覚醒
終わった……。
倉庫のアルバイトを休んでまで書き上げた作品をメールで転送して、鶴岡から、いいでしょう、の返事が来た時、玲人は燃え尽きていた。締め切り二時間前だった。
次どうしよう……。
玲人の頭は次回作へと切り替わっていた。
出版社に寄稿して半年が経っていた。ようやく一般文芸誌に玲人の作品が掲載され発売となった。
SNSで自分の作品の評価を見るも、あまりレビューが載っていない。
この業界は厳しい、と玲人は痛感していた。
やっていけるのだろうか……。いや、やるしかない!
今日も小説のことを考えながら倉庫で汗を流す。人と会話する時は、聞き役に徹していた。おかげで職場の色々なところから小説のネタになりそうな話を聞くことが出来た。
仕事帰り、電車の中で小説を読んでいたが、消防車のサイレンが彼の集中を邪魔する。
玲人は小説から顔を上げた。自分の地元、東一や夏美が働く商店街から火の手が上がっていた。居ても立っても居られなくなった玲人は、地元の駅で降りて、出火場所に向かって走った。横の車道を応援の消防車がけたたましい音を鳴らしながら駆け抜けていく。
東一、夏美ちゃん!
火の粉が舞い始める。消防車は延焼しないように広範囲に水を撒いていた。その出火元は、東一の金物屋の倉庫だった。
警察が通行人を規制する最前列で、東一と彼の両親が呆然と燃え盛る倉庫を見ていた。
東一は声をかけるのも憚られるほどの悲愴な表情をしていた。
「終わった……」漏れる言葉が、痛々しさを物語っていた。
倉庫は全焼。隣接する住居は半焼し火災は鎮火した。その後、規制線が張られ消防隊員と警察による火災調査が行われる。東一たち一家は警察から事情聴取を受けていた。
玲人には、何故、金物屋の倉庫で火災が発生したのかが疑問だった。何度も訪れたが可燃物は一切置いてなかった。東一は煙草を吸わない。失火の原因を無理に引き出すとするならば、電気スタンドの配線ぐらいだ。
玲人が火災調査を見守っていた時、現場が騒がしくなった。
なんだ……?
訝しんでいると、事情聴取を受けていた東一が、膝から崩れ落ちた。火災が終わったはずなのに、パトカーがサイレンを鳴らして集まりだし、火災現場に警察の数が増える。そして倉庫の跡をブルーシートが覆い隠した。
終電の時間が近づいてきたので、玲人は東一に声をかけず、現場を離れた。
その日は、東一に連絡しようと思ったが、それどころでは無いだろうと思いなおし、床に就いた。眠剤がなかなか効かなかった。
翌朝、煙草を吸いながらネットニュースをスクロールしていくと、東一が逮捕された、と載っていた。
「はぁ!?」自分でも目が覚めるような声を出し、記事を読んでいく。
東一の罪状は、殺人罪だった。
殺人? 誰を?
疑問符ばかりが浮かぶ。こればかりは警察の捜査の進捗を見守ることしか出来なかった。
警察の取り調べは進み、東一は洗いざらい白状した。
桜花が好意を寄せていた東一に迫り、その現場を目撃した彼女の夏美がカッとなって突き飛ばし、傷害致死に至らしめた事実。そしてそれを隠匿した東一。彼がいつも使っていた電気スタンド下のドラム缶に、桜花をコンクリで固め溶接で封をしたのだ。だから彼は都内で就職せずに戻って来た。
夏美はタイミングを見計らい、桜花の名前で渋谷区から手紙を投函していた。
まさに玲人が小説で書いていた通りの犯罪が行われていたのだった。
さらに玲人を驚愕させたのが、倉庫に火を放ったのが貢だったことだ。彼は玲人の小説を読んで、事の真相に辿り着いたのだった。
近しい人たちが自分が書いた小説が原因で、皮肉にも世に出た。
SNS上で玲人の関与も疑われた。彼は知っていたのではないか、と。
玲人は、その事件を機に筆を折った。