第35話 清水三姫2
「もうすぐ。もうすぐで助けられるからね、四奈」
三姫は、教団の部屋で祈りを捧げていた。
一生涯一世界教団。
人間の生涯とは一つの世界で一度だけ行われるべきという教義を掲げる宗教組織。
その信者たちの多くは、転生業界の被害者によって構成されている。
転生は、様々な人間を現代社会から異世界に飛ばしてきた。
現代社会からいなくなりたいと願う者は、自分を飛ばした。
寝たきりの身内に動ける体を与えてやりたいと願う者は、寝たきりの身内を飛ばした。
生きているだけで邪魔な人間を消したいと願う者は、自分の敵たちを飛ばした。
長い歴史に渦巻く欲望は、多くの人間の意識を異世界へと飛ばしてきた。
しかし、異世界転生を望む人間がいれば、逆に異世界転生へ異を唱える人間がいるのも必然だ。
金の力で一人の人間を転生させれば、その人間を転生させたくなかった人間の恨みを買う。
三姫も、その一人。
病弱故に身内の献身的な介護が必要だった妹を、転生によって失った一人だ。
三姫は、転生という決断を下した両親を恨んだ。
転生と言う存在を恨んだ。
転生を斡旋する転生業界を恨んだ。
三姫は、聡明だった。
恨んだところで何も変わらないことを知っていた。
よって三姫は、妹を再び取り戻す方法を探した。
一生涯一世界教団と接触したのは、この頃だ。
三姫は教団の方針に従い、転生業界に入ることで、転生した魂を元の世界に戻す方法がないか探ることに決めた。
そして転生業界に入った甲斐があって、三姫が手にした情報は二つ。
一つは、過去に転生した人間の情報。
もう一つは、調達した悪役令嬢の魂の扱い方の情報。
三姫は、過去に転生した人間の情報を警察に提供した。
当然、転生のことを知る上層部ではなく、上層部ではないが匹敵する地位にいる正義感の強い人間に。
事前に相談をしていた正義感の強い警察官は、すぐに組織として動くことができるように、準備を整えていた。
今回の迅速な逮捕劇は、そんな努力のたまものである。
一方で、調達した悪役令嬢の魂の扱い方の情報については、教団が自身の手中に収めた。
情報から分かったことは、悪役令嬢の魂が然るべき場所で厳重に管理がなされているという事実。
そして、調達した悪役令嬢の魂を自由にすれば、その魂は元あった異世界に戻り、転生した人間の魂を追い出してでも元の体に戻ると推測されていたこと。
推測としているのは、実験をしたのか否か、実験結果はどうだったのかという情報がどこにも存在しなかったからだ。
また、追い出された魂、つまり転生した人間の魂がどうなるかは、記載されていなかった。
しかし、開放された悪役令嬢の魂が悪役令嬢の体に戻るのであれば、転生した人間の魂もまた元の体に戻る可能性は高い。
昏睡状態の体に魂が戻れば、異世界転生した人間たちが現代社会で息を吹き返す可能性も十分あった。
それは、三姫と教団が望むこと。
一方、治安を守る警察という組織が、これを望むか否かは判断ができなかった。
よって、教団は調達した悪役令嬢の魂の扱い方の情報を黙秘した。
例え隠すことが罪になろうとも、自分たちの夢を確実に叶えるために。
そしてそれは、教団全体の意思でもある。
「よくやりました。清水三姫」
「はい」
「では、さっそく参りましょうか」
教団の主要メンバーが集う。
転生業界は、秘匿性を高めるために、あえてできることを分けている。
転生は、転生の機械を有する企業しかできないように。
調達は、転生業界で調達を請け負う企業しかできないように。
異世界転生の権利の購入は、会員しかできないように。
できることを分散し、一人で全てができる人間を作らないことで、構造を守ってきた。
逆を言えば、できることを持った複数人が組織の名の下に団結すれば、一人で全てができる組織が完成する。
一生涯一世界教団の手には、既にすべてが揃っていた。
「魂のある場所は?」
「ここに」
「入館の方法は?」
「既に認証を終えています」
「魂の解放方法は?」
「こちらに書き起こしております」
「警察の足止めは?」
「協力者の警官の側近として配置を終えております。しばらく、彼らは我々の動きを注目しないでしょう」
「よろしい」
街中を歩けば見かけるような、極めて一般的な服の集団。
外見だけでは、社会人サークルの集まりだとしか思われないだろう地味な集団。
しかし、一つの共通意思を持つ集団。
一生涯一世界教団の主要メンバーたちは、野外に止めた車に向かって歩き始める。
三姫もまた、その一人として。
三姫の耳に詰め込んだイヤホンからは、転生業界の現状が次々と入って来る。
『ご覧ください。こちらの駅から離れた雑居ビルには、悪役令嬢転生株式会社が入居していることになっていますが、やはり社名の書かれた看板がありません。あ、今、パトカーが続々とやって来ています』
警察官の突入。
逮捕される社員たちの名前。
聞き覚えのある名前を聞いて、三姫の胸が少しだけ痛んだ。
だが、妹を失った痛みには遠く及ばない。
三姫はしばらく自身の行いを思い出すようにニュースに集中していたが、集中したところで果たして何が得られるのだろうかと思い直し、イヤホンに手をかけた。
左耳からイヤホンを外す。
大勢の足音と近づいてくる車のエンジン音が耳に入る。
右耳からイヤホンを外す。
開いたドアの音が聞こえたので自動車に乗り込み、シートへと座った。
「……あれ?」
そして、ドアが閉じる音と共に、気がついた。
逮捕された人間の名前に、弥太郎の名前がなかったことを。
可能性は二つ。
弥太郎の役職程度では、わざわざ読み上げる必要がないと判断されたか。
それとも、その場に弥太郎がいなかったのか。
自動車が走り始めた。




