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第38話 転生

 三姫は、警察署の取調室に座っていた。

 対面に座っているのは、教団が協力者として選んだ、正義感の強い警察官その人だ。

 

 警察官は溜息を零した後、頭をガリガリと掻いた。

 そして、眉を吊り上げたまま聞いた。

 

「なんで、言わなかった?」

 

 三姫は生気のない瞳で警察官を見た後、俯いて視線を隠した。

 唇をかみしめて、両手を小刻みに震わせる。

 

 悪役令嬢の魂を解放するための機械は、三姫が目覚めたときには使い物にならなくなっていた。

 

 魂の解放には、正しい手順が必要だ。

 正規の手順を踏まずに魂を解放した場合、何の準備もなく陸に放り出された魚のように、魂は現世を彷徨って消滅する可能性がある。

 機械の破壊は、解放の失敗――妹を現代社会に戻せないことを意味していた。

 

 故に、三姫にはもう警察官に協力する理由はなくなっていた。

 巨大な協力者であった教団の仲間たちが生きていれば別の方法を探す気力も残っていただろうが、弥太郎の手によってそれも潰えた。

 生きるための目標がなくなった今、質問に答える義理もない。

 

「……天馬さんは?」

 

 だからこそ、代わりに三姫は率直な疑問を口にした。

 機械を破壊し、三姫の夢を壊しただろう人物の名を。

 

「捜査に関することは教えられない」

 

「そうですか」

 

 三姫は警察官からの返答を聞くと、目を閉じた。

 期待をしていなかった分、諦めも早い。

 警察官からの質問には何も答えず、ただただ時間が過ぎるのを待っていた。

 

 待っている間、三姫の頭に浮かんでいたのは弥太郎の今。

 事実を確かめるすべはないが、きっと自分の夢を叶えているのだろうと想像ができた。

 かたくなに銃を使わず剣を多用していたのは、教団のような組織が転生業界の人間を排除しようとしたとき、自身の戦い方を知られても困らないため。

 剣しかないと思わせて、剣以上の腕を持つ銃で返り討ちにするためだったのではないか。

 三姫の頭には、そんな空想だけが広がっていた。

 

 努力、忍耐、非情さ。

 結局三姫は、弥太郎に全て勝てなかった。

 ただ、それだけのこと。

 

「失敗したなあ」

 

 弥太郎に対する恨みは、もちろんある。

 しかし一方、早々に自身の望みを明かして弥太郎と共闘をしていれば、違う未来もあったのではないかという後悔もある。

 もっとも、現実は変わらない。

 失敗は変わらない。

 三姫はパイプ椅子の背もたれに背中を預け、電池の切れたおもちゃのように動きを止めていた。

 

 

 

 一方、世間に表ざたになった転生業界は、大きな圧力によってあっという間に消え去った。

 大きな企業も小さな企業も、等しく平等に消え去った。

 上層部の人間たちは、その責任を追及される。

 法に則り、次々と逮捕されていった。

 

 政治家、社長、芸能人。

 転生業界の顧客であった者たちは、当然のように知らぬ存ぜぬを決め込んで、テレビやSNSで事件の批判に終始した。

 彼らにとって幸いだったのは、転生業界の機密主義。

 警察が総動員をかけても、ついに警察は顧客の情報に辿り着くことができなかった結果だ。

 

 警察たちは苦々しい思いを抱えながらも、証拠がない以上はどうしようもない。

 転生業界の上層部を一掃したことを手柄として、本件を終えた。

 

 残された闇は、二つ。

 未だ水槽の中に留まり続ける悪役令嬢の魂と、既に転生をしてしまった人々の扱い。

 だが、魂を管理する機械は破壊されており、悪役令嬢の魂の解放すれば何が起こるかわからない。

 再度開発するという手もあるが、そこへ予算をつぎ込む正当な理由も、今のところ見つからない。

 新たに転生を行う機能だけは生き残っていたが、転生業界を潰す際に転生自体を悪と定義したことで、こちらの利用価値もほぼゼロだ。

 

 動くことのできない闇は、結局殺されることもなく、しかし活用されることもなく、ただただ誰も触れることができない地下へと押し込まれた。

 誰も入れないよう、厳重なセキュリティを添えて。

 

 

 

 そんな、現代社会の変化など、もう関係ない。

 

 

 

 弥太郎には関係ない。

 

 

 

「久しぶり」

 

 異世界にて、弥太郎は一人の少女に呼び掛けた。

 

 少女は突然の声掛けに驚き、弥太郎が転生した人間の姿を見て首を傾げる。

 

「ええっと、どちらさまでしたっけ?」

 

 少女は、面識のない人間を前に戸惑いながら答える。

 少女の悪役令嬢ライフは、エンディングを迎えた。

 ヒロインも、攻略対象も、少女の友だちになる友情エンド。

 

 つまり、もう少女に話しかける――否、新しく友情をはぐくむ相手などいないはずなのだ。

 

 弥太郎は懐かしくもない姿と懐かしい仕草に涙を一滴だけ零し、なんと説明しようかと言葉を探した。

 少女の瞳に、血で手を染めてまでかつての恋人が会いに来たというエピソードは相応しくないのだから。

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