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第7話 悪役令嬢ツーリ・モーダル2

「これっていうのは、どれのことでしょう?」

 

 弥太郎は弱弱しい声をあげながら、両手をあげて立ち上がった。

 三姫も弥太郎に倣い、両手をあげながら困惑する表情を作った。

 

 両手をあげることは、武器を持っていないことのアピールであり、敵意がないと示すための行為である。

 異世界であっても意図は通じたらしく、ツーリは弓矢を構えたままではあるが、即座に撃ち殺す選択を保留した。

 

「目が悪いんですの? 世界が灰色に染まっているでしょう?」

 

「そうですね。いやあ、ぼくたち、なにがなんだか」

 

「とぼけないでくださる?」

 

 ツーリは、弥太郎と三姫のどちらか、あるいはいずれかがこの事象を引き起こしていると確信していた。

 もしも弥太郎と三姫が村人の格好でもしていれば、あるいは巻き込まれた被害者として見ていたかもしれない。

 しかし、弥太郎と三姫の服はスーツ。

 ツーリという令嬢を以てしても、見たことのない高級な素材。

 そんな服で森の中にいるという事実があまりにも奇妙で、疑うには充分であった。

 

「いや、別にとぼけてるわけでは」

 

 弥太郎は頬に汗を零し、一歩後ろに下がった。

 ツーリに気おされた、一人のちんけな男を演じて。

 

 瞬間、弥太郎の足元から、石が一つ発射された。

 弥太郎が一歩下がったことで弥太郎の踏んでいた板が起き上がり、板の上に乗っていた石がツーリへと向かって飛んだのだ。

 

「……っ!?」

 

 石は、ツーリの乗る馬の顔面に叩きつけられる。

 

「ヒヒーン!?」

 

 馬は強い痛みを前に、前足を大きく上げて鳴き叫んだ。

 

「こら! 落ち着きなさい!」

 

 ツーリは手綱を掴んで懸命に馬を落ち着かせようとするが、馬の興奮は収まらない。

 そこへ、剣を持った弥太郎が走って向かってきていることに気づき、馬を手放した。

 

 ツーリは馬から飛び降り、弓を構えて、矢を放つ。

 矢は弥太郎へと真っすぐ飛んでいき、弥太郎は飛んでくる矢を待っ正面から叩き落とした。

 

「ちいっ!?」

 

 接近を許してしまった以上、弓で戦うのは不利と判断したツーリは、腰に差していた短剣に手をかけ、弥太郎の次の一撃を受け止めた。

 

「ちっ。一発で決める予定だったんだが」

 

「なんですの、貴方たち? 隣国の人間……ではなさそうですわね」

 

「悪役令嬢転生株式会社、調達部の天馬です。この度、貴女の体が弊社サービスの依り代として選ばれましたので、その体の調達に参りました」

 

「悪役令嬢転生? 依り代?」

 

 ツーリには、弥太郎の言っている内容が理解できなかった。

 ただ、『体の調達』という文言から、人さらいの類だろうと推測はできた。

 ツーリは、いつだって狩る側だ。

 自身を狩られる側と見られたことがプライドを刺激し、額に青筋がたつ。

 

「……なめんじゃ、ないわよ!」

 

 ツーリが思いっきり短剣を振り抜き、弥太郎の剣を押し返す。

 

「うおっ!? マジか」

 

「はあっ!」

 

 ツーリは態勢の崩れた弥太郎にダメ押しするよう、手に持っていた短剣を弥太郎に向かって投げた。

 弥太郎は後方へ倒れながらも剣を振り、ツーリの短剣を地面へ叩き落す。

 そして、足を後ろに下げ、倒れかけた体を立て直そうとする。

 

 弥太郎が前を向いたとき、ツーリは既に弓を構え終え、弦から手を離していた。

 一本の矢が、弥太郎の額に向かって駆ける。

 弥太郎は咄嗟に首を横へと倒し、矢を躱す。

 

「聞きたいことは山のようにありますが、まずは動きを封じてから」

 

 否、弥太郎に矢を躱させた。

 一本の矢は、弥太郎に体勢を立て直させないための誘導。

 

 本命は、次。

 ツーリは四本の矢を取り出し、一本の弓で同時に放ってみせた。

 それぞれの矢は、弥太郎の右腕、左腕、右脚、左脚へと向かう。

 

「いっでえ!?」

 

 矢は、ツーリの望む通りの場所にぶつかった。

 望みと違ったのは、矢が弥太郎の体に刺さることはなく、ぶつかった後に地面に落ちたことだけだ。

 

「普通の布に見えますが、鎧の類なのかしら」

 

 耐突刺スーツ。

 剣や矢の類で、決して斬れることのないスーツだ。

 ただし、剣や矢の威力をゼロにする効果はないので、剣は木刀で殴られるような痛み、矢は木の棒で突かれるような痛みがしっかりと残ってしまう。

 

「これだから、体育会系は嫌なんだ」

 

 弥太郎は矢のあたった箇所をさすりながら、剣先をツーリへと向ける。

 ツーリは弥太郎の動きを警戒しつつ、自身の矢籠に視線を向ける。

 矢籠に入った矢は、残り十本。

 撤退中に獣に襲われる可能性を考慮すれば、引き際は矢が残り六本になったタイミングとなる。

 つまり、ツーリが弥太郎を仕留めるために使える矢は、残り四本が正道だ。

 

 ただし、ツーリは既に馬を手放している。

 残り六本で撤退を始めたとて、弥太郎に容易に追いつかれてしまうことが予測できる。

 よって、ツーリは撤退の選択を捨て、十本全てを使って弥太郎を仕留める方向性に切り替えた。

 

 ツーリは弓を引き、弥太郎を近づかせないように威嚇する。

 

「参ったな。完全に硬直状態だ」

 

 弥太郎は、ツーリと睨み合ったまま、動けなかった。

 先のツーリの一撃で、自分が動き出したタイミングで矢を射られれば、矢が命中してしまうことがはっきりとした。

 その上ツーリに対し、スーツに矢を当てても致命傷にはならないという事実を見せてしまった。

 ならば、ツーリが次に狙うのは、スーツで隠れていない掌、首、顔面のいずれかだ。

 掌はともかく、首と顔面は致命傷になり得てしまう。

 

 硬直状態になれば、有利なのは集中力を切らさない側だ。

 弥太郎は、デスクワークにおいては四時間連続、集中力を切らさない自信があった。

 一方で、狩猟を趣味とするツーリよりも集中力が高い保証もなかった。

 

(いったん、引くべきか?)

 

 弥太郎の脳裏によぎるのは、撤退。

 

(いや、駄目だ。ここで引いたら、こいつが狩猟で一人になるチャンスなんてなくなるだろうな。屋敷に戻って、身の回りを護衛で固めるに決まってる)

 

 だが、撤退の案はすぐに棄却した。

 

 睨み合う。

 まるで世界に、弥太郎とツーリしかいないような緊迫感が、二人を包み込む。

 時の止まった世界で、二人を起点に、じっくりと熱が生み出されていく。

 

 先に動いたのは、弥太郎だった。

 剣を顔面と首の前に立て、ツーリに向かって駆け出した。

 

「ふん」

 

 ツーリは、引いていた弓から矢を放つ。

 顔面と首が守られている以上、狙うのは手の甲である。

 

「いっでぇ!?」

 

 矢は、弥太郎の手に深々と突き刺さる。

 弥太郎は剣を落として、痛む手を押さえながら、近くの茂みへと飛び込んで姿を隠す。

 

 武器を失った弥太郎を見て好機と捉えたツーリは、弓を引きながら茂みの裏へと回る。

 

「うおっ!?」

 

「逃がしませんわ」

 

 ツーリは、地べたに倒れる弥太郎の姿を確認し、弓を向ける。

 逃げた獣を追い詰めることに成功する高揚感が、ツーリを満たした。

 が、勝利の笑みを浮かべていたツーリの表情は、同じく笑みを浮かべている弥太郎を見て、焦りへと変わる。

 

 狩猟において、狩人が笑う時はどんな時か。

 獲物を捕らえた時だ。

 

 弥太郎とツーリしかいないような緊迫感の外。

 気配を殺していた三姫がようやく一歩後ろに下がり、足元から石が一発発射された。

 

「しまっ!?」

 

 石は、ツーリのこめかみを正確無慈悲に打ち抜き、ツーリの意識を揺らがせた。

 弥太郎は、力の弱まったツーリの手から弓を奪い取り、矢籠に入っていた矢も抜き取って、膝で蹴って全てをへし折った。

 

「清水さん! 剣!」

 

「はい!」

 

 その間に、三姫は弥太郎の落とした剣を拾い、弥太郎に向かって投げた。

 くるくると空中を回転しながら届いた剣を掴み、弥太郎はツーリの頭へ剣を振り下ろした。

 

「あ……」

 

 ツーリの瞳から光が消え、ツーリはその場に倒れた。

 同時に、弥太郎も仰向けになって倒れた。

 

「天馬さん!?」

 

 焦って駆け寄って来る三姫を見て、弥太郎は矢の刺さっていないほうの手で、拳を作り空へと突き上げた。

 

「おめでとう。初仕事、無事終了だ」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないじゃないですか! 手! 矢が!」

 

「こんなもん、ツバつけときゃあ治るよ」

 

「治らないですよ! 早く、病院行かないと!」

 

 三姫はスマートフォンを取り出して、慌てて会社へ電話をかけた。

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