


「逆に質問をしても?」


オークリーが逆に彼らに問いかける。


「俺はダンジョンの入り口から奥へと進んで、ここにたどり着いた。…が、二人はどこかから転移してきたようだったな。…一体どこから飛んできた? 元々いた場所も、アレ(サラマンダー)が出てくるような場所ではなかったということか?」


どちらかに引っ張られてか影響を受けてかで、サラマンダーがいる事態になっているのか。それを確かめなければならない。


生きたいけど、死にたい。


死にたいのに、生きたい。


複雑な心を隠したまま、オークリーは尋ねたのだ。


彼は考えた。ゆらりゆらりと、生と死に両足を架けた自分を意識しながら。


もしも。


何故かを知ることが出来たなら、二人だけでも元の場所の方が危うくなければ戻すべきだと考えたからだ。


心が揺らいだままの自分が共にあれば、危険度は増してしまうだろう。


万が一で戦うことになったとしても剣に迷いがあれば、それが原因で誰かを傷つけてしまうかもしれない。


それは決して許されたことではない。


自身の迷いが明確ならば、危険な未来の中で回避できることは回避へと進めるべきだ、とも考えたのだ。


地面についていた手を無意識でか握りこんでいたオークリーを、クレムがじっと見ていた。


「僕らがいたダンジョンは、Bランクだった」


ボソッと呟いたのは、オークリーを見つめていたクレムだ。


「それでは!」


思わず声が大きくなったオークリーの口に、またオリバーの手がかぶさる。


「静かに!」


制しながら、オークリーを睨みつけるオリバー。


「すまない」


手のひらの向こうから、くぐもった声で謝るオークリー。「わかればいい」と言いつつ、オリバーはそっと手を外す。


「いいかい? もう一度、話すよ? 今度は最後まで話を聞いてね?」


クレムがゆったりとした口調で、ここに来るまでの二人について説明をしだす。


二人が元々潜っていたのはCランクのダンジョンで、そもそもでそこも元は初心者用のチュートリアルダンジョンと言われた場所のはずだった。


だが潜ってみれば、途中で壁が崩れて落ちた先にはCランクのダンジョンがあり。


そこを脱した後に、改めて落ちた先にあったCランクのダンジョンへと準備をしてから潜ってみれば。


「今度はなぜか、その上のBランクのダンジョンへとつながってしまって。パッと見かわらない状態で転移の魔方陣が置かれていて、何度目かの転移の先にいたのが…君。レンだよ」


クレムの指先が、静かに動いてオークリーを指す。


その言葉に続くように、オリバーが小声で話し出す。


「そのダンジョンに元からあったのか、誰かの仕業か。現段階では確かめようもないんだが、何度か転移した先で一度もフロアボスに会わずにきていたからな。これが最後の転移になるのか知らねぇけど、ここにはフロアボスらしきサラマンダーがいるってことだ。……そっちは普通に潜ってきたら、ここにいたってことでいいのか?」


と、オリバーがオークリーに問いかけた。


「このフロアーに入る前の分岐点というか、分かれ道というか。そこで一本だけ、キレイに整えられていた道があって。そこを進むと、ここへ」


「その道って?」


説明をしたオークリーに、脱出先があるのかとクレムがキョロキョロしながら聞き返すが。


「多分だが、塞がっている。来た先の方角で、何かが崩れたような音がしたからな」


「確認は?」


「どれくらい先でそうなっているのかわからない以上、余計な体力は使うつもりがなかった。…まあ、もしかしたら別の場所での崩落かもしれないが」


「…そう。それじゃ、ちょっとだけ待ってね」


状況を話したオークリーに、クレムが微笑みかける。そして、その微笑みをオリバーに向けてから「よろしくね」と告げた。


「あー…はいはい。了解」


クレムの一言で何かを察したオリバーが、道が塞がったかもしれない方角へと顔を向けて真剣な顔つきになった。


「彼は何を…?」


クレムに囁き、答えをもらおうとしたオークリー。だが、言葉での答えはクレムから受け取ることは出来なかった。


三人の呼吸が一瞬、計ったように止まる。次の瞬間には「道はない」と彼が宣言する。オークリーよりもハッキリとした言い方で。


「…そ? 了解だよ」


彼らの付き合いの深さからか、たったそれだけの会話で成立したよう。オークリーは二人のそのやりとりに、視線を下げた。今の自分にはないものが、やけにまぶしく感じられたからだ。


「となると、ここから脱出するには、アレを倒すか別の方法をさがすか。その二択だと思うんだけ…ど」


クレムがアレといいつつ、ゆるく握ったこぶしの親指だけを立ててサラマンダーを指した時だ。


「…来る」


さっきまでの声のトーンとは違う低い声色でクレムが呟く。


彼の親指が示した先に、オークリーが見たものと似たものが、さっきとは別の場所に現れた。


淡い光が地面を照らし、そこからまた一人。同じように地面から生えたかのように、多分転移の魔方陣から現れた。


髪が短くて、立っている。触れれば指先が痛くなりそうなほどに、主張が激しそうな尖り具合の髪だ。


濃いめの小麦色の肌で、黒い短い上着を着て、体にピタッとしていそうな細身のズボンを穿いている。


そして何故か、彼の手には一本の。


「…何の紐だ、あれは」


オークリーが怪訝な顔つきになる。


彼の全身が現れると、魔方陣が地面から消えた。と同時に、パッと見は凛々しい顔つきの彼の顔がクシャッと歪んだ。


そして紐を絡めた手を、反対の手で大事そうに胸に抱えてから眉尻を下げた。


困ってますと言っていそうな、わかりやすい表情へと変化をしてからやっとそこでサラマンダーに気づいた彼。


「…ひっ!」


はくはくと口を何度か開閉しながら、顔色を変えていく。


彼の様子を遠巻きに眺めていた三人だが、オリバーが小さく挙手でもするように肘を折り手のひらをこちらへ見せる。


「…行ってくるの?」


クレムが、彼がしようとすることを知っているように呟く。


「ほっときゃ、夢見が悪くなる」


オタオタしている新しく転移してきた彼から目を逸らさず、オリバーは地面についていた手に力を入れて中腰の体勢まで立ち上がる。


「まだ奴が寝ているうちに、こっちに連れてきた方がいいからな」


これだけ人の気配がある中で、なぜか眠り続けているサラマンダー。いつ起きるとも限らない。


新しく転移してきた彼がいる位置は、サラマンダーがいる場所の奥にあたる。


危険といえば危険だ。オタオタしている彼がどんな人物かわからないのに、どうして彼を迎えに行くのか。


オークリーは思わず眉を寄せて、オリバーへと視線を向けた。


「バカなことやろうとしてる自覚はある。でもこのまま彼を捨て置けない。助けるに値するか否かは、相手と向き合ってからでも遅くねえ」


何故だと目で訴えたオークリーに、彼は小声でそう言い切って静かに動き出した。


二歩ほど彼が歩いた次の瞬間には、彼の姿が消えた。


「…え」


過去に王宮魔導士が見せてくれた魔法を思い出すオークリー。


(隠ぺい魔法…だったか。あれは)


けれど、同時に思い出した記憶の中で聞かされたことをも思い出したのだ。


魔力が多く、国内でも数人しか使えない魔法。よほどの実力者でなければ、扱いきれない魔法の部類だと。


隠密行動にも使えることもあり、戦争の時にそれが使える人間が多ければと議題にあがったのを思い出した。


自国ではそういう扱いのその魔法を、詠唱無しで使うオリバーという男。


(自国でなければ、違う常識があるのかもしれない)


彼らのことですら、何も知らない。つかめていない。それを自覚して、オークリーはオリバーが向かっただろう方角を見つめていた。




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