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第9話 悪役令嬢スリーミー・フラメンコ

「げ」

 

 届いたメールを見た弥太郎は、思わず声を漏らした。

 

「どうしました?」

 

 あまり感情を表に出さない弥太郎の声を聞き、ただ事ではないと感じた三姫が弥太郎の方を向く。

 弥太郎は三姫の視線に気づくと、疲労が蓄積されているような表情で答えた。

 

「次の調達依頼が来たんだが」

 

「いいことじゃないですか」

 

 調達部の仕事は、調達することだ。

 悪役令嬢を調達することで、初めて部署として利益を生む。

 よって、調達依頼とは本来、ポジティブな内容に他ならない。

 ただし、それはあくまでも部署として。

 

 社員としては利益と同時に感じてしまうことがある。

 即ち、個人の労力だ。

 

 弥太郎が向けたパソコンのモニターを、三姫は不思議そうに覗き込む。

 

「えーっと、悪役令嬢スリーミー・フラメンコ。眠そうなのか、元気なのか、わからない名前ですね」

 

「重要なのはそこじゃない。備考見て、備考」

 

「備考?」

 

 モニターには悪役令嬢の情報が映し出されており、備考の部分には『二十四時間三百六十五日護衛あり』と書かれていた。

 

「珍しい書き方ですね」

 

 備考に、『護衛あり』と書かれていることは珍しくない。

 悪役令嬢とは高貴な身分。

 護衛が付いているのはむしろ一般的とさえ言える。

 そして護衛が付いているということは、時間を停止する際に護衛が悪役令嬢の側を離れているかを気にする必要があり、調達時の労力が一つ増えることを意味する。

  

「でもまあ、いつも通り護衛が離れる時間を調べて、時間を止めればいいだけじゃないんですか?」

 

 過去に『常時護衛あり』とかかれた調達に同行した経験のある三姫は、過去の経験からお手本通りの回答をした。

 多少手間とは言え、雑に言ってしまえば所詮は待つだけだ。

 が、弥太郎の表情は優れないままだ。

 

「良く読んで。二十四時間三百六十五日って書いてるだろ」

 

「はい。常時ってことですよね?」

 

「二十四時間三百六十五日ってことだ」

 

「はあ。二十四時間三百六十五日。……ニジュウヨジカンサンビャクロクジュウゴニチ!?」

 

 同じ言葉を繰り返し、三姫はようやく弥太郎の言いたいことを理解した。

 

 常時とは、『いつも』という意味を持つが、二十四時間三百六十五日を意味しない。

 例えば、『スマートフォンを常時持っている』と言われる人間が、シャワーを浴びている時も手にスマートフォンを持っているかは疑問である。

 故に、『常時護衛あり』と書かれた悪役令嬢も、排せつ・入浴・着替え・睡眠などのタイミングで、護衛が離れるケースが多い。

 

 だが、二十四時間三百六十五日は、二十四時間三百六十五日を意味する。

 一秒たりとも、如何なる場合も、護衛は悪役令嬢の目の届く場所にいるということだ。

 

「お風呂の時も?」

 

「ああ」

 

「トイレの時も?」

 

「ああ」

 

「着替えてる時も?」

 

「ああ」

 

「変態じゃないですか!?」

 

「……まだ、護衛が男と決まったわけじゃない」

 

「護衛が女でもですよ!」

 

 信じられないものを見たような顔をする三姫を落ち着かせるため、弥太郎がフォローを入れるも、三姫にとってはフォローにもならなかったようで表情は険しいままだ。

 

「あー。まあ、そういうことだ」

 

 弥太郎は三姫の巻上位を落ち着かせることを諦め、パソコンのモニターの向きを元に戻した。

 マウスを操作しながら、悪役令嬢の情報を追加で読み込んでいく。

 

「今回の調達は、おそらく護衛も時間停止の対象外になる。つーことは、必ず護衛とも戦闘になる。清水さんにはまだ護衛の相手は難しいだろうから、俺一人でやるつもりだ」

 

 その提案は、弥太郎なりの優しさであり、戦闘において三姫に期待をしていないことの現れであった。

 否、足手まといになりかねないとさえ思っていた。

 弥太郎の内心に気づいた三姫は、足手まといになる可能性を考えつつも、弥太郎一人で護衛と悪役令嬢の二人を相手取らせる危険の方が上回り、身の内にやる気の炎を燃やした。

 

「できます! 私も同行させてください!」

 

「いや、止めといたほうがいいよ。護衛って、下手すりゃ悪役令嬢よりも強いから」

 

 悪役令嬢は、異世界において最強の存在であることが多い。

 ただし、悪役令嬢が最強となるのは、あくまでも悪役令嬢が覚醒してからだ。

 覚醒前までは、世界が決して悪役令嬢を殺させないよう、悪役令嬢より強い護衛がつくという調整がなされている。

 

「大丈夫です!」

 

「辞めといたほうがいいって」

 

「無理そうなら、遠くからのサポートに徹しますので!」

 

「いや、でも」

 

「お願いします!」

 

「……わかった」

 

 三姫の熱意を前に、弥太郎は折れた。

 そして、せめて三姫の安全を少しでも上げるために、キャビネットから取り出した紙を三姫に手渡した。

 

「なんですか、これ?」

 

 三姫は紙の内容を確認し、固まった。

 

 紙に書かれているのは、一日のトレーニングメニュー。

 動体視力をあげる訓練として、一時間の動画視聴。

 反射力を鍛える訓練として、一時間の反復横跳び。

 体力を鍛える訓練として、一時間のジョギングを朝晩で二回。

 合計四時間、自由時間を奪うスケジュールが書かれていた。

 

 恐る恐る顔をあげる三姫に、弥太郎は親指を立てた。

 

「連れて行くかどうかは、これができるかで決める」

 

「え」

 

「最低限のスタミナと回避能力がなきゃ、犬死するだけだからね」

 

「え」

 

「それだけやる気があるんなら、余裕でこなせるよね」

 

「えー!?」

 

 社内に、三姫の絶叫が響いた。

 それは、三姫の定時帰り後の悠々自適ライフの終わりを告げる鐘となった。

 

 

 

 

 

 

 スリーミー・フラメンコは、一日の疲れを癒すために湯船へ浸かっていた。

 長い金髪は湯船に浮かび、左右へと広がっている。

 湯船には、永遠の美貌が手に入る薬の元と言い伝えられている花のエキスがふんだんに注ぎ込まれており、お湯はピンク色へと染まっている。

 スリーミーは湯船に浮かぶ花びらを一枚掴み、齧って飲み込んだ。

 

 そして、ぺろりと舌なめずりをして、視線を背後に待機する護衛へと向けた。

 

「フォース?」

 

「はっ」

 

「私、綺麗よね?」

 

「はい。大変美しく御座います」

 

 スリーミーより一回り年の離れた護衛は、スリーミーからの問いかけによどみなく答えた。

 スリーミーは満足げに微笑み、湯船から立ち上がって、フォースの前へと立った。

 

 裸のスリーミーと、鎧を着こんだフォース。

 他では見られないだろう、奇妙な光景。

 だが、スリーミーにとってはただの日常だ。

 

「よく見なさい? 私の全身を見なさい」

 

「はっ」

 

「私、綺麗よね」

 

「はい。大変美しく御座います」

 

 国一番と謳われる美貌。

 膨らんだ胸部とくびれた腰、そしてしなやかな筋肉という完璧な体。

 完璧な管理によって作られたスリーミーという存在は、国中の女性の憧れだ。

 目の前に立つのがフォースでなければ、誰もが芸術的な裸体を前に、鼻血を吹き出して気を失っているだろう。

 

 スリーミーを娶りたい国中の男性は、口をそろえて言う。

 性格さえよければ完璧だったのに、と。

 

 スリーミーの座っていた湯船の底から、ぷかりと白い鳥の頭部が浮かんでくる。

 ピンク色の湯に、赤い血液が混ざり合う。

 花のエキスは、より美しいものの血と混ぜることで、効果を最大化すると言われている。

 であれば、スリーミーは美しさを維持するために、自分以外の死を惜しまない。

 

「そう。私は綺麗なの」

 

 スリーミーはフォースの鎧の上に自身の身体を押し付け、艶やかな唇をフォースの唇へ近づける。

 が、フォースの身長は、スリーミーよりも顔一つ分高い。

 スリーミーの唇は届かず、そのまま宙に留まった。

 フォースはそんなスリーミーの肩に両手を置き、優しく鎧から引きはがした。

 

「鎧は冷たいです。風邪を引きますよ」

 

 スリーミーは、結果がわかっていたように微笑み、フォースから一歩離れた、

 

「風邪なんてひかないわ。ひくはずがない」

 

「そうでしたね」

 

 スリーミーは浴室の出口に向かい、扉を開ける。

 扉の先には脱衣所が広がっており、女性の使用人たちがタオルを持って待ち構えていた。

 スリーミーは両手を広げ、使用人たちに自身の体を拭かせる。

 

 フォースはスリーミーの後をついて歩き、スリーミーの代わりに浴室の扉を閉めた。

 浴室から現れたフォースを見ても、当然使用人たちは驚かない。

 

 不眠の薬を飲み、睡眠と疲労から解放されたフォースは、スリーミーの持つ最大の防具。

 決して側を離れることがないと知っているから。

 

「フォース」

 

「はっ」

 

「また、私にお見合いの申し出があったらしいわ」

 

「それは、おめでとうございます」

 

「でも、どうせ上手くいかないわ。貴方の代わりに連れて歩きたい男なんて、いるはずがないもの」

 

「世界は広う御座います。どこかに必ず」

 

「いないわよ」

 

 体を拭かせ終わったスリーミーの体には、薄手のドレスが着させられていく。

 吸水性が高く、ベッドの上でも寝苦しくならない一級品。

 

「はあ。貴方と結婚出来れば楽だったのに」

 

 風呂上がりの火照った体で、スリーミーはポツリと零す。

 それは、スリーミーとしては珍しい失言。

 貴族の責任は貴族と結婚し、貴族同士の高貴な血を受け継いだ跡継ぎを残すことである。

 悪役令嬢スリーミー・フラメンコであっても、許されない失言。

 家名に傷をつける失言。

 

「失言だったわ」

 

「いえ、誰も聞いておりません」

 

 ごとりと、首が二つ床に落ちる。

 スリーミーに服を着させていた使用人の体が倒れ、フォースは血の付いた剣を鞘に納めた。

 

 スリーミーは、飛んできた血の付いた顔を鏡で確認すると、面倒くさそうに溜息をついた。

 

「お風呂、入り直し?」

 

「申し訳ありません」

 

「いいわよ。今日、他にやることないし」

 

 フォースが脱衣所の壁を殴ると、脱衣所の扉が開き、使用人が駆け込んできた。

 使用人たちは、倒れた二つの死体に悲鳴を上げるよりも先に、血の飛び散ったスリーミーを見つけ、スリーミーのドレスを脱がしにかかった。

 そして、スリーミーとフォースが浴室に戻っていったのを確認した後、死体の処理に奔走した。

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