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第5話 転移

 四月。

 三姫にとっては、長い長い勉強期間となった。

 弥太郎と共に会議へと出席し、ひたすら議事録をとる。

 弥太郎から渡された資料に目を通し、資料に書かれた内容を理解する。

 弥太郎の終えた仕事の報告書を読んで、報告書に書かれた内容を理解する。

 

 会社固有の用語が溢れ、社員間では既知の手順が省略され、三姫はわからないの波に溺れながらも知識を深めていった。

 

「調査。破滅する悪役令嬢を見つけ、その周辺環境を探ること。調達。悪役令嬢の体から魂を抜き取ること。ん、あれ? こっちにも調達って言葉が。こっちの調達は、また別の意味? 悪役令嬢の体に入れる魂を探すこと? もー! 意味統一してー!」

 

 三姫は自分の席に座り、独り言を零しながらも弥太郎から与えられた仕事を着実にこなしていた。

 

 

 

 五月。

 ゴールデンウィーク明けの一日目。

 三姫は、休みボケした体に鞭を打ちながら、いつも通り出社した。

 

「おはようございます」

 

「おう、おはよう」

 

 連休を理由に遅刻しないため始業時間より十五分早く来た三姫は、既に仕事を始めていた弥太郎に驚きながら挨拶した。

 弥太郎の隣の席に鞄を置き、パソコンを起動しながら弥太郎の方を見る。

 

「天馬さん、いつも何時に出社してるんですか?」

 

「ついさっきだよ」

 

「絶対嘘です。私が何時に出社しても、天馬さん絶対いますもん」

 

「偶然偶然」

 

 ゴールデンウィーク明けの仕事初日は、休日の生活を引きずってしまうものだ。

 事実、三姫は朝だというのに、いつもより体のダルさを感じていた。

 両手で頬をパンパンと叩き、顔に疲労を出さない様に気合いを入れる。

 一方の弥太郎は、いつも通り顔色良く仕事を続けていた。

 まるで、昨日も働いていたように。

 

「もしかして、ゴールデンウイークも出てたんですか?」

 

「出てないよ」

 

「本当ですか?」

 

「本当本当。それより、はい」

 

 疑いの目を向ける三姫に、弥太郎は机の上に置いていた紙を渡す。

 

「なんですかこれ?」

 

 三姫は紙を受け取り、内容を読んで目を丸くした。

 それは、四月に資料や報告書を読んでいた中で、何度も目にした書類だった。

 異世界転移申請書。

 悪役令嬢を調達するために異世界へ転移する際、提出が義務付けられている申請書だ。

 そして、転移者の名前の欄には『天馬弥太郎』に加え、『清水三姫』の名前も書かれていた。

 

 その意味を理解した三姫は、目を輝かせる。

 

「私も同行していいんですか!?」

 

 調達は、悪役令嬢転生株式会社調達部の花形仕事の一つだ。

 悪役令嬢と戦い魂を奪う必要があるため、最初から新人に任せられるような仕事ではない。

 一定の知識と身体能力が必要であり、上司への同行は調達業務の一歩目だ。

 

「うん。四月の清水さんの仕事っぷりを見てたけど、これなら同行させても大丈夫かなって」

 

「ありがとうございます!」

 

 普段は褒めない弥太郎の言葉に、三姫は大きな声でお礼を返した。

 

「異世界で、絶対やっちゃいけないことは、ちゃんと復習しといてね」

 

「はい! 不要な人間の魂を抜かない、異世界の物を持ち帰らない、現代の物を持ち込まない。後は」

 

「いい、いい。今、言わなくてもいいから」

 

「えへへ。すみません」

 

 三姫は申請書を持ったまま、上機嫌で席に座り直した。

 三姫が次にやることは、四月の仕事と同様、弥太郎から受け取った申請書の細部を埋め、然るべき部署に出して承認をもらうことだ。

 いつも通りの仕事だが、自分が初めて調達に関わる案件の申請書と考えれば、特別感を感じられた。

 いつもより手がすいすいと動き、いつもより念入りに書類に不備がないかを確認した。

 

 だからこそ、気づいていてしまった。

 申請書の印刷日の違和感に。

 

「天馬さん?」

 

「ん?」

 

「やっぱり、昨日会社出てましたよね?」

 

「出てないよ」

 

「ここ。印刷日が昨日になってるんですが」

 

「…………出てないよ? 自宅でちょろっとやっただけだよ?」

 

「ひいっ」

 

 

 

 五月末。

 三姫の初異世界転移日。

 

「天馬さん。私、楽しみです!」

 

「俺も昔はそうだったなー」

 

「今は?」

 

「ぶっちゃけ飽きた」

 

 弥太郎と三姫は、車に乗って会社から移動していた。

 異世界転移をするためには、専用の機械が必須だ。

 会社の一室で運用するにはあまりにも大きく電力を食うため、機械の開発元が設置している機械を借りることが一般的だ。

 

 雑居ビル街には車も人もなかったが、最寄り駅に近づいてくると車も人も数が増えていった。

 静寂が喧騒へと変わり、有名なチェーン店が周囲に広がっていく。

 弥太郎と三姫の乗った車はそのまま繁華街を通過し、再び閑散とした道へと入っていく。

 車が消え、人が消え、高いビルが消え、売地の看板が立った土地が増えてきたあたりで、工場の建物が見えてきた。

 

「見えて来たぞ」

 

「わー、真っ黒」

 

 デザイナーズマンションのような煌びやかさのない、真っ黒な長方形。

 会社のロゴも看板も存在しないため、一般の人々には何の建物かさえ判断がつかないだろう。

 事実、近隣住民も『黒ビル』というニックネームを勝手につけて呼んでいる。

 

 車が工場の門の前で停車すると、守衛室から守衛が出て来て、運転席側の窓に近づく。

 弥太郎は窓を開けて、入館許可証のカードを提示する。

 守衛はカードを確認した後に守衛室へ戻り、機械を操作して門を開く。

 門の先には自動車用の私道が続き、少し進んだ右手にある駐車場で、弥太郎は車を停車した。

 

「着いたぞ」

 

「に、二時間……」

 

 長距離運転に慣れている弥太郎は、車から降りるとすぐに荷物を持って、工場の入口へと歩き始めた。

 三姫はと言えば、車から降りるだけで両手両足の関節からボキボキと音が鳴り、その場で軽いストレッチをした後、弥太郎の後を追った。

 

 工場のセキュリティは厳しく、全ての扉に鍵がかかっていた。

 扉の近くには非接触型のICカードリーダーが備え付けられており、弥太郎は入館許可証のカードをカードリーダーにかざした。

 

 ピピッと音が鳴り、扉が左右に開く。

 

「入るときは、必ずここにかざしてね。かざし忘れると、セキュリティ規約違反で始末書欠かされるから」

 

「気を付けます」

 

「ちなみに、出る時もカードリーダあるからかざしてね」

 

「かざさないと、始末書ですか?」

 

「そう」

 

 三姫もカードをかざすと、ピピッと音が鳴る。

 

 開いた扉をくぐり、弥太郎と三姫は工場の奥へと進んでいく。

 廊下をまっすぐ歩き、階段を降り、再び廊下を歩き、鍵のかかった部屋へと入る。

 

「寒っ」

 

 入った部屋はエアコンが何台も稼働しており、部屋全体をキンキンに冷やしていた。

 複雑な処理を行う機械は熱を帯びるため、冷却することが必須だ。

 転移で使用する機械もすぐに熱を帯びてしまうため、室温を一定以下に保つことが必須なのだ。

 

 三姫は防寒着を持ってきていないことを後悔し、こんなに寒いなら事前に教えてくれてもいいのにと弥太郎を見た。

 が、弥太郎もまた防寒着など来ておらず、いつも通りのスーツ姿だった。

 

「天馬さん、寒くないんですか?」

 

「寒いよ」

 

「じゃあ、コートか何か持ってきましょうよ」

 

「どうせ、すぐに転移するし大丈夫だよ。コートなんて着てたら、向こうで動きにくくなるし」

 

「なる、ほど?」

 

 弥太郎は、部屋の中心に置かれている機械の前に立った。

 床と天井を繋ぐ円柱は、全てが強化ガラスで作られていて透き通っている。

 天井部や床では小さなライトが点灯を繰り返しており、機械の正常動作を示す。

 円柱の上部と下部には黒いリングが付いており、黒いリングからは無数のコードが伸びていた。

 コードは部屋の壁際にみっちりと並べられた機械と繋がっており、壁際の機械が処理の本体だとわかる。

 

「覚悟はいい?」

 

 弥太郎は、近くの円柱の隣にある柱のカードリーダーに入館許可証をかざす。

 透明な円柱がせり上がり、円柱下部の黒いリングが弥太郎の目と同じ高さで止まった。

 円柱の動きが止まったことを確認した弥太郎は、躊躇なく円柱の中へと入る。

 

「大丈夫です!」

 

 三姫もまた、カードリーダーに入館許可証をかざし、円柱の中へと入った。

 円の面積は、大人が四人が入れるくらいには広く、体が触れることなく弥太郎と三姫は立つことができた。

 

「じゃ、行くよ」

 

「はい!」

 

 弥太郎は、円柱の内側についたカードリーダーに手を伸ばし、入館許可証をかざす。

 円柱は先程と逆、下へ下へとせり下がる。

 そして、円柱の下部の黒いリングが床に接触すると同時に、床のライトたちが先程よりも激しく点灯を始めた。

 赤から青へ、青から黄色へ、黄色から白へ。

 目まぐるしく変わる色の中で、透き通っていた円柱はスモッグがかかったように透明さを失っていった。

 

「て、天馬さん!?」

 

「いつか慣れるよ。後、なるべく声出さないでね。転移した後に見つかりたくないから」

 

「は、はい」

 

 光の遮断された円柱の中が、天井と床から発せられる光で満たされていく。

 弥太郎と三姫はあまりの眩しさに目を閉じ、上から下から吹雪いてくる強風のされるがままになっていた。

 

 

 

「ひゃっ!?」

 

 

 

 三姫は一瞬、ジェットコースターに乗っている時のような浮遊感を感じ、異国のような匂いで目を開いた。

 

 

 

「……え?」

 

 目の前には、深い深い森が広がっていた。

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