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第4話 新人2

 悪役令嬢転生株式会社は、雑居ビルの三階と四階の二フロアをテナントとして貸し切っている。

 三階には、調達部を含めた各部署の仕事場と少しの会議室。

 四階には、会議室と食堂。

 昼休みの時間になると、三階から四階に繋がる上り階段を、社員たちが上っていくのは毎日の光景だ。

 食堂の入り口には列ができており、廊下まで人が続いている。

 

「すごい量ですね」

 

 三姫は、初めての社食とスーツを着た人間の多さに、興奮とめまいを感じつつ、弥太郎に倣って列の最後尾へと並んだ。

 

「ここら辺、何もないからさ。弁当持ってくるやつ以外は、だいたい社食なんだ」

 

「へえー」

 

 三姫は頭の中で、大学の学食を思い浮かべていた。

 定食に、麺類に、カレーに、惣菜。

 小さなバイキングのような空間を。

 

 しかし蓋を開けてみれば、食堂と呼ばれた場所には小学校の給食のような空間が広がっているだけだった。

 列の先頭には仕事用の机。

 机の上にはプラスチック製弁当容器が積まれており、肉が入った容器の前には『A定食』、魚が入った容器の前には『B定食』と書かれた紙が貼られていた。

 肉と魚以外には僅かな漬物が添えられている程度で、コンビニで販売している弁当と比べても、あまりにもお粗末だ。

 

「私の知ってる食堂じゃない」

 

 ぽかんとしている三姫の前で、弥太郎は机の上に置かれているお盆を手に持ち、A定食の弁当をお盆に乗っける。

 そして、弁当容器の置かれた机に隣接する、もう一つの机の前に移動する。

 もう一つの机には、使い捨てのお椀と汁椀、炊飯ジャー、インスタント味噌汁、保温ポット、が乱暴に置かれていた。

 弥太郎は炊飯ジャーから白米をお椀によそい、汁椀にインスタント味噌汁を入れた後、保温ポットでお湯を注いだ。

 

 用意された料理をとり終えると、会計の列に並ぶ。

 会計の列の先には社員ではない二人組が待ち構えており、お盆の上に置かれたものを目視し、金額を告げていた。

 

「五百円」

 

「はいよ」

 

 とは言え、A定食もB定食も値段は変わらず、ご飯も量に関わらず定額。

 実際のところ、五百円徴収マシーンとしてしか機能していない。

 弥太郎が会計を終えて列から離れると、後ろから三姫の驚く声が聞こえてきた。

 

「え、ざまぁPay使えないんですか!?」

 

「現金のみとなっております」

 

「あー……」

 

 三姫は、レジの前で差し出していたスマホを仕舞い、代わりに財布を開く。

 財布の中には、キャッシュレスが使えない時のために用意していた一万円札と、小銭が何枚かだけ入っていた。

 

「一万円札でも大丈夫ですか?」

 

「細かいのないですかね?」

 

 差し出した一万円札も断られ、あたふたとする三姫の代わりに、先に会計を終えた弥太郎が五百円玉を追加で差し出す。

 

「これ。この子の分」

 

「え? そんな、悪いですよ」

 

「細かいのないんでしょ? 初日だし、社会人祝いってことで奢るよ。それに、後ろつっかえてるから」

 

 弥太郎の言葉で後ろを振り向いた三姫は、いまだ途切れない列を見て、頭をぺこぺこ下げながら列を離れた。

 

「こっち。空いてたから」

 

 そして、弥太郎に案内された席に着いた。

 

 壁際の席は人気らしく、既に満席だ。

 弥太郎と三姫は、食堂中央の席に向かい合う形で着席し、お盆を机に置いた。

 食事用に置かれた机もかつて会社で使用していた備品の転用であり、デザインに統一性もなければ書類をしまうための引き出しもついていた。

 

 弥太郎が引き出しを開けると、中にはおしぼりと割り箸が入っており、弥太郎は二セットずつ取り出して、一セットを三姫へと渡した。

 

「ありがとうございます」

 

「ん」

 

 弥太郎は割り箸を割ると、上手く割れなかったことに眉を顰めながら、弁当蓋を開ける。

 そして、とり肉のグリル焼きの一かけらをご飯の上に置き、ご飯と一緒にかき込んだ。

 三姫も弁当の蓋を開け、白身魚のフライを一口食べる。

 

「どう?」

 

 弥太郎からの質問に、三姫は咀嚼し、飲み込んでから答えた。

 

「普通です。ビックリするくらい」

 

「だろ?」

 

「お醤油やソースは、かかってないんですね」

 

「経費削減でなくなった。欲しいやつは、持参してる」

 

「お醤油とソースを……持参……。ちなみに、お茶ってあります?」

 

「水なら」

 

 二口目を食べた弥太郎が、食堂の一角を割り箸で指す

 三姫が割り箸の指す場所を見ると、手を洗う用の小さな水道が二つあった。

 ご丁寧に、水道の近くの壁には『飲めます』と書かれた紙が貼ってあり、紙コップの束が置かれていた。

 

 三姫は水道からふいっと顔を逸らし、ご飯をつまんだ。

 

「今度から、水筒を持ってくることにします」

 

「それがいいよ。ちなみに、食堂の外に給湯室があって、そこには自販機がある」

 

「水道じゃなくて、そっち教えてくれませんか!?」

 

「急がないと売り切れるかも」

 

「行ってきます!」

 

 三姫は急いで立ち上がり、食堂の外へと急いだ。

 弥太郎はお椀を掴み、具のほとんどない味噌汁を啜った。

 

 

 

 弥太郎と三姫は、もくもくと食べ進め続けていた。

 弁当を半分食べ終えた頃、弥太郎はと言えば、上司として話題を振った方がいいのかと考えつつ、ハラスメントになるんじゃないかとの不安をぬぐうことができずに結局沈黙を貫いていた。

 同様の想いは三姫も持っており、話題に困りつつも今後直属の上司として会社生活を共にするなら交流を深めておいた方がいいと考え、ぎこちなく口を開く。

 

「先輩は」

 

「先輩だと誰か分かんないから、さん付けがいいよ。うちは、だいたい皆さん付け」

 

 三姫から話しかけられたことで、食事中に話してもいいのだと弥太郎の気持ちも聊か軽くなり、滑らかな口調で返事をした。

 

「あ、はい。じゃあ。失礼じゃなければなんですけど、天馬さんっておいくつなんですか?」

 

「二十八。今年で二十九」

 

「じゃあ、私の六つ上なんですね」

 

「清水さんが二十二なら、そういうことになるのかな」

 

「先ぱ……天馬さんは、どうしてこの会社に?」

 

「給料が良かったから、かな?」

 

 弥太郎は、人差し指と親指をくっつけて、円を作ってみせた。

 

 悪役令嬢転生株式会社。

 転生を扱う会社は日本中にいくつか存在するが、公にはその存在が隠されている。

 よって、転生を扱う会社を知ることができる者は限られており、常に人手不足に陥っている。

 その対策として、なんらかの機会によって会社の存在を知った人間が興味を持って入社するよう、給与水準は同世代の五割増しはくだらない。

 

「ちなみに、清水さんはなんでうちに?」

 

 弥太郎は質問を返すように、三姫に割り箸の先を向ける。

 

「えっと。お姉ちゃんが、転生したんです」

 

「ああ、そうか」

 

 三姫の声のトーンが変わったことを感じとり、弥太郎はそれ以上の言及を辞めた。

 繰り返す。

 転生を扱う会社を知ることができる者は限られている。

 であれば、悪役令嬢転生株式会社に入社する社員の多くは、身近な人間が転生した人間だ。

 転生をする理由は様々であるが、気軽に話せるような内容でない場合が多い。

 

 最初に質問したのが三姫からとは言え、弥太郎は気軽に聞き返した自分を心の中で責めた。

 

「あ、気にしないでください! 全然、悪い意味とかじゃないんで!」

 

 三姫もまた弥太郎の変化に気づき、その理由が自分の発言にあるのだろうと思い至り、即座に否定をした。

 

 その後、しばらく無言の時間が続き、弥太郎と三姫は昼食をとり終えた。

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